第650話 お利口さん

「もうこの感じも最後にしたいねー」



 探索者を覗き魔とでも思っていそうなインクリーパーがいきり立つ様を眺め、エイミーはそう独りごちながら双剣を手の甲で曲芸のように回す。およよと逃げていく色折り神を見送るしかないガルムとアーミラも痴話喧嘩の仲裁をしているギルド職員のような顔をしている。



「水流系で水浸しにする感じでよろしく。水割みずさきとか?」

「おっす!」



 そんな戦闘の皮切りを任されたのはハンナだった。努に許可を出された彼女は新品のヘアオイルでも開けるような顔で水の小魔石を砕き、水の魔力を青翼に循環させ自身の物とした。


 そして広げた片手で床を引っ掻くように引きずり、そのまま掬い上げるようにして水の衝撃波を黒々としたインクリーパーに放つ。


 基本的に触手型モンスターはツタなどの植物系と、海に潜む軟体生物であることがほとんどである。なので通常ではあれば水系統のスキルは効果が薄い。



(自分の子供には同じような苦労してほしくないみたいなもんか?)



 だが努たちが障子に穴を開けて覗くことで垣間見た、インクリーパーがその筆先で式神に刻印を施す映像。そこにはどの式神にも水属性攻撃の軽減刻印が念入りに施されていることが迷宮マニアにより判明していた。


 その情報を基にユニスPTは精霊術士である猫人と相性の悪いウンディーネに何とか頼み込んで水を流してみたところ、白髪染めが落ちた老人のような姿となったインクリーパーの動きは明らかに悪くなった。



「ほっ、よっ」

「コンバットクライ」



 ハンナが放った魔流の拳の一つである水割きによってインクリーパーは墨のコーティングが溶け始め、泥に足でも取られているかのように動きが重くなっていた。それでも振られる黒い触手を彼女は準備運動がてらに避け、ガルムも念のためヘイトを取る。



「龍化」

「夢幻乱舞」

「セイクリッドノア」



 二人のタンクがヘイトを取っているのに乗じてアーミラとエイミーは近接戦で畳み掛けて怯ませ、努は進化ジョブを解放していくつか生えているサブの触手を焼き尽くしていく。



「あちょー!」



 事前の弱点情報によって水を得た魚のように動き回るハンナの活躍もありインクリーパーを完封で倒し切ると、割り込むように大奥のふすまが開いて百羽鶴が姿を現す。


 色折り神がインクリーパーの撒き散らしていた体液を用いてその鶴が黒々とした外見に変わっていく中、努はハンナを呼び寄せてマジックバッグから水の魔石を全て抜いた。


 ハンナからすればポーションに匹敵する備品である水魔石。事前にマジックバッグの中身を把握しているからかそれを容赦なく引き出した努に、彼女は顔を引き攣らせる。 



「あのー、奥の手で一つだけくらい残しといてもらえると……?」

「駄目だよ。百羽鶴を生かしてみるって方針忘れてない?」



 努PTは百羽鶴、千羽鶴共に戦闘経験を何度か積んで余裕があるので、175階層戦には多少遊びの幅を取り入れている。その中でも迷宮マニアのピコから提案された百羽鶴生存ルートの模索に努は方針を固めていた。


 基本的に千羽鶴乱入からは百羽鶴を援護する形で戦闘を進めて生存ルートがないか模索し、それが無理なら従来通り百羽鶴を討伐してドロップするであろう鍵の確保に入る。その二段構えで挑みつつ、千羽鶴を用いてPTとしての地力を計る形だ。



「でも千羽鶴相手にするなら余計欲しいっすけど?」

「その判断は僕がするから。ほら、ヘイト取ってこい」

「ひーん!」



 かじっていた骨を取り上げられた犬みたいな泣き声を上げながらハンナは休憩を終えて百羽鶴に向かい、八つ当たりするように四面ある顔の一つに蹴りを入れた。



「シールドバッシュ」



 百羽鶴を正面から相手取っているガルムは空気を焼き焦がすような光線をパリィし、弾き様に近づいて小盾による殴打をお見舞いする。それに舌打ちでもするように百羽鶴は大翼を広げてバックステップし、ついでに黒羽を見舞う。


 見かけ上では軽い牽制かのような黒羽であるが、モンスターも放てるようになったスキル補正が乗っているのでその威力は極太光線に次いで強烈な初見殺しである。


 だがスキル補正が乗る性質上、その動作は毎回一定であるため騎士ならばパリィにうってつけである。既に何度も百羽鶴と相対しているガルムはその黒羽を当然のように何度もパリィして弾き返し、相殺させて事なきを得た。



「アンチテーゼ、ヒール」



 そんなタンクの安定ぶりに努も安心して回復スキルを反転させ、白魔導士として見れば最高火力であろうスキル回しを見せる。赤のスキルと共にエイミーとアーミラも暴れ散らかして火力を出し、インクリーパーに続いて黒の百羽鶴もすぐに追い詰めた。



「よし、ぶっ放せ」

「おっす!」



 鳩尾をぶん殴られてえづくように百羽鶴が黒の触手を吐いたところで、努は天井を指差しながらハンナに床へ置いた無色の大魔石を使用させた。それに両手をつけた彼女の青翼は踊るように沸き立ち、凄まじい魔力がその身に巡っていく。



「魔正拳!!」



 そのまま空中を三回転し勢いをつけてアッパー気味に放った一突きで、巨大社の天井がブチ抜かれた。その衝撃と突然開けられた穴に大気が吸い込まれていき、背後にいた努たちは支柱に捕まり地に留まる。


 そして変貌した百羽鶴が放っていた毒霧がさっぱりと消え失せ、衝撃も収まり互いに態勢を立て直す。それでもなお緑色の毒霧を展開しようとした百羽鶴に対して努は覆い包むようにホーリーを展開しつつ、やる気満々のハンナに近寄る。



「残ってる魔力は千羽鶴に使えよ? 百羽鶴に撃ったらその分魔石没収ね」

「よ、よくわかってるっすね……」

「これ以上百羽鶴のヘイトは稼ぎたくない。避けタンクに徹しろよ」



 その一撃を放ってなおまだ体内に魔力を残していたハンナは、努からの忠告にぎくりとさせられた。支援の秒数管理に次いでハンナの魔力と魔石管理にも脳のリソースを取られている彼は、有無も言わせぬような表情である。


 そんな中、ガルムとエイミーは天井に空いた大穴からいち早く外に出ていた。そして塔の中間付近で鎮座していた千羽鶴がこちらに向かってきているところを確認する。



「コンバットクライ」

「双波斬」



 そして千羽鶴からの壁ドンを待たずにガルムは自ら飛び降りてヘイトを取り、エイミーは少しでも式神:鶴の数を減らすために斬撃を乱打した。


 百羽鶴の相手と千羽鶴への先んじたヘイト取りに分かれた戦況。ハンナがうずうずとした様子で百羽鶴をいなし、神の眼は外のエイミーが持って行った中。努は手持ち無沙汰にしているアーミラに目を向けた。



「それで? 一体どういう隠し玉があるわけ?」

「……は? どういうことだ?」



 努からの唐突な言葉に、アーミラは本当によくわからなそうに首を傾げた。その親にも似た表情の変わらなさに努は少し不安になりつつも言葉を続ける。



「アーミラPT、浮島階層で神の眼の操作が少しおかしい時があったって報告が迷宮マニアから上がってたぞ。階層主で初お披露目ドッキリとか御免だぞ僕は」

「乙女の秘密を探るなよ。趣味がわりぃぞ?」

「大剣をぶん回す乙女のことは置いておくにして、よくハンナから漏れなかったもんだね」

「そもそもあの馬鹿には見せてねぇからな」

「あぁ……」

「お前こそどうなんだ? 異世界人ってあいつにも言ってたんじゃなかったか? 漏れたら漏れたで面倒そうだが」

「ハンナには遥か遠い国から来たで通してるよ。異世界って概念も通じなそうだし」

「ひっでぇ」

「で、どうなんだよ。神龍化結びってわけではなさそうだけど」



 話を逸らそうとしたアーミラに努が改めて問うと、彼女は凶悪な含み笑いを漏らした。



「ま、千羽鶴相手に出しておくのも悪くねぇか。ディニエルに負けてるのも癪だしな」



 それから千羽鶴が塔の上部にやってくるまでの間、アーミラはとっておきにしていた神龍化について努に事前共有した。

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