第561話 はい五千万




「いや、強すぎ……」



 数十分かかった死闘の末に金ミミックの討伐を果たした努は、ぐてんと舌を出して倒れて粒子化している宝箱を見ながらぼやいた。今回初めにミミックを落としたせいか異常なヘイトを買っていたガルムも肩で息をしている。


 金ミミックの強さは前評判通り異様に強かった。黒魔導士を複数人相手にしているのかと思うほど打ち出される魔法系スキルに、進化ジョブに切り替えたダリルが巨大盾で殴ってもさしたる傷すら付かない頑丈さ。


 それでいてソニアが実験的に放ったエクスプロージョンなどの魔法スキルは、金ミミックに不自然なほど効かなかった。アンチテーゼ下でのヒールはウルフォディアと同様に多少は通るようだったが、弱点と言えるほどではなかった。


 やはりミミックの弱点は機動力がそこまでないことだったが、165階層の前提では拠点を守らなければならないため逃げることも出来ない。だからこそ練習も兼ねてその前提で戦ってはみたが、やはり正攻法での攻略は非常に骨が折れるモンスターであることに疑いようはなかった。



「すまない。盾を潰してしまった」

「いやー、防具が残っただけでも十分でしょ。それに落とすだけでそこまでヘイトを買うこともわからなかったし、方向性は案外間違ってないのかも」



 騎士用の刻印が施された盾が破壊されてしまったことは今の探索者からすれば手痛い損失であるが、刻印士の努がいれば問題にはならない。それに魔法スキルすらパリィでいなせるガルムの実力がなければ防具の損傷も激しくなっていただろう。



「ただ、落としたからってそんなにミミックの体力削れてたわけでもなさそうだったよね。精々一割くらい?」

「仮に一回落とせたとしてもその後は絶対落とせなそうでしたしね……」



 戦闘時の七割近くはタンクを受け持つ羽目になっていたガルムと違いフリーで殴り放題だったダリルは、ヘイトを取り返すために金ミミックを再び落とそうと試行錯誤はしていた。


 だが金ミミックはその触腕を根でも張るようにして地面に食い込ませていたため、数人がかりでうんとこしょと引っ張っても抜ける気がしなかった。その後タワーシールドをスコップのようにして地面を掘り、少し見えた触腕への攻撃を繰り返すことでダリルは何とかヘイトが取れた。



「でも、あれだけヘイト稼げるってことは何かしらありそうだよね。まぁ初めに固定で一割近く削れるだけでもデカいけどさ」

「一回落とせば進軍を押さえられると考えれば、悪くない選択肢ではあります。問題はあの巨体をどうやって落とすのかと、その後の処置ですね」

「…………」



 努は『ライブダンジョン!』を初めとしたゲーム知識でのメタを元に、ミミックの攻略について思考を巡らす。


 恐らく巨大ミミックはスポッシャーと同じようにまともな戦闘で突破させる気がないモンスターではある。金ミミックですらここまで手こずるのだから、巨大ミミックを真っ正面から倒すのは161階層に辿り着いたばかりの探索者では相当厳しい。それこそウルフォディアの呪寄装備無しでの突破のようなものだろう。



(落とすまでは合ってる気がするけど、実際に落としてみないことにはわからなそうだな。触腕にダメージ通りやすいのはわかったし、浮島に根を張った後に都合よく飛び出たりするのかな?)



 巨大ミミックが移動する際に使う箱底の触腕はその大きさも桁違いなため、一度落として根を張った際には浮島から飛び出ることも考えられる。その飛び出た触腕を飛行船で攻撃するのが正攻法なのかも、と努は仮定づけていた。



「……残り、どうします?」



 金ミミックに辛勝した後だからか、ダリルは少々うんざりしたように宝箱の詰まったマジックバッグに目をやる。そんな彼の視線を受けた努は指示を仰ぐようにリーレイアに視線を向けた。



「もう検証はよろしいのですか?」

「落としたらどうなるのかと、触腕にはダメージ通りやすそうってことはわかったしね。あとは迷宮マニアの意見待ちってところじゃない?」

「ではまず宝箱の処理をしましょう。どちらにせよ飛行船の強化は必須のようですし。ミミックが出たら逃げで」



 絶対に戦闘しなければならないミミックは厄介この上ないが、その機動力のなさ故に逃げの一手が使えるのならさして気にする必要はない。浮島階層にある程度慣れている彼女の意見に他のPTメンバーも同意するように頷き、宝箱の処理が為された。



「また霊玉とか出たらいいんだけど」

「低階層では大体宝物ですし、期待しない方がよろしいかと」



 そんなリーレイアの予想通り金、銀の宝箱から出た物はほとんどが飛行船に納品する宝物で、一つだけ刻印油がドロップしたくらいの成果だった。そして銀のミミックが出た途端に各自散開して逃げ、途中で立ち止まった宝箱を置いて再び開封作業に入る。



「この逃げる手間考えるとミミック率も高い金銀宝箱引く方が逆に効率悪そうだね」

「木のミミックなら対処の仕様もあるしな。銅のミミックは少々手強いが」



 爆弾処理班のようにそろーっと銀の宝箱を開けているダリルを見ながらそう言った努に、ガルムは同意するように補足する。


 木のミミックには魔法スキルの通りがいいのでソニアが一方的に攻撃できるし、行使される魔法攻撃スキルも大したものではない。金銀のミミックに怯えて開封するよりもモンスターの群れを始末しドロップ率の高い木、銅の宝箱を狙った方が宝物は集まりやすく、ついでに魔石や刻印油も稼げる。



「169階層とかならギリギリ採算は合うかな? 実際、銀、金の宝箱が確定で狙えるのは大きくない? 第二支部の神台魔道具もあれから出たのかもしれないし」

「私は堅実に稼ぐ方がいい。それに、最近は以前に増して探索に金が掛かるようにもなったからな」

「困ったもんだね」



 他人事のようにのたまう努をガルムは藍色の犬耳をピクリと動かした後に横目で見つめたが、特に言及されないまま宝箱の開封作業は進んでいく。そんな彼に一つため息をついたガルムは、修理が必要であろう見た目の手甲を眺める。



「私としてはギルド長の協力で少しは値段が落ち着くことを期待したい。装備の破損に怯えながらタンクを続けるのは厳しいものがある」

「刻印装備の価値、実際のところはそんなにあるわけじゃないから気にしなくていいよ。そもそも装備にちょろっと刻印するだけで数千万分の価値とか、そんなわけあるかと思わない?」

「……まぁな。企業のスポンサーを受けているような、実態の掴めなさがある。神台に映るだけでそこまでの価値があるとは思えん」



 上位の神台に映れる探索者にもなるとスポンサー企業との契約による収益だけで、稼ぎの半分以上を占めることも珍しくはない。労働の対価としてはあまりにも貰いすぎている感覚は探索者の誰もが一度は思っただろうし、その急激な稼ぎで身を持ち崩す者も多い。



「ユニスの後追いが成果出してからは値崩れするだろうから、その後には気楽になるんじゃない?」

「ダリルも気が気ではなさそうだし、ソニアも装備に気を遣いすぎている。まともに扱えているのはリーレイアくらいだろう」

「あれはあれでおかしいよね。カミーユに搾り取られたからもう自分で補填も出来ないはずなんだけど」



 ただそんな古参探索者が破滅する姿を神台や新聞越しで見てきたからか、最近の探索者はスポンサーによって莫大な資金を得ても身を持ち崩さない者が増えてきた。リーレイアはその典型例みたいな者だったが、酒や異性での失敗は犯さない代わりに神竜人と新精霊で躓いた。



「刻印装備に搾り取られている探索者も多いだろう。最前線にいた探索者の中でも私だけはあの時の状況を見られたからな。皆、氷魔石に商機を見出した商人のように目を血走らせていたぞ。それに一度でも使ってしまえばもう後戻りも難しい」

「先人みたいな失敗はしないようとにかくお金を溜め込んでいた探索者に、使い道を親切に教えてあげただけだよ。別に借金させるまで追い詰めてるわけでもないし」



 そんなリーレイアと同様に努も刻印装備という新たな刺激を中堅探索者に提案し、もうそれ無しでは探索出来ないような状態にしてから価格を徐々に吊り上げている。そのことについてはユニスも質が悪い商人みたいだと苦言を呈していた。



「なんかさ、皆を刻印装備で借金漬けにして言うこと聞かせようとしてる輩に思われてない? 僕」

「一理あるだろう?」

「ハンナが今でも平気な顔で活動できてるのを見て、みんな目を覚ましてほしいんだけど」

「……まぁ、確かにそれもそうだな」

「ちなみにガルムが潰した盾は今だと五千万くらいの値打ちらしいけど、気にしなくていいよ」

「…………」

「いや本当、全然気にしなくていいんだけどね。五千万。ダリルの装備に比べれば端金だしね、五千万」



 以前ならば本当に補填しようと考えたのかもしれないが、最近は努の冗談もわかるようになってきたガルムは窘めるように彼の足を尻尾で叩くに留めた。それに努はきゃっきゃとはしゃぐように笑っていたが、ミミックが出たのを見ると一目散に逃げだした。

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