第615話 お揃いの0

 同じ階層に無限の輪が勢揃いしていることを確認したものの、努たちは特に合流することも考えず様々な式神たちと戦いドロップ品を回収し続けた。



「……浮島階層の方が稼げるなこりゃ」



 努たちPTの式神討伐数は百を超えたが、それでドロップしたのは無色の小、中魔石と帝階層産の刻印油のみである。


 神のダンジョン内で取れる魔石は魔力にムラがないため、高度な加工をすることなく魔道具の燃料として扱うことができる。そんな魔石は迷宮都市の特産物であり、輸出品として優れ莫大な富を生み出していた。


 ただ魔石自体は初心者から玄人の探索者全員が手に入れてはギルドに納品しているため、供給量がとにかく多い。屑、小、中の大きさは日用品として扱いやすいものの納品数が多いので買い叩かれやすく、大、極大は希少ではあるが用途は限られる。


 どこの階層でどのモンスターからドロップしたかによって魔力の質も上下はするが、屑と小魔石をわざわざ一つ一つ鑑定するのは割に合わないのでギルドではドロップした階層に応じた値段で一括して買われることがほとんどである。


 それに帝階層では稀に桜色の魔石が出ることもあるが、基本的には無色の魔石が多い。属性のついた魔石は専門的な使い道があるので重宝されることもあるが、無色の魔石は最もポピュラーなため価値は低めだ。


 そんな小魔石をひょいひょいと拾ってはマジックバッグに詰めていたハンナは、その中で掘り出し物を見つけて目を輝かせた。



「おっ! これいいっすね~」

「パクるんじゃねぇぞ。前科持ち」

「鑑定。最高品質だ。懐に仕舞わないでよね」

「いや、あれは普通に入れてたの忘れてただけっすから……」



 以前のPTで最高品質の魔石をうっかり自分のマジックバッグに入れたまま忘れ、そのままパクった形になっていたハンナはアーミラとエイミーから睨みを効かせられていた。


 とはいえドロップ品の中でも良さげな魔石は魔流の拳を扱うハンナの必要経費として差し引いているため、どちらにせよ魔石売買での稼ぎは渋いと言わざるを得ない。



「刻印油も前よりは大分上向いたけど、帝階層のやつは需要ないしなー」

「魔石と違ってまだ規格とか販売経路とか確立してないしねー。何なら売らずに貯めといた方がいいかも」

「ま、最悪僕が使えるからバッグの底漬けにはならないしね」



 エイミーのアドバイスに努は肩を落としつつ刻印油を巨大スポイトで回収し、それを大きな瓶に移す。


 魔石は供給が多いとはいえ王都を筆頭にした各所の都や街に向けて輸出できるが、刻印油は刻印士しか有効活用できないので迷宮都市でしか需要がない。努とユニスの活躍により刻印装備の有効性が周知され需要は高まっているが、刻印士はまだレベル30以下が大多数である。


 そんな者たちにとって帝階層の刻印油はオーバースペックであるので、今のところユニスぐらいにしか売りつける先がない。シルバービーストの刻印士数人も一応扱えはするものの、アルドレットクロウに囲われているので努と取引はしないだろう。


 魔石も刻印油も微妙なので宝箱による迷宮産の装備や物品を狙いたいところだが、一日に一つ出れば良い方である出現率は相変わらずだ。それに対して浮島階層は宝箱の出現率が高く換金率も中々で、金の宝箱から出る写真機を当てれば一攫千金も夢ではない。



「宝箱集めてミミック毒殺してた方が百倍稼げそう」

「まーまー。1番台も射程に入ってる3番台なら、スポンサー企業からどどんと出ますから。無限の輪としてはウハウハでしょ?」

「あー、そういえばそれは考慮してなかった。後でオーリさんに聞いてみるか」

「広告収益は無限の輪と半々だし、それだけで大丈夫そうだけどねー」



 無限の輪のクランメンバーは大多数が企業とスポンサー契約を結び、番台に応じた広告費と特定商品の売上の一部を貰っている。その中でもゼノはぶっちぎりの契約数と売上を叩き出していて、エイミーがそれを追い上げている形だ。


 その他にも食品関係の企業には滅法強いコリナやその種族柄竜人からカルト的な支持を得やすいアーミラなど、無限の輪クランメンバーはスポンサー契約に事欠かない。最近はダリルも大口のスポンサー契約を交わし、無限の輪に利益をもたらしていた。


 そんな話を聞いていたハンナは努に向かって満面の笑みを浮かべた。



「師匠もスポンサー契約、0っすもんね!」

「僕がハンナと同類扱いなの酷くない? 見る目がないねー」

「ほんと、そうっすよね!! 失礼にもほどがあるっす!」

「どっちもどっちかもー」



 エイミーはもう手遅れですと言わんばかりの目でそう息巻く二人を眺めた。


 ハンナは魔石売買の企業とスポンサー契約を一時期結んでいたものの、紹介を任された魔石に限ってことごとく自爆して評判を落とした。そして迷宮都市の中でも大規模な詐欺に遭い山送りになったこともあり、それからまともなスポンサー契約の依頼は来ていない。


 努も100階層を初突破した偉業者ではあるがその後3年もの間迷宮都市から失踪し、突然帰ってきたかと思えば各方面との摩擦が凄まじかったので企業からすれば魅力的には映らなかった。



「ツトムの場合、そもそもスポンサー契約を交わそうともしていないだろう。その気になればどうとでもなるのではないか?」

「僕はやれば出来る子なんです」

「いーや? ぜーったい無理っすよ。師匠、紹介頼まれた商品とかボロクソ言いそうっす」

「実際、何かの商品を探索で使うことがないしな。最近は昼休憩もダンジョン内で済ませなくなったし、ポーションくらい? 森の薬屋さん、案件お待ちしてまーす」

「生ける伝説のエルフが作るポーションなんて、宣伝しなくても売れるからねー」



 努たちはそうこう雑談しながらドロップ品の回収を終え、探索を続けて桜の咲いているスポットに入った。


 桜の咲いている場所にある小さな社に囲まれた庭園はセーフポイントになっているが、その道中にはモンスターが出現する。



「鑑定、鑑定、鑑定。あれ、偽物だね。鑑定、鑑定、あとあれも」



 エイミーは桜の木を全て鑑定していき、その中に擬態していた式神:紙吹雪を見抜いた。それは桜の木に擬態するトレント系のモンスターであり、気付かず通過しようとした探索者を舞い落ちている紙吹雪でミキサーのように切り刻む。



「無慈悲な鑑定で擬態系モンスターが泣いてるよ」

「初見モンスターの概要もある程度わかるし、再評価の流れが来てるよ」

「コンバットクライ、コンバットクライ」



 そうぼやく二人を横目にガルムが特定の木に対して鋭利に尖らせた闘気を2回当てると、式神:紙吹雪は足の役割を果たす根を地面から引き抜きその姿を露わにした。ガルムは強風に吹かれるように迫りくる紙吹雪を前に盾を構えつつ、桜の木々から距離を離す。


 帝階層にある桜の木は幹が折れると独特な樹液を垂らし、その匂いに周囲のモンスターが反応し集まってくる。なので桜スポットでの戦闘は御法度であるが、そこに出現するモンスターからは希少な魔石が出やすく、宝箱のドロップ率も少し高いのではと噂されている。



「双波斬、双波斬」

「龍化」



 素早くその場から離脱するガルムを追いかけていく紙吹雪を、エイミーは飛ばす斬撃で迎撃しながら本体に近づく。アーミラは火のブレスでそれを燃やし灰に変えていく。



「ぐっ」

「ハイヒール」



 その迎撃を逃れた紙吹雪がガルムの盾にぶつかると分裂するようにして彼を包み込み、そのまま立ち巻いて全身を切り刻む。VITが高いので致命傷にこそなっていないが、顔を所々切り裂かれ血濡れになった彼を努が回復スキルですぐに癒す。



「ブースト、岩割刃」



 その間にエイミーは式神:紙吹雪の本体である十数メートルはある木の体を猫のように駆け上り、黒いくぼみで構成された顔の眉間に双剣を叩きこむ。それを嫌がった式神はその枝木で出来た手で彼女を虫のように払おうとする。



「ばん!」



 その隙に懐に潜り込んでいたハンナが魔力の籠った手の平で幹に触れ、右手で左手首を押さえて無色の魔力による単純な衝撃波を放った。するとその衝撃でハンナは後ろに吹っ飛び、ガルムを襲っていた桜の花びらが一斉に散り落ちた。


 エイミーは横向きに倒れる式神;紙吹雪の顔を中心に引き裂き、最後には宙返りしながらフライで離脱した。周囲の地面が揺れる衝撃と共に倒れた巨大な木の体からは光の粒子が漏れ始める。



「師匠~。左の手首ぐずぐずになっちゃったっす~」

「グロいって」



 ハンナは式神を仕留めた衝撃を後ろに逃していたが右手での魔力操作をミスったらしく、芯のない左手をぷらぷらとさせていた。努はぐったりとした蛇でも持つように彼女の手を取る。



「ヒール」



 そして回復スキルを唱えながら彼女の手首を持って緑の気を指先に集中させて骨を繋ぎ、最後に正常な位置にはめるように振った。それに彼女はびっくりしたように叫ぶ。



「いたっ!! ……くもないっすね?」

「動かしてみて」

「おー。あんまり違和感ないっす! まー。あたしは蘇生でも良かったっすけどね!」

「そっすか」



 ハンナの余計な一言に努は白けた顔でその手を離し、まだ紙吹雪まみれなままで光の粒子を放っているガルムに近づく。そして彼の肩に乗っていた紙吹雪を拝借した。



「これ、外のダンジョンだったら最悪だろうね」

「違いない」



 努が手に取った桜の花びらを模した紙吹雪は光の粒子となって消えていく。だがもしそれが死んでも残る仕様ならそれこそ雨の日の犬みたいに身体を振るう羽目になるので、ガルムは安心したように頷いた。



「し、師匠のー、回復? やっぱ凄いっすねぇー?」

「桜魔石出たよーん」

「やっぱりここのモンスターは出やすい仕様かな。もう少し狩っていこう」

「一匹ずつここまで誘導するのダリぃけどな。いっそのこと全部燃やしちまおーぜ?」

「意外と悪くない案かもしれないけど、博打を打つにはまだ早いよ」



 桜の木を切り倒した場合モンスターが異様に寄ってくることは判明しているが、まだ燃やしたPTはいないので案外有効かもしれない。ただ気付かぬうちに式神:薬玉を燃やすリスクもあるので努はアーミラの提案を保留しつつ、桜スポットでの狩りを継続した。

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