第562話 やらかし狐

「うぅ……。申し訳ない。でもこうするしかなかったんです……!」

「犯罪者みたいな言い草なのです」



 光の極大魔石と化してしまったウルフォディアを前に犬人アイドルのクロアはハンマーをわなわなと震わせながら謝罪し、自作の呪寄装備を着込んでいるユニスは冷静に突っ込んでいる。


 無限の輪での臨時PTが解散した後シルバービーストに加入した二人は、同じ上位軍の一つに配属されて探索者としての活動を続けていた。


 ただクロアは臨時PTでの活躍で一躍脚光を浴び、多数の取材対応やスポンサー契約の選定などで目まぐるしい毎日を。ユニスはゼノ工房に入り浸って刻印士のレベルがパワースパイクを迎えたこともあり、刻印装備作りばかりで探索活動が疎かになっていた。


 しかしそんな二人がいてもシルバービーストの中堅探索者たちがツトムから購入していた呪寄装備はその性能を遺憾なく発揮し、クロアが申し訳なくなるほどあっさりと160階層を突破した。



「浮島階層でちょっと確認したいことあるから、早く行くのですよ」

「余韻―――!! 余韻に浸らせてーーー!! 中堅のクロアにとって160階層は特別なんだからーーー!!」

「取材と宣伝にかまけてた奴にそれを言う資格はないのです。あともう中堅面するのも無理なのですよ。160階層突破したのですから」

「嫌だーーー!! まだ実力が伴ってなーーい!!」



 黄土色の大きな尻尾を振り回しながら喚く彼女を気にせず黒門を開けたユニスに、タンク陣の男性たちと女性アタッカーは顔を見合わせて苦笑いしつつ続いた。


 そして一人となったクロアも戦闘が終わったにも関わらずこのまま神台の一つを占有するわけにもいかないと思ったのか、泣く泣くといった様子で黒門を潜った。



「神の眼は任せるのですよ」

「えっと、飛行船の加速なら私たちがやりますよ? ユニスさんには万が一にもロストしてほしくないので」

「大丈夫なのです。ちょっと気になることを尋ねてくるだけなのですよ」



 刻印しながら新聞に寄稿される迷宮マニアの記事で浮島階層についての知識はあったユニスは、飛行船に転移すると早々に骸骨船長のいる船頭へと向かった。神の眼を任されたアタッカーの猫人は紐のような尻尾をふるふると揺らしながら、慌てて追いかけてきたクロアにそっとスポットを当てる。



『初顔みてぇだな。俺の船にようこそ』



 ユニスが船頭に到着すると大きな舵の前で案山子のように突っ立っていた骸骨船長は、首をぐるりと180度回転させて歓迎の挨拶を告げた。それを彼女はさして気にすることもなく尋ねる。



「この飛行船に刻印は出来るのです?」

『挨拶も無しに装飾の相談か? せっかちなお嬢さんだなぁ!!』



 そんな血が通ったような返しにユニスがギョッとしているのも束の間、骸骨船長は骨だけの体を笑うように震わせる。



『それで俺の船が強くなるならオールオッケーだ!! でも弱体刻印だけはしてくれるなよ? それをやられちゃ船を降りてもらうしかなくなるぜ!』

「……わ、わかったのです」

『せっかくやるなら格好良くてド派手なのを頼むぜ!』



 ご機嫌よく言ってくる骸骨船長にユニスはおっかなびっくりな様子でこくこくと頷くと、逃げるようにその場を去った。そして船頭から離れた後にホッと一息つく。



(お、思ってたよりよっぽど不思議な感じなのですね。見た目スケルトンなのに)



 骸骨船長については神台で何度か見ているので実際に目の当たりにしても特に驚きはなかったのだが、変に明るい人間みたいな返しをいざやられてみると思ったより度肝を抜かれた。


 思わず変な冷や汗もかいたのでユニスは一旦落ち着こうと深呼吸を何度か挟んだ後、切り替えるように大きな狐の尻尾をうねらせる。



(でも、飛行船に刻印なんて単純なことをツトムが見逃してる? ……そんなわけないのです。飛行船の刻印は私に任せでもしてるつもりなのです?)



 浮島階層の情報が出揃い始め165階層の攻略が試行錯誤されている中、ユニスは刻印装備を仕上げている片手間の新聞や神台で情報を仕入れていた。その際に巨大ミミックの攻略法として飛行船を刻印で強化する案は真っ先に挙がっていた。


 なので努は飛行船への刻印でもするのかなと同業者として思っていたのだが、神台を見ている限りではそれに着手していなかった。ならば飛行船への刻印は無理なのかと思ったが、骸骨船長はむしろ推している様子だった。



(まぁ、それはそれで大変な仕事にはなると思うのですが……。なんか釈然としないのです。案は他にだってあるのですよ)



 あの巨大ミミックは正攻法で倒す部類のモンスターではない。その奇策については何も飛行船への刻印だけではないだろう。帝都で地道に鍛え上げていた薬師としての技術とサブジョブを組み合わせれば、あのミミック相手でも有効打になるかもしれない案は自分にもある。



(飛行船刻印の図面は作りつつ、ポーションの発注も進めるのです。それで突破できたらあいつに図面でも渡してやるです。どんな顔をするのか楽しみなのです!)



 努が想定しているであろう攻略法で165階層を突破なんてしてやらない。むしろその攻略法を完成させつつも温存して、攻略に詰まった努に手を差し伸べるように渡してやるのだ。



「全速前進なのです!」



 そうと決まれば早速準備に取り掛からねばとユニスは意気込み、駆け足で骸骨船長の下に戻り浮島階層を攻略している探索者と同じように宣言した。すると骸骨船長の前にある太陽のような形をした舵が回転し、その速度を増していく。



(あっ……。これ、やったのです)



 その様子を少し観察した後にユニスは船内に戻ろうとしたが、数分もしない内に立つのも厳しいほどの強風にあおられるようになった。しかも更にその勢いは増していきそうだったので彼女は這う這うの体で船外にある手すりに身体を寄せ、吹き飛ばされないようしがみついた。



(地味にロストしたくないやつのです……)



 努ほどのデバフ打ち消しまではいかないものの、ゼノ工房でデザインした自作の呪寄装備は職人たちの手も入っている。それをこんなしょうもないミスでロストはしたくないと、ユニスはマジックバッグだけは飛ばされない抱えながらも死に物狂いで手すりにしがみついていた。


 そして彼女は手すりに張り付けにでもされる形で、浮島に到着するまでの十数分を過ごした。吹きすさぶ風でその金髪はぐちゃぐちゃになり、ぶるんぶるんと千切れるくらいに揺れていた尻尾の毛並みは荒れ果てた。


 浮島に到着して船内から出てきたクロアは、中央に向かう途中でマジックバッグを抱え力尽きるように倒れていたユニスをすぐに見つけた。見つけたよーと合図する彼女に続いてきたアタッカーの女性は、灰色の猫耳を水平に伏せている。



「あの、飛行船の加速はしないよう言ってましたよね? 慣れない人はそのまま飛ばされてロストも珍しくないし、マジックバッグの消失事例だってあるんですよ」

「……申し訳ないのです」



 その強風でマジックバッグを飛ばされてしまえば、それは二度と取り戻せない落とし物になる。勿論ウルフォディアに挑むとのことでその中身は整理しているとはいえ、刻印装備の予備も入っているユニスが持つそれは遥かに価値が高い。


 最近は刻印士としての活躍も大きく探索者としてもキャリアの長いユニスは、久々のぐうの音も出ない怒られに狐耳をぺたんと伏せた。だが十数分強風にあおられたユニスの髪型は爆発したように滅茶苦茶のため、反省の意は感じられない見た目をしている。



「ユニスはまだ中堅みたいですねー」

「…………」

「あっ、ちゃんと落ち込んでる! よーしよし! 反省してたら大丈夫! ロストもしてないし! ねっ! ちょっと新階層ではしゃいじゃったんだよねっ?」



 その一言で尻尾も項垂れたユニスをクロアは慌てたようにフォローし、お怒りの猫人の間に立ちながらその場を諫めた。そして猫可愛がりでもするように髪の毛を整え始めたクロアにされるがままの彼女は、何とかして湧き出た涙が落ちないよう堪えていた。

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