第582話 ねちねちコンビ

 努たちがギルドで不意にクリスティアと出会ってから数日後、朝刊の一面でアルドレットクロウ、シルバービースト、紅魔団が帝都からの要請を受けて遠征することが大々的に発表された。


 遠征に向かうのは今もウルフォディアを突破できず暇を持て余している元最前線組であり、その他のメンバーは迷宮都市に残る形となる。そんな中、無限の輪は遠征隊に対して刻印装備を提供することに留まっていた。



「もし突破出来てなかったらあたしたちも飛ばされてたっすかね?」

「かもな。うちのクランリーダー様は慈悲の欠片もねぇからな」



 ハンナとアーミラはそう話すと、未だに刻印装備を作ってくれない努を二人してじっとりとねめつける。すると努はスクランブルエッグをもりもりに盛り付けてもらっているコリナを見ながら肩をすくめた。



「それだけ実力を認めてるってことだよ。現に165階層も突破してるし、流石、帝都に派遣された元最前線組とは探索者の格が違うね。御見それしました」



 建前尽くしのようにも聞こえるが嘘を言っているようにも思えない努の素直な口ぶりに、ハンナはご機嫌そうに口元をもにょもにょさせている。アーミラもどうだかと言わんばかりの顔こそしているが、満更ではなさげだ。


 アーミラPTはアルドレットクロウに一歩出遅れたとはいえ、2日前に中堅PTと共同探索して巨大ミミックを下し、その後の模擬戦もコリナが見事勝利を収めて165階層を突破していた。


 それにアルドレットクロウと違い骸骨船長の好感度もそこまでBADなわけではないので、完全な敵対ルートには入っていない。そのため168階層の海賊船レースも多少練習すれば突破できる見込みがある。



「ディニエルたち、大丈夫っすかねぇ?」

「方法としては色々ありそうなもんだけど、どれも難航してるっぽいね」



 骸骨船長との関係値が最悪でレースのスタートラインにすら立てないアルドレットクロウの一軍は、168階層突破のためにPTメンバーの変更や追い付いてきた二軍との共同探索などを試していた。


 飛行船はそのPTごとに宝物の納品状態や強化状況などが保存されている。そのため以前努が刻印装備の納品によって出遅れでPTに加入した際、飛行船は何の強化もない真っ新な状態にリセットされていた。


 その仕様を利用するためにアルドレットクロウの一軍は事の発端となった大剣士を外して他のメンバーを入れてみたが、飛行船のリセットは起きず骸骨船長は依然として敵対心を露わにしたままだった。


 その後ディニエルを抜けさせてもまだ駄目で、三人入れ替えたところでようやく渋い顔で船内の入場を許された。ただそのPTメンバーは指名手配でもされているのか三人固まってしまうと船に入れず、一人二人でも嫌な顔をされあまり協力的ではなくなる始末だった。


 なので飛行船をリセットした状態で168階層を突破するには、一度ばらけた状態で各々海賊船レースを乗り切り再び集結しなくてはならなかった。ただそれをすると一軍メンバーを入れられた側の飛行船はリセットされるため、165階層を突破していないようなPTでないと損失が大きい。


 他の方法としては巨大ミミック毒殺による初めての突破でいち早く追い付いてきた二軍と共同探索し、その飛行船にお邪魔する形での突破も見込まれた。



「共同探索打ち切っといて今更組んでは通らないよね」

「コリナの呪いが効いてるっす!」

「呪ってないですぅ……」



 そもそもの話、アルドレットクロウの一軍は二軍との共同探索で165階層を突破する予定だった。だが特定のPTと同じ階層での探索を目指すためには混み合うギルドを何度も行き交うリセマラをしなければならず、その無為な時間でフラストレーションが溜まっていた。


 そんな中でユニスが毒ポーションでの毒殺を試み、それは検証され現実的な突破方法として確立された。アルドレットクロウの裏方はシルバービーストから一番台を取り戻すためにそのお膳立てを必死になって行い、他のPTの足止めをするために根回しもした。


 だがそんな狐の搦め手で突破するほど落ちぶれていないと一軍はそのお膳立てを蹴り、たまたま出会った無限の輪と共同探索し模擬戦も制して165階層を突破した。


 その強行は一軍メンバーの実力と成果を基に黙認され、流石だと評価する者も多かった。しかし元々共同探索での突破が予定されていた二軍と、毒殺のために駆けずり回った裏方が良い顔をしていないのは想像できる。


 憧れの一軍と共同探索できるかと思ったらドタキャン解散されたけど、毒殺でSSSモンスターを突破! ~今更飛行船に乗せてくれなんて言ってももう遅い~ つまりはそういうことである。



「にしたってよ、あのステファニーたちがこのまま何も出来ねぇのをアルドレットクロウが良しとするか? 俺らに負けたってなら別かもしんねぇが、評判が落ちたわけでもねぇだろ」

「そこは帝都の遠征も関係して、アルドレットクロウ内がごたついてるんじゃない? ミナ関連で不穏な噂はもう流れてるし、殺る気満々でしょ」



 アルドレットクロウ内で死人が出たオルビス教による王都のスタンピード。そんなオルビス教の中枢を担う一人であったミナが今ものうのうと迷宮都市に居座っていることが許せない身内と、そこまでの気持ちはないにせよ彼女が消えることには内心賛成を示す者は少なからずいる。


 そんなミナが何故かは知らないが迷宮制覇隊からの要請で帝都に呼びされようとしている。以前の間引きで虫系モンスターの統率が一部取れなかった彼女の動きを見逃さなかった者たちは、当然その情報も察知しアルドレットクロウに働きかけて協力を建前に遠征へ割り込んだ。


 そして元々は紅魔団のPT一つだったはずの遠征は、様々な策謀が渦巻き大手クランは大体が参加することになった。



「それにわざわざ首を突っ込みたくないんだけどね」

「……どちらかに味方するおつもりで?」

「悪いね」



 元アルドレットクロウであり死んだクランメンバーの顔くらいは見たことのあるリーレイアからの問いに、努は表情を変えずに答えた。


 努からすればそんな面倒事に巻き込まれるのは心底嫌ではあるが、数年経った今でも彼の脳裏には暴食龍によるスタンピードの光景が焼き付いている。


『ライブダンジョン!』に出てくる暴食龍がスタンピードを平らげ、ゲームでは有り得ないであろう限界突破した姿で現れた。そんな暴食龍が放った魔力砲に冷や冷やしながらも、レイド戦みたいな楽しさのまま討伐を果たし喜んだ。


 だがその先に待ち受けていたのはレイド戦の報酬ではなく、魔力砲による二次被害によって死んだ民衆の後処理だった。日本で平和を享受できる地域にいた努にとって、野ざらしの様々な死体を目にした衝撃が強すぎて今でも思い出すと気分が重くなる。


 そんな死体の山の中で唯一生き残っていたのがミナという少女であり、母の頭を持ってレイズを懇願して回る姿は同情を禁じ得なかった。


 その後孤児となったミナはオルビス教により半ば強制的に保護され、象徴として祭り上げられた。そしてオルビス教でスタンピードを引き起こすテロを起こし、いざとなれば虫系モンスターを操ってけしかけられる危険性も相まって彼女は紅魔団の預かりとなった。


 ではテロの一端を担ったミナは悪だろうか? 努からすれば彼女の境遇には同情の余地がある。それに、同情したにもかかわらずその少女に手を差し伸ばさなかったことへの個人的な罪悪感も大きかった。


 当時の自分にはそれを出来る余力はあった。何なら『ライブダンジョン!』の知識を正しく使っていれば、そもそもスタンピードでここまでの被害は生まれなかったのではないかという後悔。だが当時は現実に帰りたい自分のことで精一杯でもあった。


 しかし一度現実に帰り自分から決別を果たした今なら、ミナの助けになることはできる。そうすれば彼女を見るたびに小さな棘が引っ掛かっているような心が少しは楽になる気がした。



「ミナには秘密裏に刻印装備を渡していたのですか?」

「いや、渡してないね。……まぁ、アルドレットクロウ側の気持ちもわからなくはないし、もし自分事だったらって考えるとね」

「どちらにも半端にいい顔をしたら良い結果になる、なんて考える人でもないでしょう?」

「もう三年も経ったし、少しは緩和してないかなと」

「他人事ならそうでしょうが、身内がそう思うわけないじゃないですか」

「……ですよねー」



 アルドレットクロウは王都でのスタンピードにより、9人のクランメンバーが命を落とした。


 もしそれが無限の輪やシルバービーストで起きたと仮定した場合、あの同情を禁じ得ない少女だとしても絶対に許しはしない。少なくとも王都と迷宮都市をモンスターの武力で脅し、なぁなぁのまま探索者として居座っている現状に様々な手段を用いて抗議するだろう。そしてその脅しが意味を為さなくなってきた今を好機と捉える。



「姫を救うのが王子の仕事でしょうし、害虫駆除に手を貸してあげてはいかがですか?」

「…………」

「おや? 何か気に障ることでも? フェーデのことですか? それとも害虫駆除と口にしたのが気に食わない?」



 苦虫を目の前に差し出されたような顔の努を見て、リーレイアは目尻にしわを寄せながら質問を重ねる。


 フェンリルに騎乗できる精霊術士であるフェーデには、その9人の中に兄がいた。そんな彼女は元最前線組として遠征に出ることが決まり、丁度昨日その話題と共に努の刻印装備提供に感謝の意を示していた。


 それにミナを害虫と評したのも元々はヴァイスとの対話で努が発言したことだ。そのギルドでの会話は何かの記事などで公開などされていないはずだが、緊張感のある現場には他の探索者もいた。



「仮に無限の輪のメンバーが死んだら害虫を駆除してくれるのでしょう? 嬉しい限りですね。それでも別れの挨拶すらせずに数年消えるのは良しとするその倫理観、私は評価しますよ」

「そいつはどうも。よくもまぁこそこそ調べ回ったもんだね」

「探索者が噂していたのをたまたま聞いただけですよ」

「いつの間に獣人みたいな聴力を手に入れたんだね」

「今日も朝からねちねち絶好調っすね」

「ありがてぇこった」



 最近リーレイアの執着が努に移り始めているのを感じてか、アーミラはようやくストーカーから解放されたような面持ちで感謝の意を述べた。



「ま、それはそれとしてリーちゃん。話の内容は詳しく聞きたいね? ツトムは誰と話してる時にそう言ってくれたの?」



 朝食の席にはいたものの話の文脈がわからなかったエイミーは、それからリーレイアに詳しく事の内容を聞き出した。それに努は初めてのスタンピードで衝撃を受けていることを補足した。



「ふーん。なんか面白いね。ツトムなら駆除一択って思ってたけど、あの子に情が移ってるんだ。平和な世界だとは聞いてたけど、死体も見たことないって凄いね」

「正直なところ、答えの出ない問題ではある。ツトムの好きなようにするのがいいのではないか? アルドレットクロウも一枚岩ではないし、即座に敵対ということもないだろう」

「ツトムさんにも情はあったんですね……」

「おいダリルこら」

「でもちょっと意外ではありますよ? 私も駆除するのが当然みたいなスタンスだと勝手ながら思ってましたし」



 いつの間にスクランブルエッグを胃の中に収めていたコリナは、感心したような顔でおかわりを貰いに席を立つ。



「それはそれとして、狂戦士ムーってなんなんですか? リーレイアから聞いたんですけど」

「…………」

「おいツトム、こらっ!」



 リーレイアにコリナのあだ名についてチクられていた努は、無言で初耳ですと言わんばかりの顔をした。それに彼女は頑張って呼び捨てにして怒ってみせた。



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ライブダンジョン!漫画版の11巻が明日発売されます。よければよろしくお願いしまーす

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