第590話 一線を画す

 休日明けの今日から170階層に挑むことを視野に入れていたリーレイアPTは、宝煌龍の情報と攻略法について話し合いながらギルドに足を運んでいた。



「第二支部に来た後だと違いが如実に分かりますね。こっちも早くリフォームされませんかね」



 今日はその話し合いで多少時間を食ったためクランハウスから近場のギルドにしたが、リーレイアは古臭い店にでも連れてこられたように不満たらたらである。



「ま、話し合いで少し時間かかっちゃったしね」

「でもこの木の香りは味あるよ。人が少なくなったからよりわかりやすい」



 先日のこともあり第二支部に顔を出すのは少し憚られた努はそのこともあってギルドに行くことを勧め、ソニアは精油樹木で作られたことでほのかに香る匂いにご満悦だった。


 ガルムはこちらに残っている顔馴染みの職員たちを見て目を細め、フルフェイスのダリルは物言わぬ騎士と化している。そんなPTメンバーを見て自分の味方がいないことを察したリーレイアはこれ見よがしに外を指差す。



「走って行けばすぐじゃないですか」

「最近混んでるじゃん。それに門に行くまでがダルいんだよな」

「ツトムには良い訓練になりますよ」



 ギルド第二支部がある迷宮都市の西側は、中心部にある無限の輪のクランハウスから徒歩で直接向かうには少々遠い。そのため馬車や騎乗可能な召喚モンスターを用いての移動が主になるが、最近は西側へ移動する民衆も多いためかなり混み合う。


 なので探索者の場合は北か南門から抜けて外周を走ったり飛んだりして、ぐるっと西門に回った方がギルド第二支部に行くには早い。



「ギルド第二支部行きの空路も評判は良いらしいですよ?」



 ギルド第二支部は多数の死者を出したスタンピードの風評被害のある西側に建てられたので、交通機関があまり充実していなかった。そのアクセスを良くするために迷宮都市内におけるフライの使用規制が一部緩和され、バーベンベルク家が障壁で専用の空路を作り警備団が交通整備する形で対応していた。


 なので今では迷宮都市の上空にある障壁の通路を探索者たちが高速道路を走るバイクのように飛び交い、街中の風景が変わった。



「でも今はみんなも慣れてないから事故も多そうだしねー」

「もしダリルが飛んできてぶつかってきたことを考えるだけでゾッとしますね」

「タンク職、自分は死なないからってフライの挙動乱暴な人多いしね~」

「…………」



 フライ、飛翔の願いというスキルが判明してから空路の構想自体は進められていたが、障壁魔法を上空に展開して迷宮都市を守っているバーベンベルク家の権威と、貴族に異を唱えてまで空を使って移動する需要がないことから実現はしていなかった。


 だが今は貴族社会の転換と、ギルド第二支部という強烈な需要が出来たことでそれが形となっていた。ただ既に個人間におけるフライの挙動や速度が違うことでのトラブルなどが起こっているので、その違いを矯正して一般的に普及するにはまだまだ時間はかかりそうである。



「…………」



 そうこう話しながら食堂を通り過ぎて受付に向かうと、努は軽い人混みの中からとある人物を見つけて思わず目を見張った。その神竜人を見てリーレイアは緑色の瞳を輝かせている。



「おや、奇遇だなツトム」

「……どうも」



 最近は第二支部の立ち上げでこちらのギルドにはめっきり顔を出していなかったカミーユは、妙に艶のある声でげんなりしている努に受付に声をかけた。



「ツトムなら今日、こっちに来ると思ったんだ。あのお陰で気も合うようになってきたか?」

「それなら僕は中堅探索者たちと以心伝心できてますね」

「あの特別な施術が功を奏したみたいだな。結構、結構」



 カミーユはそう言いながらPT契約のための事務作業を始める。そしてステータスカード探しのための唾液採取紙を努にあーんして断られつつも、5人のPT契約を手早く済ませた。



「170階層攻略、期待しているぞ?」

「はいはい」

「皆もツトムをよろしく頼む」

「よろしくされる筋合いはないんですけど」



 そんなカミーユの妙な言動に努が素っ気なく手を払っても、彼女はこそばゆそうな笑みを浮かべるだけだった。そしてその後ろで各々様々な顔をしているPTメンバーと共に、努は魔法陣で169階層を指定し飛行船へと転移した。


 それからダリルに飛行船の加速を任せてそちらに神の眼を飛ばさせたリーレイアは、おもむろに呟く。



「え、これ完全にヤッてますよね?」

「怪しい匂いはぷんぷんする!」



 カミーユの様子からしてこれは一夜を共にした後の関係になってると結論付けたリーレイアに、ソニアも深く深く頷いた。



「ギルド長に手を出すわけないだろ」

「じゃああの一線超えたカミーユの感じはなんなんですか? とうとう男の尻尾を出しましたね」

「お幸せにー」

「……まぁ、あれで何もなかったということもあるまい。別に悪いことをしているわけでもない。むしろ尊敬に値すると思うぞ?」



 そんなガルムの見当違いな説得に努は思わず乾いた笑みを浮かべたものの、今回ばかりは完全に被害者面もできないので返答に困っていた。



「……ま、実際一線超えたわけじゃないんだけど、からかいが過ぎたかなと反省はしてるよ」



 ヘッドマッサージをしていたカミーユにちょっとした悪戯心を発揮したら普通に奥の部屋へ力づくで引きずり込まれそうになった努は、命からがらバリアを壊して異変を察知した警備団に保護された。


 その形からすると一応被害者という扱いにはなるが、あんな言動をしておいて力づくで襲われたんですと泣き言を言うのは流石に無理筋である。


 実際、一応の事情聴取を受けた警備団員からもそりゃそうだろといった顔をされた。そしてカミーユに事情聴取していた女性の警備団員に責任を追及された時も、すみませんほんの出来心だったんですとしか返せなかった。


 そんなどっちが被害者なのかわからない事情をつらつらと喋った努にソニアとガルムが若干呆れ顔をしている中、リーレイアは鼻息を荒くしていた。



「私にもそのマッサージ教えて下さいよ。アーミラにやりたいです」

「白魔導士のヒールありきだから無理だよ。諦めな」

「それならヒール使える私はいけるんだ。……あー、それじゃ、ダリルと変わって時間稼ぎでもしてくるよ」



 そうこう話しているうちにダリルが帰ってくる気配をそのネズミ耳で感じたソニアは、気になっているであろう彼に代わって神の眼を引き継いで外に出た。



「……ってことは、副ギルド長になる未来もあるかもしれないって感じですかぁ、玉の輿ってやつですね」

「クランリーダーを貶めた新聞記者とよろしくやってる奴に言われたくないね」



 ツトムに一矢報いるのは今しかないと言わんばかりの嫌味を効かせたものの即刻切り札を切られたダリルに、リーレイアはけらけらと笑う。



「これからエイミーたちに伝わると考えるだけで楽しいですね。一体どうなることでしょう?」

「もうさ、その辺の人捕まえて結婚しちゃった方が楽な気もするよ。金ならいくらでも積むぞ」

「仮にそれが出来たとしても、大抵の女性はすぐに根を上げるでしょうね。ツトムはいらないことをこれでもかとしますから、その重圧に耐えられるのはよほどの人でなければ不可能なのでは?」

「だからこそ探索者とは関係ない立場築いてる人じゃないと無理だよね。……ゼノを見てる限り理解ありそうだし、迷宮マニアとか?」

「ゼノですら支えるのは相当の苦労がおありのように見えますが、ピコ以上の器量を持った迷宮マニアが果たして存在しますかね」



 その言葉に努は考えるように視線を上向かせた後、何かを決意したように男前な目つきになった。



「迷宮都市が無理なら帝都で一番の迷宮マニア、捕まえよう」

「見つかるといいですね。しばらくは迷宮都市から出られそうもありませんが」

「ていうかさ、カミーユももう少し大人の対応してくれてもよくない? これみよがしにやられるとは思わなかったよ」

「男の尻尾を出したのが間違いでしたね」



 そんなリーレイアの野暮な突っ込みに努はへいへいと拗ねたように相槌を打つ。



「深夜の神台市場でも見に行くか……。なぁダリル」

「僕は間に合ってます」

「なぁガルム」

「夜更かしをする趣味はないな」

「ゼノを誘うわけにもいかないし、ルークでも誘ってみるか……」

「…………」



 しみじみとそんなことを言う努に、リーレイアは色々と言葉こそ浮かんだが口を噤むばかりで時だけが過ぎた。

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