第591話 海のギャング
リーレイアPTは170階層での水晶体戦に向けて最終調整に入っていた。様々なゴーレム型である水晶体に対してのパリィに慣れてきたガルムに、その重装備とスーパーアーマーによりどんな攻撃をも通さないダリル。
そしてその幅広い選択肢の中でも自我を出さず、PT全体を見通し的確な支援と攻撃を送る灰魔導士のソニア。この三人の安定感は異常ともいえる。
「契約――レヴァンテ」
そんな中で努は刻印装備の変更によりまだ試行錯誤の余地があった。怪しげな黒い司祭のような上着を着込み黒い真珠のようなものが多数埋め込まれた杖を持つ彼に、リーレイアは闇の精霊契約を結ぶ。
すると
そんなレヴァンテは努に横付けするように地面を滑り、雛鳥のような甲高い鳴き声を上げて餌でもねだるように口を開ける。
しゃちほこのように反っているレヴァンテに努は闇の小魔石をあげて水に濡れた
するとその鯱は飼い慣らされているような姿から途端に口端を吊り上げ、その漢字に相応しい牙と獰猛性を露わにした。
レヴァンテが潜る動作をすると浮島の地面が液体のように揺れ、その姿が溶けるように消える。そして数秒もしない内に先頭の水晶体を真下から強襲し、口先でボール遊びでもするように上空へ跳ね上げた。
そこから滝を登るようにレヴァンテは空中を駆け上がり、ムーンサルトして勢いをつけた黒い尾で水晶体を殴打する。それだけで水晶体の中心部が砕け、集団に着弾して弾け飛ぶ頃には光の粒子を漏らしその機能を停止していた。
水晶体たちがピンボールのように弾ける有様を満足げに見下ろしていたレヴァンテは、そのまま自由落下し地面であるはずの土にちゃぽんと着水する。そして頭だけを出して異変を察知し近づいてくる水晶体を眺めた。
「ドッペルフィッシュ」
努が詠唱したドッペルフィッシュは、精霊体を複製する精霊スキルである。契約者の精霊を基に作られる複製は精霊スキルこそ使えないものの、先ほど見せた鯱のフィジカルは持ち合わせている。
更に努の着ているレヴァンテ用のローブには、闇精霊との相性上昇と闇系のスキルに様々なバフが乗る刻印が施されている。精霊術士の汎用的な刻印装備によるズボンで精霊スキルの精神力消費は軽減され、その威力も増大する。
極めつけの黒真珠が施された杖には闇の精霊体を強化する大きな刻印が施され、それはまだユニスにも作成できない代物だ。その精霊術士用の刻印てんこ盛り装備のおかげで精神力の供給元であるリーレイアがすぐにバテることもなくなり、努は今まで以上に精霊スキルを扱うことができた。
「ドッペルフィッシュ、ドッペルフィッシュ」
それから更に複製を増やして計四体の鯱が出揃い、群れで狩りでもするように動き出す。そんなレヴァンテを間近で見るべくリーレイアも前線に加わり、水族館の新人トレーナーみたいにはしゃいでいた。
「行きます!」
そんな彼女より前から前線でヘイトを買っていたダリルはその場で丸まり、地面から現れたレヴァンテの大きな尾に抱えられて水晶体に投擲された。
砲弾のように射出された彼は水晶体を数体まとめて打ち砕いて勢いを落として転がり、地面の中を泳いでワープするように出てきたレヴァンテの複製に尾でキャッチされる。
それから水晶体を相手にドッチボールでもするような光景が続いた。レベリングにより上昇したステータスと刻印装備で過去に類を見ないVITを持ったダリルが、レヴァンテの尾で百キロ近い速さで投擲される。水晶体にとっては命がけのドッチボールであり、時折努とソニアが放つヒールがボールに付与されていた。
「コンバットクライ」
するとその騒ぎを聞きつけたカンフガルーの軍団がグラウンドを争うように接近してきたので、ガルムが事前にヘイトを取って横槍を入れられないよう陣取る。
その軍団の中でまだ開封されていない金銀様々な宝箱を運んできていたカンフガルーは、それをガルムの方に向かって蹴り飛ばした。
留め具を外して開封されなかったことで宝箱の中身は地面に散らばった後、光の粒子となって儚くも消えていく。だがその中に紛れていたミミックは突然水でもかけられたように目覚め、探索者を見つけると怒ったように舌を振り乱した。
「理不尽なことだ」
その光景にガルムは苦笑いを零しつつも、大口を開けた銀ミミックから放たれた硬貨のブレスを横に避けた。そのまま地面に落ちてもしばらく消えない硬貨を踏みしめ、ガルムは正面衝突を避けるように右方に逸れる。
「ソノンブリンク」
努の詠唱に答えたレヴァンテ本体はつるつるとした体をくねらせ、その口から目で見える輪っかのような超音波を放つ。対象のモンスターを催眠状態に陥れるそれはゴーレムである水晶体には効かなかったが、カンフガルーには機能しその動作を鈍らせた。
「ナイトメアアビス」
その詠唱で鯱のアイパッチと呼ばれる白い目のような模様が発光し、催眠状態に陥ったカンフガルーはもがき苦しむ。その中でも
「……流石に、これで私もまともに戦うのは厳しそうですね」
「だろうね」
いくら刻印装備で軽減できているとはいえ、精霊体を四体生み出して戦闘させ精霊スキルまで扱うとリーレイア自身の精霊契約は維持できそうもなかった。契約していたシルフを解除した彼女は既に精神力が半分を切ったからか、少し体調が悪そうな顔をしている。
そんなリーレイアに努は青ポーションを飲むよう促したが、彼女は手を付けることなく話を続ける。
「エイミーは、これよりも追い込んだ状態で動いてるんですか?」
「そうだけど、精神力を自分で管理してなきゃ無理だろうね。自分でスキル使って自発的に追い込むのと、レイスとかのモンスターに吸い取られるのじゃ感覚違うでしょ?」
「確かに、ツトムの声で多少タイミングはわかるとはいえ不意に抜かれる感覚はあります。やはり前線で戦うのは難しそうですね」
「いくら刻印装備で軽減できるとはいえ、進化精霊は精神力の燃費悪いしね。それに精霊術士は進化して精神力リセットもできないし、僕の装備も精霊術士用になるから白魔導士としては渋い」
「私の装備も精神力系に特化していますしね。これだとツトムが実質二人分の働きを見せなければ割に合いませんが……」
そう言いながらリーレイアは二人してこうした談義ができるほどの戦況を見回す。
レヴァンテのナイトメアアビスにより召喚モンスターに近しい存在となったカンフガルー十数体は、他のモンスターを蹴散らしている。それに鯱の姿をしたレヴァンテ四体は自立して動き回って水晶体を一方的に狩っていた。
「これ、問題ないのでは?」
「探索者としては問題大アリでしょ。実力が鈍るなんてレベルじゃないぞ」
「雷鳥なんてもっと凄かったですしね……」
進化精霊の中で唯一努に対しても従順ではない雷鳥は、レヴァンテよりもピーキーな性能を発揮していた。
それにレヴァンテと同様にフィジカル面でも断トツの性能を誇るが、雷をまき散らす燃費の悪さによって精霊契約は数分と持たない。努が刻印装備を工夫して精神力消費を減らしても、雷鳥は更にそれを上回る威力で相殺してきた。とんだ捻くれ鳥である。
「僕も一気に精神力消費したことはあるけど、突然内臓抜かれてるようなもんでしょ。それなら燃費の良い四大精霊を駆使して戦った方が良いと思うけど。たまにやる分にはいいけど」
「勿論、四大精霊を蔑ろにするつもりはありません。ですが雷鳥が自由に動けるのなら私は構いませんよ」
「精霊術士ってみんな何故かそういう節があるよね。ちょっと怖いよ」
飼ってるんじゃない。世話をさせて頂いているんだと豪語する猫飼いのプロゲーマーを思い出しながら努が言うと、リーレイアは眉にしわを寄せた。
「あそこまで精神力追い込んでスキル回しするツトムも、同じよう、な……もので」
そうこう話している内に精神力消費による副作用が本格化してきたのか、リーレイアは目の焦点が合わなくなっていた。そのまま立っているのも厳しくなったのか彼女はぐらりと後ろに倒れて尻もちをつく。
だが努は精霊スキルを使っていないし、ドッペルフィッシュも生成時の精神力消費こそデカいがその後の維持にはそれほど使われることもない。なのに何故急に彼女が精神力不足による失神を起こしたのかわからず、努はレヴァンテの方を見る。
「えぇ……」
水晶体と援軍のカンフガルーやミミックをあらかた始末していたレヴァンテは、複製の鯱を食い千切って遊んでいた。回復しようとしていたソニアは睨みを利かせられて動けず、尻尾を食い千切られた複製の傷からは闇の粒子が零れていた。
その傷は自然と再生こそしないが、精霊術士の精神力消費によって傷口だけは塞がる。そんな戯れを繰り返していたからかリーレイアの精神力は想定以上に消費され、現存は一割もなかった。
想像通りに事が運んだことが嬉しいのか、レヴァンテは独特のクリック音を奏でながら二人の方へと泳いできた。そして倒れているリーレイアを見て一頻り鳴いた後、ドン引きしている努にはきゅるん? と言いたげに首を傾げて見つめた。白いアイパッチの下にある目は海のギャングそのものである。
「これでもまだレヴァンテが可愛いとか言うのかね」
努は腰に付いたホルダーにある筒型のマジックバッグに指先を入れ、青ポーションを取り出しコルクを開けて彼女の口に流し込んだ。それをかろうじて残る意識で何とか
「これだから精霊は最高なんです」
「そう……」
これなら繭のまま存在しLUKを上げてくれるアスモの方がまだマシだなと努は思いながら、きゅいきゅいと口先を擦り付けてくるレヴァンテをいなした。それを牙を剥かれて脅されたソニアと散々ボール扱いされたダリルも、戦々恐々といった様子で見つめていた。
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