第587話 芽生えた自我

 帝都への遠征組が出立してから数日後、海賊船レースを制したリーレイアPTは169階層の浮島で宝箱集めを目的としたモンスター狩りを行っていた。


 169階層には遥か上空に存在が窺える宝煌龍から剥がれ落ちた鉱山の一部が落ちていることがあり、それにくっ付いた形で水晶体というモンスターが出現するようになる。それは全身がクリスタルに覆われた大小様々なゴーレムであり、鉱山に近づく侵入者を排除する守護者の役割を果たしていた。


 水晶体はスライムと同様に様々なクリスタルの色ごとに特徴が分かれる。最も数の多い透き通るようなクリスタルは単純な硬度を用いての物理攻撃と防御を得意とし、赤色はそれに加えて火属性の魔法攻撃、青色は水属性と努からすれば見たまんまの性能をしていた。


 そんな水晶体のいる鉱山は飛行船に納品する宝物としては破格の価値があり、そこでの戦闘は170階層の予習にもなる。それに宝箱をドロップする可能性もあるのでリーレイアPTは落ちた鉱山を見つけては戦闘を繰り返していた。



「コンバットクライ」



 ガルムが崩れかけの鉱山に赤い闘気を放つと、キノコのように埋まっていた水晶体たちが続々と這い出てくる。そして彼が見上げるような体格と硬質的な外見とは裏腹にスキップでもするような動作で進軍してきた。


 それを迎え撃つガルムは犬耳を立てながら後ろに控えている三人とは位置をずらすように走り、赤の水晶体たちが投擲したクリスタルを避ける。そして進化ジョブへの切り替えによる簡素な藍色の波動と共に、ゆっくりと拳を振り被る水晶体に先手を取り小盾を前にして体当たりした。


 本来なら覆せないであろう体格差。だが進化ジョブによりSTRが置き換わったガルムの突進は激突してもなお止まらず、そのまま水晶体を後ろに転倒させた。そして致命傷とも言える水晶体のひび割れた胸にロングソードを突き刺し、核を貫いてその動作を停止させる。


 そんなガルムを排除するべく後続の水晶体たちはふわりと空中に飛んだ。頭上からの予兆を感じた彼が素早く身を引くと、ふわふわとした挙動からは明らかにかけ離れた重量感のある両拳が地に叩き込まれた。


 その一撃で地面はひび割れ、強い衝撃により土が漏れ出すように隆起する。そしてなお続く空襲をガルムもフライを使い避けつつ、空中でパリィを決めて食い千切るように受け流す。



「コンバットクライ」



 そんな水晶体の挙動は奇しくもフルアーマー装備をフライで運用しているダリルに近かった。彼もまた赤い闘気を放って水晶体のヘイトを受け持ち、そのまま空中に浮かんだ形ですーっと努やソニアを守るように直線上へ位置取った。



「ストレングス、炎蛇」

「七色の杖」



 ダリルに守られる形でソニアは全員のSTRを上げつつ呪い系のスキルを放ち、努は異形の杖を持ち渦潮を発生させて水晶体を始末していく。


 そんな二人の危険性を感じ取った青の水晶体は、その身に宿すクリスタルを媒体に水流を頭上に呼び出した。それはうねりを上げ蛇のように二人へと迫る。



「スパアマ」

「スーパーアーマー」

「ヒール」



 努の指示と同時にスーパーアーマーを使ったダリルが、その水流をタワーシールドで受け止める。するとその水流は動力源を失ったかのように勢いが削がれ、その分の衝撃を身に受けたダリルは一瞬の硬直を挟んだ後、遅れて後ろに吹き飛ぶ。


 だが刻印装備によるスーパーアーマー時の被ダメージ半減により、ダリルはさして痛手も負わずすぐに戦線へと復帰した。


 ガルムが遊撃手として動きながら敵陣を乱しながらヘイトを取り、ダリルはスーパーアーマーの仕様を利用し努とソニアを絶対に傷つけさせない。更に後衛である努は勿論ソニアも火力を出しながらの支援回復は可能なため、この人数だけでも浮島階層の戦闘は事足りる。



「アースエレメント」



 そんな4人に水晶体たちが釘付けになっている中、リーレイアはノームが作り出す地の結晶を十数個作り上げていた。



「ノームクエイク」



 それらを一つにした地属性の衝撃を込めた結晶がガルムを追いかけていた水晶体の集団に入り込むと、それを中心とした激震が走る。その衝撃は十数度続き、水晶体の体が機能できなくなるまで破壊し尽くした。その一撃で戦闘はほぼ決し、あとはガルムたちが残った数体を処理して終わった。


 そして戦闘終わりにドロップした宝物や刻印油などを回収している途中で、努はすぐダリルに声をかけていた。



「水晶体に対してのスパアマ判断は問題ない。あとはもう五、六歩後衛とは距離空けよう。スキル系なら大体無効化はできるけど、余波も通さない感じで」

「はい」

「よろしくー」



 ここ最近はもはや努の傀儡人形といっても過言ではないほど、ダリルは彼の指示するフルアーマー重騎士の立ち回りを再現しようとしていた。その過剰ともいえる彼の口出しにリーレイアは鼻持ちならない様子で木の宝箱を蹴る。



「ツトムの命令なら三回回ってワンとでも言いそうですね」

「三回回ってワン」

「……ワン」



 その指示を受けたダリルの表情は鎧兜によって見えなかったが、そのくぐもった声色からして不服であることはありありと伝わった。そんな彼にリーレイアは呆れたと言わんばかりに首を傾ける。



「ま、復帰勢なのに自我を消せるのは良いことだよ。おかげで僕の想定通りの重騎士が完成しそうだし」

「また、妙な単語を出して来ますね。何ですか、自我って? 文字通りの意味ではないのでしょうが」



 ドンマイやらDPSやらと違って知らない単語ではないものの、単にその意味合いではないことは彼女もすぐに理解した。そんなリーレイアに努は魔石をマジックバッグに入れる手を止めた。



「ソニアとかはよくわかるんじゃない? 例えばPTとして見ればタンクが瀕死で回復に回った方が良い盤面。だけど目の前にはガルムに釣られたいくつもの水晶体。ここにエクスプロージョンぶち込んで殲滅したら気持ち良いだろうなぁ……これが自我」

「……それは、進化ジョブあるあるだぁー。タンクした方が良い場面で進化ジョブしたままの騎士とか、回復も忘れて攻撃スキルに夢中な白魔導士とか。みーんなじが? 丸出しだよ」



 そう説明を受けたソニアは思いのほか実感のこもった様子でうんうんと頷いた。努からすればかなり自我の薄い彼女も、それに乗っ取られたPTメンバーが判断ミスをする場面は幾度となく見てきたのだろう。


 実際に進化ジョブが実装してからはその自我を抑えられない探索者は多い。特にヒーラー、タンク系のジョブがアタッカーの自我に支配されるのは顕著であり、そのせいでPTに纏まりが出ないパターンは増えてきている。


 一方努が『ライブダンジョン!』をプレイしていた時にはまだ自我という概念がなかったので、それらの行為は単に地雷だとかトロール、戦犯と呼ばれていた。


 ただ実力的には問題ない上位勢でもその誘惑に振り回されることは割とあったので、努がプロゲーマーとして活動している時にそれは自我と呼ばれることが増えてきていた。


 敵に対してはこいつサポタンなのに自我出てる! 味方に対しては自我を消して役割に徹しろ。PTを組んでの対人ゲームにおいてはよく聞く単語であり、その意味合いもトロールなどと違って細かいので伝わりやすかった。



「自我の観点から見るとこのPTって、それに振り回されてる人はいないんだよね。僕とガルムがちょっと出すくらい? リーレイアも雷鳥とかの進化ジョブ精霊絡まない限りは出ないし、ダリルとソニアは本当に感じないね」

「それならハンナ、アーミラ辺りは自我丸出しでしょうね。……ゼノとエイミーはそこまでといった評価でしょうか?」

「まさにその通りだね。むしろ無い方まである。ま、良い自我もあるんだけど、今の探索者は悪い方に振り回されすぎだね。心当たりはあるでしょ?」

「…………」



 そんな努の自我講座にガルムは最前列にいる生徒のように犬耳を全力で立たせ、リーレイアは胡散臭そうな顔をしているものの一理あるとは思っているのか耳は傾けていた。



「それにここまで自我を捨てつつ、僕の要望に応えられる能力のある重騎士なんて中々いないしね。もし自我がなくても能力がなかったら自己犠牲ヒーラーみたいにしかならないだろうし」

「腐っても元、無限の輪でしたしね」

「取り敢えず170階層以降も通用はしそうだね。タワシとスパアマ運用は早々真似できない」

「自我がないない言われるのもしゃくではありますけどね」

「ならその鎧兜、脱いでみては?」



 そうリーレイアに提案されたダリルは鎧兜に手をかけたが、それで自我が湧き出てくるのを恐れたのかそっと手を離した。そんな彼を見たガルムとソニアは顔を見合わせた後、マジックバッグで埃を被っていた頭装備を手に取りいそいそと装着した。

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