第608話 野次を飛ばされてこそ
「桜じゃん! まさかこっちに来て見られるとは思わなかったわ」
「枝垂ノ
努たちが初めてお披露目した階層は、その桜と建築物が帝都に似通っていることから翌日には
それに新たな階層が開放されたことでまだ見ぬダンジョン素材が流通することが確定したので、これから取引も活発になることも予想される。その他にも階層更新するかしないかを賭けた賭博場でも大きな金額が動き、ギルドやソリット社などがスポンサーとなって装飾を施し始めたりして神台市場は賑やかになっていた。
「おー。帝階層っぽい」
「一日でよう作ったなぁ」
そのお祭り騒ぎは翌日には本格的になり、帝階層を再現するように桜や赤色の様々な飾り物で彩られ始めた。そんな神台市場で帝階層に潜っている努たちPTを一番台で見ていた迷宮マニアは、ふと思い立ったように呟く。
「そういやツトム、何気に階層お披露目は初か?」
「……90階層でお披露目してなかったっけ? 100は当時まだ開放されてなかったからな」
「ま、一番台は維持するのが大変だからな。アルドレットクロウも血眼で取り返そうとしてくるだろうし」
迷宮マニアたちはそう言いながら二番台に視線を移す。その神台では宝煌龍の宝石を全て納品して階層主化した骸骨船長を相手に、アルドレットクロウの一軍が死闘を繰り広げていた。
障壁を扱うために使われる宝物は宝煌龍の瞳が大きな原動力となる。だが他にも金銀の鱗や赤い肉宝、白銀の尾などはその原動力になり得る。
そして紅玉の舌を納品すると船にブレス機能が搭載され、金剛石の歯はただでさえ手強かった水晶体をより強靭にする。
関係値の悪さから宝煌龍の宝石全種類を納品しなければならなかったアルドレットクロウの一軍は、完全体ともいえる骸骨船長を相手に何度か全滅を繰り返していた。
「ディニエルえげつねぇ……。あの水晶体を相手でも溶かすのかよ」
「ラルケも痛々しいほどだな。気概は一番じゃないか?」
「それに比べてポルクのやる気のなさよ。前のディニエルと交換でもしたのか?」
「でも付与術師の中じゃ最強です。何でだよ」
しかしその全滅経験である程度骸骨船長の初見殺しは理解したのか、ディニエルと大剣士の女性であるラルケは圧倒的な火力を出し始めていた。それに便乗する形でポルクもバフスキルで後押しし、ステファニーとビットマンがそれを下で支える形だ。
「にしてもあんなエルフ今まで見たことないけどな。大体枯れ木みたいな奴か、あっても森の薬屋に弟子入りかクリスティアルートが関の山だろ」
「エルフの恨みは百年単位だからな……。そう、まるで樹齢千年の蔦が蛇のように巻き付くがごとくツトムを離さない」
「下手なエルフ語やめな」
「今となっては多少落ち着いたとはいえ、ステファニーも何だかんだ怖くね? それに一軍ライバル視してるカムホム兄妹も乗じてるし、帝階層は荒れそうだな」
そんな一軍よりは骸骨船長の強化具合が随分とマシな二軍PTは、無限の輪の後道を辿ることで初見殺しも受けず階層主を下していた。
骸骨船長の障壁は祈禱師の願いや祈りなども遮断する厄介さを秘めていたが、あの無差別障壁が来るとわかってさえいれば対処しようはある。
その範囲は浮島全域と広大ではあるが、上下の範囲自体はそこまで広くなかった。そこに目をつけていたアルドレットクロウの情報員によって考案された上に退避する作戦は上手くいった。
それに船員水晶体を優先的に始末することも初めからわかっていたので、アルドレットクロウの二軍は多少の苦戦こそあれど全滅することなく突破した。
「ハンナ、魔流の拳のデメリットは何処にいったんだか……」
「ゼノコリナの安定感たるや。ハンナアーミラがやらかそうがいくらでも回収していくな」
「そこにエイミーをひとつまみ。万能の調味料だね」
無限の輪のアーミラPTもまた、努たちに続き安定した骸骨船長の突破を見せていた。障壁で囲まれることも忘れて変にヘイトを取りハンナが死ぬことが何度もあったものの、ヒーラーのコリナに進化ジョブで蘇生もこなせるゼノのカバー力が光っていた。
そして神龍化により弱点剝き出しな骸骨船長の頭蓋骨を一撃でかち割ったアーミラも大活躍ではあったものの、それでヘイトを稼ぎすぎてしまいゼノを苦労させていた。
だがそんなピーキーな二人が思う存分活躍できるよう、ゼノとコリナが下支えとなっていた。そこにエイミーがバランス良く立ち回ることでPT全体としては上手く回っていた。
「シルバービーストはしばらく駄目か? 復活した刻印が思いのほか強力っぽいな」
「ちゃんと消さないから……。階層主化を考えるなら船ごと削り取るくらいで良かっただろ」
巨大ミミックに飛行船を食わせる努PTの妙案にインスパイアを受けたユニスPTは、骸骨船長の転生を願い165階層にそれを託した。だが結果としては存在を喰われるような事態に骸骨船長は耐え切れず、一転して反転アンチとなり効果を消失させたはずの刻印を纏って階層主化した。
ユニスが刻印したそれは階層主化した後も大いにその効力を発揮し、幽霊船、水晶体共に強化されとんでもないことになっている。下手をすれば全納品の骸骨船長より強いのではないかと噂されるその階層主相手にユニスPTは歯が立たず、全滅を繰り返している。
「多分、無限の輪はまたPT再編成だろ? まだディニエル帰る気配ないけど……」
「またクロア入れてもいいんだよ。それかユニス」
「付いてこられるのか……? 最前線の戦いに」
「ここで勝ち切ったら一流の仲間入りだし、頑張ってほしいもんだね。アルドレットクロウ一強も飽きてきたところだし」
「カンフガルーでもラッキーパンチのチャンピョンベルトは価値がない真理を理解してるからな。これからが大事だぞ」
アルドレットクロウがトップを維持したところで何も言われはしないが、ひとたび今のように一番台から落ちればありったけの野次と嘲笑を受ける。
だが勝つのが当たり前であるからこそ一流なのであって、たかが一度お披露目しただけではトップと言えない。現に今まで一番台だったシルバービーストはもう駄目そうな空気が漂っている。
ただそんな物言いをその犬耳で聞き取っていた犬人迷宮マニアは、困ったように眼鏡を拭いた。
「……100階層突破してから引退して、三年後にまた一番台に返り咲いた奴が一流じゃないって、流石に嘘では? そんな奴探索者でいないぞ」
「刻印装備でなんかズルしてる空気になったのがいけなかったかな。ま、ツトムもそんな気にしてないだろ」
「ツトムが気にしてるのは女性人気だからな」
「最近は精霊術士に人気だから……」
「でもそれ、精霊目当てじゃん。あれだけエレメンタルフォースさせてくれるなら誰でもいいでしょ」
火竜の頃から努のことを知っている結構な古参迷宮マニアたちはあれこれ言い合いつつ、三番台に映るアーミラPTを見やる。
「次はタンクがPT選ぶんだっけ? せっかくのチャンスだし、またツトムを中心にPT組んでほしいけどな」
「リーレイア、大分リーダー苦しそうだったもんなー。やっぱ向き不向きはあるよな」
「ゼノエイミーアーミラ以外はリーダー枠渋そう。コリナとか無理にやってる感が半端ない」
「ソニアの枠も一度空くだろうし、次は誰入るかな」
そうこう話しつつ桜餅スライムをしばいている努たちPTに視線を戻した迷宮マニアたちは、目新しい帝階層にわくわくした目を隠せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます