第2話 王様の病気(2)

 月の神様は王女様のネックレスをみながら、雲の上で考えていました。王女様の生まれた頃からの記憶がネックレスにあったので、夜空色の瞳に関する事を読み取っていたのです。

 どうやら青い瞳から夜空色の瞳になったのは、つい最近のようです。王女様はもうすぐ神殿に仕えることが決まっていました。この国では王族は誰でも四年間、神殿に仕える義務がありました。王女様はその日を楽しみにしていて、心から待ちわびていることも分かりました。神様に仕えたい、お話ししてみたいとわくわくしている様子が伝わってきます。

 この国は小さな国ですが、国民全員が信心深清い心を持っていました。貴重な鉱石などがでるので、他国とも対等に渡り合えます。北の国はともかく、その他の国とは仲良くしています。

 王女様の優しく清楚な顔を思い出し、随分大人になったものだなと月の神様は微笑みました。春からは神殿の神官見習いです。神殿で会えることも多くなるだろうと感じました。

 月の神様は月が出ているときは勿論、新月は新月祭が行われるので非常に忙しいのです。明後日は新月の夜です。国民のみんなが願いを神様に捧げる日ですので、彼らのお願い事を一つずつ吟味していかなければなりません。新月の次の日にいつもその作業を行い、三日月に乗せて願いを叶えるように神様はしていました。ゆっくり願いが叶うとか、努力すれば叶うなど何らかの知らせを行うようにしていました。


「君はまめだねぇ」

 ネックレスの作業に取りかかっていた月の神様は顔をあげました。気がつくと隣の雲に星の神様が立っていました。月の神様の親友です。

「王女様からネックレスをもらったので、これに細工して、よりよいものにして返す予定ですよ」

「そこがまめなのさ。僕なんかはその場で力をこめてしまいそうだ」

 星の神様は割とイレギュラーな感じの神様なので、しばしば地上におりて人の願いを直接きいていました。星の神様は少しだけ風変わりですが、心根は優しい神様です。

「そうですかね?ところで用事があったのでは?」

「そうそう、用事があって来たんだった。君に縁談がきているのだけど、今回もやめるという返事でいいかい?」

「またですか。私は結婚する気はないので返しておいて下さい」

 月の神様は独身でした。心の底から愛せると思う相手でないと結婚できないと思い、結婚相手は自分で探すと決めていました。星の神様も同じ意見で独身でした。太陽の神様はそんな二人が心配で、よく女神や精霊をみて二人に縁談を持ち込むのです。

「太陽の神様は我々が心配みたいだ」

「何億年もたっているのに、懲りないですね」

 二人は顔を見合わせて笑いました。二人の笑いから星々が生まれてきます。

「新しい星々が生まれたね、どこに置こうか」

「そうですね、新しい星団にして、東の方角に置くとよさそうです。太陽の神様が一番初めに見る場所がよいでしょうね」

 こうして生まれたばかりの星々は星団となり、星の神様の手により、東の空に配置されました。夜明けに太陽の神様が目をやりそうなところに置かれたそれは、とても美しいものでした。二人の神様は、太陽の神様とも仲が良いので、友情の証しとして夜明けの場所に星々は置かれたのでした。


 約束した明後日の早朝、ネックレスの細工が終わり、あとは神様が力を込めるだけになりました。神様は王女様に幸せが沢山降り注ぐように心を込めて祈り、祝福をして、力を込める作業を終えました。あとは星のかけらをネックレスの飾りに付け加えました。

「喜んで貰えるといいのですが……」

 こういう時に女性の意見を求められたらいいのですが、それはそれで問題が起こりそうです。親しい星の神様は上出来だといってくれたので、それでいいかなとも思いました。王女様のネックレスを月の神様は大事そうに懐にしまいこみ、再び王国の森の中に降りました。そして、あの人間の医者の姿になりました。


 王宮では王女様が長いこと、玄関でお医者様をまっていたようでした。そして姿を見かけると小走りに駆け寄ってきました。王女様の淡い金髪があまりにも綺麗なので、月の神様は微笑みました。ネックレスの記憶を思い出し、とても大人になったと感じたのです。

「お待ちしておりました、お医者様」

「王女様、ずっとそこにいらしたのですか」

 王女様は頷き、こう言いました。

「部屋にいても落ち着かないので、ここでお待ちしておりました。余り王女らしくないかもしれませんが」

 控えめに微笑むそれは月の神様の心に残りました。今までにない女性のタイプだったので、少し珍しいと思われたのです。

 月の神様の前ではどの女神も好かれたくて、しなを作るのですが、王女様はそんなことはなく、とても自然体でしたので新鮮でした。こんな女性もいるのかなと思いました。あまりにも美しい月の神様は、いつも女神さまや妖精たちのアプローチを受けていました。素敵な男性だと思われているからです。ですから、月の神様は女性の笑顔は見慣れているはずでした。

「では父の元に行きましょう。すっかり元気になったのですよ」

 やはり王女様の微笑みは違います。他の女性達とは何かが違う笑顔を、月の神様は好ましいと思いました。理由は月の神様にも分かりません。

「それはよかった、安心致しました」

 月の神様は微笑みました。そうでしょう、もうあの呪詛はポジティブなエネルギーにかえて空にあげてしまったのですから、具合はすぐ良くなったはずです。

 二人は王宮の中を歩き、王様の所にいきました。もう政務をできるくらいに回復したのか、朝から王様はお仕事にいそしんでいました。

「父上、お医者さまが参りました」

「おお、私は元気になりましたぞ、あなたはさぞかし名医なのでしょうな」

「風来坊の医者ですよ、あちこち風の向くまま気の向くまま」

 あなたを歓迎したいし、お礼もしたいと王様はいい、美味しい料理が運ばれている応接間へと月の神様扮するお医者様は案内されました。

「神様に感謝の祈りを捧げます。私を治してくれたお医者様への食事です。どうかお召し上がり下さい、ゆっくりお過ごし下さい」

 王様はそう言い、自らお酒を月の神様のグラスに注ぎました。

「有り難うございます、王様自らとは光栄です」

「あなたがいなければ、父も生きてはいなかったでしょう」

 王女様が微笑みました。夜空色の瞳は更に澄んでいました。澄んだ目は心清い者の証しです。王様の青い目も澄んでいます。――ふむふむ、問題なし。二人とも健康で長生きするでしょう。そう月の神様は思いました。

「后は少し風邪気味でしてな、ここには呼んでいないのです。后が書いた感謝の手紙をお渡しします。あなたへのお礼は后からです。この国でしか取れない珍しい鉱物をお送りします。よその国で売れば大金になりますよ」

「そんな、とんでもない。頂けませんよ」

「いえいえ、受け取って下さい」

 何度かそういう会話になり、月の神様はお礼の品と手紙を受け取りました。王様は非常に喜びました。

「ところであなたは、どこの国からいらしたのですか?この国に定住なさるお気持ちはございませんか?」

 王女様が尋ねました。ある意味、月の神様には神殿があるので、そこに住んでいるともいえます。ですが神様だと明かすことは驚かせてしまうので出来ません。

「東の国から星の運行にあわせて放浪してきました」

「東の国はいいところでしょう、幸福な国とよく聞きます」

 今度は王女様が自ら料理を取り分けてくれました。とても美味しい卵料理です。

「よいところでした。でも旅することに決めていたので、あちこち彷徨い歩いていたうちにこの国に辿り着きました」

「いつまでもいて下さってもいいのだぞ、宮廷医師の一人になってくれれば有り難い」

 王様は笑顔で言いました。何かのお礼をしたいと思っていたのです。

「いえ、それは光栄ですが、旅を続けたいのです」

「またこの国に来ることあればお立ち寄り下さい、歓迎しますわ」

 王女様は少し残念そうに言いました。この方と二度とあえなくなるのを想像しただけで、どこか胸が痛みます。何故だかは分かりません。王女様は色々な男性に会った事があります。ですが、このお医者様だけは何か特別でした。

 宴席も終わり、夕方に近くなりました。そろそろ旅に出ますと月の神様は言いました。またお会いできる日を楽しみにしていますと王様と王女様は答えました。

「本当に有り難うございました」

 王女様の長い髪が風でたなびきます。淡い金色の髪はとても美しく、月の神様は見入ってしまいました。

「王女様の髪の色は素敵ですね。明け方の星々のようです」

「まぁ、有り難うございます」

 少し恥ずかしそうに、しかしちゃんとお礼を王女様は言いました。

「よろしければ神殿に寄りたいので、そこまで一緒に行きませんか」

 神殿は王宮のすぐ側です。王族が一緒でないと、旅人は入れない決まりになっていました。

「ええ。勿論喜んで」

 王女様は春からここに仕えるのですと嬉しそうに言いました。月の神様は微笑しました。いい神官さんになって下さいね、と月の神様はいい、奥の部屋まで歩いてきました。

「この奥にはご神体とされる月の石があるのです」

「ええ、聞いたことがありますよ。月の光に合わせて輝きを変えるそうですね」

「どうぞご覧下さい」

 王女様は月の神様を連れて奥の部屋に入りました。目の前にはよく知っている月の石があります。神様が神殿に降りるときはここから降りる神聖なものです。とても清浄でよい感じです。来月の満月もここに来ることを、月の石に心の中でいいました。

「いいものを見せて頂きました、有り難うございます」

「我が国の宝物です。月の神様は、私にとってとても大切な方ですから」

 月の神様の心は何故か、ぎゅっと痛みました。人間の振りをしているのが申し訳なくなりました。それに大切だと言われているのは、神様であって自分ではないことも少し心が痛んだのですが、王女様の次の言葉に驚きました。

「あなたは……まるで月の神様みたいです」

 王女様が月の神様扮するお医者様に向ける視線は、真剣でした。もうこれ以上騙してはいけないと月の神様は腹をくくりました。ネックレスを取り出し、王女様の首にかけます。

 王女様は驚きました。ネックレスからあふれんばかりの御神気が出ている事が、王女様にも分かりました。このような事ができるのは人間ではないと、瞬間的に悟ったのです。

 目の前のお医者樣が、見たこともないような端整な顔立ちになり、上品な白い服をきた背の高い青年に変わっても驚きませんでした。想像通りの夜空色の瞳に、王女様は確信を強めました。

 そして夜空色の瞳の青年が口をひらきました。

「あなたたちを騙すつもりはなかったのです――私は月の神です」

「――月の神様!」

 王女様が驚いた顔をしますが、それも一瞬のこと。すぐに笑顔に変わりました。

「もしかしたら……とは思っていたのですが、本当にそうなのですね?まさか、直接月の神様にお会いできるなんて夢のようです」

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