第606話 170階層戦 ギルド
一番台と三十二番台が同時に暗転して入れ替わる演出は各所で発生し、それはギルドでも同様だった。その例を見ない神台の挙動に探索者たちは盛り上がり、長年それを見てきたギルド職員たちも目を丸くしていた。
「こーれは映えます」
「一度舞台のスポットライトを消して、観客を注目させるようなものだね。神台でそれをやられたらたまったものではないよ!」
「これ、あたしたちもなるっすかね!?」
そんな中、ギルドで神台を視聴していたエイミーとゼノはその演出に舌を巻いていた。そこに同席しているハンナも子供のようにはしゃぎ、最後まで三十二番台を見ていたアーミラとコリナは神妙な顔で変化した骸骨船長について話し合いながら合流していた。
今回アーミラPTは先行していたリーレイアPTのお手並み拝見ついでに、骸骨船長の動向を探っていた。勿論おいそれと負けるつもりこそないが、やはり刻印装備がまだ納品されていない影響もありその進行度は彼女らよりは遅かった。
それに骸骨船長との関係値が良好であるが故にモンスター化の狭間を彷徨っているユニスPTや、海賊船を自力で撃破したものの170階層では足下を見られ宝煌龍の宝石を全種類コンプリートするまで進めなくなってしまったステファニーPTのようになるのは不味い。
その二の舞を踏まないようまだ骸骨船長との関係値が決まっていないPTは慎重策を選んでいる。それが無限の輪のPTとアルドレットクロウの二軍、その下に中堅クランのノヴァレギオンが控えている形だ。
「にしてもあいつが自殺行為するとはな。追い詰められたらまた逃げる、なんてことにならなきゃいいが」
「私たち仲間外れだもんねー」
「…………」
努とリーレイアが話す場面を神台で見ていたアーミラが毒づくと、エイミーがにこにこしながらそう言った。百階層戦においてのタンク陣だけが揃っているPTに、アーミラは視線を鋭くしながら押し黙る。
クランメンバーがそうこう話している傍ら、ギルドに訪れていた迷宮マニアも無限の輪と一番台に釘付けとなっていた。迷宮マニアからすればいつも神台で見ている生エイミーが目の前にいることに内心大興奮であるが、しかしそれを表に出すことは一切しない。
少なくともギルド内においては、神台に映るような探索者にファンですなどと声を掛けないのが暗黙のルールだ。それを破って声をかけるような迷惑者はすぐステカを控えられてギルド出禁になってしまうし、探索者登録も容易には出来なくなる。
それにもし探索者相手に何かしらのトラブルが起きてしまえば迷宮マニア側は物理的に勝てるわけもないので、ギルドは言わば柵のないサファリパークみたいなものである。そこに来るような者は文字通り命懸けであるため、その分立場を弁えてもいる。
「やっぱり障壁も使える感じか。不敬なモンスターだな」
「あれをやられたら避けタンクはたまったもんじゃないぞ」
障壁で閉じ込めてからの砲撃を受けたダリルを見て、迷宮マニアたちは猛獣の気を引かないようひそひそと話し合いながらメモを取る。そのついでにジェラシーを抱いている様子のアーミラとそれをからかうエイミーなどの様子も観察し、その人間模様も描いていく。
観衆の中には探索者の人間関係を盛り込んだ記事を好んで読む者も多いため、迷宮マニアの中にはこうしてギルドにまで乗り込む者もいる。ただ一歩間違えれば虎の尾を踏むことにもなるため、よほど酔狂な者しかいないのが現状である。
「あー。これは船員優先かな? 人数配分ミスったね」
「刻印装備持ちのガルムですらあそこまで追いつめられるとなると、困ったものだね」
「あたしが避けてあげるっすよー」
「お前、ヘイト取った瞬間詰みじゃね?」
「正直、私もあれに耐え切れるかは怪しいところだがね!」
そんな迷宮マニアを他所に無限の輪の面々はそうこう話しながら各々食堂で頼んでいた食べ物をつまみつつ、障壁に閉じ込められているダリルや船員水晶体と戦うガルムたちを観戦していた。
ハンナとアーミラはその若い身体に見合うたっぷりの油で揚げられたポテトを、ゼノとエイミーは色鮮やかな野菜が散りばめられたサラダをつまむ。コリナはその両方を食べていた。
「ツトム、ぽかぽか殴ってる感じで可愛いけどさ。あれ結構DPSは出てそうだよね」
「打撃弱点ならコリナに行かせてぇが、水晶体をヒーラーなしでいなすのは無理だよな。てか、ツトムであれならこいつが刻印装備持ったらどうなっちまうんだか」
「むぅん! で骸骨船長、一撃でしょ?」
「エイミーさん?」
「そもそもむぅんって、どういう掛け声なんだよ」
「別に意識して出してるわけじゃないですからね……。アーミラだっておらおら叫んでるじゃないですか」
エイミーとアーミラに好き放題言われているコリナはそう返しながら、薄味のサラダで塩味の強いポテトを巻いて食べている。
そうこう話している内に努が撤退指示を出し、幽霊船から瘴気が溢れ出た。それから悠々と逃れていたPTを見ていた最中、唐突に障壁の予備線が幾千にも渡って引かれ観衆にどよめきが走る。
その障壁が幽霊船に沿って次々と成立していく煌めきに飲み込まれた時、神台に映っていたのは包み込まれる形でガルムに庇われていたソニアだった。だが彼女はその煌めきが収まった後、障壁に身体を分断される形で死亡していた。
「……ソニアは死んだが、ツトムは生きてるのか。多分、ツトムもソニアと同じように庇われてたよな?」
「浄化避けの要領で出来てたと思うが、スパアマ使わないと駄目だとか?」
「浄化と違って身体で庇っても無理なパターンか」
「……あ、これお団子レイズ化する感じか。ソニア蘇生絶望的か?」
瞬間移動で切り替わった神の眼の先で努は生きてレイズを撃っていることに、迷宮マニアたちはウルフォディアを例に挙げつつ考察を深めていた。
「上の障壁割っていけばどうにかなるか?」
「それは無理と判断して骸骨船長削りに行ってもいいな。普通に殺し切れる範囲ではありそうだし」
「いやここの判断こえー。しかも残ってるのがダリルなのが不安すぎる」
同業者としてこの状況の怖さがある程度理解できる中堅探索者たちは、全滅もあり得る瀬戸際に手に汗握らせていた。そしてあくまでヒーラーに徹した努の判断に難しい表情をしながら神台を見守る。
「うわ、ダリルやらかした」
「柔い障壁から緩急つけてきたか。骸骨船長、対人戦に近いな」
「判断がおそぉい!! タンクがなよなよしてるとヒーラーは困るんだよ!」
「ぶふぅぅぅぅ……!」
それから障壁の緩急により昏倒したダリルに、探索者たちはドカ食い気絶部のように唇を震わせて馬鹿にした。
「根性は見せたな」
「ですね。ここぞという時に耐え切れるのは流石です」
だがそれでも努の指示を実行し最後には身体を張って彼を守ったダリルに、アーミラとコリナは賞賛の言葉を送る。
「うぉーー!! ガルムっすーーー!!」
「ここでガルム君が出てくるのはズルいねぇ! そんなの格好いいに決まってるじゃないか!」
「はい良いとこ取りー」
そして努の窮地に駆け付けタンクを全うしたガルムにハンナとゼノは思わずスタンディングオベーションで、エイミーは冷めた野次を飛ばしていた。
「そこは君の命に比べれば安いもんなら100点だったのに!」
「もし刻印装備あんなに破損したら普通は破産だけどな……」
「はい余計な口―」
身を挺して守ったものの刻印装備を破損しおろおろしていたダリルとそれをさして気にしていない努に、女性の探索者たちは思わずにまにましている。それに男性探索者は被害額のデカさに思わず突っ込んだものの、女性陣から冷ややかな視線を浴びせられていた。
「いや次は平然と100点取るじゃん! 100点すぎてあざといって思っちゃうくらい!」
「あざといわー」
「新参の探索者かよ」
「……でも、タンク冥利には尽きるね。それこそ観衆とかは大歓喜なんじゃない?」
その後幽霊船の瘴気特攻から逃げられないと悟ったダリルが、ロスト前提の装備だけを着込んでマジックバッグをガルムに預けた。そしてガルムの小粋な気遣いと努の直球すぎる気配りに、探索者たちは各々むずがゆいような悲鳴を上げていた。
それこそまだ死に慣れていない新参の探索者が、仲間まで死ぬのを避けるために自身を犠牲にするような場面。沼階層で底なし沼にハマったり、荒野階層でアンデッドを引き付けすぎた時にはそうなることもあった。
そういった時は先ほどの努のような気遣いを見せることは確かにあったが、フライを覚える頃には探索者にとって死は付き物の扱いになり、100階層を超える頃には日常に成り下がる。
そんな探索者たちからすれば努の青臭い気配りはむずがゆさすら感じるものがある。だがどうも彼がゼノのように神の眼を意識して言っているようにも感じられず、一種の憧れや萌えを感じてもいた。
そんな努の気配りに命懸けで答えたダリルが幽霊船の勢いを止めたところで、迷宮マニアはずびずびと鼻をすすっていた。それに探索者たちも少しは新参の気持ちを思い出したのか、ギルド内はやさしい世界になっていた。
「今日は皆さん、タンクに感謝する日になりそうですね」
「ありがとねー」
「んふー」
そんな光景を見て少しは感謝してもいいんだよと大きい胸を張るハンナを、エイミーは愛犬のように撫で繰り回した。それを本日主役と言わんばかりの顔で受け取っている彼女にゼノは苦笑いを零す。
「ツンツンツトムきたぁ!!」
「あれが演技ならもう何も信じられないよぉ」
「ツトムは本気で死にたくなさそうだし、照れ隠しだろ」
「言わせんな恥ずかしい」
「恥ずかしいのはタンクへの言動だろ……。甘々すぎてとてもじゃないが言えないよ」
その後神の眼を前に難儀なことを仰る努に探索者たちは総突っ込みしつつ、フェンリルが合流して去っていくのを見送った。
「いや、エレメンタルフォース、フェンリルもいけるのかよ!?」
「まるで人間霊玉だぁ……。直ちに保護しないと精霊術士の損失になるよ」
「あおーーーん!!」
そしてそのフェンリルが結晶化したことについては初めての事例だったため、精霊術士は案の定大騒ぎだった。
「最後の言葉くらい言わせてやれよな」
「あまりにも惨い。あれがタンクに甘い言葉をかける人間のやることか?」
「リーレイアへの優しさだろ。骸骨船長、どうせろくな事言わなさそうだし」
何か言い残そうとした骸骨船長を杖の投擲で綺麗に邪魔した努には、探索者たちも思わず笑ってしまっていた。
「障壁の対策と水晶体に重きを置く感じでいいですかね?」
「だな。……俺らもあんな風にしてやった方がいいか?」
「気持ちだけ受け取っておくよ。妻にも何を言われるのかわからないしね」
そんな努の畜生ぶりにさして驚きもしていない無限の輪。その中でタンクへの気配りを変えてやろうかと提案したアーミラに、ゼノは困ったような笑顔でそう答えるに留めた。
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