月の神様と王女様

成宮 澪

第1話 王様の病気(1)

 ある日、月の美しい夜。月の神様は自分が守護している王国の王女様が悲しむ様子を見ていました。

 王女様だけではなく、たくさんの悲しそうな声が神様の元に届き、心を痛めた神様は、どうしたのかと思い、お使いの小鳥たちに見に行かせました。


「神様、大変です」

「王女様のお父さんの王様が、病気になって悲しんでいます」

「なかなか治らないみたいですよ」


 見に行かせた小鳥たちが鳴いています。

話を良く聞いてから神様は頷きました。


「それはいけませんね、すぐに行きましょう」


 月の神様はその王国で一番人気の神様でもあり、国の守護神でもありました。神様の神殿も立派なものが建てられ、いつも人々が祈りを捧げていました。

 王女様が生まれたときは、沢山の祝福を月の神様も贈りました。そして、そうやって見守っているうちに、月の神様はだんだんと王女様を好ましく思うようになっていきました。


 控えめだけど芯がしっかりしている。努力することを忘れない姿勢。いつでも周囲に優しく自分に厳しく。そんな性格がとても頑張り屋さんにみえて、頑張る人を応援するという神様の気持ちに叶ったものでもありました。こういう状態なら願いは神様に届きやすいので、王女様の小さな願いはいつも叶っていました。

 そんなとき、父である国王を心配する王女様の嘆きの声は、どんどん深くなっていきます。その姿を見ていた神様は、心配でたまらなくなりました。そして、何度も何度も迷いましたが、まだ神と人とが近い時代ですから、出かけても問題はないという結論に達しました。

 心を決めた月の神様は王女様の元に急ぎました。神様のままで登場すると驚かせてしまうので、森の中で人間の医者に変身して、城に急いで行きました。


「もしもし、王女様。私は医者なのですが王様の具合が良くないときいて、こちらに参りました」

 突然現れたお医者さまにも、王女様はあまり驚きませんでした。誰か来て下さったらと願っていたので、その願いが叶ったかのように思えました。

「まあ、お医者様!宮廷のお医者様も、力を尽くして下さっているのですが父はいっこうによくならないのです」

 王女様はしょんぼりとしています。でもまだ、希望は失っていないことが神様には分かります。

「もしよろしければ、私に診せて貰えませんか」

「勿論ですわ、お医者様宜しくお願いいたします」

 お医者様の澄み切った瞳をみて、普通の人ではないと王女様は理解していました。もしかしたら伝説にある、月の神様のお使いの方かもしれない。そんな予感がしたので王様を診せることにしました。この方ならもしかしたら……治してくれるかもしれないと思ったのです。


「父上、お医者様を連れてきましたわ」

 王さまは自分のベッドの上で辛そうに横たわっていました。

「新しい医者か?儂はもう長くないかもしれない」

 その言葉を聞いた王女さまの心が悲しんでいることが、すぐに月の神様には伝わります。 

「そんなことを仰らないで!どうか先生、お願いします」

 月の神様が変身したお医者様は脈をとりました。かなり弱々しいです。でも肉体そのものはまだ元気です。体調が悪い原因をさぐると、王様をねたんだ者の呪術だと判明したので、それを二人に説明しました。王様の部屋の何処かに、呪詛の紙が潜んでいるはずだと。それを取り除けばすぐに回復すると伝えました。

「儂のことは構わないが、后や王女に呪詛はかかっていないのかね?」

「はい、王様だけでございます」

「よければそれを、探してはもらえぬか?」

 もちろん承諾し、お医者様は部屋を探します。正確には探すふりです。実際には神様の持つ聖なる力で王様に活力をおくり、禍々しい呪詛を跳ね返すように、再度聖なる力をかけます。そして部屋に置かれた呪詛の紙を、月の神様の夜空色の瞳が見つけ出しました。

 実際にそばに近づくと……ある国からの贈り物のようです。

「王様見つけました、こちらです」

 差し出した物をみて、王女様が悲しそうな顔をしました。

「それは隣国の更に先にある、北の国から贈られた物ですわ」

「こちらをお預かりしてもよろしいですか?害が王様に回らないようにして、処分致します」

 少し元気になった王様はいいました。

「儂に呪詛をかけたものがいたとしても、こういうことはしないようにしてほしいものだ。話し合いで解決できることの方が、世の中は多いのに」

「私もそう思いますわ。お医者様、こっそりと呪詛を処分なさって下さい。北の国には秘密にしておきます」

 月の神様は自分が守護している王家の人の心が、昔と同じく、とても清らかなことに心から喜ばれました。

「分りました、ではこちらは持ち帰ります。徐々に具合が良くなりますからご安心下さい」

 月の神様の扮するお医者様は優しく頷きました。


 王女さまに導かれ、お医者様は王女様のお部屋に戻りました。呪詛は神様の力なら一発で消し飛ぶのですが今は人間なので、少しずつ呪詛をかるくする魔法をかけていました。

 全て普通の人には見えない事ですが、王女様は生まれつき不思議なものを見る能力を妖精に授けられていました。

「お医者さま、父のために呪詛を消してくださっているのが分かります。本当に有難うございます」

 月の神様であるお医者様は驚きました。よくみると自分と同じ夜空色の瞳です。この国では夜空色の瞳は殆どおらず、青や緑がおおいのです。

 夜空色の瞳は、優れた術者になる才能をもった者にしか現れません。

「たいしたことはしていません、家に帰ったらきちんと処分致します」

「お礼がまだでしたわ、これをお持ち下さい。白く光るお守りのネックレスです」

 王女様は自分にとって一番大切なものを渡そうとしたのです。父の命が救われたのですから、できるなかで最上の物が贈りたいと考えたのです。それを悟った月の神様は驚きました。

「いえ、王女様それは手放してはいけません、王女様がお生まれになってから、ずっとつけているものでしょう?この国の守護神のお力がはいっている貴重なものをいただけません」

「ですから差し上げたいのです。あなたのような親切な人に差し上げれば、きっとネックレスも喜びます」

 押し問答になりましたが月の神様はネックレスを受け取りました。更に良いものに改良して再度王女様に授けることにしました。

 王女様はなんとなくですが、自分にいいことが起こりそうな気がして驚きました。父が病気なのに、なぜ明るい気持ちに思えるか不思議になりました。自分の持つ才能に、王女様は気づいていなかったのですが、月明かりの元に立つお医者様を頼りになると感じました。それに――誰よりも月の光が似合うことにも。

 普通の御方ではないのだろうと思いました。高名な術者兼お医者様なのだろうと、自分を納得させていました。

 でも自分の勘が違うと言っています。一体これはどうしたことでしょうか。

 神様が降りてくるのはお祭りの時だけと決まっているのに、不思議なことに、そのお医者さんは神様のような気配がします。王女様はとても気になりましたが、その気持ちを奥底にしまい込みました。

「今度、そうですね――明後日の夜にまた来ます。その頃には王様も良くなっていますよ」

「有難うございます。また必ず来て下さいね」

「分りました、必ずとお約束します」


 こうして月の神様は宮殿をでて、誰もいない森の中で神様の姿にもどりました。呪いの道具は神様の力で、純粋な良いエネルギーに変換して宇宙に投げ込みました。

 こうして空には一つ明るく、青白い若い星が誕生しました。呪いの道具は生まれ変わったのです。

 手にしたネックレスは神様が直々に改良を加えて、頃合いを見て王女様に返すことにしました。心の澄んだ王女様が夜空色の瞳で、自分と同じ事に月の神様は驚いていました。子供の頃は、普通の青い目だったのになぁと思いました。

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