第662話 言えたじゃねぇか

 王都には先祖の魂が現世に還ることを祝って宴を催す魂宴こんえんという風習があるが、迷宮都市ではそのついでに精霊祭が開催されている。


 精霊祭は初めこそ精霊術士がダンジョン外でも精霊と契約して戯れたいというだけの行事だったが、その規模は年々大きくなり今となっては迷宮都市の一大イベントとなっている。


 特に精霊との触れ合いやグッズの売買は一般の人々にも好評であり、即売会として機能していた。ノームにより作られた様々な土器やウンディーネのお水ボトル、サラマンダーの木炭にシルフの扇子などグッズも幅広い。


 そんな精霊祭まであと一ヶ月ということで、お祭りを予告する垂れ幕や精霊を模したオブジェなどがギルド第二支部に向かうまでの街道にちらほらと窺えた。


 その中で熊人のようにタッパが良く盛り盛りなノームのモニュメントを見て思わず足を止めた努に、隣を歩いていたハンナは途端にしらーっとした目になった。



「なんっすか。随分じろじろ見てるみたいっすけど」

「表現の自由が凄いなって。身長僕よりデカい」

「師匠、チビっすもんね。無限の輪の中じゃ」

「流石、鳥人のデブは言うことが違うね」



 自力で飛べる体重を維持することを美徳としているためか、鳥人の美的感覚はいかにスレンダーであるかが重視されている。元々背中に翼がある時点で飛ぶことは出来ないハンナのような鳥人でも、その感覚自体は持っている。



「ぐーっ……!!」



 なので努の反撃は巨乳のハンナにとってはまさにクリティカルであったが、先にチビ呼ばわりしたのは彼女の方である。思わず拳が出るのを自制する理性はあったのか、ハンナは妙な呻き声を上げたっきり喋らなくなった。


 しかし努から特にフォローすることもなく、お互いに無言のままギルド第二支部の道をすたすたと歩いていく。そしてクランメンバーとの待ち合わせ場所である大きな木々が植えられた広場が見えてくる。


 ただこんなにも険悪な空気のままクランメンバーと合流するのは良くないと思ったのか、ハンナは口火を切ろうと目を彷徨わせる。そうしている内に仕方がなさそうに努は振り向いて彼女の顔を覗く。



「どうかした?」

「……ごめんなさいっす」

「いいよ、気にしないで」

「………………。えっ、師匠は?」

「えー?」



 こっちから謝ったんだから次はそっちの番だろうと目を見開いたハンナに、努は冗談っぽい顔でそっぽを向く。



「先に言葉で刺してきたのはそっちなんだから、単にやり返した僕が謝る必要はないでしょー。正当防衛です」

「はぁ……師匠、そんなんじゃモテないっすよ?」

「別にいいです~、これ以上弟子からモテなくて~」

「……たまにおっぱい見てくる癖に」

「いや、本当にすみませんでした」



 そう呟かれた途端に変わり身のような速さで謝ってきた努に、ハンナはよろしいと深く頷いた。そして追撃するように伏し目がちに彼を一瞥する。



「でも本当に前より見てくるの増えた気がするっす。視線がやらしいっすよ?」

「嘘―? クランメンバーにはその辺り相当気遣ってるはずだし、ないと信じたいけど」

「デブって言ってきたくせにデブ好きそうっすよね。さっき見てたノームもふとましかったっす」

「鳥人の男たちは軒並み女性の骨が浮いてれば浮いてるほどいいって言うけど、僕は無理だね」

「ふーん……ま、それはそれとして鳥人にデブって言うのは有り得ないっすけどね。あたしじゃなきゃ蹴られててもおかしくないっすよ?」

「それを言うなら男にもチビデブハゲは禁句だろ。仮に自虐ネタにしてても人から言われるとブチ切れるもんだぞ」

「わかったっす。師匠、チビじゃない」

「ハンナ、デブじゃない」

「…………」

「仲良くしよ」



 そのやり取りで再び不穏な空気を醸し出し始めたものの、最後には停戦協定するように握手して二人は仲直りした。そして集合場所の広場に行くと白い猫耳に小さな青いリボンを付けた猫人をすぐに見つける。



「エイミー、デブじゃない」

「鳥人から好かれそうだね」

「エイミー、ガリじゃない」

「やかましいっす」



 その猫耳で努たちの声を聞き分け会話を聞いていたであろうエイミーの小ボケに、ハンナはにべもなく返す。それから体型について女性陣があれこれ喋っていると、ガルムとアーミラも時間通りに合流してきた。



「何だぁ? チビやらデブやら言ってるが」

「気にしなくていいよ。PT契約行こうか」



 昨日はカミーユの家で手入れされたからか長い赤髪が艶やかなアーミラは、きょとんとした顔のままPT契約の列へと向かう。すると鎧を着込んだガルムが努に挨拶がてら目を合わせる。



「今日もレベル上げか?」

「だね。銀の宝箱も粘りたいし。覇桜の薙刀はもう嫌だ……」

「まともに振れないもんね、ツトム」

「箱入り娘の方がよっぽど振れそうだぜ。腰が入ってねぇんだよな」

「言われてるっすよ、師匠?」

「僕はユニスじゃないし、ステファニーでもないんだよ」



 今のところアルドレットクロウは努やユニスに匹敵する刻印士がいないこともあり、一軍がここで小休止を取ることに不服はないだろう。それに帝階層の装備もまだPTメンバー全員分は確保出来ていないので、宝箱集めもこなさなければならない。



「レベリングのペースは悪くない。この調子ならスタートラインには立てるね」

「お狐様に感謝だな?」

「脳ヒールしたら二晩でやってくれたよ。幸運者で良かったー」

「……い、言わない。あたしは言わないっすよ」



 経験値UP(小)(中)の同時刻印はとにかく試行回数がいるが、ユニスも今は第一線の探索者として活動しているのでとにかく時間がない。そのため彼女は刻印装備の対価として努に脳ヒールの回数券を要求し、交渉は成立した。



「ただこっちの宝箱があまりにも渋い。僕は覇桜引くし、ガルムも剣引くし」

「悪くはないが、出来るのなら盾なり鎧のどちらかは欲しいところだな」

「ね。避けタンクの下振れも考えるとガルムの装備は万全で行きたい。そのためにまずは宝箱から盾と鎧は出さなきゃいけないし、それに刻印しなきゃいけなくて、そのために刻印油集めて……これを五人分」

「それまでステフが待ってくれるかにゃー?」

「もって二週間かなー。アルドレットクロウもここで刻印士育てておきたそうだけど、180階層のお預けに耐えられない観衆とスポンサーが圧力かけるだろうし」



 いくらステファニーが無限の輪に先手を譲ると言っても、それが三週間、四週間と続けば流石に他のクランも黙っていないだろう。PT契約を済ませた努は投げやりに天を仰いだ。



「その間に階層主戦に向けたPTの調整もしなきゃだし、ここ二週間は修羅場だ。気張っていこう」

「ディニエルが帰ってきたら文句でも言われそうっす。休みが減ったって」

「そういや前に休みがどうこう言ってなかったかあいつ? 今じゃあいつが週一休みになってるが」

「正気の沙汰じゃなくなったのはエルフだったか……」

「……あー、よく覚えてんなぁお前? 気持ち悪」

「いや、なんで急に刺してきた?」



 アーミラからの辛辣な突っ込みに努がお前もかと見返していると、ハンナが今がチャンスだと彼の服を引っ張った。



「今っす! 竜人に効く悪口!」

「ハンナが言いなよ」

「うーん。……うろこまみれ!」

「なんだぁ抜け毛まみれ? 羽根毟るぞ?」

「………」

「やめてあげなよ」

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