第588話 よせやい

「師匠、あたしに何か言うことがあるんじゃないっすか~?」



 今日は久々に何の予定もない休日なのでクランハウスでのんびり朝食を食べていた努は、わざわざ前の席に陣取っていたハンナから唐突にそんな問いを投げかけられた。



「……取り敢えず寛解かんかいおめでとう?」



 ディニエルに上手いこと魔流の拳を使わされてコリナに大目玉を食らってから、ハンナは流石に学習したのか魔流の拳を好き放題使うことを控えた。とはいえそれは外で修行していた時と同じ条件で扱うだけのことであり、魔流の拳は未だにユニークスキル並みの強さは誇っている。


 そのおかげかハンナの荒れていた翼も回復の兆しを見せ、生えかけの羽根は遠目から見ると白髪のように見え隠れしている。ただ努の言葉にあまりピンと来ていなさそうな彼女はその青翼をわきわきさせていた。



「かんかい……?」

「翼、治りそうで良かったねってこと」

「あー、そもそも魔石何個も使わなきゃ大丈夫だったっすよー? 爺ちゃんと修行してた時は一日に使う魔石の属性は決められてたっす」

「あぁ、そうなんだ?」

「属性が混じりすぎると駄目っぽいっすね。魔力量は割とどうにでもなるっすけど」



 ハンナは魔石から得た魔力を翼で循環させ、自身の物として放つことを無意識下で行っている。ただそれには魔力、属性の種類共に許容量がありそれを越えると羽根抜けなどの副作用が出始め、度を過ぎると翼に痺れが起きて感覚を失う。


 ハンナはメルチョーから身体に循環させる魔力量を上げる修行を受けていたが、属性を二つ同時に循環させて放つことは彼女独自の技術である。そのため属性を複数扱う魔流の拳に関してはハンナが第一人者であるので、それを軽減するような修行法などは持ち合わせていない。


 今も手探り状態ではあるものの、一日の間に二属性以上を翼に循環させると副作用が必ず発生することは判明していた。そのため修行時代には一日で扱う属性を二つに固定し、夜に無色の魔力を循環させて上書きしリセットすることで事なきを得ていた。



「師匠と潜ってた時は好き放題使えたし、外じゃ出来なかったんで楽しかったっすね~。面倒臭い魔力抜きもしなくて済むし。あ、でもまだ神のダンジョンだと複数の属性、なんか使いやすいんすよね。魔力いっぱいあるからっすかね?」

「もう止めときなよ」



 なので余裕があるならば色々な属性を同時に扱いたい。そんなハンナをギャンブル狂いでも見るような目で見つめていた狂戦士はため息をつく。



「一先ずハンナに持たせるマジックバッグにはその階層で得やすい魔石と、探索前に選んだ魔石以外は入れないことにしました。身体検査も事前にきちんとやって、ダンジョン内で拾うのも禁止で」

「それがいいだろうね。欲を言えば相対したモンスターに有効的な属性を選択して戦うのがいいんだろうけど、そんな理性的な判断が出来たら苦労はしてなさそうだし」

「その方が後だしじゃんけんが出来て有利だとか、言い訳する時だけはツトムさんみたいな理論展開するんですよねぇ……。この前も魔石拾いながら生意気言ってましたよ」



 何時ぞやのディニエルみたいに頭を悩ませている様子のコリナに、ハンナは努に聞いて聞いてと言わんばかりに前のめりになる。



「この前、ちょっと拾ったらマジでみんなからフルボッコにされたんすよ? 酷くないっすか?」



 無意識悩殺ポーズを決めているハンナの被害者面での報告に、アーミラは正気でも疑うように目をしばたたかせた。



「そりゃそうだろ。拾うなっつってんの何度も拾いやがる。言葉通じてんのか?」

「ディニちゃん曰く本当に三歩歩いたら忘れてる説あるからね。ぶん殴って脳に刻み込まないと」

「胸に栄養全部持ってかれてんだろ。その代わり脳を軽量化ってか」

「……次はタンクがPT指名するっすよね? あたしがゼノ師匠ガルムダリル取ってやるっすよ……」



 辛辣なPTメンバーの中では唯一の異性であり、子持ちの既婚者でもあるゼノはそんなハンナの馬鹿さも多少は許容しつつ人道的に諫めていた。なのでハンナは浮島階層を攻略した後は逆ハーレムPTを結成し、そこで蝶よ花よと大事にされることを夢想していた。


 そんな脳みそ空っぽな彼女をさておいたアーミラは、ズレていた主題に戻る。



「俺らが言ってたのはツトムが言ってた自我のことだよ、散々言ってくれたみてぇじゃねぇか」



 先日努が語っていた自我についてはその後新聞で軽く記事にされ、それを引用したステファニーが大興奮で語る姿が神台で映ってからは探索者の間でちょっとした話題を呼んでいた。



「……いや、ハンナとアーミラに自我がどうこう言ってたのはリーレイアだよ?」

「お前、それにうんうん頷いてたんだろ? 無限の輪で一番の自我野郎がよ」



 アーミラはそう言った後にガルムやダリルを品定めでもするように見回した。



「お前らも、少しはわかんだろ? 白魔導士としてじゃねぇ、探索者としてのツトムだ」

「……まぁ、一理はあるかもしれんな」

「…………」



 努は自我がちょっとある方だと自身を評価していたが、刻印士としての活動であれだけ派手に動いておいて何がちょっとなのか。後から考えれば何故そんな当たり前のことを突っ込まなかったのかと、リーレイアが一人反省会をするほどのツッコミどころだ。


 そして今一度アーミラから問われた二人からしても、自我の話は努にも当てはまるとは思っていた。彼が白魔導士として進化ジョブの自我を出さないことは自信を持って答えられるが、探索者として生産職の自我を考えたらどうかと言われれば難しくなる。


 そうガルムからコメントされた努は失礼なと目を吊り上げた。



「それとこれとは話が別な気もするけど。僕が言った自我は進化ジョブ関連だし」

「なら白魔導士に刻印士としての自我は必要なのかよ。色気出しすぎじゃねぇか?」

「じゃなきゃアンチテーゼも碌に使えなかったでしょ。それに今はもうユニスに一任して刻印士としては一線を引いてる。そもそもアルドレット工房が制限してなきゃ手出しもしてないよ」

「そうかぁ?」

「それに世の中には良い自我と悪い自我があるって言ったでしょ。僕は良い自我だから」

「じーがじがじが。ならあたしも良い自我っすね!」

「悪い自我の筆頭が茶々を入れんじゃねぇよ。黙ってろ」

「……これっていじめっすよねぇ!? アルドレットクロウならマネージャーに報告してるところっすよ!」



 酷いと思わないっすかと言わんばかりの顔で訴えかけてくるハンナに、努は澄ました顔で漬物を箸でつまんでぽりぽりと食べた。



「……まぁ、こうやってすぐ異性に助けを求める奴は女子から嫌われそうだよね。オーリとかに相談した方がいいんじゃない?」

「はぁー。なんか自意識? 過剰っすよね。師匠を異性とか思ったことないっすけどー」

「そっすか。コリナ、良い塩梅でビシバシよろしく」

「はい」

「は、はいぃ!? コリナも随分変わっちゃったっすねぇ!?」

「ハンナがそうさせてるんですよ」



 ハンナの扱いも板について来たコリナを眺めていると、斜め前のエイミーがやけに笑顔でこちらを見てきていた。そのにこにこ圧力に努は負けを認めるように肩をすくめた。



「ま、僕も良い自我強めってのは事実かもね」

「だよねー。じゃなきゃ白魔導士の立場がどうこう言って一番台取ろうとしないでしょ」

「へへへ」



 そんなエイミーの突っ込みによせやいと努が相槌を打つと、ガルムは密かに笑みを零した。

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