第558話 新築でテレビに夢中な奴
「うわー広―い」
スタンピードの傷跡が戒めとして残る場所の近辺に位置する、現在設立中のギルド第二支部。そこに休日中の努は友達の新築にでも遊びに行く感覚で訪れていた。彼の言葉の通り今のギルドに比べると数倍規模の広さを誇り、その他のクランメンバーも一様に驚いている様子だ。
以前から着工され急ピッチで進められていたギルド第二支部はめでたくプレオープンを果たし、他の大手クランに合わせて無限の輪もその招待を受けていた。
リーダーである努は刻印に手一杯であり胡散臭い魔貨も絡まっていることで触れていなかったが、カミーユとの繋がりが深い元ギルド職員のエイミーやガルムを初めに、その他メンバーの中にも融資している者は多かったので全員纏めて呼ばれていた。
とはいえまだ試作的なオープンなだけあって内装はまだ簡易的なものであり、削り出し途中の受付や剥き出しの状態で稼働している食堂などまだ未完成な部分も散見される。ただ神のダンジョンに向かうための魔法陣に、帰還してくる際の黒門。いくつも宙に浮かぶ神台など肝心な物は既に実装されていた。
「黒門から更衣室までの動線、実に素晴らしいっ!」
「今まで悪目立ちしすぎだったもんねー」
「更衣室もあんなに広いと着替えに苦労しなさそうっす! 翼置くところまであって凄いっす!」
そんな内装の改善についてゼノ、エイミー、ハンナは拍手する勢いで話し込んでいる。
黒門から吐き出された探索者は敗者の服から着替えるために周囲の人たちの間を突っ切らなければならなかったが、ギルド第二支部ではそのまま後ろに進めばすぐ更衣室の入り口に向かえるようになっていた。
それに元々の構造上あまり広く出来なかったギルドの更衣室は探索者が増えたこともあり需要が高いとのことで、第二支部では設計段階から大幅に面積を確保していた。それこそハンナが飛んでも問題ないほどの広さがあり、専用のロッカーやアメニティも充実している。
「訓練場も意外としっかりしてますね。削減されると思ってたんですけど」
「探索者同士のトラブルを仲裁する仕事は以前として変わらないからな。神のダンジョン内と同じように殺す気で殴るわけにもいくまい。現場に則した環境で訓練する必要性は今でもある」
「警備団も出張ってくるのは意外だったけどな。不可侵領域にすると思ってたが」
「刻印装備も絡まると仲裁も大変そうですから、専門の人に任せる方がよろしいかと」
第二支部の外にある施設を見学していたダリル、ガルム、アーミラ、リーレイアは相変わらず贅沢に土地を利用した訓練場で話し込んでいる。
セーフポイントでの本格的な戦闘が可能になってからはギルドの訓練場は需要を無くしていたが、治安維持においてダンジョン外での訓練は欠かせない。その他にも警備団の派出所や、神のダンジョンに関しての情報が纏められた図書館なども新設予定とのことだ。
「アルドレの二軍なのに下位台なの、何とかならないのかね。見にくいったらない」
「…………」
神台を見ながらそうぼやく努と、そんな彼にツッコむべきなのか思案しながら試作品のモツ煮込みをつまんでいるコリナ。食事をしながら神台が見やすいよう位置調整が可能な席に座っている二人は、162階層で宝集めをしているアルドレットクロウ二軍の様子を見学していた。
「召喚――メーメ。召喚――深淵のメーメ」
さながらマフラーのように青色のスライムを首に巻き付けて飛行船から降りたルークは、眼球を模したような見た目をしたスライムであるメーメ。そして深淵階層に出現する色違いのメーメも召喚した。
ルークが首に巻き付けているスライムも合わせると本来ならば召喚枠が足りないが、彼の刻印装備である召喚指針を満たしたことでスライム系統の召喚コストと枠が一段階ずつ下がっている。
一見すると大きな眼球二つを従えている彼は、餌でもやるように闇の小魔石を投げ渡していた。それを触腕で捕らえたメーメたちはそのまま丸い体に引き込んで魔石を吸収する。
「飛翔の願い。聖なる願い。祈りの言葉」
祈祷師のカムラは新たな召喚モンスターを対象にフライと同様のスキルを付与しつつ、その後も支援回復の願いを幾多にもかけ始める。その願いは五人全員にかけるものもあれば個人にかけるものもあり、蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
「カムラの張ってるスキル数、大分エグいね。よくあれで回せるもんだ」
複数の探索者を順番にフォーカスして映す神台越しなので全てを把握は出来ないが、見聞きしているだけでもカムラの回しているスキル数は祈禱師の中でも群を抜いている。
「勿論、あの人も全て把握してるってわけではなさそうですけど……。でもたまにそんな風にも見えるんですよね。そういうところはツトムさんとかステファニーさんっぽさがありますね。適当な私とは大違い……」
(コリナはパワー振り切り型な分、万能型のカムラは良く見えるんだろうな)
祈禱師の中では三本指に入るコリナでも、カムラのようにスキルを回すのはかなり厳しい。今どんな願いや祈りがストックされていて、それが叶っていくのはいつ頃か。祈りの言葉によって時間短縮する場合はどのスキルを速めるのか。その把握は困難を極める。
とはいえ祈禱師はその全てを把握する必要などない。念のため色々な願いを込めておいて支援回復スキルをとにかく回していき、不必要な願いは後から破棄するなんてことは祈祷師あるあるだ。
祈祷師は白魔導士のように即時回復や蘇生が出来ない分、そんな事態が起きないよう保険として願いを余分に回していくのが基本だ。スキルを円滑に回して精神力やヘイトを抑えることより、実は蘇生の願い出来てませんでしたなんて失敗を起こさない方が大事である。
ただカムラは余分な願いは行使せず、それでいて普通の祈禱師ならばヘイトを稼ぎすぎだと感じるほどスキルを回す。更に途中で自分が完璧に張り巡らせた願いが自然と叶っていくことを前提に、進化ジョブに切り替えて近接アタッカーをこなすこともしばしばある。
「ウォーリアーハウル」
そんな無謀にも見える立ち回りでも彼がモンスターから狙われないのは、暗黒騎士であるホムラがいるからこそだ。一時期のアルマが着ていたようなゴスロリ風の装備を身に纏っている彼女は、漆黒の盾を黒刀で打ち鳴らしてヘイトを取っている。
「リスクリワード」
最大HPの減少と現在のHPを三割まで減らすスキルを唱えた彼女の周囲に黒い
探索者の中には自身が追い詰められるほどより戦闘の精度を増していく者もいるが、彼女は暗黒騎士というジョブの特性上そのような立ち回りになることが多い。努が言うところの瀕死タンクである彼女は、その黒刀を腰の鞘に収めてタンクに徹した。
(流石にウルフォディアを二人で倒しただけのことはある。ディサイシブの効きが悪いミミックでもいなきゃ相手にならないな)
浮島階層では定番なカンフガルーの群れ程度ではホムラを仕留めることは叶わない。ディサイシブというモンスターに与えた傷に応じてHPを回復するスキルが暗黒騎士にはあるため、半端なモンスターは彼女にとってむしろ餌となる。
ホムラは暗黒騎士の中でも筆頭の腕を持ち、タンクとして見てもベスト3を争うレベルと言ってもいい。実際にアルドレットクロウの一軍に昇格したとも聞いているし、努から見てもその実力は疑いようがない。
「あいー」
(何だっけ、ガルムとかダリルがやってるやつ。火事場の馬鹿力的な。ホムラはあれも使えるっぽいしな)
命の危機という緊急事態により、普段は脳によって制限されている身体能力が限定的に解除されること。限界の境地と呼ばれるそれをホムラは当然のように利用している。それに瀕死になるほど強くなる暗黒騎士というジョブのコンセプトも合わさり、彼女は単騎でカンフガルーの群れを相手取れるほどだった。
「おー、召喚モンスターにも支援回復欠かさないね。迷宮都市のヒーラーなら忘れがちなんだけど、帝都だと召喚士珍しくなかったのかな?」
「脳みそ複数持ちですぅ……」
そんなホムラの兄であるカムラは従来の支援回復に加え、ルークが召喚しているメーメも活かす立ち回りをしていた。召喚士を初めて入れたPTならば大体そこでつまずくのだが、そういった経験は既に帝都でしていたのか手慣れたものである。
「165階層だとミミック召喚するだろうし、それが活かされるとなるとまた単騎PTで突破するかもね」
努が刻印した召喚指針が上手くハマれば今までよりもコスパ良く召喚を回すことが出来るため、ルークの可能性は満ち溢れている。それに最近の召喚士のように観衆を気にしてヒヨらずモンスターを使い捨てにする冷酷さもあるため、同情に足を取られることもない。
(セレン、腐るなよ~。165階層からだからな~)
そんな中162階層の初戦において、騎士のセレンだけは少々モンスターを相手にした程度で大した成果は出せていなかった。彼女のことは刻印装備を直接渡した手前知っている努は、応援するように指を擦り合わせた。
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