第651話 殻とナメクジ
アーミラから神龍化の応用について聞いている間、ガルムは雄大と浮かぶ式神:千羽鶴のヘイトを取っていた。
千羽鶴の丁寧に編み込まれた七色の垂れ幕からは畳まれた形状の式神:鶴が抜け落ち、落下の反動でその身を開かせて滑空する。すると千羽鶴の根元で機械的に折られていた予備の式神:鶴が装填されるようにせり上がった。
計四十羽で編まれた一本が幾重にも束となって千羽鶴の体を形成している。そんな垂れ幕の中から顔を覗かせた巨大な鶴の頭は、鋭い口先からガルムを丸々飲み込むような光線を放った。
それを彼はフライを駆使して避け、背後の巨大社に大穴が開く。その他にも千羽鶴から排出されてから少し時間が経ち体が安定した式神:鶴がガルムの周りを飛び回り、ちゅんちゅんと光線を放ったり体当たりを仕掛けたりしている。
そんな彼を横目に式神:鶴に双波斬をありったけ撃って数を減らしていたエイミーは、余裕の欠伸をかましながら努の下に戻ってくる。
「本日は長丁場になりそうですなー」
「せっかくあのディニエルが夜通し頑張ってくれたんだ。こっちは楽していこう」
努はエイミーにそう返しながらハンナに外へ出るよう手で促し、黒い百羽鶴を千羽鶴の前に晒した。すると千羽鶴の頭が枝分かれし、探索者に向けるものと同じようなヘイトを持って百羽鶴に光線を放った。
「ハンナ、そのまま千羽鶴の後ろに回り込みながら百羽鶴をいなせ。反撃はするなよ。アーミラは千羽鶴の根元狙って湧きを抑えてくれ。エイミーはその援護」
「あぁ」
「おっけー」
まずは式神:鶴を延々と生み出してくる千羽鶴の機能をどうにかしなければ始まらない。だがその周辺には巣を守る蜂のように式神:鶴が飛び回り、今もガルムがヘイトを取っている巨大鶴も睨みを効かせている。
「にしてもよ、そんなに百羽鶴が憎いのかあいつら?」
「一人だけ黒くてずるい! ってやつだよ」
「口から触手生やしてるやつに嫉妬なんてするか……?」
本来の百羽鶴は赤や黄色など色鮮やかな趣向が為されているが、175階層ではインクリーパーによって染められたことで全てが漆黒に染まっている。それはそれで
元々百羽鶴の注意を引かせていたハンナにはヘイトを抑えるよう指示していたこともあり、黒の鶴は周囲から鬱陶しい光線を浴びせてくる式神:鶴を黒い触手で打ち払い始めた。
「げぇっ!」
その不規則な触手の乱舞に巻き込まれかけたハンナは命からがら見切って離脱し、分岐した巨大鶴から放たれた螺旋状の光線も無色の小魔石を砕き翼をはためかせ急加速して避けた。
そしてハンナは努の下に無傷で戻ってはきたが、光線の余波で自身の青翼が傷付いていないか気になったのか心配そうに後ろを見やっている。
「焦げてはないよ」
「いーやちょっとチリったっす。よく見るっすよ」
「……いや、わかんないね」
よく手入れされているのか艶のある青翼をわさわささせて見せつけてくるハンナに、努は何が何やらといった顔で彼女のマジックバッグに入れる魔石の選定を済ませた。
そんな彼の態度にハンナは大層不満げな顔だったが、バリアで作られた無色の中魔石や水魔石を見ると途端に目を輝かせた。そしてそれらをほくほく顔でマジックバッグに仕舞う彼女を横目に、努は戦場にいる三人に支援回復を送り進化ジョブを解放する。
「エアブレイズ、エアブレイズ」
千羽鶴の上部に近づいていくにつれてその周囲を飛び回る式神:鶴のヘイトは高くなるが、まだ手をつけていないこともありそこまでアーミラとエイミーは狙われていない。そんな彼女たちに努は火力支援で道を切り開きつつ、ガルムの周りを飛ぶ式神:鶴も倒しておく。
「パワースラッシュ!」
そして千羽鶴の上部に辿り着いたアーミラは早速式神:鶴を生み落とす編み物に斬りかかり、一刀で切断してみせた。それを迅速に破壊できるのは大剣士の強みであり、ステファニーPTのアタッカーである大剣士のラルケも同じように斬っていた。
その一刀だけでおよそ四十羽分の成果を挙げたアーミラ。だがその周囲にいた式神:鶴のヘイトは異様に跳ね上がり、ガルムと百羽鶴を相手にしていた巨大鶴はその首をもたげた。
千羽鶴からすればいずれ生まれる我が子の卵をごっそり落とされたようなものであるが、巨大鶴自体はほぼ治ったかさぶたが思わず剥がれたくらいの面持ちであった。
だがアーミラの周囲にいる式神:鶴はまさに怒髪天といった様子だった。風を切るような鳴き声を上げながら彼女に突貫する個体もあれば、自身の口先を溶かすほど熱の籠った光線を吐く個体もいる、
その中でもアーミラに落とされた編み物から生み出された個体はその首をあらぬ方向に曲げ、正座するように折りこまれていた足を突き破るように出した。そして空中をどたばたと発狂したように走りアーミラへと迫った。
「双波斬」
「一刀波」
その発狂個体は狙いを付けた者に近づいてから盛大に自爆する機能を持つので、二人は遠距離スキルでそれらを迎撃しつつ努の方へと離脱する。だが上半身から体を真っ二つにされてもその足は歩みを止めない。
「エアブレイズ」
「うらうらうらー!」
そんな二人が離脱できるように努も風の刃を飛ばして援護して切り刻み、ハンナは空を殴っての拳撃をいくつも放って式神:鶴を屠った。そしてエイミーとアーミラは式神:鶴が陣取る場所から急いで離脱し、冷や汗を拭いながら千羽鶴を見上げる。
「基本的にはこの繰り返しで、あと24本落とさなきゃいけない。半分落とすまでが鬼門だね。ここから更に数もヘイトも大きくなるし」
一本目の今はまだヘイトを稼ぐ範囲もそこまで広くないが、本数が増えていくにつれてそれは大きくなりより多くの式神:鶴が押し寄せるようになる。そんな未来予想にアーミラに嫌そうに舌を出した。
「グールかよあいつら。真っ二つにしても粒子化しねぇし」
「発狂個体は大分しぶとくなるね。アンデッド系統と思った方がいい」
「ならあの気味がわりぃ奴らさっさと浄化してくれ、白魔導士さんよ」
「聖属性の効き目は可もなく不可もない感じだね」
40羽で編まれた束が計25本。それらを全て切り落とさなければガルムがヘイトを取っている巨大鶴を仕留めることが出来ない。その束がある限り巨大鶴は百羽鶴以上の無尽蔵な再生能力を持つからだ。
「じゃあ半分切ったらちょーっと魔石も増えるっすかね?」
「増えないよ。束が解放されていくにつれてあの巨大鶴は強化されてくから、楽々になるわけじゃない。千羽鶴の枷を外した巨大鶴にはステファニーPTも苦戦してたし」
「ちぇー」
散歩中に隙あらばぐんぐんリードを引っ張ってくる犬みたいなハンナは、首輪がぴーんと張って苦しげになっても止めなければ車に轢かれて死ぬ。死神の目を持たない努でも彼女の死相は良く見えた。
「百羽鶴も活きがいいおかげか大分ヘイトを取ってくれてる。式神:鶴を狩るのも飽きたし、さっさと片付けようか」
「目指せ! 8時間討伐!」
「おーっす!」
エイミーの掛け声に魔石を支給されたハンナも張り切るように答え、その形状を変えた発狂個体を中心に拳撃を飛ばした。
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