第614話 残念でしたー

 黒門を見つけたエイミーの案内に従い四人は桜の咲き誇る場所から離れ、青々しいジャングルに塔のような社のあるところをフライで移動していく。その途中でアーミラはぽつりとぼやく。



「あのクソでけぇ社、あれで何もねぇなんて有り得なくねぇか?」

「十中八九何かあるんだろうけど、今はまだわからないね」



 青々しいジャングルの中に桜スポットがぽつぽつと見える中、誰もが目を奪われるのは何十階建てかわからない巨大な社である。


 今のところ帝階層では何処からでも見える共通のモニュメントであるそこには、意外にもモンスターがちらほらいる程度で特に何もなかった。一足先に頂上へと昇っていたカムホム兄妹もそれにはがっくりと肩を落としていた。


 そして植物の少ない高台にいくつか建てられている社の中に、異物感丸出しな雑コラのように出現していた黒門に辿り着いた。近くにある社の中には紫狐のコボルトがいるが、黒炎を中心にして盆踊りみたいな舞踊を夢中でしている。



「ここはあんまり特徴なさそうだね。わかりやすいからいいけど」

「だねー。ま、一応撮ってくるよ」



 黒門の出現場所には何か特徴的な物の存在や現象などが起こることがあるので、迷宮マニア用の資料として提供しておくに越したことはない。エイミーは黒門の周囲をぐるりと神の眼に見せるために一人飛び立った。



「あれ、何で踊ってるっすかね?」



 紫コボルトは社の中にある黒炎の周りをゆったりと歩きながら手をひらひらと動かし、時折拍手を混ぜる踊りをする習性がある。


 二足歩行に疲れると四足歩行になり、手の動作を二つに分かれた尾で代わりに行う。それを鈴の音がなる棒を持つコボルトに合わせて無限ループしていた。



「そういえばエイミー鑑定できるし、何かわかるかもね。僕が鑑定しても名前しかわからんし」

「……次は鑑定士っすか」

「アルドレットクロウにすら先を越されてるから無理だよ。他のサブジョブもそんな感じ」

「誰かさんがいじわるしたからっすかねー?」



 刻印士として出遅れてとんでもない結果になっている工房を数多く見ていた生産職たちは、軒並み血眼になってサブジョブのレベル上げをしているので今から努が追いつこうとしても厳しいだろう。



「終わったよーん」

「お疲れー。さっきハンナと話してたんだけど、紫コボルトが踊ってる理由って鑑定でわかったりする?」



 黒門周りの情報提供を終えたエイミーに努が尋ねると、彼女は人差し指と親指で輪っかを作り目に当てながら紫コボルトを眺めて鑑定と呟く。



「単なる習性らしいね。特筆すべきこともないかなー」

「だってさ」

「つまんないっすねー。あのでっかい社でみんな踊ったら龍とか召喚されないっすか?」

「まずは173階層行って一番台に追いつきたいし、後回しだね」

「その辺りの検証は後続に任せた方がいいだろうな。時間がかかりすぎる」



 そう言って努とガルムは黒門へ入って172階層へと進み、ハンナはちぇーという顔をしながらもそれに続いた。本来なら気付かれて戦闘に入ってもおかしくない距離感である紫コボルトたちは、そんな探索者に目も向けずに踊り続けていた。


 172階層もジャングルの中に所々桜スポットと社があり、その中心には巨大な社がある風景である。ただその空には先ほどと違い、折り紙の鶴のような見た目をしたモンスターが翼を羽ばたかせて飛んでいた。その翼に筆で描かれた刻印は輝き、飛翔状態を成立させている。


 他にも五匹の群れでジャングルを駆け回っている式神:犬や、色とりどりの紙で作られて回転しその風でモンスターを強化する式神:風車など様々である。



「あの紙切れたち、色折り神の作り出した式神だってさ」



 エイミーは鑑定によって読み込めるようになった情報を口にしながら、その式神を生み出している元凶の名を口にする。


 色折り神。帝階層の中ボスに位置するモンスターであり、その特徴は天空階層で出現したオリオリ、オリオンに酷似している。


 色折り神はぺらぺらとした紙の束のような見た目で、自身の体を折って様々な形を完成させることで式神を生み出す。オリオリと違うのはそれに色がつくようになり、使用するスキルの幅が更に広がったことだ。



「オリオリ風情が神を名乗るとは不敬だね~」

「くす玉出なきゃ戦えんだろ? PT合わせと行こうぜ」

「ならもう少し深くジャングルに入ろうか。空から鶴に介入されるのも面倒だし」



 好戦的な笑みを浮かべるアタッカー陣の二人に努はそう言いつつ、30分ごとに目印となる花火を打ち上げる魔道具を帰還の黒門に取り付ける。そしてそれに付属している籠に入れる昆虫を探しに木を観察していく。


 神のダンジョン内にある物は30分間放置すると光の粒子となって消えてしまうため、帰還の黒門の目印がその判定を受けないよう生き物を傍に置いておく必要がある。



「いたいた。バリア」



 なので努は葉を食んでいたあおむしをバリアで囲い、枝を揺すって落として捕獲した。そのあおむしは色折り神が切れ端で作ったものだったので、手触りは厚紙のようで不思議だった。


 基本的に神のダンジョン内にいる素材に近しい昆虫などを入れておけば、放置判定は受けず目印は残り続ける。努が目印を残すためにあおむしと千切った葉っぱを籠に入れている間、ハンナは上空を飛ぶ式神:鶴の群れを神妙な顔で睨んでいた。



「あの貧弱な翼で飛べてるのおかしいっす。フライも刻印できるようになったっすか?」

「……うむ」



 自身の身体構造もあってか飛ぶことに関しては一際厳しい目を持っているハンナは、あの細長い舐め腐った翼で優雅に浮遊していることに文句を言っていた。それにガルムは一緒に空を見上げているもののよくわからないまま相槌を打つに留めた。



「桜スポット目指しつつ戦闘してドロップ品回収する感じで。桜の魔石と刻印油が欲しい」

「帝階層の刻印油使えばもっと出来るようになんのか?」

「それもあるし、装備更新でお金も心許ない。がんがん稼ぐよ」



 そうして努たちは鬱蒼としたジャングルに入ると、早速そこを庭のように走り回っていた式神に出くわした。真っ白な体に赤い目が特徴的な式神:兎と、それを猟犬のように吠えながら追いかけていた式神:犬である。



「コンバットクライ」

「コンバットクラーイ」



 草木をかき分けて近づいてきていたモンスターたちのヘイトをタンク陣が取る。ガルムの赤い闘気は先行していた兎を綺麗に飛び越えて後ろの犬にだけ当たり、自身のポジションを横にずらした。


 兎を野犬が追いかける様は自然界では単なる狩りの状況であるが、先ほどの紫コボルト同様式神にとってもそれは単なる習性である。なので探索者を見つけるや否や、逃げていた十匹の兎は紙で構成されているとは思えない滑らかな動きでハンナに飛び掛かった。



「えぇ!?」



 単なる突進かと思いきやその小さな体を上向かせて徒手空拳を仕掛けてきた兎に、ハンナは驚愕しながらも先頭の一匹を魔流の拳で屠ろうとする。その式神は拳をひらりと避けたが、魔力の余波で吹き飛ばされた。


 するとその兎は空中で態勢を立て直して怒ったように前足をてしてしした。


 一見するとおやつを取り上げられて抗議しているような可愛い動作。だが明確な殺気を感じたハンナが横に飛ぶと、その直後に強烈な突風が吹き彼女の青髪を揺らした。


 式神:兎が前足で弾丸をこねるようにして作られた風弾はその背後にあった木に穴を開け、みしみしと音を立てて折れていく。



「ちょっ、まっ」



 そしてその他九匹も空中をてしてししているのを見たハンナは、すぐにその場から飛び上がり青翼を駆使した機敏な動きでその風弾を避けた。彼女の頭を余裕で吹っ飛ばす風弾の嵐に木々がざわめき枝葉が舞う。


 進化ジョブによる武器のエンチャントを試そうとしていたエイミーは、この変わり種相手には試せないと早々に殺すことを決意した。



「双波斬」

「エアブレイズ」



 風の刃でハンナに近接戦を仕掛けていた兎を仕留め、針を縫うように他の式神たちへと近づき斬って捨てる。努は兎たちのてしてし風弾を妨害するように攻撃スキルを放つ。



「タウントスイング」

「一刀波、エアスラッシュ」



 そんな兎に対してそこまで変わり種ではない式神:犬を相手にしていたガルムは、順当にヘイトを取り噛みつかれて動きを封じられないよう立ち回っていた。アーミラも機敏な相手に避けられないようスキルで牽制を入れつつ、大きなカトラスを振るい確実に倒していく。



「見た目と威力が比例していない。嫌なモンスターだ」

「ヒール」



 そして手早く式神:犬を殲滅したガルムは兎のヘイトも取り、その徒手空拳による打撃や風弾の威力をその身で確かめていた。


 それこそ普通の兎と変わらない大きさであるにも関わらず、紙でばねのように折られている後ろ足での蹴りは彼の身体が浮くほどの威力がある。風弾もクリティカル判定を何度も受ければ死にかねない。VITの低いハンナなら即死だろう。


 その威力偵察も兼ねた初戦は死人なしで終了し、後には無色の魔石と刻印油が残った。



「次は私が兎だな。思いのほか面倒だ」

「兎にぶっ飛ばされるガルム、もはやギャグだろ」

「いーや! これでもうわかったっすから次もいけるっす!」



 ガルムと努は事前に知っていたとはいえ式神:兎の一寸法師みたいな強さに改めて驚き、初見のハンナは次こそ大丈夫だと意気込む。



「アーミラ、次はチェンジねー。エンチャント試せなかったー」

「俺もちっこいのは殺しにくいんだよ」



 双剣士の進化ジョブは特定の斬撃やエンチャントによってモンスターを毒や麻痺などの状態異常にすることが出来るが、自身のAGI敏捷性は進化前より下がるので兎とは相性が悪い。とはいえ小回りの利かない大剣士のアーミラの苦手な部類であるため、嫌な顔をしていた。


 そうこう話し合いながら努たちは見晴らしの良い桜スポットを目指しつつ、ジャングルの中を進み戦闘してはドロップ品を拾っていく。



「お、出やがったなくす玉」

「ちょっかい出さずに退避するよー。移動速度はミミック以下だから」



 その戦闘中で先ほど努がギルドで忠告していた式神:くす玉も出現した。所々角ばっているものの概ね円形状であるそれは、木々を縫って風に揺られる風船のように現れた。


 攻撃すれば手痛いデバフを、放置すれば周囲のモンスターに驚異的なバフを与えるそれがいる場所では戦いようがない。努たちは他の式神たちに追撃される形になるのも厭わずその場から離脱した。


 全力で距離さえ取ればくす玉のバフデバフ範囲からは逃れられるので、努たちは大きく距離を離した後に式神たちを殲滅した。その際に魔流の拳で式神:兎を完封したハンナは青翼をてしてしさせている。



「……ん?」



 ただその戦闘終わりに先ほど帰還の黒門に取り付けていた花火の音をその猫耳で捉えたエイミーは、違和感を覚えたように白い尾を揺らめかせた。



「花火、これで二回目。距離も遠すぎ」

「この音は恐らくゼノだろうな。目印にもこだわっていた」



 帰還の黒門に使う目印の聞き覚えがあったガルムは、自分たちと同じような時間に潜っているであろうゼノたちPTと同じ階層にいることを確信した。



「おー? 黒門争奪戦っすか!?」

「よーし。それじゃ先に黒門取って待機してやろーぜ」

「やめときなよー」



 努はアーミラに軽く忠言はしたものの、『ライブダンジョン!』の初期では実際にやったことがあるのであまり強くは言えなかった。

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