第618話 帝階層のお花見

「へーーー。あたしが黒門探してる間に師匠たちはお花見で酒盛りっすかーーー。ふーーーーん」



 それからしばらくして合流してきたハンナは、お花見打ち上げで既に出来上がり始めていた努たちを見てそう愚痴った。そんな彼女に努はにへら笑いを浮かべる。



「救援要請の花火、二回打ち上がったのに気付かないのも悪いでしょー?」

「モンスターの群れは引き連れてるわ、黒門の目印も消えてるわで大変だったけどねー?」

「もし私たちが合流してなかったら、絶対黒門の場所わからなくなってましたよねぇ」

「さっ、せっかくだし飲むっすか!」



 ただエイミーとコリナにも追及されたハンナはたまらず逃げ出し、背中から生えた青翼をわきわきさせながら既にいくつも開けられていたボトルを眺めた。



「神の眼入るよー」

「いぇーい!」

「わーっ!」

「見ってるー?」



 エイミーが引き連れてきた神の眼にソニアとダリルは真っ先に手を振り、努はテレビカメラを向けられて親にでも自慢するように騒いだ、



「酒が入ると人の本性が出るとは言いますが、普段抑制させすぎなのでは?」

「まぁ、酒癖が悪いよりはマシだろう」



 普段は大人しい部類な三人のはっちゃけぶりに、酒を入れてもさして顔色の変わらないリーレイアとガルムはぼやく。



「それじゃ、駆けつけ一杯といきますか。取り敢えずエール三つと……ハンナとエイミーはフルーツカクテルとかでいいかな?」

「おっけーっす!」



 注文を伺った努はウンディーネとフェンリルが共同で作り出した氷水に入れられていた瓶をいくつか掴み、それぞれに手渡してまずは乾杯した。そして持ち込みの魔道具コンロで焼いていたイルラント牛の肉も振る舞った。



「うぅ……素材の暴力。今日はディナー予約してるのに……」

「神のダンジョン出たら食事もリセット! とか出来たらいいのにねぇ」

「その辺りはそれこそ死ぬほど試されてますぅ」



 キンキンに冷やされたジョッキに入ったおかわりのエールをぐびりとしながら焼肉をつまむコリナは、泣き言を漏らしているがその手は止まっていない。それに努はにこにこしながらおかわりのヒレ肉をマジックバッグから出すと、彼女の腹がぐるぐる鳴った。



「酔いはリセットされるんだっけ?」

「人によりますけど、気持ち悪さとかは残らないらしいです。でも贅沢病にはちゃんとなりやすくなりますから、リセットってわけではないですよっ」

「らしいなー」

「勝手に注がないでくださぁい……。泡だらけじゃないですかぁ……」



 その途中でもう顔が赤くなっているアーミラに乱入されてエールを注がれたコリナは、今日のディナーを考えてか半分涙目である。しかし目の前でじゅうじゅうと焼かれる肉と泡立つエールの誘惑には勝てず、今日は頑張ったしいいかといった気持ちに流され始めていた。



「フェンリルクソ便利だな! ガンガンに冷えたエールがうめぇうめぇ。ありがとなー?」

『スンッ』



 アーミラはフェンリルとの相性自体は悪いものの、ユニークスキルの影響もあってか特段嫌われている様子はない。なので氷狼が作った氷の容器からエール瓶を引っ掴んで絡んでも、軽く鼻を鳴らされる程度で済んでいた。



「あ、あのー? あたしもおかわりしたいっすけどー……?」

『…………』

「酒の門番になってる。リーレイアー、契約解除してー」

『ヒィーン……ヒィーン』



 だがハンナに対してはそれこそ牙を剥く勢いであったので、努はもう用済みだと言わんばかりに精霊契約の解除を頼んだ。するとフェンリルは飼い主が仕事に出かけるのを惜しむような鳴き声を漏らした。



「おい……。フェンリルにそんな声を出させるなんて、いくらツトムでも許されませんよ」



 その可哀そうな鳴き声を聞いて親のようにすっ飛んできたリーレイアに、努はフェンリルの突き出した鼻周りを両手で撫でながら呆れたように話す。



「それこそ虐待みたいなことしてたらその言い分もわかるけど、フェンリルのこういう一面が見られるのも精霊術士には刺さるんじゃない?」

「……一理、あることは認めましょう。ですが私個人としては精霊が可哀そうなのは許せません」

「でもあと二時間くらいはここにいるわけだけど、ずっとフェンリルだけ出してていいのかな? 精霊術士たちはレヴァンテとか雷鳥も見たいと思うけどなー」

『…………』

「あ、悪魔め……」



 PTも分かれたんだし精霊契約できる機会は早々ないよとささやく努に、声こそ上げないが契約解除しないでと若干媚びるように見つめてくるフェンリル。その板挟みにリーレイアは搾り出すような声を上げるしかなかった。



「フェンリル、こんなクズ男のどこかいいのですか……。悪いことは言いません。どうかやめて頂きたい」

『グルゥ』

「ほら、今のうち」

「おっす……」



 細長い氷魔石を捧げながら膝を突き合わせてあんな男止めておきなさいと話し始めたリーレイアに、それを前足で器用に挟んでかじりながら一応付き合うフェンリル。その間に氷容器から酒をかっぱらった努にハンナも続いた。



「というか、今日こんなに飲んでていいんっすか? 173階層行ったら1番台なんっすよね?」

「そうだね。とはいえ、アルドレットクロウの二軍はもうそこまで焦ってる様子もない。運が良ければ明日1番台取れると思うよ」



 現在1番台に映っているカムホム兄妹率いるPTは、やろうと思えば最速で175階層まで行くことも可能である。ただそれで一軍や無限の輪を完全に超えたことにはならないと嫌でも自覚させられたので、今は攻略ペースを緩めている。



「問題は中ボスが出る175階層辺りだろうね。式神を生み出す色折り神とやらが出てきそうだけど、そこを先に超えられるPTが一歩リードできる感じかな」

「ディニエルたちも上がってきそうっすもんねー。カムホム? 兄妹はよくわからないっすけど」

「ちゃんと強いから安心しなよ。特にホムラはタンクの中でも一、二を争うなんて言われてるし、ハンナが勝てるかどうか……」



 暗黒騎士の中では全一ともいえる妹のホムラは、自身の体力状況によって能力が変化する瀕死タンクである。体力を代償に差し出して発動する強力なスキルに、モンスターから体力をドレインするスキルもあるので単独で成立するタンクともいえる。


 それに祈禱師カムラの未来を見通すかのような回復も合わさることで彼女は死にそうで死なず、暗黒騎士の特性を遺憾なく発揮しぶっ飛んだバリューを出す。



「魔流の拳使えるようになって出直してくるっす!」



 とはいえハンナも避けタンクとしては元々トップクラスであり、それにユニークスキルじみた魔流の拳も合わさり最強と言っても過言ではない。羽根抜けなどの下方修正こそあったが、一度の探索で複数の魔石を好き勝手に使わなければ副作用が出ないことは確認済みだ。



「そりゃあ魔流の拳はデカいけど、進化ジョブ腐ってる時点で胸は張れないけどな……」

「だから! あたしも踊れるっす!」

「実質死の踊りだよ」



 見よこの美しい舞いをと二拍一礼の紫コボルトみたいな踊りを披露しているハンナの進化ジョブはバッファーであり、支援スキル効果の秒数管理ができない彼女には無用の長物である。


 初めこそ精神力回復のためだけに使っていたが、最近は欲張って支援スキルの踊りを無駄に披露することで前のPTではひんしゅくを買っていた。舞踏スキルは踊りが最後まで成立しなければ効果を発しないので、他の拳闘士からも不便すぎると話題である。



「ブレイキングパラダイス踊れたら実質薬玉バフっすよ!」

「それを踊り切るまで何分戦闘を離脱するんだよ。避けタンクでヘイト買ってる奴がさ」



 ブレイキングパラダイスは五つ以上の舞踏スキルを連続で成立させた後に使える限定スキルであり、踊り切ると全員の全ステータス一段階上昇する。ただそれが成立するまで10分ほど踊り狂わなければならないので、あまり使い道はない。



「階層主戦なら初めに使えなくないこともないけど、ハンナは勿体ない精神で踊りすぎなんだよ。かといって避けタンクをやったら進化ジョブのことは忘れるし、向いてないよ」

「師匠が指示出ししれくれれば何とかなるっすよ」

「その分のリソースを自分に使えばもっと簡単に成果出るよ。やりたきゃ自分で他の拳闘士から学びな」



 ブレイキングパラダイスこそ論外であるが、隙を見つけては挑発するように踊ってバフを撒きながらヘイトも買える拳闘士自体は悪くない。ただハンナはその分を補って有り余るほど魔流の拳が強すぎるため、踊る必要性があまりない。



「俺の焼いた肉が食えねぇってか!?」

「いや、龍化のブレスで焼かれたのを出されても……。生焼けだし普通に汚いですぅ」

「では私が頂きましょう」

「この夕焼けからの桜、映えが素晴らしいではないか!」

「いい……」

「なんか、カオスになってきたっすね」



 龍化のブレスを吐き出して塊肉を焼いて騒いでいるアーミラたちに、夕暮れの桜を神の眼で収めて悦に浸っているゼノとエイミー。ガルムとダリルに挟まられるともはやペットみたいな大きさに見えるソニア。



「これ、ディニエルが見たらどう思うっすかね?」

「帝階層終わったら帰ってくるでしょ。あったかクランが待ってるよ」

「どうっすかねぇ……」



 珍しくしみじみとした様子で呟いたハンナに、努も真面目に口を結ぼうとしたが酒も入っていたせいか自然と笑みが零れた。そんな態度に彼女は怒ったのか青翼をはためかせて努を風で煽る。



「ま、もしかするとカムラたちよりブチ切れてるかもね? 誰かさんのアポ無し突撃で無限の輪にも軽く抗議が来たみたいだし」

「え、マジっすか?」

「いくら元クランメンバーとはいえ、線引きはしっかりしないとユニスみたいになるから気をつけなよ」

「あー……。気を付けるっす……ってあたしが言うのも失礼な気がするっすけど。てか、ユニスとは最近どうなんっすか?」

「どうもこうもないし、何なら迷惑を被ってるレベルだよ。紅魔団のドワーフに啖呵切ったのユニスなのに、何故か僕が言ったことになってるんだぞ?」

「師匠、顔がムカつくっすからね。さっきも性格わるそーにニヤニヤしてたっす」

「うそ―ん?」



 そうこう話しながら無限の輪は夕方過ぎまでお花見を楽しみ、撤収した努たちは173階層まで駒を進めた。

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