十二章

第607話 うきうきソニア

 骸骨船長を倒し粒子を上げていた幽霊船が完全に消えてなくなると、風の極大魔石と黒スライムのように固まった刻印油が確認できた。その他に木、銅、銀の宝箱もいくつか確認できたが、今まであれだけ宝物を納品してきたにしてはショボいと言わざるを得ない。



「ドロップ品は宝煌龍の納品数に比例する感じかなー」

「宝煌龍から取れそうな宝物はまだまだありましたし、次回はコンプリートで挑むのも悪くはなさそうですね」



 風呂敷型のマジックバッグをレジャーシートのように広げて風の極大魔石の回収に入っているリーレイアの言葉に、努はそれを手伝いながらうんざりしたような顔をした。



「それは一旦他のPTに任せよう。新しい階層もあるんだし」

「この黒門、実は166階層に続くものだったらどうしましょうか」

「流石にないと思うけどね。神の眼も変わって一番台になってたみたいだし」

「賭けますか?」

「……なんでそんな喧嘩腰なんだよ。ソニアを見なよ。平和の象徴みたいだぞ」

「早くっ♪ 早くっ♪」



 そんな彼女を横目に努は先ほどから狂喜乱舞し可愛げのあるソニアを見つめた。今は開園直前のテーマパークに並んでいる少女のようなはしゃぎぶりであり、一緒に刻印油の回収をしているガルムとダリルは保護者のような笑みを浮かべている。


 努がいなかった三年の間にソニアも一番台に映る経験こそしていたが、未踏破の階層に自身が足を踏み入れるのは今回が初めてだった。なので彼女は普段見せない年相応の子供っぽさを見せ、努もほっこりしていた。


 だがそんなソニアにも絆されていない様子のリーレイアは、既に反省会でも開催している勢いで目を吊り上げていた。



「ツトムに獲物を横取りされましたからね。余計なお世話でしたよ」

「へいへい。すみませんねー」



 そうは言うもののリーレイアは骸骨船長に多少の情があった。努から見ればそれは明らかであったので、それならば所詮は神のダンジョンのためだけに作られた高度なキャラか何かだと認識している自分が壊した方が良いと判断した。



(まぁ、悪人とはいえ何人か殺してる時点で本当に余計なお世話なのかもな)



 骸骨船長に関してはメタ的な視点がある努からすれば倒してもさして心は痛まないが、じゃあ盗賊なりオルファンの孤児なりを殺せるかと言われればほぼ不可能である。戦闘不能に追い込んで間接的に殺すことも出来れば二度とやりたくないほどだ。


 だが神のダンジョンが生まれる前から活動している探索者は、モンスターの希少な素材を狙ってきた盗賊を返り討ちにして殺すことは珍しくなかったそうだ。それにリーレイアも元々は王都騎士の出ということもあるので、罪人を処罰する経験はあったのだろう。



(迷宮都市で生涯を終えるしかないねぇ……。日本でも死刑のスイッチ押す人はいたはずだけど、物理的に見せられることはないからな)



 犯罪クランが掃討された迷宮都市は近年稀に見る治安の良さを見せているが、王都へ行く通り道には未だに盗賊が存在し武力を脅しに通行料をせしめている状態である。


 帝都に旅行中の道中でネズミ狩ってきたよーと言わんばかりに盗賊の首を持って帰ってくるエイミーが容易に想像できた努は、絶対に顔が引き攣る自信があったので迷宮都市に引き籠る他ない。



「次の階層なんだろなっ」



 そして手早くドロップ品の回収を終えたソニアは、溢れ出る気持ちを小躍りに乗せてリーレイアの後ろに控えていた。そんな彼女の頭にドロップ品の海賊帽子を被せて落ち着かせたリーレイアは、PTリーダーとしてその黒門に手をかけて進む。


 一瞬の暗転後。森階層を思い出させるような巨大樹が一番に飛び込んできた。それは巨大な桜の木であり、そこに続く広い並木道には風に吹かれて桃色の花弁が舞い落ちていた。



「わぁっ……!!」

(これまた随分と和風チックだな。建物もそれっぽいし)



 その桜吹雪に目を奪われて思わず走り出したソニアを眺めながら、努はその光景の中にある赤を基調とした神社のような建物に注目していた。



(……でもなんかちぐはぐだな。ゲーミング鳥居やめてくれ)



 ただ和を象徴するような鳥居が赤ではなく黄色や青など様々であることから、何処かエセ日本っぽい雰囲気もあった。それに桜の木の周りにある自然は何処かジャングルのようにも見える。



「……どういった階層ですかね。花?」

「さぁ……?」

「毒は……恐らくないな。モンスターの気配もない」



 努のように桜や神社を見慣れていないリーレイアたちは、各々そう言いながら一応モンスターを警戒して慎重に並木道を歩く。ただソニアほどではないにせよ久々の未踏破階層にはわくわくするのか、その気持ちが犬人二人の尻尾には如実に表れている。



「何はともあれ、良い景色ではあります。浮島階層突破お疲れ様でした」

「あぁ」

「お疲れさまでしたっ」

「乙―」



 そんなPTリーダーの挨拶に各々答えつつ、努たちはソニアに走って追いつき神の眼を連れて新階層のお披露目をした。


 舞い散る桜と共に虹色の鳥居を潜り、桜餅みたいなスライムを発見しそれを遠目から観察する。万が一にもロストをしないよう戦闘こそ避けたが、他にも社の中で踊っている二足歩行で獣のような見た目のコボルドなども見受けられた。



「いやー、凄いね。まさかまさかとは思ってたけど、私が未踏破階層に踏み入れられるとは思わなかったー」

「そういえば初めてですか? 良かったですね」

「ツトムー? アーミラたちが突破するまではまだこのPTのままなんでしょ? 明日も潜れる?」

「そうだから、骸骨船長次第だね。まぁアーミラたちもそこまで苦労しなさそうだけど」

「苦労しろ~苦労しろ~」



 そう聞くや否や念でも送るように手を波打たせているソニアにリーレイアはため息をつき、努はこらこら、はしゃぐなはしゃぐなwした。



「では、今日はもう帰りましょうか。探索はまた明日にしましょう」

「うい~。今日はお酒飲んじゃおっかな~」



 リーレイアの言葉にご機嫌なまま返事して帰還の黒門へと練り歩くソニアを、ガルムとダリルが引率していく。そんな彼女に努は思いついたように提案した。



「なら明日ここでお花見でもしながら一杯やる? ついでにセーフポイントも探せそうだし」

「お花見? いいね! よくわかんないけど!!」



 お花見文化はわからなかったがとにかく飲めれば万事オッケーであるソニアは、サムズアップしながら黒門をくぐっていった。



「ツトム」



 それに続こうとしたところをリーレイアに手を止められて取り残された努は、続いて神の眼まで素っ頓狂なところに飛んで行ったところを怪訝そうな顔で見つめた。



「お気遣い、ありがとうございました。おかげで骸骨船長のことで気が滅入ることはなさそうです」

「いや、良かったのかよ」

「箱入り娘なツトムに気遣われたのは癪でしたが、正直なところ助かりました。とはいえ、あれで変な記事を書かれるのも嫌なので」

「なら良かったよ」

「……あと、ですね」



 そう礼を言った後で言い淀んだリーレイアは、もじもじとした様子で頬を赤らめている。そして意を決したように顔を上げて緑の髪を揺らした。



「また、エレメンタルフォースしてくれますか?」

「ずこー」



 そんな彼女の精霊術士らしい自白に、努はセルフでずっこけながら黒門に入って逃げた。

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