第581話 噂をすればいるじゃん
白い砂浜で友人たちとBBQにワインも入り少々ご機嫌になりすぎた翌日。努は第二支部の整理券をようやく当てたダリルを先頭に、新しく建てられたギルドへと足を運んでいた。
前回訪れた時のプレオープンではほぼ貸し切り状態だったが、今回は人数制限があるとはいえ賑やかに見えるほどの探索者がいる。それこそ最新の建築技術を取り入れたお洒落な空間とそこに配置されている神台に目を輝かせている新参もいれば、ギルドの受付列や更衣室のスムーズさに舌を巻く古参など様々だ。
「これだけ作れるなら一家に一台欲しいよね、神台」
そんな中、努は新参の探索者と同様にギルド第二支部の各所に配置されている神台を眺めていた。
第二支部にある神台はギルドや市場にあるものよりも更にサイズが大きく、高画質で60FPSを越えたぬるぬる感がある。そうぼやく努をガルムは聞き分けのない子供を見るような目で見下ろす。
「バーベンベルク家でもその要望は叶っていないぞ」
「今ならまだわかるけど、当時の状況でよくそれを通せたよね。まだレベルもスキルも微妙だったでしょ」
「ギルド長の在籍していたクランの働きが大きかった。それこそ今のアルドレットクロウのような粒揃いだったと聞く。それにブルーノやヴァイス、クリスティア、森の薬屋とも縁があったようだ」
「そういえばクリスティアさん、最近見てないな。スタンピード終わった後は迷宮都市に帰ってきてなかったっけ?」
外のダンジョン専門のクランである迷宮制覇隊のクランリーダーであり、珍しいダークエルフでディニエルとも関わりのあるクリスティア。彼女は努がまだこの世界にいた三年前には、スタンピードが終わった後はレベル上げのため迷宮都市に帰っている印象があった。
「王都側は探索者の間引きが義務付けられたことで大分安定するようになったからな。最近は帝都の方に活動拠点を移しているらしい。……迷宮都市には一年前に一度帰ってきたくらいか?」
「へー。よくやるねぇ。帰ってきたら警備団と同じように刻印装備の融通利かせようと思ってたけど、それならまだ帰ってこなそうか」
未だに元最前線組には刻印装備を融通せず、ウルフォディアを突破できない様をニヤニヤと眺めている下種の極みと呼ばれるのも久しい。ただそんな努でも警備団に対しては割と協力的であり、現在も2着しかない経験値UP(中)の刻印装備を融通していた。
迷宮都市の治安を守る業務が主軸である警備団や、外のダンジョンでモンスターを間引くために移動を繰り返す迷宮制覇隊などは膨大な時間のかかるレベリングが大きな課題となる。
その仕事柄からして、勿論レベルを上げるに越したことはない。ただそのレベリング作業に傾倒しすぎると本来の業務時間が圧迫されるため、探索者のように神のダンジョンへ潜り続けるわけにもいかない。
今のところ探索者の犯罪者は高くても140レベルほどであり、相手にデバフを与える付与術士と味方にバフを与える吟遊詩人を考慮すれば拘束も可能ではある。だが相手が高レベルなほど戦力は拮抗し、被害も大きくなってしまう。
現在の警備団は進化ジョブを扱える100レベルを足切りとしているし、対人訓練も神のダンジョン内で行えるようになったことで練度が更に上がった。だがそれは犯罪者側も条件は同じであるため、鎮圧時に警備団員が殉職してしまうこともある。
そんな警備団の殉職率を減らし、迷宮都市の治安を安定化させることは努にとっても他人事ではない。特に刻印装備の価値が暴騰してからは狙おうとする輩も増えたため、警備団との連携を綿密にするためにも投資は欠かせなかった。
「呪寄装備は拘束具として有用らしいですね。最近使われているところを見たことがあります」
そうこう話していたガルムと努の後ろを歩いていたリーレイアは、ギルド内を紺色の制服を着て巡回している警備団員を見ながらそう言った。
「らしいね」
「あのツトムでも警備団には逆らえませんか」
「それで治安が良くなるなら万々歳だよ。レベル140超えの孤児に狙われたくもないし」
努は警備団を強化するための刻印装備の他に、犯罪者を拘束するために扱う呪寄なども余ったものを寄贈していた。そのことで顔も知れているのか警備団員は努を見かけると機械のような敬礼をしてくる。
リーレイアはそれを生み出した親玉がそこにいますが、と言わんばかりの顔で食堂を眺めているダリルを見つめている。そんな彼女の悪ノリに努は乗らないよう自分を嗜めつつ、以前のギルドと違いするすると進んでいく受付の列を眺めた。
「受付が広々としてるのもあるけど、やっぱり魔法陣と黒門の数が多いに越したことはないよね。人数自体は元のギルドより多いのにこれだし」
「第二支部でこれだけ増やせるなら、ギルドの方も増やしてほしいですが」
「まぁ、ギルド側も増やせない事情はあるんじゃない。魔石、召喚士よりも使われちゃうとか?」
「それでも探索者の待ち時間が数十分でも減れば、その分探索時間も増えて魔石もより多く出回るでしょう。それが1000PT分ともなればその差は歴然ですよ?」
「ならカミーユに進言でもしときなよ。リーレイア、第二支部に結構投資してるでしょ?」
「それでも刻印装備には勝てませんよ」
アルドレットクロウのクランリーダーできな臭いロイドや大企業との橋渡しをカミーユに任せる代わりに、魔貨での取引のみで刻印装備を販売する。そんな取引を交わしてから探索者間での魔貨の取引量は明らかに増え、その価値を確立しつつある。
それに比べて単に使い道のない大金を出しただけの自分が勝っているとは思えないのか、リーレイアはそう言って口をつぐむ。ただその後彼女は珍しいものでも見るように目を丸くしたので、努はその方向に振り返った。
「いや、クリスティアさんいるじゃん。帝都周辺にいるんじゃ?」
「……迷宮制覇隊が帰ってくる時はもう少し騒ぎになるはずですが」
リーレイアの視線の先には、ギルド長であるカミーユと話しながら歩いているクリスティアが普通に歩いてきていた。それに努もレアモンスターでも見るような目で見つめていると、こちらに気付いたカミーユが眉を上げた。
「おぉ。ようやく抽選当たったのか」
「お陰様で。クリスティアさんもお久しぶりです」
努が軽く挨拶をするとクリスティアは背後に控えていた獣人にハンドサインで指示を出す。すると周囲を遮断するようにバリアが何重にも張られ個室のような形となった。
「……数年前から幻のように姿を眩ましたと聞いていたが、戻ってきたようで何より。カミーユから色々と聞いたが、あの若木が今も節を刻んでいるのは驚いた」
「クリスティアさん、何とかしてくれません? 最近何かとうるさいんですけどあのエルフ」
「…………」
そんな努の言葉にクリスティアは口を一文字にして微動だにしないが、その生気のなさげな目は彼を捉えて離さない。そして数秒ほど沈黙が流れた後、彼女は気を取り直すように口元へ手をやった。
「帝都のスタンピードにオルビス教の時のようなモンスターの団結が見られた。その報告のために少人数で帰ってきた」
「えー。そうなんですか」
「基本的には帝都で対処するだろうが、迷宮都市に応援要請が来る可能性がある。その可能性を考慮し、念のため話を通しにきた。……無限の輪に要請するわけではない」
取り繕っているとはいえ邪険にされていそうなことには気付いたのか、クリスティアはそう付け加えた。そんな彼女に努はいやいやと首を振る。
「いや、もし要請があれば応えますよ。迷宮都市も他人事ってわけにはいかないでしょうし。それにカミーユから聞いているかもしれませんが、刻印装備については元から迷宮制覇隊に融通するつもりだったので」
「それは、非常に助かる。また現物を見せろだとか、失礼がないよう徹底しておく」
「そうして貰えると助かります。迷宮制覇隊の人たち、おっかないですからね」
「……それに、要請を依頼するとすれば紅魔団になる。統制が取れているのは主に虫系のモンスターだ。恐らくミナ関係だろう」
「あー……」
オルビス教に加担し虫系モンスターの女王となったミナは、紅魔団に在籍しモンスターの間引きにおいては唯一の活躍を果たしている。だが近日の間引きにおいてそれに陰りが出たことはバーベンベルク家に報告され、それは迷宮制覇隊にも届いていた。
「帝都の戦力は迷宮都市に比べれば劣っていると言わざるを得ないが、それでもスタンピードに後れを取るほどでもない。唯一の懸念点があるとすれば虫系モンスターを操れるミナの存在だけだ」
「……そうですか。まぁ、紅魔団がいれば生贄扱いにはならないでしょうし、問題ないですかね」
そうひとりごちた努をクリスティアは意外そうに見つめた。そして彼の背後で同じような顔をしていたリーレイアと軽く目を合わせた後、従者にバリアを解かせる指示を出す。
「詳しい取引は書面で伝えるよう手配する。ご協力感謝する。それでは」
そう締め括ったクリスティアはその後も予定が詰まっているのか、従者と共に早足でギルド第二支部から立ち去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます