第580話 3つのルート
リーレイアPTが迷宮マニアでも解説に苦労するような攻略法で165階層を突破して一週間ほど経った、無限の輪の休日。
今日は何時ぞやに約束していたゼノの家族をガルムと努が護衛する形でのバカンスであり、夫婦は泳ぎやフライの練習に興じていた。
周囲のモンスターを一掃し護衛の役目を一先ず終えた努はヤシの木の日陰で大きな椅子を組み立てて寝転び、浮島階層を攻略するPTの勢力図が纏められた新聞記事を眺めていた。
(シルバービーストはあるとすればハッピーエンドのルートだろうな。フェンリル親子の自殺シナリオからして、このまま平和に終わるとも思えないけど)
現在一番台をひた走っているシルバービーストのユニスPTは、階層主目前の169階層まで足を進めていた。飛行船への刻印が非常に強力かつ、骸骨船長との関係も良好なため階層更新は最もスムーズに進んでいる。
『俺はな、この浮島の果てにいる
巨大な刻印で飛行船の性能が上がりとびきり上機嫌になった骸骨船長は、それを施したユニスに階層主の情報を漏らすほど心を許していた。それに彼女だけでなくクロアなど他のPTメンバーの名前も把握し軽口を叩き、飛行船での操縦や砲撃などもかなり融通を利かせてくれている。
その恩恵は168階層で発生する飛行船を用いた他の海賊団とのレースで存分に発揮され、ユニスPTだけが唯一169階層に辿り着いていた。
(逆にアルドレットクロウはバッドエンド一直線。情報の速さが仇に出たか)
それに対してアルドレットクロウの一軍と骸骨船長との関係性は、もはや探索者とモンスターといってもいいほど険悪だ。その切っ掛けとなったのはPTメンバーが宝煌龍の名を口にしたことだった。
『……てめぇら、何故その名を知ってる?』
ユニスPTが雑談混じりで手に入れた浮島階層主と思われる情報。だがそれは骸骨船長が秘匿にしている情報でもあった。その名を情報員から聞いていた大剣士の女性が何となしにその単語を漏らした途端、アルドレットクロウPTの飛行船にいる骸骨船長は盗人でも見るような目で睨みを利かせた。
「俺の、船長室に入ったのか。……散々暴れやがったあの時か。クソが」
そしてアルドレットクロウPTはそう吐き捨てた骸骨船長により、船内への立ち入りを一切禁止されてしまった。その影響で階層転移後の移動では強風の吹く甲板で耐え凌ぐ他なくなり、今まで強化してきた設備の使用不可、宝物の納品量増加といった理不尽の数々を余儀なくされていた。
その結果として168階層の飛行船を用いたイベントレースの攻略目途は経っていない。それに宝煌龍の名を口にしてしまった女性アタッカーが観衆や迷宮マニアから戦犯扱いされ、その影響で彼女は精神が少しガタついている。
(もしSNSあったら危なかったかもな)
一刀波ビルドの刻印装備を渡した彼女のことを見知っていた努は、素朴に思いながら持ち込んだオレンジジュースをストローでちゅっーと飲む。もし神の掲示板みたいなものがあれば炎上待ったなしだっただろう。
そんな両極端なPTを神台で見て予習していた後続のPTは、骸骨船長の地雷を踏まないよう気を遣いつつ可もなく不可もない関係を築いている。リーレイアPTもそれに漏れず、今は168階層のイベントレースに向けて飛行船をより迅速に動かし、海賊船からの砲撃や襲撃を防ぐ手順を試行錯誤していた。
(165階層はそこまで後続の足止めにはならなそうか。毒ポーションの製造コストもどんどん下がってるし)
多少の壁にはなっているものの、巨大ミミックの攻略自体は薬師に金と素材を預けての毒ポーション作成でどうにでもなる。そのためアルドレットクロウは既存の薬師を事前に押さえることで独占し、上位軍たちが突破できる毒ポーションを確保しつつ他PTの進行を遅らせていた。
だが元々迷宮都市においてはポーション自体の需要が高かったので、サブジョブの薬師獲得で初期から30レベルスタートの人材は潜在的に多かった。そのため巨大ミミックバブルによる薬師の新規参入が促され、アルドレットクロウの独占は既に崩れていた。
その結果、浮島階層に到達しているPTは165階層で詰まる様子はない。特にシルバービーストはユニスの伝手もあってか、刻印装備によってウルフォディアを突破しているPTは軒並み巨大ミミックを毒ポーションで下している。それに金色の調べの一軍、二軍、その他中堅クランも毒ポーションの発注は出来ていてあとは納品待ちである。
(ウルフォディア様様だな。呪寄装備ないと突破できないねぇ)
そんな巨大ミミックと違い、160階層主であるウルフォディアは未だに極一部を除いた元最前線組を一切通していない。それによりアルドレットクロウやシルバービーストの主力である上位軍に、ヴァイスが筆頭の紅魔団は今でも足止めを食らっている。
その原因ともいえる刻印士の努はこれまで結構なバッシングをされることもあったが、今となってはもはや話題にすらされなくなってきている。ゴールデンタイムの神台は浮島階層が主戦場となり、天空階層が映るのはそれ以外の時間帯にならざるを得ない。
元最前線組の認知度は現在上位台に映るPTに書き換えられ、スポンサーも引き上げ始めている。それを打破するにはウルフォディアを突破する他ないが、相手はトップレベルの探索者が半年ほどの期間をかけても攻略できない難攻不落の階層主だ。それを強引に突破できる見込みがあるのはヴァイスとミナくらいしかいない。
なので攻略には浄化という即死対策になる呪寄装備が必須だが、その作成には65レベル以上の刻印士が必要である。しかしその生産者である努とユニスは元最前線組には売らず、呪寄装備を買った探索者たちはどれだけ金を積まれようが用済みの装備を未だに離すことがない。
ここまで来れば流石に刻印士を育てる他ないと理解した探索者たちは、自身の所属しているクランに強い要望を出している。その影響でようやく4、50レベルの刻印士も出てきたし、それに一部の迷宮マニアが入ることもあった。
ただレベルは上がるにつれて必要な経験値量も増えて鈍化していくため、この一ヶ月弱で65レベルまで追い付けるような猛者はいなかった。なので元最前線組の探索者のステータスカードは未だに純白で留まり、不満を燻らせている。
「最近、ツトム君がゼノ工房に顔を出してくれないと嘆いているぞ?」
「もう顔を出す必要もなくなってきたしね。最近はダリルの装備のこともあってドーレン工房が熱いし」
ピコとの空中遊泳から悠々と帰ってきたゼノの言葉に、努は新聞を畳みながら答える。その上空からそーっと降りようとしている奥さんを見上げた後、努は椅子から身を起こす。
「この後BBQでしょ? ちょっとは運動しないとな」
「ならガルム君とでも泳いできたまえ。見張りは交代しよう」
「まぁ、砂浜を走るよりマシか。……あちっ、あち」
以前ダリルがこの砂浜でよだれが枯れるほど走らされていたことを思い出した努は、冷や冷やしたような顔で上着を脱いで海パン一丁になった。そして日に照らされ熱されていた砂浜を素足で歩き、掛け慣れないサングラスをかけたガルムの下へと向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます