第583話 女の子を助けるのに理由はいらない
元最前線組の帝都遠征が発表されてから、努は外のダンジョンに向けた刻印装備を提供するために上位の神台を用いて数日間装備の依頼を募った。
その結果アルドレットクロウ、紅魔団、シルバービーストの工房から帝都の遠征に向かう探索者の身体に合わせた装備が無償で納品されることがとんとん拍子で決まった。ただ条件として刻印作業に同伴させてほしいとのことだったので、努はその場所にゼノ工房を指定した。
「で、これはどういうことなのです?」
その刻印作業を努と共同で担うことに同意したユニスは、今回はシルバービーストの工房職人として参加していた。そして一階にある工房が上から一望できるお客様用の一室に入った彼女は、そこにいた努に懐疑心丸出しの顔で問いかけていた。
「今更になって刻印装備を提供とか、どういう心変わりなのです?」
「ミナちゃんを助けたいと思ってね」
「……んぅ?」
帝都の遠征まで行く羽目になった元最前線組はそろそろ許してやるか、みたいな返事を予想していたユニスはその突拍子もない内容に首を傾げた。そして何の補足もなく浮島階層の刻印油を取り出し始めた彼をまじまじと見つめる。
「……いや、まぁ、仮にそうだとして、ツトムに何のメリットがあるのです?」
「小さい女の子一人助けるのにメリットも何もないでしょ」
「…………」
からかっているのかと言わんばかりに黄金色の尾を逆立て始めたユニスに、努は軽くため息をつく。
「今となってはもう迷宮都市の住人なんだから、このまま見ないフリをするのもね。そのために全てをかなぐり捨てるつもりはないけど」
「……いや、マジなのです? 本当に、あの子供を助けたいだけ?」
「単なる自己満足だけどね」
「…………」
まさに絶句といった様子で固まったユニスに努は再びため息をつきつつ、一階の工房で集まっている職人たちを窓から眺めた。まだ若輩者であるノグルが紅魔団の専属工房にいる伝説的なドワーフを前に刻印するための削り出しを行い、まな板にでも乗せられたような顔をしている。
その作業風景を眺めている内にハッと意識を取り戻したユニスは、心配するように口を開く。
「かなぐり捨てるつもりはないとは言うですが、デメリットの方が大きくないのです? 確かにツトムの刻印は現状の最上級なのですが、それを紅魔団が理解できるのです? そこまで感謝もされなさそうなのに、アルドレットクロウの一部を敵に回すなんて割に合わないのです」
「刻印装備の提供でヴァイスと対立したっていう妙な噂が出回ってるみたいだし、ミナの味方寄りってことを大々的に出した方が気分はマシだよ」
「き、気分? 気分って……」
「そうは言うけど大事じゃない? 気分。それに僕は元々アルドレット工房敵に回してるし、デメリットもないようなもんでしょ」
とはいえフェーデを筆頭にした探索者を敵に回しかねないのはデメリットでしかないが、内心はミナに同情的であるにもかかわらずアルドレットクロウと敵対したくないから見ないフリをする方が後悔を生む気がしていた。
そんな予感もあって断言した努に、ユニスは言葉を選ぶように狐耳をぴこぴこと動かす。
「……それにしてもなんか、随分と遠回りじゃないのです? なら普通にヴァイスを通してあの子に直接そう言って、呪寄装備でも渡せばよくないのです?」
「それとこれとは話が別だね。ユニークスキル二人いるんだからウルフォディアくらい自力で突破してくれよ」
「……はぁ。エイミーがダンジョン脳って言うのもわかるのです」
「それは何より。で、
それをわかってるなら話は早いと言わんばかりに170階層主の話題を振ってきた努に、ユニスは呆れたように口を半開きにした。
「絶対倒せない感じはしたのですよ。あれはモンスターというより、動く鉱山なのです。スポッシャー系統と言えばわかりやすいのです?」
170階層に辿り着いたユニスたちが飛行船の上から目にしたのは、巨大な龍の姿をした浮島のような存在だった。宝煌龍と呼ばれるそれは確かに骸骨船長の言うように全身が宝石であり、その外見とは裏腹に悠々と空を飛んでいた。
「宝煌龍の瞳を納品することが突破条件っぽいですが、水晶体が厄介なのです」
宝煌龍の巨大な体には水晶体というモブモンスターが各部位の宝石に寄生する形で住み着いており、その輝きに目が眩んでいる略奪者を始末する守護者として機能している。
「あれがいる限りはまともに採掘できなさそうだしね。掃討してから飛行船を着地させて採掘する感じ?」
「まぁそんなところなのです。でも階層主戦なのに撤退できるから、飛行船の強化は楽なのです。体の中心部にはそこまで水晶体もいないし、宝煌龍も対して動かないから採掘し放題なのです」
最終目標は宝煌龍の瞳であるが、その鱗を剥がして納品するだけでも他の階層とは比べ物にならないほどの宝物となる。170階層は飛行船の強化においてはボーナスタイムであるため、採掘に必要な設備の追加もさして困らない。
「その分、瞳のある頭に行くほど難易度が上がる感じっぽいね」
「なのです。それこそ船長のいうブレスを撃たれたら飛行船も耐えられないのでしょうし、水晶体も明らかに多そうなのです。まぁ、あれだけお宝ざくざくなら仮に失敗してもすぐに取り返せそうなのです。帰還の黒門も出せるですし」
(そして真の階層主が現れる時には撤退できないってわけ)
もしかしたら170階層だけ特別に撤退できる、というわけでもないだろう。基本的に階層主戦は黒門による撤退ができない。つまり170階層ではまだ階層主が現れていないからこそ撤退できているとも言える。
「しばらくは一番台維持なのです。スポンサーからも好評でミシルからも留守は任せられてるのですよっ」
「そういやミシルとかロレーナも帝都行きか。……嫌味の一つでも言われそうだな」
「そりゃそうなのです。同盟とは一体なんだったのです?」
「ならお前が作ってやれよ、呪寄装備」
「数年も耐えてた中堅探索者に冷や水は浴びせられないのです。あとお前って言うなです」
それからも先の階層やシルバービーストについて適当に雑談を交わしていると、刻印の事前準備が済んだのかゼノ工房の職人が二人を呼びに来た。それに応じて努たちは一階の工房に向かう。
「刻印」
紅魔団の伝説的な腕を持つドワーフが鍛接した装備にノグルが紋様を刻んだものに、努は刻印油を垂らしてそう告げる。すると刻印は成立し微かに光り輝く紋様が浮かび上がる。それを手早く五つの装備に済ませた。
その様子を見ていたドワーフは眉間にしわを寄せながらその刻印装備を見つめている。
「……随分と簡素なもんだな」
「そうですね。こんな簡素なことすら出来ないばかりに帝都まで飛ばされるんですから、裏方が無能なクランは大変そうですね」
「…………」
紅魔団のドワーフに向かっての辛辣な返しにノグルは思わずドン引きと言った様子で努から一歩距離を取り、アルドレット工房やシルバービーストの職人たちも各々面白くなさそうな顔はしている。
そんな中ユニスはやれやれと大きな尻尾を振った後、単に鍛冶師と刻印士が分担作業をしているだけだとフォローに回った。
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