第551話 張り切りパリィ
努とダリルが氷竜を相手にしている間、ソニアたちは数十のカンフガルーとスライムを相手取っていた。
様々な色合いのチャンピョンベルトを腹に巻いたカンフガルーたちは、各種目においてトップクラスの個体である。赤いベルトはボクシンググローブのように発達した拳の硬度と威力、緑のベルトは飛び跳ねる足や尾を利用した俊敏性、黄色のベルトは周囲の者たちの能力を引き上げる舞踏に合わせた鳴き声。
その中で緑色のベルトを巻いたカンフガルーはその俊敏性を活かし、赤い闘気を放ってきた探索者を殺そうと先陣を切った。それは爆発したように土草を巻き上げてガルムへと迫る。
そんな彼が迎え撃つように構えると、カンフガルーは接敵する直前で横にステップを入れて地面を蹴り上げた。
目眩ましのように巻き上げられた土をガルムが盾で防いでいる間にその脇へ入り込んだカンフガルーは、人の足より太い尻尾だけで立ち上がり突き込むようなドロップキックを放つ。
「シールドバッシュ」
ガルムはその聴力によってその蹴りが見えているかのように横へ逸れて躱すと、左手の盾でその両足を押し出すように弾いた。その勢いに負けてたたらを踏みように半回転したカンフガルーの頭に、金属質のブーツを装備した蹴りが叩き込まれる。
仲間内でのスパーリングなら組み付くまでは造作もないはずなのに、それを防がれカウンターまで入れられたカンフガルーはわけもわからず目を回したように倒れた。
161階層にいるカンフガルーは大体がチャンピョンベルトを巻いているとはいえ、その中でも序列はある。一度だけ巻いた程度では単なるラッキーパンチと見做されるが、数回に渡ってそのベルトを守り切った者は群れの先陣を許される。
だからこそ先陣がこうも呆気なく転がされたことにカンフガルーたちは驚き、キュートなその顔から出るとは思えないほど低い鳴き声を上げながら散開した。
「エクスプロージョン」
ガルムがカンフガルーのヘイトを取り迎撃している間に、ソニアはその後ろから触腕を地面につけて体を引きずるようにして移動している緑色のスライムを消し飛ばしていた。
初めの数体をその爆発で倒してからは他の緑スライムは数本の触腕を器用に使い、空中でも軌道を変えるなどして避けようとはしている。だが杖を差し向けているソニアはそれを外さず当て続け、ガルムに近寄らせないようにしていた。
神のダンジョンにおいてはポピュラーのモンスターであるスライムは、その色によってどのような特性を持つかはある程度判別できる。赤いスライムは高熱の粘体を持ち、黄色いスライムは電気を帯電させている傾向が高い。
そして緑色のスライムは大体が毒を持っている。その毒の種類こそ様々だが、基本的には人を溶かすほどの溶解液を持っていることが多い。もしその毒々しい触腕に足を掴まれてしまえばソニアなら十秒もしない内にその箇所が溶け落ち、VITの高いガルムでも酷い激痛と共に皮膚が爛れるだろう。
それに一度でもスライムに取り付かれてしまえば、その粘性も相まってそう簡単には引き剥がせない。その分毒を持ったスライムは機動性に欠けることが多いため、近づかれない内に遠距離アタッカーが処理するのが望ましい。
「ハイヒール。ボルテニックブラスト」
そんな遠距離アタッカーとして最低限の仕事はこなしつつ、灰魔導士であるソニアは回復も兼ねられる。ガルムを数で囲んで圧し潰そうと密集していたカンフガルーに雷撃を浴びせて分散させつつ、拳をいくつか受けて消耗していた彼を癒す。
「ウインドエレメント」
リーレイアはそんなカンフガルーたちの横腹を食い破るようにレイピアでの刺突を放つ。途中で消費された緑の結晶により風の推進力を得た彼女は黄色のベルトを巻いたカンフガルーを縫うように射殺し、ガルムの背後まで辿り着いた。
「さっさと片付けますよ」
「ウォーリアーハウル」
氷竜がフェンリルに組み付かれ地面に激突している音をその犬耳で聞いていたガルムは、手早く済ませようとヘイトを大胆に受け持った。男性との相性が比較的悪いシルフは視線すらくれないガルムにムッとした顔をしたが、彼に続いたリーレイアに付いていく。
ヘイトを取りながら進化ジョブを解放したガルムは、カンフガルーが一鳴きして放った目にも止まらぬワンツーの初撃を盾で完璧にいなす。
するとそのカンフガルーは異様なほど態勢を崩し、大きな隙を露わにした。そこにステータスの切り替わったガルムが直剣を喉から頭にかけて突き刺し、その死体ごと振り回して周囲のモンスターを吹き飛ばす。
騎士の進化ジョブは剣士のようなアタッカーのステータスに切り替わり攻撃スキルも得るが、その中でも特徴的なのは盾で攻撃を完璧にいなした際に起こるパッシブスキルのパリィである。
盾で攻撃をいなすタイミングさえ合えば小規模の遠距離攻撃は跳ね返し、近距離攻撃は完全に無効化した上で相手の態勢を大きく崩すことが出来る。受け流しタンクの筆頭ともいえるスキルであり、理論値だけで言えば破格の性能を持つ。
ただ火竜のブレスやマウントゴーレムの踏みつけなど、相手の攻撃があまりにも大規模の場合は防げない。それに『ライブダンジョン!』と違いモンスターのモーションが完全に決まっているわけではないため、パリィのタイミングは余程そのモンスターの動きに精通していない限り難しい。
だがそれがあったからこそ、ガルムは刻印装備無しでも深淵や天空階層を渡り歩くことが出来ていた。
流石に全ての攻撃をパリィとまではいかないが、先ほどのカンフガルーのようにモンスターがスキルを使う場合はモーションがほぼ固定なのでタイミングは合わせやすい。
それに古参の探索者故に様々なモンスターとの戦闘経験も豊富なため、経験則に基づいて攻撃を見切れることも大きかった。チャンピョンベルトを巻いたカンフガルーも峡谷階層と比べれば性能は段違いとはいえ、その動作自体はそこまで変わらない。その他にも良く出てくる焼き増しのスライムやゴブリンなども同様だ。
更に最近ではまともな刻印装備の供給によってモンスターの攻撃を正面から受けても死なないため、パリィの失敗を察知した途端に進化ジョブを解除することで即死を免れる芸当も出来るようになった。
「円舞斬」
今まではパリィ出来なければほぼ即死という避けタンクよりもリスキーな選択肢を取らざるを得なかったが、ガルムはタンク用の刻印装備によって一種の保険を手に入れた。その保険があるからこそよりリスクを取れる選択肢が増え、避けタンクと同様のリターンを叩き出せるようになる。
周囲にモンスターがいるほどSTRボーナスが付与される円舞斬というスキルで、ガルムはその場で回転しカンフガルーたちの首を一刀両断した。粒子化したモンスターからドロップした宝箱がごとりごとりと落ちる。
「随分と張り切っているようで」
今までのガルムは進化ジョブによるパリィ狙いはあくまでやらざるを得ない時に行う手段であり、基本的にはタンクという役割も崩さなかった。それなのにここまで大胆に攻撃へと転じることも珍しかったため、リーレイアはシルフと同じような顔つきで口を開いた。
「これのおかげで無理が効くからな」
だがそんな嫌味も気にせず手作りのマフラーでも自慢するように盾を見せびらかせてくるガルムに彼女は目を丸くした後、少しおかしそうに笑った。
――▽▽――
それから努たちPTは162階層へと進むための宝物集めを三時間ほど続けた。そして黒門へと進みだした飛行船に乗り込み休憩していた。
「宝箱のバーゲンセール……の割に収穫はそれほどだね」
初戦でもカンフガルーとスライムの群れで十数個、氷竜からは銀の宝箱も出たが、努の愚痴った通りその中身はほとんどが飛行船に納品するための宝物だった。その他に出たのもマジックバッグに刻印油と地味なものばかりだ。
「階層が上がるごとに内容自体は良くなりますよ」
「そりゃいいね。せっかく宝箱開けてるのにハズレばっかり引くのも萎えるし」
宝箱の内容に納品用の宝物が加わったことでその数の割に渋いが、165階層まで上がるとマシな確率にはなるらしい。ご機嫌そうな骸骨に今日の稼ぎを吸い込まれて何とも言えない顔をしていた努は、前脚に顎を乗せて床に伏せているフェンリルのお腹に寄りかかっている。
それを羨ましげに見ていたリーレイアは、中性的な妖精の姿をしたシルフにそよ風で前髪を乱され邪魔されていた。
「それで? 随分とダリルを重用していたようですが、何か得る物はありましたか?」
「スーパーアーマー用の刻印あるから、装備が完成したら多少は化けるんじゃない? アンチテーゼと同じ感じで、ゴミスキル扱いされてたやつは刻印で使い道見出せそうだね」
スーパーアーマー時にはダメージを半減する刻印がレベル70台で存在するので、それを刻んだ装備なら多少使い道はある。もう少しダリルがスーパーアーマーの扱いに慣れればその特性を利用した小技も色々出来るようになるだろう。
「それで、リーレイアはこのPT、どういう感じで運用していくか目途はついた?」
「……別に、PTメンバーの選出だけでも良かったと思いますが。あまり柄でもありませんし」
「とはいえずっとヒーラーが主導なのもねー。それに僕がいない間は誰かしらが率いてたでしょ? あのコリナが率先して引っ張ってたとは思えないし」
「指揮したがりのゼノがいましたからね。私は補助する方が性に合っています」
そんなリーレイアの態度に盾に歪みがないか確認していたガルムは不満げに声を上げた。
「私にクランリーダーを続けさせた奴が言うことではないな。大人しく引き受けておけ」
「貴方に引継ぎしたのはツトムです。私はそれを支えたに過ぎませんよ。それに、いいんですか? 私主導なら、本当に貴方を精霊奴隷にしますけど」
「別にいいんじゃない? それで階層更新出来るなら文句はないよ。あ、ヒーラー希望ではあるけどね」
「……? アンチテーゼはやらないの?」
それこそウルフォディア戦での活躍を間近で見ていたソニアは、努のアンチテーゼ運用が現状では唯一無二であることをよく知っている。そんな彼女の提案に努は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あれは聖騎士のゼノありきな運用だしね。今度は易々とヒーラー渡さないからな~」
「いや……そんな争うほどじゃないけど」
「そう? なら162階層からはガルムにも遠慮なく支援回復するよ」
思わぬ牽制に怯んだようにねずみ耳を畳んだソニアに試すような視線を向けていた努は、まだ疑った様子のままガルムに視線を移す。
「ガルムは刻印装備で立ち回りが大幅に変わるわけではないけど、数日後には何かと感覚は変わると思うからそのつもりでね」
「あぁ、期待しているぞ?」
「とはいえガルム、手がかからなそうだしなー。あの盾で受け流すやつズルくない?」
「手慣れた相手なら問題ないが、全てのモンスターに出来るわけではない」
「それにしてはパリィ出来過ぎな気もするけどね。他の騎士より明らかに多いし、成功率も高いしどうなってんだよ」
「鍛練の賜物だ」
「ディニエルじゃあるまいし」
百年以上生きているエルフなら訓練すれば皆彼女のように弓の腕が秀でると断言すれば、少なくない抗議が集まることだろう。そう鼻で笑った努の後でその背後に控えているフェンリルも見下すように鼻を鳴らす。
「ガルムって精霊との相性どうなの? シルフにも嫌われてる様子だったけど」
「ノームとウンディーネと契約は出来る。まぁ、その様子だとしばらく私の出番はなさそうだが」
進化ジョブの影響で小麦色の肌になっているシルフは話題に挙げられたことが嬉しかったのか、その喜びを表すように努の周りをくるくる飛び回っている。自分とはまるで違う風精霊の態度にガルムも思わず困ったような笑みを浮かべた。
「精霊枠を貰う分は働くよ。取り敢えずはそんな感じかな?」
「えぇ。存分に働いて頂けると助かります」
これ見よがしに気まずげなソニアを見た後に努へと視線を移したリーレイアは、自分の指先に帰ってきた風精霊に微笑んだ。
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