第616話 救援の花火
それから努たちPTは桜スポットを巡って小休憩を挟みながら狩りを続け、銅の宝箱から装備品を引き当ててからは黒門探しに切り替えた。PTの中でも素早いハンナとエイミーは独自に動いて捜索し、残った努たちは木を切り倒して目印をつけつつ桜スポットを目指した。
その途中で特徴的な破裂音を感知したガルムはその犬耳をぱたぱたとさせ、フライで上昇して木々を抜けその方角を見据えた。それにアーミラと努もおずおずと続く。
「……救援要請の花火だな」
「おー、薬玉でも割っちゃったのかね。にしてもあっちのPTでうっかり割りそうな人はいなさそうだけど」
「久々に見たな。救援要請とか」
「アーミラ、こっちも花火上げるから枝とか切っといて」
努はそう言いながらこちらの位置を知らせるために地上へと戻り、花火を打ち上げる魔道具を設置して起動した。アーミラが大剣で枝葉を斬っていたおかげでそれはすんなりと打ち上がり、空に花を咲かせる。
探索者の基本方針としては救援要請があってもモンスターの押し付けなど罠の可能性もあるので不用意に応じないのが常識であるが、今回はその相手が無限の輪PTということが確定していたので努は合流するため足を速めた。
「ゼノとコリナの装備、即日ロストでもしたら寝込んじゃうよ……」
「急がねばな」
「現金なもんだなぁ?」
そうこう話しながら上空を飛ぶ式神:鶴に感知されない範囲で空を飛び、木々をすり抜けながら進んでいく。そして努でも戦闘音が聞こえるまで近づいてきたところで、派手な光線が彼の前にあった森を薙ぎ払った。
「十羽鶴と式神が……十数体? しかも薬玉で強化されてるね、あれは」
派手な光線で森を焼き払っていたのは式神:
そんな十羽鶴を筆頭に式神:鶴、犬、兎、風車をまとめて数十体。半数に式神:薬玉が撒き散らした金粉のようなバフが付与され、全てのステータスを引き上げていることが確認できた。
「ハイヒール。プロテク、ヘイスト」
逆にゼノ率いるPTメンバー全員には黒い粉が付着して全ステータスが低下し、装備に破損こそないが式神:薬玉の爆発によってすすけていた。努はまず十羽鶴と相対しているダリルに支援回復を送り、その後ヘイストによる身体感覚の変化で態勢を崩さないところを見極めて青い気を全員に当てた。
「ガルム。十羽鶴のヘイトだけ稼いで。全部引き受けると死ぬよ」
「了解。コンバットクライ」
大きな十羽鶴の起こす竜巻に吹き飛ばされて戦線を離脱しないようスーパーアーマーで凌いでいるダリルに、ガルムは助太刀するように赤い闘気を一点に絞って放つ。
「アーミラ、鶴からやってくれ。薬玉のバフあるから気を付けて」
「おうよっ!」
特に鶴の取り巻きはほとんどがバフを付与され、タンクですら手痛い光線をちゅんちゅんと撒き散らしている。その一羽に急接近したアーミラは薬玉のバフもあり僅かに拮抗したものの、一刀で鶴を切り伏せてみせた。
「たっ、たすかるぅぅ~~~!」
今のPTメンバーの中では唯一喋る余裕のあるソニアは、その救援に涙でも出そうな声を上げる。特に灰魔導士である彼女は元々ステータスの尖りがあまりなく、そこに全体デバフをかけられモンスターには全体バフが付与されているこの状況では貧弱この上なかった。
火力不足に陥っていた彼女が出来ることは、どうにか式神;風車による回復やバフを妨害することだけだった。
手裏剣のように飛来して探索者を切り裂こうとしながらその身を地面に植え、そこから芽を出すように茎を作って花のような形態になって回転し、モンスターに癒しの風を送る厄介な式神。ソニアはそれの妨害に心血を注ぎ、空いた精神力でしょっぱい回復量のヒールをダリルに飛ばすことで何とか役立っていた。
「ありがたいっ!」
「フェアリーブレス」
式神:鶴、犬、兎のヘイトをまとめて取っていたゼノはようやく来てくれた救援に喜色の声を上げ、リーレイアは褐色のシルフに攻撃スキルを打たせながら自ら前に出てその細剣で犬や兎を突く。だがその突きに普段のような精彩さはなく、一撃で致命傷を与えるには至っていない。
それは鎖の先に鉄球が付いたフレイルを振り回しているコリナも同様だった。薬玉によるバフデバフの影響でモンスターとのステータス差が実質20レベルはあるこの状況では、普段通りの火力が出せない。
コリナが振るったフレイルの軌道を見切った式神:兎は、その赤い目を光らせ鉄球を逆に蹴り飛ばした。カウンター気味に放たれた鉄球が彼女の顔面を潰さんと迫る。
「むぅ、んっ!!」
それをコリナは上体を逸らして避け、そのまま船の帆でも張るように鎖をしならせ更に威力を上乗せして返した。それに対応できなかった式神:兎はその身を空中で砕かれ、悲痛な断末魔を上げた。
本来なら鉄球を蹴り飛ばそうとした兎ごと轢き殺せるものだが、一工夫しなければ倒すこともままならない。その激戦を数十分は続けているゼノPTはまだ崩れていないものの、いずれ何処かで綻びが起こることは確実だった。
「タワーウェル!」
その綻びの起点になり得るダリルだったが、凶悪な十羽鶴を相手に驚異の粘りを見せていた。
それこそ十羽鶴の起こす竜巻によってゼノが吹っ飛ばされ戦線離脱してしまった状況でも、ダリルはその身を粉にしてアタッカーとヒーラーを守り切っていた。
それからはゼノの進化ジョブによるオーバーヒールなどの回復があったとはいえ、ここまで耐えられていたのは浮島階層で仕上げられたタワーシールド運用のおかげだった。
「ウォーリアーハウル!」
そんな彼は努の支援回復を得たことで水を得た魚のように動き、ガルムに余計なお世話だと言わんばかりに換えの巨大盾同士を打ち付けてヘイトを奪い取った。
その行動にガルムは良い度胸だと笑みを浮かべた後、進化ジョブに切り替えて式神:鶴の放った光線をパリィで弾き返した。自身のバフが乗った光線をそのまま返された鶴はその身を焦がし、ぷすぷすと音を立てて崩れ落ちていく。
「ミスティックブレイド」
そのまま他の鶴にロングソードで斬りかかり、スキルの力を込めた一撃で細身の翼を両断した。そしてよろめいた鶴を足蹴にして他の式神も殺しにかかる。
「神龍化ぁ!!」
ここが好機だと予感したアーミラは取り巻きの鶴を無視して十羽鶴に近づき、地面にマジックバッグを広げた。
そして神龍の手を具現化して巨大カトラスを引き出し、強烈な一撃を十羽鶴の後ろから叩き込んだ。
「……あ? マジか」
だが単に式神:鶴が十羽合体した存在ではない十羽鶴は、神龍化を以てしても真っ二つには切り裂けなかった。その片翼を切り裂き胴体にまで届いたものの、薬玉の強力なバフもあって持ち堪えた十羽鶴は一声を発して周囲に暴風を発生させた。
「おわぁぁぁ!?」
アーミラは未だに十羽鶴の体に食い込んだままである巨大カトラスの柄を握っていたが、その暴風に煽られ身を任せるほかなくなる。そして筋繊維でも切れるような音を立て、龍の手から引き抜かれて吹き飛んだ。
その暴風の中をガルムは縫うようにしてフライで飛び、ダリルは地面に縫い付かれたように動かない。
そしてアーミラ絶対殺すマンと化した十羽鶴は、巨大カトラスを刺されたままその翼を振るって無数の紙をカードのように飛ばした。
「エンチャント・アース」
「ぐえぇぇっ!?」
暴風に吹き飛ばされきりもみ回転して視界がぐちゃぐちゃになっていたアーミラの首根っこを掴んで確保したガルムは、進化ジョブを解除しその盾を構え避け切れない紙の刃を受ける。
それで仕留めきれないと察した十羽鶴はその身に刻まれた刻印を輝かせ、自ら飛んで向かおうとした。
そんな矢先、その体に刺さっていた巨大なカトラスの柄に黒色の鎖が絡みついた。
「ふんぬぅぅぅぅ!!」
式神:兎を屠り掘削機を扱う作業員のような鎖捌きを見せたコリナは、十羽鶴が飛び立たないようフレイルを巻き付けて綱引きのように引っ張った。しかし流石に彼女だけでは地面を削りながら引きずられる一方だったので、ダリルも加勢して身を固める。
「スーパーアーマー!」
「ハイヒール、ハイヒール」
その動きを見た努は彼の身体が持つように全力の回復スキルを送った。そしてコリナの機転によって始まった十羽鶴と二人の綱引きは拮抗し、鎖が柄に擦り合わされ甲高い音を鳴らす。
努が彼女にサプライズでプレゼントしたフレイルは、頑丈の刻印による効果を体現していた。スーパーアーマーにより固定化されたダリルと十羽鶴の力で拮抗しても、鎖が引き千切られることはなかった。
「パワー、スラッシュ!」
そしてガルムのおかげで態勢を立て直せていたアーミラは、鎖に繋がれた十羽鶴にダメ押しの一撃を放った。巨大カトラスに杭を打つようにして振り下ろされた大剣により、十羽鶴は今度こそその身を両断された。
「しゃあっ! 次ぃ!」
「後が怖いな」
「挽回すりゃ済む話だろ!」
私はいいが努が許すかな、といった顔をしているガルムを振り切り、アーミラは十羽鶴討伐の感傷に浸る間もなく薬玉バフのついたモンスターに向かって飛び出した。
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