第655話 助けた意図

「これか~~~」



 その後努たちPTはアーミラの神龍化により遂に粒子化し始めた百羽鶴に率先して止めを刺し、ドロップした折り紙で構成された大きめの鍵をエイミーが確保した。



「に゛ゃ」



 しかし彼女がその鍵を手にした途端、未だ健在である千羽鶴のヘイトがガルムとハンナから逸れた。その殺意を感じて白い尾を逆立てたエイミーは瞬時にそこから退避し、殺到した光線を避けた。



「パス!」

「え? ……えーーっ!?」



 それが千羽鶴のヘイトを稼ぐ代物であることを理解したエイミーはすぐにハンナへ投げ渡した。そして貧乏くじを押し付けられたことに気付くのが遅れた彼女は、周囲のPTメンバーが一斉に離れ始めたことでようやくそれを悟る。


 ハンナは背後から迫る千羽鶴と式神:鶴の群れから放たれる光線を横に滑空して避け、努が逃げている方向に被らないようにした。そして南京錠のついた黒門がある方向を確認しつつ、一先ずフライで逃げ惑う。



「一旦ガルムに投げ渡せ!」



 だがいの一番に逃げていた努はある程度距離を取った後に立ち止まり、拡声器で指示を出しマジックバッグを漁り始めた。ガルムはそんな努の指示に従いハンナの近くへと向かい、鍵の受け入れ態勢に入る。



「よいしょー!」



 それからハンナは千羽鶴からの光線が緩まる一定のタイミングを計った後、同じく待っていたガルムに鍵を投げ渡した。そして黒門の方向に向かいながら手招きする努とその隣にある物に目を輝かせた。



「仕上げるよ。派手にぶちかませ」

「りょーかいっす!」



 バリアの台座に乗せられ準備されていた無色の大魔石を携えた努にハンナは元気よく返事し、それに喜び勇んで両手をつけた。そしてその魔力を存分に回収して青翼で変換し全身に巡らせる。


 努のPTでは久々な魔力量をその身に宿したハンナは、早速その両手をかざしガルムを狙っている式神:鶴の群れに目を付けた。



「食らえっすーーー!!」



 今まで制限されていた魔石では到底放つことが出来なかった掌底は魔力の波を纏って空気を伝わり、式神:鶴の群れを吹き飛ばした。そんな彼女の力を間近で見るのは久しかったガルムは散っていく式神:鶴を前に驚いたように目を見開き、頼もしそうに鼻を鳴らした。


 その反動を制御したハンナはすっきり爽快とした様子だったが、途端にジトっとした目で努に振り返った。



「いい加減待ちくたびれてカムラに浮気するところだったっすよ?」

「それは僕の台詞なんだけど? まともに避けタンクしてたらもっと早い段階で魔石の量増やしてたぞ」

「ちぇー」



 先ほどの掌底を放ってもまだ余力のあるハンナは唇を尖らせた後、鍵を持つガルムを狙う千羽鶴にも牽制の魔正拳を放った。そのままガルムが離脱できるようエイミーとアーミラも火力をもって援護し、じりじりと黒門に向かって努PTは進んでいく。


 だがいくらハンナの魔石制限を解放したとはいえ、千羽鶴から無限に生み出される式神:鶴の群れが全滅することはない。身を挺して鍵を守っているガルムはクリティカル判定をもらわないよう光線を盾や鎧で受け、持ち前の高いVITと努の支援回復によりその歩を止めずに進む。



「……さっさと行かないっすか?」

「千羽鶴振り切ると瞬間移動で追いつかれて逆に不意打ちもらうんだよね。ここまで来て鍵ロストはしたくないじゃん?」

「じゃあ今までの分もぶっ放しとくっす!」



 千羽鶴の移動速度はゆったりとしているが、ヘイトを持った状態で一定距離を離すと瞬間移動して追いついてくる。その瞬間移動はランダム位置だが運悪くそれに巻き込まれると騎士のタンクですら即死するため、光線を凌ぎながら離れすぎずに進むのがベターである。


 その方針を聞いて今までのストレス解消と言わんばかりに魔流の拳を乱打し始めたハンナを殿に置き、努たちは176階層へ続く黒門へと進んでいく。



「最後の解錠はエイミーでよろしく」

「……何だろう。最近ツトムから嫌な役ばっかり押し付けられてる気がする」



 ハンナは解錠にわたつき光線に焼かれて死ぬ未来が見えるし、アーミラは新たな神龍化の影響で目がしょぼしょぼしているので怪しいところだ。だが深淵階層の斥候役を任されてから何かと便利に使われている気のしたエイミーは、努の指示にげんなりした顔をした。



「伊達に最古参の探索者じゃないでしょ。頼りにしてるよ」

「そーいうので釣ってるから弟子たちがご乱心なんじゃない?」

「お気持ちで人を動かすのが何だかんだで効率良いんだよね。探索者は金じゃ中々動かないし、名誉心くらいしかくすぐるものがない」

「その手口、刻印装備売る時にもやってたよね。古参の探索者からすればツトムは一目置く存在だったし、それに認知されて応援されたら張り切るよそりゃ」

「エイミーも張り切ってくれてもいいんだよー」

「張り切りすぎると碌な目に合わないからねー。双波斬、双波斬」



 はいはい双波斬双波斬みたいなノリで相槌を打たれたことに努は含み笑いを漏らしつつ、ガルムへ重点的に支援回復を行い身体を持たせる。そしていよいよ黒門が目に見えてきたところでガルムからエイミーに鍵がパスされた。



「シールドバッシュ」

「一刀波」

「最後っ屁っす!」



 その瞬間に移るエイミーへのヘイト。すぐ傍まで追いついてきた式神:鶴の数羽をガルムは盾で迎撃して打ち払い、ハンナは大方の魔力を纏めてぶっ放し千羽鶴をも揺るがした。アーミラも気力を振り絞り援護の斬撃を放つがふらつき、見かねた努に補助される。



「解けた! 脱出!!」



 その間に後ろからのプレッシャーに臆することなく南京錠を素早く開けたエイミーは、黒門を縛る鎖を投げて扉を開く。アーミラに肩を貸していた努はまず彼女を先に黒門へと進ませる。



「あーーーっ」

「ぐひぇあ」



 そこへ最後っ屁の反動ですっ飛んできたハンナがアーミラにぶつかり、そのまま二人は176階層へと進んでいった。そんな顛末に努は目を丸くした後、呆れたように視線を彷徨わせた。



「双波斬」

「げっ、ハイヒール、メディック」



 解錠により鍵が失われてからはヘイトが元に戻ったのか、ガルムは式神:鶴に粘着され千羽鶴にも狙われ始めている。このまま千羽鶴に光線を撃たれると黒門が巻き込まれて消滅しかねないので、ガルムは一人残る決意を固めて足を止めた。



「やだね。いいから来い!!」



 そんなガルムの心中覚悟を察した努はそう叫び、黒門前から梃子でも動かぬ姿勢で彼に支援回復を送る。エイミーもかったるそうな顔はしつつも双波斬での援護を続け、彼の突破口をこじ開けた。


 このまま残っては三人とも無駄死にだと理解したガルムはすぐに走り出し、式神:鶴の光線をいくつか身に受けながら最短距離を駆け抜ける。そして千羽鶴が辺り一帯を飲み込むような規模の光線を放つ。


 黒門が閉じられたと同時に着弾した光線は地を抉った後に爆発し、175階層の森林を焼き尽くす。その影響で黒門もろとも消滅し、神の眼はその役目を終えて消えた。



「ギリギリ、セーフっ」

「こいつが変に足止めなきゃもっと余裕あったでしょ」

「黙れ」

「どうせダリルみたいな感じになりたい算段だったんでしょ? やらせませぇーーーん」

「おい……。あのガルムとエイミー無言の連携を想像した僕のお気持ち返して……」



 そうして努PTは五人揃って176階層へと足を進めた。

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