第654話 ツトムファン過激派

「あれでよくステファニーに喧嘩売れたもんだな。反吐が出る」



 遠目でディニエルが長耳をぴんぴんさせていたことにも気付かず努を酷評していた迷宮マニアの男。その周囲にいる獣人の迷宮マニアたちは戦々恐々といった様子で獣耳を畳んでいる。



「元ツトム信者はよくもまぁ飽きないね」

「ステフに転向しても師匠って立場だし、嫌でも目に入ってくるしなぁ」

「可愛さ余って憎さ百倍ってね」

「可愛い……? ツトムが……?」

「ツトム可愛い可愛くない論争は置いておいて、無限の輪が正面衝突を避けたのは事実だろ」



 神台で見る限りツトムPTが百羽鶴の討伐に切り替えたことは窺えるので、元ツトム信者の男は下らなそうに息を吐く。それをよそ目にディニエルらしき人物が立ち去ったことを確認した迷宮マニアたちはようやく胸を撫で下ろし、命知らずの彼から不審がられていた。



「とはいえ百羽鶴倒したら鍵が出る保障もない。それに仮に出たとしても千羽鶴光線でロストする可能性もあるし、そうなったら否が応でも戦いになるだろ」

「じゃあアルドレの一軍が18時間かけて討伐した千羽鶴が正しいとでも? あまりに過酷すぎでしょ」

「今までの傾向からして百羽鶴討伐の線が妥当な気がする。千羽鶴討伐は呪寄装備なしでウルフォディアみたいなもんだろ」

「いーや? 呪い耐性の刻印装備なしで呪い部屋攻略くらいだろ。時間かければいけそうな難易度だし」



 元々迷宮都市では神のダンジョンを推し量るような行為は畏怖されていたが、今となっては迷宮マニアがメタ的に神のダンジョンについて考察することも珍しくなくなった。最近は神のダンジョンの禁忌を侵しステータスを没収される探索者を見ることもない。


 そんなツトムPT目的の迷宮マニアがあれこれと話している中、四番台に映るシルバービーストのユニスPTを見ている迷宮マニアは訝しげに首を傾げていた。



「意外とユニスPTも戦いにはなるか……? 少なくとも悪くはない」

「なんか急にやる気出て食い込んできた感じあるよな。なんかあったっけ?」

「師匠に撫でられたい健気な弟子の一面知らんかー。あれでステファニーをけしかけるつもりが狐も釣れちゃってて笑うんだよね。いずれ刺されるだろ」

「でもユニスソニア以外の奴ら、名前も知らねぇぞ? 流石にアタッカーが無名は無理だろ」

「中堅どころは刻印装備さえあれば光るのごろごろいるだろ? 伊達で何年も探索者続けてたわけじゃねぇし」



 現状の最前線はアルドレットクロウ、無限の輪PTが主軸であるが、動画機を巡る争いからいち早く抜けたシルバービーストのユニスPTもそこに食い込んではいる。最前線で通用すると保障されているのがソニアしかいないそのPTは、新たな風を吹き込む新参として注目されていた。



「ハンナから解放されたコリナいいね。リーレイアの精霊奴隷にもならずに済みそうだし」

「ピーキーな奴らは全部ツトムに吸われたからな。クロアも別に無難っちゃ無難だし」

「槌士より槌士してる祈禱師」

「ゼノコリナリーレイアの安心感たるや。並びがいい」

「むーん!」



 ゼノPTもリーレイアの自我が落ち着いてからは数年組んでいただけあってか安定感を取り戻し、その土台を踏みしめコリナとクロアの打撃陣二人が爆発力を生むようになった。


 ゼノの進化ジョブを用いたエクスヒールによるヘイト取りは、ダメージを蓄積したまま動くことの多いダリルにとっても恩恵がある。それによりタワーシールドを両手に持つ彼の頑丈さは更に活かされ、要塞のようにPTメンバーを守っていた。


 迷宮マニアたちが様々な神台に目移りしている中、ツトムPTの175階層で今まで見られなかあった動きが観測され目を引き始める。



「百羽鶴と千羽鶴を戦わせて分散しつつって流れか」

「だとすると聖騎士は相性悪いなー。無限にヘイト溜めちゃうし」

「何であれで避けタンクが死なない……?」



 今までのPTは巨大社の脱出後は百羽鶴を放置していたが、ツトムPTは分離した千羽鶴に任せることなく視界に捉え続けていた。その結果として三つ巴が発生し数多もの光線が発射される乱戦となっていた。


 そんな乱れた戦場において一撃が致命傷になり得る避けタンクは不利になるはずだが、ハンナはひーひー泣き言こそ喚いているものの死んではいない。もはや当然のように光線をパリィしているガルムはヒーラーの努を直々に守り、未だに神龍化状態のアーミラは暴れ散らかしている。



「あの目新しい神龍化、効果時間長いな。小さく纏まってるからか?」

「とはいえまだ制御は出来てないっぽい。メディックで治りは……しそうだな。避けてるし」

「こえーな。モンスターと言われても納得するレベル」



 光線を掻い潜って放たれたメディックを反射的に避けたアーミラは、顔と一体化している龍兜の大口を開けてブレスを放たんばかりの形相をしていた。それに努はおー怖い怖いと肩をすくめている。


 それからも百羽鶴、千羽鶴、ツトムPTの三つ巴は続いたが、まずダウンしたのは神龍化していたアーミラだった。


 赤の鱗鎧に包まれていた身体の節々から白い蒸気が沸き上がり、彼女の動きは段々と鈍くなっていった。そして最後には努のメディックに当たり完全に解除され、インナー姿の彼女はエイミーに空中で保護された。



「武器無しであれかよ。エグいな」

「ジョブ補正もなさそうだし大剣使えるようになったら更に伸びるのか」



 そんな彼女の残した爪痕は黒の百羽鶴に深く刻まれ、再生能力に陰りが見えているからか火傷痕のような引っ搔き傷は完治しない。エイミーが戻ってくる間に再生の一息を与えないよう、努は進化ジョブを解放し風の斬撃を放つ。


 そんな彼のスキル回しだけを一心に捉えていた迷宮マニアは、メモ書きしていた手を止めて考え込む。



「……やっぱり精神力の計算が合わない。精神の気まぐれがあるにしたって、少なくともレベル160じゃないだろあれ。隠してやがるなっ」

「気まぐれが上振れることもあるからなー」

「いや、今回だけじゃない。ここ数戦はツトムのスキル回しだけ見てた。絶対におかしい」

「元ツトム信者の執念たるや……」

「うるせっ!」



 だがその指摘は私怨混じりとはいえ間違っているわけでもなさそうだった。迷宮マニアの中にも副業がてら刻印する者が増えたことで、刻印装備に対する知識は深まってきている。


 確かに精神の気まぐれという刻印によりスキルの精神力消費は稀に無効化されるが、努はそこまで強力なスキルを使っている様子はない。たかがヒール一つの精神力消費がなくなったところでたかが知れている。


 なのでそれを加味したところであんな綿密なスキル回しは不可能なはずだ。ツトムの精神力追い込みが特段激しいにしても、最前線のヒーラーならばそれに近しいことは可能だ。それはもう彼だけの強みではない。



「ステファニーの方がスキルの扱いも戦局目も上手うわてなんだよ……。もう出てくんじゃねぇよクソが……」

「こわぁい……」

「ほっとけほっとけ。180階層も終われば少しは落ち着くだろ」



 何やらぶつぶつ呟いているツトム過激派の男に、他の迷宮マニアは付き合ってられるかとひっそり距離を離した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る