第617話 社交辞令じゃ終われない

 強敵である十羽鶴を倒したことで無限の輪PTはようやく息をつく間が出来たが、それまで死闘を繰り広げていたダリル、コリナ、リーレイアはそれで緊張の糸が解けてしまった。


 式神:薬玉のデバフを貰っていない努の回復で身体的には万全となったが、一度死線を潜り抜けて脱力してしまったことで動きにキレがない。特にダリルはヘイトを買っても気が抜けた防御の上からクリティカル攻撃を受けていたので、ガルムが代わりにタンクを請け負った。


 そしてそれを見越したように戦闘音を聞きつけた式神たちと薬玉が現れ、戦闘は膠着状態になった。


 式神:薬玉は放置すればその場にいるモンスター全てに強力な金粉バフをばら撒き、かといって倒せば爆発しその範囲にいる探索者に全ステータス二段階減少のデバフを付与する。


 それに式神:鶴が放つちゅんちゅん光線などが誤射されたとしても容赦なく爆発してデバフを付与されるので、式神:薬玉がいる場での戦闘は非常に気を遣う羽目になる。そんな状況で普段より精彩を欠くコリナとリーレイアは大した戦力にならず、アーミラも全力を出しづらい。


 ゆっくりと動く薬玉がいつ開くかは完全にランダムであり、最悪の場合出現して間もなく開く前兆の震えを見せる場合もある。この調子でもたもたしていては二の舞になると、ゼノは式神:鶴の放つ光線を捌きながら声を張り上げた。



「ツトム君! 私が遠くで割ってくる! デバフこそ貰うがこのまま無限に戦い続けるよりはマシだ! 一気に削り切ろう!」



 既に式神:薬玉の洗礼を受けていたゼノの割り切り判断に努は乗ろうとしたが、頭の隅にあったことが浮かび彼の近くに寄った。



「あー、悪いけどちょっと検証してもいい? アンチテーゼで金粉バフ解除できるか試してみたくて」

「……そんなことが出来るのかい?」

「出来ない可能性もあるからそれを見越してモンスターは減らしておこう。ガルム! アーミラ! スキルがんがん使って!」

「龍化、一刀波ぁ!」

「シールドスロウ、ミスティックブレイド」



 努からの指示を受けた二人は普段ならば過剰である精神力を込め、スキルによる攻撃を乱打した。その間にゼノは式神:薬玉に近づき赤ちゃんでも触るようにそっと両手で抱え、誤射で爆発しないよう守っている。


 そして精神力を贅沢に使った二人の活躍もありモンスターが片付いていく中、ゼノの抱えていた薬玉が震え出した。その身を開き周辺にいるモンスターにバフをかける前兆である。



「ツトム君!」

「アンチテーゼ。ハイヒール」



 それを確認したゼノの叫びを聞いた努は最高火力の出るアンチテーゼで赤く変化した回復スキルを飛ばし、アーミラが倒しにくい空を飛ぶ式神:鶴とすばしっこい兎を潰していく。そして何とか気力を振り絞って戦っていたコリナたちがようやく腰を下ろせるような状況になったところで、式神:薬玉が開いた。


 色とりどりの紙吹雪と金糸が舞い、ガルムがヘイトを取っていた式神:兎と鶴の数匹に金粉が付与されその動きが一気に素早くなる。



「メディック」



 本来ならば探索者の状態異常を治すスキルであるそれは反転し、相手のバフを無効化する作用を持った。その赤いメディックに包み込まれた式神たちは、その金粉によるバフを失い動きが鈍くなる。



「白魔導士OTPの時代来たー!」



 転職も出来ないこの環境でOTPも何もないが、努は式神:薬玉のカウンターとしてアンチテーゼによるメディックが使えることを確信した。


 そして金粉バフがなければさして強敵にはならない式神たちをガルムとアーミラが始末し、ゼノたちはようやく戦闘を終えた。



「はふぅぅぅぅ……」



 進化ジョブを解除しゼノやガルムに治癒の願いを授けていたコリナは、どっと疲れたように息を吐いた。鎧兜を脱いでいたダリルは横向きに倒れ息も絶え絶えで、リーレイアは終電まで残業したような目になっている。



「流石にこんだけ暴れたなら周辺のモンスターは狩り尽くしただろうし、ドロップ品回収するよー」

「…………」

「ウンディーネ契約するだけでいいよ」

「契約――ウンディーネ」



 そう努から言われたリーレイアはギルドで買った青ポーションを気だるげに一気飲みした後、水精霊と契約を結ばせた。そして桜スライムのようにでっぷりと変化したウンディーネを用いて努は魔石の回収作業に入る。



「お。いたいたー。勢揃いですなー」

「お疲れ。黒門見つかった?」

「いや、見つからなかったねー」



 そうこうしているうちに黒門を探しに行っていたものの、救援の花火音を聞いて異変に気付いていたエイミーも合流してきた。そんな彼女も一緒になって大量にドロップしている魔石や刻印油を回収していく。



「あー、これLUKも下がってるからドロップ品も悪くなってるのか。屑魔石なんてこっちじゃ見なかったし」

「こんだけ狩って宝箱もねぇとか、しけてんにも程があんだろ」



 ゼノPTは式神:薬玉のデバフ下でモンスターを倒していたせいか、努たちから見ればドロップ品の違いは如実にわかった。稼ぎ柱である宝箱すら期待できない状況にアーミラは愚痴りながら刻印油を回収している。



「でも屑魔石の割に品質はそこそこあるね? これなら割と需要あるかもよ」

「確かに、屑魔石で品質は良いのって逆に珍しいかもね。屑魔石って低階層でしかドロップしないイメージあるし」



 ただエイミーの鑑定結果では屑魔石の品質が高いという結果がいくつも出たので、あながち稼ぎは悪くないかもしれない。それにウンディーネが巨大な水たまりのように広がって屑魔石をくっつけ、収縮して一気に回収してくれるので手間もそれほどかからなかった。



「でもさ、ゼノのPTはどうしてこんなことになったわけ? 誤射でもされた?」

「そんなところだね! 私たちの背後に出現したところを鶴がたまたま打ち抜いた、といったところかな? 気付けば背後で爆発してソニア君とリーレイア君は瀕死になり、デバフも盛り沢山だ!」

「相当運悪いね。大体上の方からわかりやすくふわふわ出てくるのに」



 式神:薬玉は戦闘時、幽霊のように浮かび上がって出現する。ただその出現位置は探索者やモンスターに配慮されてはいるので、出会って即爆発ということはほとんどない。



「とはいえ、ツトム君のサプライズのおかげで大助かりさ! 私とコリナ、大・活・躍!! ダリルも素晴らしい粘りを見せてくれた!」

「そりゃ良かった。もしロストしてたら数日寝込んでたよ」

「これだけ火力が出るのに、精神力も回復もいつもより強くて凄いですぅ……。助かりました」



 現状では最適解であろうゼノとコリナ専用の刻印装備はその効果を遺憾なく発揮し、その窮地でも何とか戦線を維持できていた。するとリーレイアは不愉快そうに目を細めた。



「ですが、あれは理不尽にも程があります。一度でも薬玉に爆発なり強化なりされてしまえば、苦戦を強いられることになる。その途中でも薬玉、平気で出てきますからね。底なし沼にハマるようなものです」

「それでカムホム兄妹もやられてるしね。帝階層のハメです」

「……ハメ?」

「ハメハメな」

「ハメハメ……」

「うるさいよ」



 地面に落ちている刻印油にスポイトの先を出し入れしているアーミラを努は一蹴しつつ、ゼノPTの戦闘形跡をなぞるように移動してドロップ品を回収していく。そんなうら若い竜人と鼠人ねずみじんたちにコリナはため息をついた後、努も叱るように目を向ける。



「でも今のはツトムさんの言動も怪しいので、今後は控えて下さいね」

「嘘ー? 言葉狩りじゃない? モンスターをフライでハメ殺すとか、羽目を外すとか言うじゃん」

「品がありませんよ」

「そんなんじゃ喋れなくなっちゃうよ……。ねぇダリル?」

「都合の良い時だけ僕を盾にしないで下さいよ……」

「猥談に入りたそうに足音立ててウォーリアーハウルしてたじゃん」

「してませんっ」



 普段から浮きっぱなしなので時折地に足つけて歩いたりストレッチしているダリルは、心外なと言わんばかりに浮かび上がった。その後ろではアーミラとソニアがひそひそと猥談し、リーレイアが何とか食い込もうと身を寄せている。


 そんな六人の後ろを歩いていたゼノは、考え込むように顎へ手を当てていた。



「しかし、アンチテーゼであの金粉を無効化できるとなると、帝階層において白魔導士はかなり有効的なのではないかな?」

「えっ、あれほんとーに出来たんだ」



 もしかしたら出来るかもしれないと努から事前に聞いてはいたエイミーに、実戦を見ていたガルムは少々鼻を高くして答える。



「先ほどツトムが実際にやっていた。メディックでも問題ないようだな」

「あーね。メディスンじゃなきゃ無理ってことでもないんだ」

「あぁ。だが、私たちのPTで五分間はヒーラーがいなくなるのは厳しいかもしれんな」

「そこは状況を見てって感じだろうけど、ツトムならその判断は大丈夫そうだよねー。緑ポーションの在庫処分に丁度良いんじゃない」



 そんな二人の努を信頼している様子に、ゼノは挑発的な笑みを浮かべた。



「ツトム君はあのステファニーにカムラ君にも負けない気概なのだろう? ガルム君からしてもそれくらいはやってもらわなければ困る、といったところかな?」

「そうとも言えるが、何もツトムだけの実力で決まるわけでもあるまい。タンクとして私も押し上げるつもりだ」

「アタッカーとしてわたしが押し上げるんです~」



 そうこう各自で雑談しながらおおよそ30分で消えてしまうドロップ品を手早く回収し続け、その時間が過ぎようとした頃には桜スポットにまで辿り着いた。



「それじゃ、ここで一先ず解散かな?」

「そうだね。ただ、助けてもらったお礼とした黒門くらいはプレゼントしたい。ここを起点に捜索する形はどうだろう?」

「おっけー。それじゃ、そんな感じで」



 そう話も纏まったところで竜人二人の間から抜けてきたソニアが、ちょこちょこと努の隣に寄ってきた。



「これさ、前話してたお花見? する丁度良い機会じゃない?」

「あー、そうかもね?」

「今日の分は嫌というほど稼いだしさっ。ユニスPT上がってきた後にわざわざ集まる機会も早々ないじゃん?」

「そういうことなら、私たちが捜索に向かっておこう! ソニア君、楽しんできたまえ」



 ゼノはそう言って気障ったらしくウインクした後、コリナ、アーミラ、エイミーに話をつけて黒門探索へと向かっていった。


 そしてセーフポイントである桜の庭園でマットを敷いてお酒とつまみの準備をし始めた努に、リーレイアは半ば呆れたように告げる。



「夕方から帝階層で酒盛りとは、随分と豪勢なものですね。しかも神の眼もなしとは。ゼノなら取れ高だと鼻息を荒くしそうなものですが」

「ゼノとエイミーも気遣ってくれたみたいだね。……まぁ、もしハンナが死んでて神台見てたら事だからね」

「仮に今日はわからなかったとしても明日には記事でバレるぞ?」

「その時はみんなで謝ろっか。それじゃ、乾杯―」

「わーっ」



 社交辞令で終わるかなと思っていたお花見が実現したことにソニアは目を輝かせ、ダリルはダンジョン内で重鎧を脱いでラフな格好が出来ることに感動していた。そんな可愛げのある二人を前にしてはリーレイアも嫌味は言えなくなり、お花見は差し障りなく進んだ。



 ――▽▽――



「みんなー!? どこっすかー!?」



 努たちがお花見を楽しんでいる間、ハンナは黒門を見つけていたものの金粉バフのついたモンスターの群れに追いかけまわされていた。


 その後黒門を捜索していたコリナたちに発見され、ゼノが遠くからウォーリアーハウルを用いてヘイトを取りモンスターの群れを上手く巻いたことで事なきは得ていた。そしてコリナに悪質なモンスター擦り付けや魔石の減りをチクチク言われて涙目になっていた。

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