第549話 カニフライ
今日も朝から盛況なギルドでは受付に長蛇の列が並び、職員たちが探索者から唾液やら血やらを回収してはPT契約を済ませて迅速に神のダンジョンへと送り込んでいく。
食堂には食い入るように神台を見ながら適当に朝食を済ませている、ある種の逆転現象を起こしている探索者が多い。そんな光景に見覚えのある努はスマホを恋しく思いながらも、ギルド内にいくつも張り出されている用紙に目をやる。
「第二支部の出資、魔貨限定なんだね」
ある程度外観は完成しあとは内装工事といった進行状況が知らされているギルド第二支部は、探索者からの出資も募っていた。その出資額によって様々な見返りを貰えるとのことで、既に最前線の探索者を中心に結構な額が集まっているようだがその支払い方法は新通貨である魔貨に限定されていた。
ここ一週間ほどは刻印装備の作成にかかり切りでその辺りについては浦島太郎だった努に、リーレイアは少し意外そうに振り向く。
「最近羽振りが良い人にはギルド長も目がなさそうですし、ツトムにはもう話がついていると思っていたのですが」
「そういえば、なんか話したそうにしてた気がする。誰かさんが膝枕されてるせいでなくなってたけど」
「……あぁ。服越しの鱗、最高でしたね」
その感触を思い出すかのように顔をすりすりしているリーレイアを目で前に追いやると、彼女はソニアを連れて神竜人について一方的に語り合い始めた。そして努は受付の列に並んで隣のガルムを見上げる。
「この混雑が減るなら第二支部の設立は結構なことなんだけど、あの魔法陣とか黒門って増やせるものなの?」
「それについてはほとんどのギルド職員もあずかり知らぬことだ。私もその辺りの事情に関してはわからない」
「そうなんだ」
「だが事実として、初期のギルドにあった魔法陣の数は一つだけだった。それに神台もギルドには設置されていなかった。増やす手段をギルド長は持っている。だがステータスカードのように気軽には作れない事情があるのだろうな」
ステータスカードの作成には十万Gが必要だが、その内訳はカード作成の際に必要な魔道具に使う魔石の費用に加え、施設利用料や手数料が乗っかっている。それは受付で隠されもせず行われている作業なので、ギルド職員でなくともその魔道具の存在自体は知っている。
それにガルムのような古参の探索者であればギルドが発展していく様子もその目で見ているため、ダンジョン内に転移する魔法陣や神台の増加も確認している。
そのことからしてステータスカード作成のように、魔法陣や神台を作成できる魔道具が存在することは推測できる。事実、初期の神のダンジョンでは金の宝箱からそういった類の物は発見されていた。
「……魔貨がそれに関係してるとか? とはいえその事情が魔石だとしても、ギルドにはもう有り余ってそうだけど」
「さてな。とはいえ、あのギルド長がやることだ。問題ないと思うが」
「どうだかね」
カミーユの信頼度は古参の探索者ほど高い傾向があるし、努からしても確かに食えない人だとは思う。ただ刻印騒動の時からどうも胡散臭いロイドが絡んでいる魔貨について、果たして正しく対処できるのか。事実ルークは一杯食わされてクランリーダーを辞任している。
『いっけー!!』
そんなルークは三番台で第九守護者を召喚して、楽しげな様子で探索稼業に勤しんでいる。カミーユも夫が遺したギルドの発展には目がないことからして、彼と同じように悪くない話だからこそ魔貨の導入に積極的なのかもしれない。
(実際、魔貨でステータスカード払いとか出来たら喜んで導入するんだけどな。魔貨といっても結局Gとさして変わらない硬貨だし、せめて紙幣にしてくれないかな)
マジックバッグによって重量による持ち運びには不便がないにしても、会計の際に硬貨をじゃらじゃらと手に取って払うのは努からすれば不便だった。それこそ電子決済のようにステータスカードをかざしてピッと出来ればいいのに、と食堂の食券機を見ながら思うことがある。
(それがない割に唾液で即座に本人認証できるシステムは現代よりも高度そうだし、どういう技術なんだこれは。神の奇跡で片付けていいものなのか)
そんなことを考えながら口に挟んだ紙を提出してガルムたちとのPT契約を終えた努は、先ほどからどうも元気のないダリルの背中を押して魔法陣の列へと並ぶ。このギルドの中でも一、二を争う重装備である彼の腰から飛び出している黒い尻尾は不安げに垂れ下がっている。
「もしかしてあっちの方が良かった?」
「い、いや、そういうことじゃないですけど」
「あっちはユニークスキル持ち二人と魔流の拳って時点でズルいよね。PTバランスおかしくない?」
ダリルの視線の先には後から受付に並んでいたアーミラPTがいた。ゼノとエイミーは刻印装備を手に何やら語り合っていて、アーミラはもちもちとしてきたコリナの頬を楽しそうに指で叩いている。
「確かに多少の有利はあるだろうが、現在の一番台PTにユニークスキル持ちはいない」
「エルフの中でも突出してるディニエル、実質ユニークスキルでしょ」
「はて、そんなエルフを折ってあそこまで追い詰めたのは誰だったか」
「百年近く生きてるのに煽り耐性なさすぎなのが悪くない? 人間とは時間間隔が違うとはいえ、もっと余裕を持ってほしいよ。ねぇ、ダリル?」
「……いや、何も言わないですよ僕は」
とんでもない話の振り方をされたダリルは、勘弁してくれと言わんばかりに尻尾を振り払って努を遠ざけた。努は白いローブにどすっと当たる尻尾の力強さに驚きつつ、空いた魔法陣へと向かう。
「コリナぁ……」
「いいですか?」
弄られているコリナを見る目がやけに剣呑なリーレイアと、転移して大丈夫か伺うソニア。それに努たちが頷くと五人は161階層へと転移した。
――▽▽――
161階層に転移した努たちのPTは、今も目的地に向かって帆を張り移動している巨大飛行船の
そんな中でリーレイアは努からのフライも待たず軽やかに走って手すりを飛び越え、船の先頭へと向かった。
「浮島まで加速で」
『おいおい!? 随分とせっかちなお嬢さんだなぁ!?』
そして船首に張り付けられている帽子を被った骸骨にリーレイアが指示を出すと、そのスケルトンは声帯もない首の骨を震わせしわがれた男性のような声でそう茶化す。だがその指示には従うように飛行船の所々に設置されているプロペラが急速回転を始め、浮島に着くまでの時間を早めた。
「この音、うるさいんですよね」
そのプロペラ音にソニアは大きなうちわのようなネズミ耳を手で畳むように塞ぎ、ガルムもぺたんと犬耳を下げてその音から身を守っている。ダリルはその風を楽しむように垂れ耳をぱたつかせていたが、もう満足したのか船内に入るための扉へと向かった。
そんな三人を見送った努は少しの間景色を眺めていたが、飛行船の速度が上がっていくにつれて甲板に立つのも厳しいほどの強風が吹き始める。なので彼も船内へ入ろうと扉を開けると、船首から戻ってきたリーレイアが緑色の長髪をたなびかせながら後ろに着地した。
「飛行船スキップが早いね」
「さっさと165階層に行かなくてはなりませんからね。そこぐらいでなければ刻印装備の有用性もわからないでしょうし」
扉を閉めると強烈な風の音はすっかりと鳴りを潜め、リーレイアは乱れた前髪をサッと整える。まだ船内には入ったことのない努はリーレイアに先導を譲りつつ、165階層の映っていた神台を頭に浮かべる。
「あのくそデカミミックね。まぁ、それ以前に浮島階層用の刻印装備でも実用性は感じてもらえるだろうけど」
浮島階層の中ボスは超巨大な宝箱に擬態したミミックというモンスターであり、まるで110階層主であるスポッシャーのように奇妙な強さを持っている。今の壁はその巨大ミミックがいる165階層であり、アルドレットクロウの一軍も手をこまねいている。
「精霊術士用の刻印もあるそうですね。記事で見ました」
「というか、全ジョブあるにはあるよ。中でも精霊術士用の刻印は有用そうだけどね。相性の上昇とか、精霊スキルの強化とか色々あるし」
刻印士は50レベルまでどのジョブでも使える汎用的な刻印。60レベルからはよりジョブごとに絞られた専門的な刻印が増える。その中には精霊術士用の刻印もあったので、努はフェーデと探索した際にそれらを実際に着て試していた。
「なら、フェンリルの騎乗もありふれたものになるとか」
「どうだろうね。乗れる人は増えるかもしれないけど、元々相性悪いリーレイアは無理そうだけど」
「……別に、四大精霊だけで私は満足ですけどね」
なら精霊祭でマウント取り返すなよと努は思いながらも、船内にある食堂に集まっていたガルムたちと合流した。
「そういえば、刻印装備はもう制限しないのか?」
「自分のPTメンバーに対しては制限するつもりはないよ。最前線組にはもうしばらく制限するけど」
「そうか」
「大体二日後くらいには納品できるかな。こういう待ち時間も発生することだし」
ソニアがカメラアングルを気にしながら神の眼を動かしている様を観察しながら、努も丸椅子に腰を下ろす。ダリルは悲しいかなその重装備故に椅子には座れないため、一人だけ立ちっぱなしだ。
ただ船内の丸窓から流れる景色を見るのは楽しいようで、そこに顔をはめ込むようにして眺めている。それに努も習うようにベール状の巻層雲を眺める。
「こういう乗り物で空を移動するのって珍しいよね」
「確かにここまでの規模のものはありませんけど、最近では召喚モンスターを使って空を移動することもあるようですよ?」
「へー。そうなんだ? 探索者がフライで飛んでくのはよく見るけど」
そう返すとダリルは途端にしたり顔となった。
「最近は召喚モンスターにフライを覚えさせるのがトレンドらしいですよ? 流石に迷宮都市じゃ見ませんけど、外で長生きしてるシェルクラブはある程度飛べるんだとか」
「もうシェルクラブじゃ収まらない活躍してるな。なんだあのカニ」
「マウントゴーレムにフライを覚えさせるって計画も聞いたよ? それこそ将来はこの船くらいの大きさになったら面白いよね」
新築のような船内の香りに気分良さげな顔のソニアは、最近シルバービーストに帰郷してきた元孤児の人たちから聞きかじった話を付け加えた。
「……まぁ、最近は一般人も多少はフライ使えるみたいだし、事故が起きても死人は出ないか。とはいえ落下された側はたまったもんじゃなさそうだけど」
「フライ体験はもはや定番だしね。子供たちも喜ぶし」
「レベルに比例してDEXが低い分、習得は難しいようだがな。大体の子供は少々滑空できる程度だな。探索者を雇えるような金持ちなら別だが」
「レベルは適性なのに手間取ってた僕の立つ瀬がないね。みんな攫い鳥に落とされるといいよ」
「……あぁ。よく覚えているものだな」
「一生忘れねぇぞギルド長コラ」
何だかんだで死の危険を感じることなど早々ない努にとっては鮮烈だったその記憶。懐かしの攫い鳥というワードに探索者の三人は顔を綻ばせる。そして少し間を置いてそんな出来事を思い出したガルムは、彼の物言いに一人口角を上げていた。
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