第592話 リーレイア姐さん

 レヴァンテを主軸にした立ち回りを試した後、リーレイアPTは宝物の納品を終えて170階層に続く巨大な黒門を出現させた。宝箱を開ける際にLUKの上がる繭状のアスモと精霊契約していた努は、その黒門を前に気乗りしない顔で素麺みたいな糸に指を通している。



「アーミラたちが先行するの待ちたいけどな。撤退できるって確定してるわけでもないし」

「PTリーダー権限です。先を越される前にさっさと行きますよ」

『だよなぁあねさん!? 前回も納品完了寸前で寸止めしやがって! 二回目も焦らされたら流石に我慢できねぇところだったぜ!! 先を越されるのは勘弁だぜ!』



 骸骨船長はまだ宝煌龍の名を口にしてはいないが、170階層に行きたそうな気持ちは前面に出ていた。前回納品を寸止めした時には170階層で取れるとある宝石が欲しいんだと口にしていたものの、ユニスPTのように名前呼びされるほどの信頼度はない。


 ただユニスPTは今も撤退できる環境で宝煌龍の瞳を入手するべく奮闘しているが、骸骨船長とそこまで親密でもない自分たちにも帰還の黒門が現れるかは不明である。


 そんな努の不安を感じ取ってか、遥か頭上に鎮座している巨大繭のアスモから垂れる滑らかな糸の量が増す。それが彼の頭にモンブランのように積み重なっていく様に、リーレイアはよだれでも出そうな顔をしている。



「おひょー」



 リーレイアは万が一にでも精霊相性が下がることを考えて触れることはしないが、ソニアは特に気にしていないので努の隣に陣取りアスモの糸を滝行のように浴びている。そんな彼女の所業にリーレイアはハンカチでもあったら噛んでいそうな顔になった。



「はいもう行きます。船長、早くして下さい」

『了解!!』

「めちゃくちゃですね」

「うむ」



 そんなこんなで黒門に突撃していく飛行船に、ダリルはそうぼやきガルムが頷いた。そして黒門に入るとPTメンバー全員の視界がトンネルにでも入ったように暗転し、すぐに開ける。



『……!? ……おいおい、本当にいたんだな、宝煌龍は!!』



 自分だけでいくら追い求めても見つからなかった、半ば有り得ない伝説だと思っていた宝煌龍。旅人と共に黒門を潜ればいつか現れると伝えられていたそれの唐突な出現に、骸骨船長はその骨を震わせた。



「これは……とんでもないですね」



 そんな骸骨船長に続いてリーレイアも飛行船から身を乗り出し、その下を悠々と飛んでいる宝煌龍を見下ろす。神台越しでもその壮大な姿は認識していたが、こうして見下ろしてみるとユニスが浮島そのものであると言ったことも頷けた。


 遥か上空を飛ぶ飛行船だからこそその全貌を見ることができるが、黒門で背中にでも飛ばされたら宝石に溢れた鉱山としか認識できない。それほど規模の大きい宝煌龍は金銀の鱗と絹のような飛膜ひまくで構成された翼を広げ、静かに滞空していた。


 そんな宝煌龍の姿をPTメンバーが一通り見た後、骸骨船長は気を取り直すように首を180℃回転させた。



『まずはどこかしらに着地したいんだが……守護者は当然いるよなぁ。どうする? 俺がぶっ放すこともできるが、少々在庫が心許ない』

「まずは私たちが乗り込んで殲滅してみましょう。それが無理だと判断した時は帰ってきますので、援護をお願いします」

『わかったぜ、姐さん』

「…………」



 骸骨船長からの呼び名が嬢ちゃんから姐さんに変わったことに、リーレイアは微妙そうな顔をしている。



「姐さん、行きますか」

「ウンディーネ契約させて襲わせますよ」

「姐さん、よろしくー?」



 そんな努の悪ノリをリーレイアはすぐに嗜めた。だがソニアも弱点見つけたりの顔でそう言ってやった後、ダリルも続くよう鎧をノックするように叩いた。



「……えっと、姐さ――」

「黙れ」



 ダリルは拾いの親である女性のことを初めてお母さんとでも呼ぶような面持ちだったが、リーレイアに毒親よろしく切り捨てられた。そんな二人の様子をガルムは口も出さずにそっと見守っている。



「フライ。ま、今日はもう遅いしサクッといこう」

「なら雷鳥で一掃しますか」

「空中で気絶しても知らんぞ」

「ソニア、散々やってくれやがったんですから担いで下さいね」

「体格的にダリルでしょ……」 



 そうぽつぽつ言い争いをしながら努たちは飛行船から飛び出し、宝煌龍の背に向かって弾丸のように降りていく。


 そして宝煌龍の背がハッキリと見えてきた頃には、侵入者の接近を察知した様々な水晶体が這い出るように出てきた。その身は宝煌龍の鱗と同様に金か銀で構成され、動作確認でもするようにその場でジャンプしている。



「契約――雷鳥」

「うわ、本当にやった」



 そんな中で虹が閉じ込められたレザーアーマーを着込んだリーレイアはそう唱え、ソニアがぎょっとした頃には努の近くに雷光が落ちた。精霊術士の契約とその対象者に応じて現れた雷鳥は、宝煌龍にも劣らない金の翼を見せびらかすように広げた。


 そして紫色の刺々しい鳥脚とりあしで努を卵でも扱うようにそっと掴むと、その背後でにやにやしているリーレイアを一瞥した。その脚に掴まれながら雷鳥の体に紫電が走るのを察知した努は、安全圏である足下から抜け出して横に回った。



「170階層に入って早々全滅は恰好がつかないよ」

『ギィ』



 雷鳥は顔の側面に回ってきた努をリーレイアに向けていた鋭い目つきのまま見つめたが、怖気づきもしない彼に仕方がないなと言わんばかりに鳴いた。


 雷鳥を好きにさせてしまえば災害のように雷をまき散らして数分でリーレイアの精神力を使い果たして消えるが、こうして努が脚に掴まれず近くにいる状態ではそれをしない。


 だが雷鳥としてもそんな彼の目論見に大人しく従うことはない。そんなに止めたいのなら付いてきてみせろと、努が追いつけるか追いつけないかの速度で滑空する。そんな捻くれ怪鳥のお試し行動に、努はびっくりするほど元気な爺さんみたいだなと思いながらも続く。


 雷鳥からすればその辺の虫でも払うような雷撃。それは金銀の水晶体を貫き中心の核は煎られたように破裂した。


 そのまま地表を滑空し紫色の鉤爪を剥き出しにした鳥脚で水晶体を蹴りつけ、宝石が砕けたような音が響く。



「ホーリージャスティス」



 進化ジョブでなければ到底追いつけない速度に努はうんざりしつつ、聖属性の十字架を打ち出し水晶体を吹き飛ばす。



「コンバットクライ」

「タウントスイング」



 その後ろから追いついてきたガルムは、努が動きやすくなるようにビームを放とうとしていた水晶体のヘイトを取る。ダリルは隕石のように空から降ってきて派手な着地を決め、その音と衝撃で水晶体の視線を惹きつけた。



「ストレングス」



 そして周囲にいる水晶体のヘイトを全て取った犬人二人は、バフをかけているソニアが指示する方向にモンスターを誘導するように動いた。



「雷突! 雷突!」

「……雷突」



 そう叫ぶリーレイアに努はマジかよといった顔をしながら言いなりになると、雷鳥の嘴が槍のように伸び始めた。そして雷が凝縮し白く染まっている嘴の構築が完了すると、首を振るって水晶体の集団に投擲した。


 するとその鋭化されていた雷は着弾と同時に膨張してドーム型になり、その中にいる水晶体を感電させて粒子化させた。それに巻き込まれないよう逃げていたガルムの髪や犬耳は電気の影響か逆立っている。



「……これで帰れるといいんだけど」



 今回の雷突はリーレイアの指示もあってか小規模ではあったが、それでも彼女の精神力はほぼ空になったのか雷鳥の体からは光の粒子が漏れ始めている。その間に雷鳥は羽根を突き出すようにちょこんと出して努の服を払い、最後に頭を撫でて消えた。



 ――▽▽――



 その後は水晶体を殲滅した場所でのんびり宝煌龍の鱗を採掘して飛行船に納品したところ、事前情報通り帰還の黒門を出現させて帰ることができた。


 ディニエルもにっこりの定時退社である17時に努たちがギルドの黒門から出てくる。だがどうもギルド内はざわついているようだったので、努は黒の門番に事情を聞いてみた。



「何か珍しいことでもありました?」

「……本人に直接聞いた方がいいんじゃないか?」



 そう言って指差した竜人に促される形で努が振り返ると、怒気をはらんだ狐耳と尻尾を立てたユニスがずんずんと歩いてきていた。



「だっ、騙したのですねぇ~~~!!」

「随分と人聞きが悪いな」



 何やら涙目で喚いているユニスを見ただけである程度察しはついた努は、まぁ話でも聞こうかとギルドの食堂を指差す。すると彼女は当たり前だと言わんばかりに唇を震わせ、謎の地団駄ステップを踏みながら席に向かっていった。

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