第652話 卵の中身は

 それから努PTはタンクを交代させて適宜休憩を取りつつ、千羽鶴の体を構築している束を斬って落としを2時間続けた。エイミーが言葉にした8時間討伐が現実味を帯びてきた中、PTメンバーに綻びが見え始める。



「ふぁーあ」

大欠伸おおあくびやめてねー」

「欠伸で済んでるだけマシだろ。煙草吸うぞ?」



 先ほどから千羽鶴の体を構成する束を斬り落としては下に逃げる単純作業を繰り返していたアーミラは、休憩中に大きな欠伸をかましていた。そんな彼女の返しに努は悪戯げな笑みを浮かべる。



「ま、それはそうだね。ガルム! エイミー! 千羽鶴の討伐は中断! 百羽鶴討伐に切り替えで!」



 今回の175階層戦では百羽鶴生存ルートを主軸としてはいたが、努は状況を鑑みて従来の討伐ルートに切り替えた。そんな鶴の一声を獣耳で聞き分けた二人はその方針切り替えに沿って動きを変える。


 百羽鶴を守るように式神:鶴のヘイトを取っていたガルムは、にもかかわらず散々触手でぶん殴ってきた恨みを晴らすようにコンバットクライを構わず放った。エイミーは千羽鶴周辺にいる式神:鶴の間引きを止め、下に逃げおおせる。


 千羽鶴の解体自体はつつがなく進んでいた状況の中で突然の方針切り替えに、アーミラは胡散臭げに眉をひそめた。



「……どんだけ煙草嫌いなんだよ」

「そうじゃないでしょ」

「ならなんだ? 俺のためにしてくれたとでも?」

「もう百羽鶴生存ルートは期待できなさそうだから切り替えただけだよ。あんなわからず屋さっさと倒して次行こ次」



 175階層を実際に探索している努の感覚では、迷宮マニアが言うフェンリル親子のようなルートに入っているとは思えない。千羽鶴に散々ボコられ途中からガルムに守られていた分際の百羽鶴は、探索者に恩を感じる様子もなく無造作に暴れ回るのみだ。


 あの時助けていただいた鶴ですと百羽鶴が美少女化してお家に訪ねてくる希望もなさそうなので、それに後ろ髪を引かれていては175階層突破すら危うくなる。



「恩着せがましく助けておいて利益が見込めなきゃ即切り捨てか。ダリルに見せられたもんじゃねぇな」

「変に保険かけたのが良くなかったかな。生存ルート試すなら百羽鶴に一切手を出さずに部屋破壊で良かった。でも千羽鶴のヘイトからしてあの触手状態までは削らなきゃいけない気もするし、もう少し検証が必要だね」

「その調子で孤児共も切れれば肩の荷が下りるんじゃねぇか?」

「孤児一人くらいなら軽いもんだね。ミナは流石に重すぎるかもだけど。ヘイスト」



 そんな軽口を叩きながら努は千羽鶴と共生状態にある巨大鶴のヘイトを取っているハンナに青い気を飛ばし、戻ってきたエイミーに百羽鶴周辺の雑魚掃除を任せる。



「これで舞台は整ったでしょ。神龍化よろしく」

「……っんだよ、やっぱ俺のためだったか?」

「前のPTじゃ大分抑えてたみたいだしね。メディックでも止まらなかったら骨は拾ってあげるよ」

「ほざけ。神龍化」



 努の煽りにアーミラは凶悪な笑みを浮かべつつ、スキルを詠唱し熱を上げるように赤髪を白く染めていく。今までは龍の手か顔を具現化するのが鉄板だったが、今回は背から生やしている翼が普段よりも大きい。



「覗くんじゃねぇぞ?」



 試着室から顔だけ出しているような面持ちのアーミラはマジックバッグをするりと外して努に投げつけると、大翼に包み込まれ卵のような球形に閉じこもった。


それが孵化した時には初期の龍化よろしくモンスターが出てくることは知らされていたので、彼は好奇心を抑えてそそくさ距離を離しハンナやガルムに支援回復を飛ばす。


 そして白い光と共に殻代わりの翼が解かれ、全身が厚い赤鱗の鎧で包まれたアーミラが姿を現した。その顔は生きた龍の兜を張り付けたような形となり、理性なき叫び声を上げながら大剣を手に百羽鶴へと突貫した。



『アアアアァァァ!!』



 スキル名を口にしなくともパワースラッシュと同等の一振りを狂ったように繰り出し、百羽鶴から生えた黒い触手を次々と斬り落とす。そんな化身の出現にガルムは目を丸くしながら周囲の式神:鶴のヘイトを引き受け、巻き込まれないよう離脱する。


 不意打ちで触手を食い散らかすように斬られたもののすぐにその身を再生させた百羽鶴は、四つ首をうねらせ彼女に狙いをつける。そして正面の口先に光が溜まり、巨大社をも貫く極太の光線を放った。


 神龍化したアーミラも変形した口内に熱を満たし、その光線にも引けを取らない強烈なブレスを放つ。その二つは拮抗した後に膨れ上がって爆発し、周囲の式神:鶴が余波に耐えられず落ちていく。


 VITの高いガルムでも生存が危ぶまれる灼熱の中、百羽鶴は原型こそ留めているが熱に阻まれ再生が滞っている。だがその熱すらものともしていないアーミラは溶けかけの大剣を冷ますように百羽鶴へと突き入れ、柄を蹴って更に押し込んだ。


 萎縮でもするように身を縮ませている百羽鶴に対し、神龍化して小さな怪獣のような外見と化したアーミラは大口を開けて高笑いしている。



「果たしてメディックで治るのか? あれは」

「めちゃくちゃ当てないと治んないっぽいねぇ~」



 式神:鶴をある程度狩ってきたエイミーは努の隣に降り立つと、訳知り顔でアーミラの神龍化についてネタバラしを始めた。



「あれは従来の龍化のもっと強いバージョンって感じだね。十分くらい経つと鱗が剥げて正気を取り戻すし、あれでも敵味方の判断くらいは出来てるよ」

「そうなんだ。百羽鶴が粒子出し始めるまでには収まりそうで良かったよ」

「階層主でお披露目でもよかったけどなー?」

「そういうサプライズは観衆相手だけにしてねー。にしても無茶苦茶だな。もう大剣士の体も為してないけど、DPSは出てそう」



 先ほどマジックバッグを下着のように脱ぎ捨てていったアーミラに大剣の予備はなく、モンスター相手に素手で戦っている。ただ龍のように変化した手足による殴打と爪による斬撃で百羽鶴の体を引き裂き、龍化時よりも強力なブレスは光線に負けず劣らない。



「あそこまでモンスターっぽくなるとミナ現象起きそうじゃない?」

「ミナ現象ってなにさ。わかるけども。でも神竜人だし、あの鎧っぽい見た目なら大丈夫じゃない?」



 あそこまで人間離れした外見になってしまうと観衆から恐れられる可能性もあるが、問題ないだろうとのことで秘密裏に試してはいた神龍化は本日神の眼に初のお披露目である。プロデューサー面のエイミーも神の眼を操作しながらご満悦だった。


 そして千羽鶴のヘイトを取りながらもアーミラの変貌を見つけたハンナは、遠目ながらに何やらわちゃついていた。



「ハンナ、本当に知らないのかよ。よく隠して検証できたもんだね」

「別に探索中にやってたわけじゃないからね。本格的な探索での実戦は初だから、アーミラも大分嬉しそうだ。こう……エレメンタルフォースを実戦で試したリーレイアちゃんみたいに?」

「あれと一緒にされるのは心外だろうね。精霊狂いは節操もない」

「ツトム、ばっちり映ってます」



 いつの間にか神の眼を顔の真横に漂わせながらそう呟いてきたエイミーに、努は嘘だろと軽く目を剥いた後に彼女へ向き直る。



「……いや、何で? さっきまで自慢のアーミラ映してたでしょ」

「ツトムならポロっと失言するかなって。これでリーちゃんも大喜びだね」

「おい、自分のところだけ音声オフにしてるんじゃねぇぞ。偏向報道だろ」

「あーあー聞こえない」



 そうこうやり取りしながらアーミラの新たな神龍化の応用に二人は花を咲かせていたが、ガルムから無言の圧力を感じ取った努は謝罪の火力支援を行った。

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