第656話 フライでがぶっ

 それから努たちPTは176階層をチラ見した後、すぐにギルド第二支部へと帰還した。するとエイミーは帰ってきて早々にアーミラの顔を見て目をぱちくりさせた。



「お目目ぱっちりになってる」

「あ? ……あぁ、治ったわ」

「ヒールメディックでも治らないとなると、運用は大分限られるね。初期の龍化よりピーキーだな」



 全力の神龍化は単身で百羽鶴と張り合える強力なものであったが、その後の動きは精彩に欠け努の回復スキルでも万全な状態には戻らなかった。ある種呪いに近いデバフが付与されるとなると、最後のダメ押しに使う他ない。


 だがそんな努の評価にアーミラはへこたれた様子もなく、むしろ自慢するように薄い胸を張る。



「ま、これもいつか龍化みたいに成長するだろ? 伸びしろしか感じねぇぜ」

「ハンナみたいに神様から下方修正されないことを願ってるよ」

「俺はユニークスキルだし大丈夫だろ。愛されてるんでね」

「あたしも愛してほしいっす……」

「神も恐れおののくほど魔流の拳が強いってことだし、誇りに思いなよ」



 神のダンジョンにおいて魔流の拳を下方修正されていたハンナはそうぼやいていたが、努の返しで自尊心を取り戻したのかアーミラに張り合うように大きな胸を張った。



「やっぱりあたしが最強の避けタンクっす!」

「なら初めからやれや。ツトムに調教されなきゃまともに使えねぇのかよ」

「てか!! アーミラのあれ何だったっすか!? あたし知らなかったっすけど!? なんかエイミーは知ってた感じだったっすよね!?」

「口軽い馬鹿に教えるわけねぇだろ」

「ほぁちょー!」



 そう言われるや否やハンナはダチョウのような拳法の構えでアーミラに飛び掛かり周囲の注目を集める中、のっしのっしと背丈の小さい狐人が近づいてきた。



「突破おめ、なのです」

「何? その顔は」

「タンクをやる気にさせると噂のやつをとくとこの目で見たのです。やだね!!」

「もろパクリ野郎には何も言われたくないね」



 今のユニスPTは下位互換のリーレイア、ダリル、セレンを育てている有様なので、努は軽蔑するように見下げた。だが彼女はそんな視線にきょとんと目を丸くした後、にたーっと笑った。



「んぅ? 意外と良く見てるですねぇ~? そうなのです、ツトムの生み出したジョブのもろパクりなのですよー」

「それ、180階層までに仕上がると思ってるの?」

「ま、何とかするのです。このまま三竦みにすらならないのも癪ですし」



 今のところ帝階層はアルドレットクロウがトップを走り、そこに無限の輪が食らいつく形である。一応シルバービーストのユニスPTも競える位置にはいるが、観衆や迷宮マニアからはあまり期待されていない、


 なのでユニスはそうぼやいて話を打ち切った後、話題を移すように一番台を背伸びして見つめる。



「ステファニー。あの調子じゃ絶対180階層は先に潜らなさそうなのです。ツトムに怒り心頭なのです」

「だろうね」

「コリナに先行でもさせるのです?」

「自分から喧嘩売っといてやっぱやーめたは無理があるでしょ。先攻を渡されたら素直に挑むよ」

「……とは言いつつ?」

「それこそやだね、ってことだよ」



 そう答えるとユニスは首を傾げて沈黙した後、意地悪げに小さく拍手した。



「ちょっとは男らしくなったみたいで何よりなのです。拍手」

「そう」

「……そういえば百羽鶴、もう少し試行錯誤すればフェンリルみたいになるですかね?」

「さぁ」

「ディニエルみたいな話し方やめるですよ」

「175階層もパクられて突破されるのも癪だしね。答え合わせは出来たんだしさっさと潜ったら?」

「……ふふーん、なるほど。ステファニーに続いて私も挑発する気ですか」



 ユニスはとうとうステファニーと同列に扱われる時が来たかと感慨深げに頷いた後、ビシッと努を指差した。



「私だってツトムがいない三年間、探索者として牙を研いで来たのです! 180階層でその喉笛噛み切ってやるです!!」

「届くかなぁ、その身長で」



 狙ってみろと言わんばかりに顎を反らして喉を見せつけてきた努に、ユニスは望むところだと歯を剥いた。



「フライでがぶ、なのです!」



 ユニスはそう忌々しげに叫んで宣戦布告すると、こうしちゃいられないとPTメンバーのところへ戻っていった。そして努もPT契約解除のために受付列に合流すると、その獣耳で話の概要を何となく聞いていたエイミーがわくわくした目で彼を見上げた。



「180階層を初見で挑むってことは、リベンジマッチだね!! 奇しくもPTメンバーほぼ同じだし!」

「……100階層の?」

「もち! 今度は初見で突破しよっ!」



 24時間制限の黒バグを引き起こしたことでノーカンになっているものの、誰も先行していなかった100階層で努は爛れ古龍に敗走し挫折を味わった。同じPTメンバーとしてその一端を担っていたエイミーは、名誉挽回だとその目をたぎらせていた。



「次は失敗せん」



 そんなエイミーの言葉に流石のガルムも同意し、藍色の尾をぐるんぐるんと回していた。やる気十分な二人を前に努は気まずそうに目を逸らす。



「そうは言いつつコリナが怒涛の勢いで先行してくれたりしないかな、とは思ってたけどね」

「もしそうなったらそれはもう、コリナに空気読ませるよ。ガルムがちょっと圧かければ一瞬でしょ?」

「任せろ」



 エイミーの雑な提案にも乗ったガルムに、努は笑顔を投げやった。



「おい、急に仲良くなるじゃん。それ、さっきやって?」

「自殺願望剝き出し野郎には手厳しいだけだよ」

「自己主張の激しい神の眼マニアは言うことが違うな」

「オッケー、僕が悪かった。仲良くしよ」



 振り幅が激しい二人を前に努は降参するように手を上げて仲裁を計った。その間に喧嘩していたアーミラとハンナはギルド長直々に叱られていた。

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