第663話 努ママ

 それから努たちPTは一週間、経験値UPの刻印装備を着回してのレベリングを行った。時々休憩こそ挟むが神のダンジョンには計18時間潜り、3時間休憩、3時間睡眠で活動することで全員レベル180後半まで辿り着いていた。



「うぉー!! 全然眠くないっす!」

「寝ろ。死ぬぞ」

「でも寝れないっす! ちょー元気!」

「まだ出力下げなきゃ駄目なのか……。取り敢えず横になって」



 そんな強行軍が出来るのは努の脳ヒールあってのことだが、その作用には個人差がある。ハンナ以外の三人は多少の調整で問題なかったが、彼女だけは同じようにかけるとクランハウスに帰ってきても目がバキバキになってしまっていた。



「鑑定。アンチテーゼ、ハイヒール」

「またそれっすかー? それって攻撃スキルだから打っちゃ……すぅ……」



 努が自身で試した結果としては脳ヒールを使えば三日三晩寝ずとも活動可能だったが、その後には妙な動悸やめまいが頻発するようになった。それを治すには数時間以上寝るか脳ヒールするしかないが、その状況下では妙に目が冴えて眠れなくなることもある。


 だからといって脳ヒールに頼ると臭い物に蓋をすることとなり、いずれアルドレットクロウの元探索者たちのように壊れることは確実である。なので努はもし自然と眠れない場合はアンチテーゼによる反転ヒールで脳を疲れさせることで、強制的に寝つけるようにしてそれを解決していた。


 そんな処置によりベッドに入って頭を掴まれ十秒で寝落ちしたハンナを前に、エイミーは尋ねるように白い猫耳を横に倒した。



「これさ、ホムラみたいになってない? ハンナちゃん」



 限界の境地を脱した後にオーバー脳ヒールを受けてからは呪いのゴスロリ人形が如く努を見つめるようになった、アルドレットクロウの一軍で暗黒騎士をしているホムラ。そんな彼女のことを話題に出してきたエイミーに、努は慎重に言葉を選んで答える。



「単に疲れさせて眠らせてるだけなんだけど、変に癖づいている気もするね。僕がここまで調整出来ないわけもない。ま。脳ヒールも明日で終わりだから大丈夫かな」

「だよねー。……じゃあアンチテーゼでめっちゃ疲れさせて、それからオーバーヒールで全回復したらホムラみたいになる感じ?」

「ホムラが特殊なだけだと思うけどね。実際、ガルムとかダリルも似たような状況になることはあったけど、あんな風にはなってないじゃん?」

「ふーん……?」



 その理論には理解を示したものの何処か納得はいってなさそうなエイミーに、努は素知らぬ顔で横向きに寝るハンナに毛布をかけて部屋を出る。そして眠そうなエイミーにもおやすみの挨拶をして自室に戻った。



(まぁ、やろうと思えばホムラみたいに出来るのは間違いない。今のところは僕の脳ヒールじゃなきゃそこまではならないっぽいけど)



 努が検証したところ脳と身体に負荷をかけHPが10を切った状態で精神力を強めに込めた脳ヒールで急激に治すと、ホムラのようにぶっ飛ぶのは恐らく人類共通である。


 ただ常人はHP10以下まで自身で追い込むことなど到底できず、20が関の山だろう。限界の境地に入れるホムラなどでなければそこまで脳と身体を酷使することは出来ず、それこそ火事場の真っ只中でもなければ不可能である。



(自分から過酷な環境に身を投じて追い込めるのは精々HP20だけど、人からアンチテーゼで追い込まればそこまで無理なく可能。それでいてHP1まで追い込めるから、これが広まると色々不味そうだ……)



 幸いなことにアルドレットクロウがやらかしたことで脳ヒールは禁忌のような扱いをされているため、この技術が発展するのは当分先だろう。だがいずれホムラのようなぶっ飛びを求めて白魔導士がアンチテーゼ脳ヒールするのは時間の問題なのかもしれない。



(脳ヒールを味わうために自ら地獄に突っ込むド変態タンク集団が生まれてしまう……。僕は御免だけど、いずれ出てくるだろうな。タンクのやる気なんて高ければ高いほどいいし)



 タンクとして脳と身体を酷使し交代時に脳ヒールを求めて尻尾を振りながら帰ってくるガルムとダリルを想像してげんなりした努は、限界の境地に至れないゼノを大切にしようと心に決めた。


 そんな一幕がありながらも努PTの平均レベルは180後半まで上げ切り、アルドレットクロウの一軍を越した。その後の一週間は少し変化したステータスや新スキルの慣らしと、未知の階層主戦に向けての訓練が始まった。



「うーん、悪くはないけど良くもないにゃー」



 訓練の二日目にエイミーは187レベルで覚えたドゥームバウンスという新スキルを百羽鶴相手に試してみたが、戦闘終わりにはどうもしっくり来ない様子で双剣をくるくる回していた。


 ドゥームバウンスは双剣をかち合わせて共振させることでデバフ系スキルを跳ね返すスキルだが、大半のデバフはヒーラーがすぐに治せるのでわざわざアタッカーの精神力を割く必要はない。


 神のダンジョンで得られるスキルは『ライブダンジョン!』を踏襲しているからか、必須級のスキルはそこまでレベルを上げずとも手に入る仕様である。ドゥームバウンスもヒーラーが欠けている限定的な状況であれば使えるスキルだが、それ以外では精神力のコスパが合わない。


 エイミー以外のPTメンバーも新スキルについては概ねその仕様からは外れず、若干上がりはしたステータスによる身体感覚の慣らしを主にしていた。ただそれも劇的に上がったわけではないので、アーミラは渋そうな顔で毒づく。



「レベル20近く上げてこれっぽっちかよ。しけてんなぁ」

「ねー。STR上がったの精々半段階くらいじゃない? あとは関係ない別のステータス上がってる感じ」

「今でこれならレベル200超えても希望は持てねぇな」

(どんなゲームも最高難易度まで行くとパワーインフレ恐れて渋くなるからね。僅かな差に何十時間もかけるのはデフォだよ)



『ライブダンジョン!』に限らずどのゲームでも通る道に文句を垂れているアーミラとエイミーに、努は内心で後方から腕を組んで見守っていた。そんな彼の肩にハンナはぴょんと飛び乗りのしかかる。



「今回はあたし、言うこと聞けたっすよねー?」

「悪くはないね。こっちが命令しないと引く気配もないのは相変わらずだけど」

「つまり、いいってことっすね!」



 そのままおんぶの状態から腰を下ろして地面に下ろされたハンナは、にっこり笑顔で答えた。それに努も笑顔を返したがその表情は何処か固い。



「僕の負担が凄いんだけど? 何でPT全体の指示出しに加えて、ハンナの手綱まで任されてるんだよ」

「いやー、PTっすねー」



 ハンナはトップクラスの避けタンクと魔流の拳による驚異的な火力を併せ持っているが、大体はそのどちらかに偏ってしまう。最近はそこにバッファーの進化ジョブによるダンスも一つまみされるので、大抵はろくな結果を生まない。


 進化ジョブに傾倒するあまりヒーラーがお粗末になる典型的な白魔導士のような立ち回りが彼女の現状である。とはいえ魔流の拳を禁止すればそこそこ強い避けタンク止まりとなり、アタッカーに振り切るのはやりたがらない。


 なので魔流の拳に必要な魔石の運用と避けタンクとしての引き際を努が完全に管理することで、何とかその2つを両立させていた。そのために努は戦闘中にハンナの動きに対してのコールを何度も出し、のど飴を舐める羽目になっていた。



「じゃ、今日もアンチテーゼよろしくっす~」



 それでも今までのハンナは時折集中しすぎて指示がすっぽ抜けることもあったが、努のアンチテーゼで寝かしつけられるようになってからは指示無視が明らかに減った。そして今日も恥ずかしげもなく頼んできた彼女に、努は静かに首を振る。



「今日からはもう脳ヒールしないからないよ」

「え、聞いてないっす」

「聞けよ。朝にも言ったわ」

「やだ! もう慣れちゃったっすよ! 三時間しか寝ない一日に!」

「それを続けてたら探索者も出来ない病人になるんだよ」



 そう忠告されたハンナはぐぬぬと唇を噛んだが、名案を思い付いたように青いアホ毛を揺らした。



「……あっ、じゃあアンチテーゼで寝かせるやつだけでいいっすよ。あれは大丈夫っすよね?」

「何で僕が寝かしつけに付き合わなくちゃいけないんだ。赤ちゃんかよ」

「ばぁぶ!!」

「23歳の赤ちゃんキツいって」

「ツトムママー!!」

「エイミー、お前もか」



 お菓子をねだる駄々っ子のように暴れている女性陣二人に、アーミラとガルムはドン引きした顔をしている。努も白けた目をしているとハンナは寝転んだままカッと目を見開いた。



「あれのおかげで指示も聞けるようなもんっすよ!」

「……まぁそれで本当に聞けるなら別にいいけど、エイミーは駄目ね」

「にゃ、にゃんでー!?」

「脳ヒール目的で纏まるPT、不健全すぎるだろ。金色の調べじゃあるまいし」

「おっ、なら俺も乗っといた方がいいか? 赤ちゃんプレイは御免だが」

「はぁ……。まだアーミラちゃんにはわからないみたいだね、この道は」

「っすねー」

「……お前ら、ぶっ飛ばすぞ?」



 地面に座りながら訳知り顔で謎に見下してくる二人を、アーミラは牙を剥くような顔で睨みつける。その間に何とかしろと視線を投げかけてくるガルムに、努は軽くため息を吐いた。



「今度は僕が逃げる間もなく守ってくれるんだろ? 期待してるよ」

「……そう言われるとな~、わたしはこっちかな~」



 そんな努の言葉にエイミーはいそいそと立ち上がると彼側に寄った。そして何やら連帯している様子の四人を前に、ハンナも愛想を尽かしたフリをした親でも追いかけるように立ち上がった。

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