第586話 ロマンの全身鎧

「こっちは一人と一匹だけと。紅魔団は随分と豪華ですねー?」



 元最前線組の探索者が帝都への遠征に向かう当日。ガルムとダリルを連れて迷宮都市の正門まで見送りに来ていた努は、刻印装備を身に着けたフェーデにそう問われていた。その背後に控えているフェンリルの視線の先には、ツトム製の刻印装備を身に着けた紅魔団の一団がいる。


 するとフェーデは遠い目で銀髪を横に払い、皮肉げに口を歪める。



「あのスタンピードで兄さんが死んだって話、したんだけどなぁ」

「それを言ったら僕はミナが母親の頭持ってレイズ懇願してる姿見てるわけだし」

「ま、なら仕方がないですよね。でもツトムさんは来ないんですから、帝都で何かあっても恨みっこなしですよ?」

「出来れば止めてほしいのが本音だけどね。精霊祭も案内してほしいところだし」



 努がそんな寝ぼけたようなことを言ってくるとは思わなかったのかフェーデは目をぱちくりした後、その光景を夢想し穏やかに笑った。



「刻印装備もくれたことですし、その対価分くらいはお返ししますよ」

「ならよかった。遠い所に取り立てに行くのも面倒だからね」

「でもツトムさん、PTメンバーが刑務所にぶち込まれても救い出したって聞きましたよ?」

「フェーデはPTメンバーじゃないでしょ」

「うわ、ひどーい。王子なら姫を救い出してくださいよー」



 だがそんな手が差し出されることはないと理解はしているのか、フェーデはフェンリルに飛び乗りその鞍に刻まれた刻印を撫でた。



「それじゃ、お元気で」

「無事に帰ってくることを祈ってるよ」

「それはお相手次第ですねー」



 そう言ってウインクしたフェーデとフェンリルが離れていくところを見守っていると、その様子を窺っていたアルドレットクロウの一団も去って行った。


 するとダリルは警戒の糸を解いたように肩を下ろし、ガルムは続いて来たシルバービーストの一団に目を向けた。



「姫にはあげたくせに、愛弟子にはユニス産ですか。そーですか」



 天空階層産である白衣のベールをベースにした装備を身に着けているロレーナは一見すると少々蠱惑的こわくてきに映るが、その文句たらたらな様子で魅力は半減もいいところだった。そんな感想を抱いた努は軽く鼻で笑った。



「文句は呪寄装備も作れない職人連中にどうぞー」

「もう言いましたぁー」

「ま、お陰様であいつらの尻に火は付いた。俺らが帰ってくる頃には出来上がってるだろうよ」



 そう言って朗らかに笑うミシルは憑き物でも取れたような顔をしている。探索者引退の決意が出来たのか、はたまた刻印装備に活路を見出だしたのか。その真意を努は知らないが、彼の雰囲気からして悪い方向に向かっていないことはわかった。


 努と紅魔団のドワーフが言い合っていた場において、もはや空気に等しかったシルバービーストの職人たち。だがミシルたちが帝都の遠征に向かわされることが決まってからは流石に責任を感じたのか、ようやく刻印士としての活動に本腰を入れ始めたようだった。



「だらだらレベル上げだけはしてたみたいですし、ミシルたちが帰ってくるまでに呪寄装備作るっていう明確な期限がある方がいいでしょうね。身内の甘えも通用しなくなりましたし」



 今はこれが流行りらしいから手を付けておこうとはしていたものの、所詮は周囲から言われたことなので他人事のように刻印をしていた職人たち。そんな者たちは刻印装備に文句を垂れた元最前線組の探索者が神台にも映れず帝都に飛ばされたのを目の当たりにし、次は自分の番であることを明確に意識しただろう。



「いや、それはそれとして、後ろの派手なのはダリルでいいんだよね?」



 クランリーダー同士が喋っているところにあまり茶々を入れたくはなかったが、今時珍しいフルアーマー装備の人物に鳥人のララは思わず突っ込んだ。


 現在ダリルは浮島階層産の重鎧と白銀の鎧を掛け合わせた刻印装備を身に着け、警備団から許可を取りフライで僅かに浮遊した形で鎮座している。獣人にしては珍しく鎧兜まで装着している姿はさながら迷宮制覇隊のようである。


 そんな彼女の質問に努は自前のランボルギーニでも自慢するように鼻息を荒くした。



「最近フルアーマーの重騎士を試してるから、その慣らしも兼ねてね。いやー、でもやっぱりこの装備だと注目されるね。これ全部でいくらだと思う?」

「ツトム、品がないぞ」

「ロストしたら寝込んじゃーう」



 おじさんムーブをガルムに窘められた努は唇を尖らせている。そんな中ララを安心させるように鎧兜を脱いでいたダリルが再びそれを被ると、線のように空いているバイザーに光を宿すように刻印が浮かび上がる。


 それを目の当たりにしたララは納得したように首を上下させた。



「聴覚保護の刻印とかは聞いたことあるけど、あれってもしかして目の代わりなってるの?」

「目の付け所が大変よろしい」



 滅多に見ないフルアーマー装備に目を輝かせていた子供たちの眼差しも良いが、探索者ならではの通な問いかけも大好物である。よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに前のめりになった努に、後ろのガルムは諦めたように首を振った。



「獣人が兜をつけないのは、主に聴覚と視覚が制限されるデメリットが大きすぎるからだからね。でもそれは聴覚保護の刻印と、刻印士の70から付与できる視界拡張で防げる。ダリルが言うには遜色ないらしいし」



 兜を被りながらの戦闘は普段よりも視界が大分狭まり、獣人の武器である聴覚も制限されるため訓練は必須である。それこそ兵士に従事していたり、クリティカルが致命傷になる迷宮制覇隊の者でなければその扱いは難しい。


 だが努の刻印した視界拡張があれば兜を被った状態でも、普段と同じような視界状況を確保できた。なので装備重量ボーナスもある重騎士のダリルには鎧兜も被ってもらっての戦闘を努は指示し、タワーシールド運用も受け入れていた彼は今までの頭装備無しのスタイルを捨てて無心で被っていた。



「おー。それなら獣人の装備も変わりそうだね。特に初心者帯の人たちってクリティカル受けがちだし」

「それで即死しなくなると経験値も詰めそうだしね。その分、装備の経費かかるのが傷だけど」

「……あー。それなら逆に使われないってパターンも」

「でも獣人用の頭装備って今ではほぼ価値がないから、チャンスではあると思うんだよね。掃いて捨てるほどあるでしょ」

「でもさ、獣人は頭装備無しが常識っていうのを作り出した人、後ろにいるけど……?」



 およそ十年前に神のダンジョンが出現する前は斥候ならまだしも、前線を張る者たちは獣人でも兜を被るのが常識だった。心臓を一突きにされてもポーションで治療は可能だが、頭部を破損してしまえば即死は免れない。


 だが神のダンジョン内では仮に死のうが蘇生スキルもあるし、その聴覚を活かしてモンスターの攻撃を察知して避ける方が生き残る確率は高い。狂犬ガルムはその常識を塗り替えた獣人たちの大きな一角だった。



「実際、ガルムからすると視界拡張とか聴覚保護はしっくりこないらしいから、被らないままだね」

「確かに視界も聴覚も遜色なかったが、兜を隔てることで空気を感じ取れなくなるのはな」

「いや、でもさ。その違いを活かせるのはガルムが特別だからでは……? とも思うんだよね。実際それでパリィの成功率も変わってたんだけど、他の獣人騎士が同じことできるとも思えないし。ならクリティカル受けても多少耐えれる兜被ってた方がよくない?」



 ガルム用に犬耳だけは外に出す兜など色々試してはみたが、彼のお気に召す頭装備は現状では見つからなかった。その点ダリルはオルファン関連でやらかしたことで今は完全に自我がなくなっているのか、もはや努の傀儡タンクになっても文句の一つも言わない。


 そんな会話をおっさんの自慢話でも聞いているような顔で聞き流していたロレーナは、話の腰を折るように兎耳を曲げた。



「……ねぇ。もしかしてご自慢のダリルをお披露目するためにここまで来たんですか?」

「そうだよ? ついでにフェーデのフォローはしておこうと思ったくらいだよ。いやぁ、愛弟子は手間がかからなくて助かるね」

「愛弟子って言えば何でも許されると思ってません?」

「一番弟子やら愛弟子やら言い出したのはそっちだろ。お勤め頑張ってくださーい」

「この頭撫でも絶対狙ってやってやがるな……」

「でもツトムさんには逆らえないんだよねー。困っちゃうねうちのヒーラーは」



 そう恨み節を漏らすもののその手を甘んじて受け入れたロレーナに、ララは翼と一体化している腕をさもありなんと掲げた。



(ロイドも行くんだな。てっきり残ると思ってたけど、帝都に思い入れはあるのかな)



 そして知り合いの見送りも兼ねたロイドへの視察も済ませた努は、帝都への遠征組たちがフライで纏めて飛んでいくのを見送った。その中にはフライを練習して会得した召喚モンスターも実験的に導入されていたので、民衆たちも飛行機でも見るように見学していた。



「地味に浮遊してるのも通だけど、ああやって街中飛ばせたらもっと良さそう」

「道路が破損するかもしれないという懸念をつけてどうにか許されただけだ。止めておけ」



 それに思いのほか全身鎧にロマンを感じていた努に、ガルムはそう言い含める他なかった。

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