第4話 恋人達の湖(1)
その日は大変綺麗な月の日でした。そろそろ寝る時間ですが、王女様はこれからが期待している時間です。月の神様は眠る頃にいらっしゃるのですから。普段より緊張して体がこわばっているので、王女様は少し軽い運動をしていました。そんなときに窓辺から光をはなつ小鳥が部屋の中に入ってきました。
「まぁ可愛い」
王女様は手を差し出しました。小鳥が側に来たと思った瞬間、月の神様が現れました。
「こんばんは、王女様」
「まぁ、お会いできて嬉しいですわ。こんばんは」
「お約束の時間がそろそろでしたので、お迎えにあがりました」
「はい」
月の神様は王女様の手をとり、バルコニーへと導きました。そこには二人分座れるような雲があります。
「こちらに乗って下さい」
「はい」
月の神様と王女様は難なく雲に乗りました。雲からは良い香りがします。少しずつ雲が空の方へと移動します。
「今日は、夜空色の瞳についてある程度お話ししようと思っていますが、いかがですか?」
「はい、お聞きしたいです」
「その後は色々なお話をしましょう」
月の神様は微笑しました。王女様だけに向けられたそれはあたたかく、そして愛情深いものでした。
「その瞳をもつ人は4つの霊能力が高まっている証拠なんですよ。身の回りで何か変わったことは起きませんでしたか?」
「そうなのですね。私は神殿に行くと光や風を感じたりというのは昔からありましたけれど、最近は人の周囲に色が付いているのが分かるようになりました。見えるときと見えないときがあります」
「その色はその人の今の状態を表しています。感情が強くなると光も強くなります。神官として訓練を積んでいくと安定して見れるようになりますよ」
王女様はしばし考えてから言いました。
「月の神様の周りは金色の光なのですね」
月の神様は驚きました。神様の光そのものを見られる人間は限られています。能力が高くないと見る事ができませんから、潜在能力の高さが伺えました。
「あとは精霊と話をしたりすることもできます。また光の高次元のスピリットから直接考えが降りてくることがあります。これは無意識では皆さん受け取っているのですが、起きたときに継続して覚えていられるかどうかは能力次第です」
月の神様の説明は分かりやすく、王女様は頷きました。
「妖精達とも、いつかお話しできますか?」
「できるようになりますよ」
「あとは寺院や墓場など、人の死に関わるところでネガティブな感じを受け取るかもしれません。また神様に守られているような気配を感じる場合もありますよ。これらの4つをあわせると、最高神官になれるだけの実力を作る下地になるのです」
最高神官は、風と話し、人の色が見え、瞑想すればすぐ良い案が浮かび、神様の心を感じられるという人物でした。もう70歳になる老人ですが、元気いっぱいで王女様も可愛がって貰っていました。
「なるほど、最高神官はクレア……なんとかを磨いたと仰っていました」
「クレアボヤンスが瞳、クレアオーディエンスは耳、クレアコクニザンスは頭、クレアセンシェンスは心。この4つそろって能力が高いと、夜空色の瞳になるんです」
王女様は頷きました。この国の霊力たかいものには何度かあったことがありますが皆、夜空色の瞳でした。
「神様は全員、夜空色の瞳ですか?」
「殆どがそうですが、違う方も時々。神様になると目の色は関係無くなるんです」
月の神様は色々とお話をしながら雲を神殿の方へと動かしていました。神殿を見下ろせるところまできて、月の神様は口を開きました。
「神殿から聖なる気を感じませんか?」
「昔とは違う何かを感じます。子供の頃は分からなかったけど、今だと……神様達のお力が降りてきているのを感じますわ」
上出来です、と月の神様はいい、次にどこか行きたいところはあるかと尋ねました。
「もし素敵な人が現れたら、行ってみたい場所があったんです。ここの神殿からずっと南にいって、森の中にある湖に行ってみたいですわ」
その湖はよく澄んでいて綺麗な水をたたえておりました。恋人同士になったらここに行って恋が長く続き、愛へ変わるようにと皆が願いをかける場所です。王女様は月の神様との恋が長く続くといいなと感じていたのです。もっと相手を知りたいと思いましたし、自分の事を知って欲しいとも思いました。
「ああ、あの湖ですね?」
瀟洒な手が指さす先は、恋人同士がよく行くあの湖です。頷くと雲が移動し始めました。
「凄いわ、都があんなに遠くなってる」
「離れていますしね。雲の上もなかなか快適でしょう?」
「ええ、とても」
王女様は隣に座る月の神様をみて微笑みました。こんな素敵な方が自分の事を好きだと言ってくれるのは、なんて幸せなのだろうと思いました。その思いを口に出すと、月の神様も自分も同じ心持ちだというので二人は顔を見合わせて微笑みました。色々な日常の話をしているうちに湖に着きました。
「まぁ、本当に綺麗!噂通りの場所なのね!」
二人は湖の側で雲から降り、周囲を見渡しました。大丈夫、誰もいないようです。水の中に手をいれると本当に澄んだ水です。月の神様は水をすくって飲みました。王女様も続いて水を飲みます。そして月の神様は懐から小さい箱を取り出しました。
「こちらは人間界の品物なのですが、あなたに似合いそうでしたので」
ワクワクしながら王女様は小箱をあけます。
「まぁ、素敵!これは恋人に初めて贈る石でしょう?」
「そうですよ。今日の為に選んできました。よろしかったら指輪をつけてあげてください」
「勿論です!嬉しいですわ」
王女様は思わず月の神様に抱きつきました。微かにかおる香りは気品がある感じで穏やかでした。月の神様の心臓の音が少し聞こえます。しばらくしてから王女様は自分が大胆な行動をしてしまったことに気付き、体を離しました。
「すみません、嬉しくてつい」
「いえ、……恋人だからよいのではないかなと思います」
そういった月の神様も少し照れているような感じで、恥ずかしそうにしています。恋愛などしないだろうと思っていたのに、こんなに可愛くて素敵な人が現れたので、人生とは不思議なものです。どんな女神や妖精などにも心を動かすことはなかったのに、王女様だけは特別でした。
「指輪をつけてみました。似合いますか?」
恋人に貰った指輪は右の薬指にするのがしきたりでした。王女様は右の薬指に美しいロイヤルブルームーンストーンをはめて微笑んでいます。人間が贈るとしたら相当なお金持ちでないと買えないランクのものだということは知らないので、無邪気に喜んでいました。月の神様は自ら鉱山に行き、一番素晴らしい物を指輪に細工したのです。
「細工も素敵。繊細でいいですわ。毎日身につけます。寝ているときも外しませんわ」
「私と二人きりの時だけでもいいのですよ。ご両親が気になさるのでは」
「秘密!で通します」
いたずらっぽい微笑みの王女さまにつられて月の神様も笑いました。
「秘密は誰でもあるものですしね」
その後は二人で色々はなしました。王宮のことや両親たる王とお后様の話、飼っている小鳥の話。王女様が色々喋って主に月の神様は聞いていました。
「あなたを知ることができて嬉しく思います。王宮もなかなか賑やかなのですね」
「ええ、そうなんです。たまに城を抜け出したいなと思ったこともあったのですが、今夜叶いました」
ふふっと笑う王女様。こんなに恋人の笑顔が素敵だとはしらなかった月の神様はみとれてしまいました。とても幸せな気持ちであることを告げ、月の神様は王女様を抱きしめました。
「ありがとう、あなたと出会えて良かった」
「私も月の神様と出会えて良かったです」
二人はお互いの瞳をみて、同時に微笑しました。
「さぁ、そろそろ帰りましょう。夜風が寒くなる頃です」
「はい」
二人を乗せた雲は全速力で王宮に向かいます。王宮は寝静まっていて、しんとしていました。王女様は雲から降り、自分の部屋に立ちました。月の神様はそれを見届けて、言いました。
「また明日、同じ時間に」
「はい、お待ちしております」
こうして二人の時間は終わりを告げ、王女様はすやすやと眠りにつきました。月の神様はそれをこっそり見届けてから天に戻りました。
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