第550話 不毛な犬かき

『野郎ども!! そろそろ着陸するぜ!!』



 それから10分ほどで飛行船が浮島に着きそうなことを船長の骸骨が告げ、努たちは各自探索の準備を始める。



「……ここまでの大きさだとドーレンも作り甲斐はあるだろうな」

「でもよく修理に出すのでいい顔はされないですよ?」

「私は装備を壊さない分、修理し甲斐がないという顔をされるぞ」



 ダリルは甲板に出てマジックバッグを風呂敷のように広げ、そこに手を突っ込んでタワーシールドの装備を済ませた。ガルムもまだ急ごしらえとはいえ努が刻印した装備で変わったことがないか確認するように、シールドスロウで盾を投げては戻してを繰り返している。



「契約――フェンリル」

「これ、毎回着けるの面倒だよなー」



 努はそうぼやきながらされるがままのフェンリルに騎乗の土台となるハーネスを着させる。先日フェーデから騎乗用品やその使い方までレクチャーしてもらい、フェンリルも協力的なのでその後の鞍や手綱の装着も難なく終わった。


 そして散歩をせがむ犬のように急かしてくるフェンリルを手で制しながら、努はフライを使い飛び乗るように鞍へと座った。


 すると氷狼は気合いを入れるように唸った後、準備運動でもするように周辺を駆け巡る。帆を張る柱に向かって飛んでは蹴り、機敏な空中機動も繰り返す。



(ハンナみたいに自分でフライふかすよりはマシだけど、これはこれでキツい時あるな)



 一般人が背に乗れば数秒で振り落とされるような挙動をフェンリルはしているが、探索者のステータスによる身体強化に自身をフライで制御する技術があれば乗りこなせる範疇だ。


 その辺りはフェーデから教えてもらったので努も騎乗の態勢は崩さない。そんな彼を気遣っていた氷狼は気に入ったように唸った後、更にアクロバティックな動きを取り入れた。その曲芸みたいな動きをソニアはリーレイアと共に観客気分で眺めている。



「ギブギブ」



 とはいえフェーデのように全力のフェンリルに合わせるのはまだ無理があった。そう言って手綱をちょいちょいと引いた努に、氷狼は徐々に速度を落とす。


 努がここまで容易に乗れていたのはフェンリルが乗り主を気遣っていたからこそだ。今の練度ではまだ氷狼に全力を出し切らせるのは難しいと判断した彼は次の試行に移る。



「フライ自体は問題ないけど、これもやっぱり訓練がいるか」

『クーン』

「お互い課題は多いね」



 ステータス上ではフライも問題なく扱える器用さはあるのだが、フェーデの契約しているフェンリルと違いまともに訓練していない現状では空中をすいすいとはいかない。空中で犬かきするように足を動かしているものの一向に前には進まない様子の氷狼は、申し訳なさげな鳴き声を漏らす。


 努がその背から離れて手綱を軽く引っ張り、無重力状態で足をばたつかせているフェンリルを地上まで誘導する。そのほのぼのとした光景にリーレイアは湧き上がる笑顔を抑えきれず表情を崩していた。



「まぁ、最悪落ちないだけよしとしようか」



 それを何度か繰り返してみたがフェーデの契約するフェンリルのようにはいかず、地面から飛んだ慣性のまま滑空するのが精々だった。とはいえ万が一浮島から飛び出した際にそのまま落下死しないだけでもマシなので、努は露骨に項垂れているフェンリルの眉間を撫でて慰めた。



「フェンリルだけでも羨ましい限りですが、これに雷鳥、レヴァンテ、アスモまで扱えると考えると異常ですね」

「精霊術士の精神力管理が課題だね。まぁそれも専用の刻印装備でどうにでもなりそうだけど」

「……早く作成してもらっていいですか?」

「手の平くるくるー」



 精霊術士用の刻印には精霊スキルの消費精神力を減少させるものや、契約状態の精神力消費を抑えるものもある。リーレイアは近接戦もこなせる分火力系の刻印を省ける余裕もあるため、努が精霊スキルを使用する余裕も生まれるだろう。


 そんな準備運動をしている間に飛行船は草の生い茂る浮島に、少々乱暴な着地をしてその地表を抉り取る。その衝撃を各々フライで浮かんで凌ぎ、161階層の舞台である浮島に降り立つ。



『お宝ざくざく取ってこいよー! いくつか取ってきたらあの黒門開けられるからな!』



 船首に縛り付けられている骸骨は空中にある巨大な黒門に向かって腕を振り回した後、電池が切れたように沈黙した。


 浮島階層は宝箱からドロップする宝物を飛行船に一定数納品することで、巨大な黒門が解放されて次の階層へと進めるようになる。それに黒門の解放以外にも納品した宝物に応じて飛行船を強化することも出来て、それはPTごとに引き継がれていく。


 今回は初見のようなものである努がいるため飛行船は初期装備のままだが、納品した宝物を消費して改造していくにつれてモンスターに向けて放てる大砲など様々な設備を追加できる。



「このままじゃ巨大ミミックの餌だね」

「あの骸骨が貧弱すぎるのも悪いと思います」



 165階層で一定数の宝箱を開けると出現する巨大ミミックは、主に飛行船を狙って進行してくる。いつぞやの拠点防衛と仕組みは同じなので、飛行船が壊されてしまえば探索者たちはその場でギルドに強制送還となってしまう。


 それには装備のロストも当然のように発生するし、飛行船の設備も壊されて性能が大幅に低下してしまう。しかし現状ではPTメンバーの五人だけで巨大ミミックを討伐することは難しいので、飛行船の強化を最大限まで強化しつつ2PTで挑む流れが出来つつある。



「そろそろモンスター来るよ」



 そうこう話している内にソニアがその大きな耳でモンスターが近づいてくる音を察知し、PTメンバーに警戒を促した。



「氷竜が平然と複数で来るの、ウケるね」

「ちょっとレアなモンスター寄りではありますよ。大体宝箱ドロップしますし」



 飛行船の雑な着陸によって周囲のモンスターはこちらに寄ってきている。地上からは定番の緑色スライムに、チャンピョンベルトを巻いたカンフガルーの群れ。空からは氷竜二体が雑魚敵の面構えで接近してきていた。



「デカい相手ならタワシの検証も出来そうだし、氷竜はダリルで。地上は任せるよ」

「あぁ」

「コンバットクライ!」

「エクスプロージョン」



 重騎士ならではの立ち回りも検証したかったので、努は地上をガルムに任せた。ダリルはその指示に従い氷竜に赤い闘気を槍のような形状で放ち、ソニアは地上のモンスターたちを遠距離スキルで迎撃する。


 モンスターの群れの中心から爆撃されたかのような爆発が起き、その中心地にいたスライムが蒸発するように消えた。カンフガルーはボクシンググローブのように発達している手をクロスして爆発から身を守り、細長い尻尾のみで地面に着地しバネのように弾ませ急接近してくる。



「コンバットクライ」

「ヘイスト、プロテク」



 ガルムが地上のモンスターに向けて赤い闘気を薙ぎ払うように放ち、接敵するまでに努の支援スキルがPTメンバーに次々と着弾する。彼の隣にいるフェンリルは生肉でも見るような目で氷竜を見ているが、待てをされているので大人しく座っていた。



「契約――シルフ」



 氷竜の喉元が薄く光りブレスの兆候を察したリーレイアは、小麦色の肌に変わっている風の妖精と契約する。四大精霊の中で最も相性が良く契約する機会も多いシルフは、彼女の呼びかけに快く応えた。



風切舞かざきりまい



 その精霊スキルと共にシルフはダリルが瞬く間に氷竜との間に立ち、渦巻く風と発生させ宙を舞った。氷竜の放った冷気のブレスはその風刃により方向性が乱され、その後ろにいた彼を守る。



「ディフェンシブ」



 ブレスを乱された方とは別個体の氷竜にはその風刃の影響が薄いため、横合いからダリルに嚙みつかんと迫る。それをタワーシールドで真正面から受けて立った。衝突と共に一瞬火花が舞う。


 スキルにより強化された硬さも相まって氷竜の牙はまるで通らず、その強靭な顎を以てしても巨大盾を噛み切れない。



「タウントスイング」



 噛みつかれたまま更にその巨大盾を押し込まんとするダリルに氷竜はえづき、ブレスの準備を始めたのか周囲の空気が冷え込む。いくら圧倒的なVITがあるとはいえ氷漬けにされるわけにはいかないので、彼はブレスの準備で氷竜の顎が緩んだ隙を見て脱出する。



「あっちはよし」



 ダリルを狙う氷竜ではない方を狩れと手振りで指示を出されたフェンリルは身を屈めると、その方角に目掛けて静かに跳躍した。そしてシルフの相手をしている氷竜の横合いから翼に爪を引っ掛けて乗っかり、土でも掘るようにその背中を削り取る。


 そんなフェンリルに取り付かれてたまらずといった様子で身を捻らせ墜落していく氷竜に、リーレイアはもう火力はいらないと判断してガルムたちの援護へと向かった。



「アーマー試してみて!」



 巻き込まれないよう距離を取っていた努の指示にダリルは応え、今度は前脚の爪に氷を生成し引き裂こうとしてきた氷竜から軸を少しずらす。



「スーパーアーマー」



 装備重量が重ければ重いほど敵の攻撃を受けても怯まなくなる効果を付与するスキル。それを唱えるとその効力を発揮するように黄金色の薄い光が発せられる。



「ハイヒール」



 その効果もありダリルは氷竜の大きな前脚を、右のタワーシールドのみで受け止めていた。本来ならばいくらVITが高くとも氷竜の攻撃に吹き飛ばされるはずだが、スーパーアーマー効果があるおかげでその質量を完全に無視する異様な結果を残す。



「うぐっ」



 だがダリルの右腕はその外見こそ保っていたものの、腕甲の中身はミキサーにでもかけられたような状態だった。もし氷竜の一撃を防いだと同時に努の回復スキルが着弾していなければ、装備の隙間から血肉が漏れ出てもおかしくない衝撃。


 自分の装備の重さに振り回されかねない重騎士において、敵の攻撃を受けても一切怯むことがなくなるスーパーアーマーは確かに使い勝手の良いスキルだ。重装備での戦闘が更にしやすくなり、モンスターに吹き飛ばされて戦線を離脱することもなくなる。


 だが『ライブダンジョン!』と違いこの世界においてのスーパーアーマー状態は、その衝撃を逃せず身体に全て刻み込まれるという明確な弱点があった。


 ダリルは氷竜の大きな前脚による斬撃を片手のみで受け止めた。その前から来た衝撃は後ろに逃げていくものだが、怯み無効という特性により完全に固定化されてしまう。それにより背後の味方を絶対に守れるというメリットこそあるが、そのデメリットはタンクに全て降りかかることになる。


 それを身をもって味わうこととなったダリルはにじむような脂汗を噴き出し、その怒りを発散するように黒いオーラを発しながら氷竜の爪を蹴り折った。重騎士の進化ジョブによりアタッカー寄りのステータスに切り替わった彼の重すぎる攻撃に、氷竜は露骨に怯んで離脱した。



「やっぱり、これをずっとは、キツいかもです」

「おーけー、無理させて悪いね。刻印装備揃うまではもう使わなくていいよ。普通に倒そう」



 血反吐を垂れ流すガルムの特訓に耐えたダリルですら弱音を吐くスーパーアーマーの現状を確認した努は、その装備の重さが攻撃性に切り替わったダリルと共に氷竜を処理した。



「今のステータスでもスーパーアーマーは運用厳しそうだね。他の重騎士が試さないわけだ」

「……それでも、皆に付いていけるならやりますよ。ツトムさんのヒールがあれば、何とかなりそうですし」



 氷竜からドロップしたハズレの氷魔石を確認しつつ、ダリルはそう返す。確かにあの右腕が内部から弾けたような苦痛は尋常ならざるものだったが、それでも直後に受けたハイヒールのおかげで原形は留めている。


 現状において自分は無限の輪において足手纏いであることは自覚している。そこから脱却するためにはガルムとの厳しい特訓をこなし、努の一見するとおかしく思えるタンクとしての要求を満たしていくしかない。


 数年前とやっていることは変わらず情けないような気持ちにはなるが、それが今の自分に出来る唯一のことだ。それが以前のガルムが歩んだ死に物狂いの道に近しいものだとしても、二の足を踏んでいる場合ではない。



「まぁ、実際のところ僕が求める重騎士にはあれを常時やってもらわないと困るね。スーパーアーマー前提のタワシだし」

「わかりました。頑張ります」



 先ほどの気遣いを忘れたかのような努の容赦のない要求に、ダリルは気丈に垂れ耳を立てようとして尻尾も張り切ったようにぶんぶんと振っている。だがその瞳が僅かに揺れているのを見て、努は思わず苦笑いを零す。



「安心しなよ。何もさっきのを常時やれってわけじゃない。ほら、例のあれだよ」

「例の……?」

「こーくーいーんーそーうーび~」



 マジックバッグをごそごそとして筆ペンを秘密道具かのように取り出した努に、ダリルは目を丸くした。



「それでさっきのよりは大分マシにはなるだろうから、怖がらなくていいよ。僕も別にタンクをモンスターにいたぶらせる趣味はないし」

「……本当ですか?」

「だって僕も死にたくないし。人の嫌がることはしちゃいけませんってことよ」

「…………」

「何だね」



 その言葉は到底信じられなさそうな顔をしているダリルに、努は姿勢を正してそう指摘するに留めた。

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