第557話 こらっ!
二軍PTであるルークたちが食事を進めながら最後のPTメンバーを待っていると、その男は暗殺者のように柔らかな足音を立てて歩いてきた。
「ありゃ。落ちちゃったんだ」
「刻印装備枠とディニエルで一杯だからな。仕方がない」
進化ジョブ環境ではその万能さが武器となっていたソーヴァは、刻印装備の枠に押されて二軍へとはみ出ていた。相変わらずヴァイスを真似して男にしては珍しい長髪を維持している彼は、ルークの隣に座ると気まずそうな顔をしている一軍大抜擢の女性に目を向けた。
「こらっ!」
「こら、じゃねぇんだよ。俺は偏見ない方だろ。刻印装備さっさと作れって知り合いのケツ叩いてるし、俺の代わりが実力不足とも思ってない。そう見えたなら悪かったな」
ソーヴァは飼い犬でも叱るように注意してくるルークにげんなりしつつも、正直なところ名も知らないアタッカーの女性に軽く謝った。それに彼女はとんでもないと言わんばかりに謙遜していると、その隣に座っていたディニエルがひょいと二軍の方を見た。
「どんまい。精々キョウタニツトムを恨むといい」
「百歳近いエルフが居座ってるのも理不尽だと思うんだが……?」
「大丈夫。私が強いだけ」
「強いというより、エルフの中でも一際異常なだけだろ」
アルドレットクロウの上位軍がほぼ固定メンバー化している中、何だかんだその中に入ってはいるソーヴァは慣れた様子で彼女にそう返す。そんな中で刻印装備枠として組み込まれた各軍の女性二人は、有名人の飲み会にでも巻き込まれたような顔をしている。
実際百歳を超えるエルフの探索者は両手で数えられるほどであり、現役なのはディニエル含め数人しかいない。大体のエルフは迷宮制覇隊のクリスティアのように各地を放浪する傾向が強いため、ずっと迷宮都市にいるディニエルは奇異の存在である。
そんな彼女はソーヴァの言葉を心底興味なさそうな顔で受け流すと、隣にいる新規の女性メンバーに雑な話を振り始めた。すると前の席から更なる追撃が入る。
「相変わらず女みたいに準備が遅いな」
一軍から三軍をたらい回しにされがちなソーヴァとは面識の深いカムラは、そんな軽口を叩く。すると彼は最近新調した黒いコートのような装備を自慢するように翻して席を立つ。
「飯は済ませてるから問題ねぇだろ。さっさと行こうぜ」
「そうだな。いい加減二軍も飽き飽きしてきた頃だ」
「こらっ!」
「…………」
二人が言い合っている中、妹のホムラがペットでも躾けるように彼を窘める。ただ最近は一軍に上がりかけた彼女を引き留めた引け目もあってか、カムラはしけた面をするだけだった。
そんな兄妹の様子を見ていたルークは少し意外そうな表情のまま、同意を求めるようにソーヴァと刻印装備を着たタンクの女性と顔を交互に見合わせる。
「カムラ、噂で聞いてた感じよりは柔らかい印象だね? 一時期のステファニーくらい尖ってると思ってた」
「ああいう態度は身内のホムラにだけだぞ。それに組んだことない奴には実力を試すような真似してきやがるから、二人は気を付けろよ」
「下の軍だった時に雑魚の仕分けを強制させられてただけだ。二軍にまで上がって来られる奴に文句を言うつもりはねぇよ」
実際のところここ一年は入れ替わりが少なく、そんな中でも上がってきた者は実力を十分認められた上での昇格が多かった。なのでカムラから雑魚認定を受けてもはやいない者扱いとされ、それでも探索は円滑に進む現実を見せつけられて心が折れてしまう被害者はいなくなった。
「ただ、今回上がってきた奴らが全員使えるとも思えない。雑魚は群れの中に混ざる」
そう言い切ったカムラは新参のルークとタンク職の女性を値踏みするように見る。だがその瞳は事務所イチオシのアイドル探索者でも見ているように凍てついていた。
「なら良かった。僕とセレンは雑魚じゃないもんねー?」
大体のクランメンバーの名前くらいは記憶しているルークは、自分と同様に初めて二軍に入った騎士のセレンに期待を寄せるような笑顔を向けた。するとまだ若い一方でキャリアも積み重ねてきた秘書のような見た目の彼女は、何とか緊張をほぐすようにため息をつく。
「勘弁してくださいよ……。タンク潰しの兄妹に喧嘩売りたくないんですが」
「大丈夫でしょー。別に二人も率先して潰そうとしてるわけでもないんだしさ?」
「だねー。お兄ちゃんと私が強すぎて、二人で何とかなっちゃうってだけだし」
実際のところ二人は一軍に続いてウルフォディアを呪寄装備なしで突破しているため、ホムラの言葉は虚勢でもない。そう言い切ってお菓子をつまんだ彼女にルークは満足そうに頷いた。
「僕もカムラ君には期待してるよ。何せあのツトム君に苦言を呈したんだ。それに見合うような実力が本当にあるといいんだけど」
「…………」
子供のような愛らしさのある顔で随分と皮肉めいた口調のルークを、カムラは精悍な顔に似合う澄ました表情のまま睨み返す。
「人を叱っといてお前はその態度かよ。勉強になるな」
「お兄ちゃん、顔」
そんな二人をソーヴァとホムラが窘め、セレンはいい年した大人が何をしてるんだと言いたげな顔をしている。そして五人は少々緊迫した空気のまま席を立ち、ギルドへと向かっていった。
「一時期のステファニーとは何だったんですかね? 気になりますわ」
「……さぁな」
その途中でルークに絡みたかったものの入る隙がなかったステファニーの疑問に、一軍タンクであり彼女とのPT歴も長いビットマンは冴えない返事に留めた。
――▽▽――
「あー、木色スライムかー」
ギルドから162階層に転移し飛行船に降り立ったルークは、早々にステータスカードを確認してステータス欄に提示された三つの条件を確認する。
ルークの着ているツトム製の装備に施された刻印の中でも特徴的な『召喚指針』というもの。それは黒門を潜る度にランダムな三つの条件をステータスカードに表示し、それを満たすと召喚コストの削減や召喚枠の増加などメリットが得られるようになる刻印だ。
今回はスライム系の条件が二つあり全て木色だったので、ルークはハズレくじを引いたように肩を落とした。その条件のレアリティは宝箱と同様に木、銅、銀、金に分けられている。
運が良ければ銀2金1なんて召喚指針を引くこともあるが、木や銅色の方が扱いやすい条件が多いので逆に弱いこともままある。実質キラカードまみれの手札事故だ。
「召喚――スライム」
セレンが船長の骸骨に加速を命じに行った間にルークは船内に入り水の小魔石を媒体に、水色の粘体をその手に呼び出す。それを落としてクッションのように整えた後にもたれかかりつつ、他のPTメンバーの様子を窺う。
(見た目だけだとなんかそこそこ権威のある教会にいる若手の神官みたいだよね。やさぐれてそうだけど)
カムラは厳粛な黒い神官服に身を包んでいるものの、そのくすんだような金髪によって何処か砕けた感じがある。それに真珠で作られた数珠を
元々は帝都で信仰されている神華と呼ばれる女神に聖句を捧げる際、その数を数えるために数珠は使用されていた。ただ神のダンジョンが出来てからそれは聖句の他に祈禱師の祈りが叶う秒数を数える役割を担うようになり、帝都出身の祈禱師は大体持っている。
一流の祈禱師にもなるとわざわざ数珠を手繰ることもなく秒数管理は出来るようになり、その動作は単純な祈りへと変わる。一秒ごとに両手にかけた数珠を手繰るカムラの姿は、ルークから見ると本物の祈禱師感があった。
(まぁ、帝都出身が信心深いわけでもなさそうだけど)
その他にも黒門に片膝をついて祈ったりなどカムラは神を敬愛している様子だが、妹のホムラは特にそんなこともなく持ち込んだお菓子の整理をしている。少年のような背丈のルークよりは大きいものの、タンク職には見えない華奢な見た目をした彼女の口にゴマ風味のクッキーが吸い込まれていく。
「食べる?」
「……頂いていいなら、頂くけど」
そんな彼女はセレンが船長への指示を終えて船内に入ってくると、新参者を気遣うように空いたクッキー缶を差し向けた。
「5000Gね」
「…………」
「冗談だってー。この秋だけの限定品だし、いっぱいあるから遠慮しなくていいよーん」
そう言って宝石でも自慢するように様々な種類のクッキーを見せてきたホムラに、セレンはおずおずといった様子でゴマ風味の焼き菓子を受け取った。
「とはいえ、あの巨大ミミックに刻印装備は通用するのか? 二人の刻印装備で変わるとも思えないが」
「170階層を想定すると、刻印装備は必須だろうしね。今のうちの調整も兼ねてるんじゃない?」
ヴァイスよろしくな装備に身を包んでいるソーヴァは既に装備の準備は済んでいるのか、暇そうに直剣の刀身を眺めながらルークに話を振った。それに彼も答えながら寄ってきた神の眼に手を振る。
「浮島階層、この待機時間ダルいよね。せっかくさっきカムラ君と煽り合ったのに、テンポが悪いよテンポが」
「なんなら神の眼の前でもう一回戦始めたらどうだ?」
「気が悪い」
神台を一種の娯楽として消費している迷宮都市のノリは未だに合わないのか、カムラは目も向けないまま数珠を一度擦り合わせた後に仕舞った。
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