第548話 ドラフトピック

 エイミーの茶化しによってその場こそ和やかな雰囲気に戻ったが、クランハウスに帰ってからも努とリーレイアの冷戦状態は意外にも続いていた。


 無限の輪の中では最年少組ではあるものの大人びているリーレイアがここまで感情を剥き出しにすることはなく、かといって努もクランリーダーとはいえ歩み寄る気は更々ないようだ。



「…………」



 その翌日。クランハウスのリビングで朝刊記事を読んでいるリーレイアは、アスモの契約だけは避けた事実を知りジッとした目で努を見ている。



「口ではああ言った割に契約はしてないんですね。随分と私を意識してくれているようで」

「発狂して斬りかかられるのもアレだしね」



 一週間ぶりのまともな朝食だからか味わうようにぱりぱりサラダを食べていた努は、追加で胡麻ドレッシングをかけながらそう返す。途端に獲物でもつけ狙うかのように目を細めた彼女に、食卓へ着席していたエイミーはため息をつく。



「ツトムってさ、身内に対しての方が当たり強くない?」

「そう?」

「なーんか前よりクランメンバーと衝突すること多くない? ディニちゃんとか、ゼノとか、リーちゃんとか」



 そんなエイミーの指摘に努は感心したように小さく唸る。



「ゼノから何故か歩み寄ってくれたから問題はなくなったと思うけどね。直接聞いたわけでもないから何とも言えないけど」

「え? 師匠、ゼノと仲悪かったんっすか?」

「仲悪いってほどじゃないけど、何かしらの行き違いのようなものはあったね。それがゼノ工房についてなのか、帰還前のごたごたについてなのかはわからないけど」



 女性陣二人はまだしもゼノとの見えづらい不和については知らなかったハンナやガルム、アーミラやダリルなどは意外そうに目を見開いたり食事の手を止めたりなどしていた。それにある程度察しのついていたリーレイアは澄ました顔で提案する。



「それならツトムのPTメンバーは仲が怪しい者で固めましょうか。まず私と、ゼノダリル、あとのアタッカーは……ソニアでもいいですね。まだ気まずそうですし」

「ちなみにディニエルは手紙で誘ってみたけど、まだ成果が足りないってさ。あれが帰ってきたらドリームPTだったね」



 十中八九無理だろうということはわかっていたが一応手紙を送りつけていた努は、彼女にフラれたことをクランメンバーに告げた。それにエイミーがけらけらと笑っている中、ダリルが気まずそうに口を挟む。



「……あの、僕はもう仲悪くないと思うんですけど」

「いや、ダリルはむしろゼノよりもツトムを嫌っているでしょう? ツトムがどうこうと喚いて無限の輪を抜けたのは貴方くらいですが」

「違ぇねぇ」

「いや、アーミラもそうっすよね?」

「……はっ。ハンナのくせしてよく覚えてるもんだな」

「よーし喧嘩っすね? 最近じゃダンジョンで模擬戦出来るらしいっすから、遠慮なく魔流の拳ぶっ放してやるっすよ」

「上等だハゲコラ」

「はーい殺すっすー♪ ぜったいぜー-ったい殺すっすー♪」



 リーレイアに八つ当たりされて立つ瀬がなさげなダリルと、朝から物騒な物言いをしているアーミラとハンナ。そんな様子に努が肩をすくめながらサラダを平らげると、ガルムが珍しくしげしげとした目で見てきた。



「ゼノとの不和については、知らなかったな」

「まぁ、あっちが大人だからね。悟らせなかったんじゃない?」

「コリナも知っていたようだが」

「ふぇ?」



 先ほどの話を聞きつつも驚きを見せずに食事を勧めていたコリナは、心底驚いたのか口いっぱいに頬張ったまま変な声を上げる。そして沈黙したまま視線をくれるガルムに怖気づいたようにそれを飲み込み、若干むせてエイミーに介抱されていた。



「私は二人からもそんな話は微塵も聞いていなかったが」

「い、いや~? 話すまでのことではないというか……」

「あいつが神台の前で仮面を被るのは相変わらずだが、コリナも似たような節はある。昨日も言ったが、ダンジョン内での過度な謙遜は頂けんぞ」

「わかってますよぉ~」



 呪寄装備の供給によって浮島階層で会うことが増えた中堅PTにも謙虚な態度を崩さないコリナは、一時的に同盟を組んだ際にドロップ品や黒門を譲りがちだ。それは神の眼を中継した人の目を気にするが故の行動であり、彼女の明確な弱点である。


 そんな二人のやり取りに目をしばたたいたエイミーは、おかわりのサラダボウルを努に勧めた。



「なんか、みんな仲良くなったねぇ」

「喧嘩するほど仲が良いって言うしね」

「……あれ。そうなるともしかして私たちはむしろ後退してる、とか?」



 不安げに白い眉を曲げたエイミーからサラダをよそわれた努は、考えるように視線を上向かせた。



「とはいえエイミーは周囲とバランス取りがちじゃない? リーレイアが情緒不安定な分、逆に安定してるとか」

「んー。こう、周りを見て唯一無二みたいなポジションには行きがちかも」

「そういえば、最近はアイドルっぽい売りはしてないね」

「今となっては数が増えて埋もれがちだしねー。サブジョブの鑑定士がちょっと熱いかな。探索者の中じゃ結構上位だし」



 百階層まではユニークスキル以下、スキル以上の扱いだったサブジョブは一新され、誰もが条件さえ満たせば扱えるようになりその能力幅がレベルにより大きくなった。そんな中、元々鑑定士ではあったエイミーのレベルは探索者の中では高く、ギルドでも重宝はされるくらいだ。



「初見のモンスターとかドロップ品には便利だよね。浮島階層ならミミックも暴けるし」

「でもいたら便利だけどさ、情報が集まるにつれていらなくなるのは辛くない?」

「どうだろうね。長期戦になる階層主で色んな情報見られるのは結構デカいと思うけど」



 そんな雑談をしながら二人でサラダをつまんでいると、遠目の席にいたリーレイアがずいと努の隣に椅子を寄せてきた。ダリルを見やるとすっかり意気消沈していて、ハンナに黒色の犬耳をここぞとばかりに触られている。



「食事も一段落ついたようですし、そろそろPT決めに参りましょう。ゼノも到着したようですし」

「あぁ、そうなの?」

「……確かに、来てるっぽいね」



 オーリがさりげなく玄関の方に行ったことからゼノが出勤してきたことを悟っていたリーレイアの物言いに、努はよく見てるなと思いながら残っていたオレンジジュースを飲み干した。そして大体の朝食を終えているクランメンバーを見回す。



「それじゃ、アタッカー組は任命権を賭けてじゃんけんしてくれる?」



 浮島階層攻略のPTメンバーについては今までクランリーダーが独断で決めていた方式を変え、取りっこ方式で進めることを努が提案した。それにクランメンバーも賛成したため、今回はアタッカー内の二名がPTメンバーを指名していく形で決められる。



「に゛ゃー」

「ワオ。もう始まっているのかな?」



 今回はソニアが辞退したため、アーミラ、リーレイア、エイミーの中から二人が任命権を担う。その任命権じゃんけんで負けたエイミーは濁った悲鳴を上げて机に突っ伏し、出勤してきたゼノは来て早々にPT決めが始まっていることに驚いていた。



「ちっ。相手がエイミーだったら気兼ねなかったのに」

「ツトムにお熱のままでいてくれや」



 リーレイアはアーミラも自分のPTに入れたかったのか、悔しそうに舌打ちを漏らす。それに対面している彼女は心の底からそう願いながらも、気合いを入れるように手を逆さに組んでぐるりと捻った。



「しゃあ!!」

「…………」

「先攻は121で、後攻22って感じで選んでくれ。先攻か後攻かは勝ったアーミラが決めていいよ」



 じゃんけんの結果アーミラが勝ったので、努は取りっこのルールについて改めて説明した。それを聞いた彼女は喜びの笑みを消して神妙な顔になった後、リーレイアに向き直る。



「俺、後攻で頼むわ」

「……おや。私に気を遣って頂けるとは意外ですね。長年の愛がようやく伝わりましたか?」

「ぬかせ」



 にんまりと笑みを深めたリーレイアにアーミラは気持ち悪そうな顔でしっしと手を払った。そんな思わぬ胸のときめきを引きずったまま、彼女は努の肩をがっしりと掴んだ。



「ではよろしくお願いしますね。一緒にドリームPTを築きましょうか」

「ちょっと待てよ。視野が大分狭まってないか?」

「おい、任命権は俺らだろ? 口出しされる謂いわれはねぇぞ」

「あくまでルール説明だよ。個人的な話じゃない」



 即座に自分を取ってきたリーレイアと抗議してくるアーミラに対して、努はあくまでこの方式の立案者として口を挟む。



「アーミラはリーレイアが僕を取る前提で後攻を選んだんだぞ? だからここで僕を選ぶ必要はあまりない。あっちは十中八九コリナ目当てなんだし」

「どうだろうなー。別に俺はどっちだっていいんだぜ?」

「ふむ。確かにそういう駆け引きはこの方式にはあるのでしょうね」



 少々冷静さを取り戻したリーレイアは、改めてじっくりとクランメンバーを見回した。そして先攻の際に残るであろうメンバーを予測した後、再び努の肩を掴んだ。



「貴方には私のPTでヒーラー兼、精霊奴隷としてしっかりと奉仕してもらうことを大いに期待しています。そんな貴方が万が一にも取られてしまえば事ですから、一番に取らせて頂きますね」

「精霊奴隷ってなんだよ。最悪だな」

「そうは言いつつ、フェーデとはアスモの契約をしていないではありませんか。本当は私に指名されたかった癖に、素直じゃないですね」

「ぬかせ」



 取りっこの駆け引きを考慮した上で自分を即ピしてきたリーレイアに、努は呆れたように返した。



「じゃあ俺はコリナと……」



 後攻のアーミラは二人を指名できるため、まずはヒーラーであり近距離アタッカーとしても期待できるコリナを選んだ。そして残りはタンク枠で誰を選ぼうかと視線を彷徨わせた。



「私をご指名かな? コリナ君とは相性抜群だぞっ!」

「ガルムも全然ありですからねっ」

「はい! はーい! あたしも全然いけるっすよ!」



 今のところタンクとして最も安定しているのはガルムとゼノだろう。ただその中でもゼノは以前と違い地力もついた上に、聖騎士の進化ジョブも後押しとなる。



「…………」

「じゃ、ゼノで頼むわ」

「んー――任せたまえっ!!」

「うわぁ……」



 そしてガルムの方をちらりと窺ったところで、アーミラはゼノを指名した。その期待に応えるように彼はキメ顔となり、コリナは若干引いた顔をしている。



「おや、ガルム。随分と物欲しそうな顔をしていますね?」

「……していないが」

「ならハンナでも取ってしまいましょうか? 少々懸念点はありますが、優秀なタンクであることに変わりはありませんし」

「…………」



 努のいない三年間もの間、無限の輪で同じ時を過ごしていたガルムの気持ちはリーレイアにも多少わかるつもりだ。ほれほれと努の肩を持ってこれ見よがしに突き出してくる彼女を、彼は剣呑な顔のまま睨み返す。


 それをリーレイアはシャワーでも浴びるような顔で受け止めた後、場を和ませるように息をついた。



「まぁ、実力的にも貴方が無難ではありますし、思うところもありますからね。私のPTで存分に力を振るって下さい」

「あぁ」

「あとは……少々難しいですね。ソニアかエイミーか。ツトムはどう思われますか?」

「せっかくのPT任命権なんだし、自分で決めなよ」



 エイミー、ソニア共にPTに合わせた変幻自在な立ち回りが特徴的であり、どちらともPTを組んだリーレイアからしてどちらも遜色ない。決定的な違いとしては遠距離か近距離アタッカーかの違いくらいか。



「なんか、ツトムが絡むとなるとガルムとエイミーは厄介ですよね」

「公私混同はしないよ!」

「でしょうね」

「最近は進化ジョブも手慣れてきたから、デバッファーも出来ます!! あとフェンリルとも契約できるようにしてるよっ!」

「あたしもアタッカー出来るっす!!」



 いつの間にか92階層の隠しギミックを済ませていたエイミーの自己アピールと、何だか場違いな奴も混じっている光景。それを前にしたリーレイアは少々思い悩んだが、決意したように目を開いた。



「申し訳ないのですが、ソニアにします。自己アピールも含めると平等ではない気がしたので、フェンリルとの契約は考慮から外した上で判断しました」

「ちぇー」

「フェンリルとの契約条件を済ませていたことには驚きましたけどね。よく気が回ったものです」

「じゃ、エイミーは俺と龍化結びな。あとは……」



 そうして彼女を指名したアーミラは、残った二人を吟味するように見つめた。ハンナとダリル。どちらもタンクとしては懸念点が拭えない者たちだ。


 ハンナは魔流の拳での反動が神のダンジョン外で発症するようになってしまい、今までのように好き勝手ぶっ放すことは出来なくなってしまった。実際に最近はその羽根抜けもあり少々魔流の拳の使用を控えている。


 ダリルは奇抜なタワーシールド運用でのタンクが特徴的だが、やはり三年間タンクとしての前線から退いていたブランクは大きい。努やガルム指導の下でしごかれたとはいえ、まだ最前線のタンクとしては心許ない。



「この後アーミラボコって強さを直々に証明してやるっす!! だからあたし!! あたしっすよ!」

「選ばれる側の態度じゃねぇな、こいつ」

「…………」



 先ほどから自己アピールが激しいハンナとは対照的に、ダリルは押し黙るばかりである。そんな二人を見比べたアーミラは、首筋の赤い鱗を掻きながら注文するように指差した。



「気に食わねぇが、ハンナだろうな」

「んふー。わかってるっすねぇ~。この後ちょっと手心を加えてあげるっす!」

「生きの良い奴は好きだぜ。真っ二つにしてやるから精々跳ねるんだな」



 懸念点があるとはいえこのPTにおいて遠距離攻撃は欲しかったので、アーミラはハンナを指名した。



「…………」

「それじゃ、余り物のダリルはこちらで。ガルムを取ったこと、感謝して下さいね」

「お前さ、言葉の棘がちくちく超えてない? ギスギスしてきたな」

「子供と女にうつつを抜かしていた奴に同情する気はありませんね。勿論、貴方も同様ですよ?」



 フェーデとフェンリルに二人乗りしている写真の載った記事を見せつけられた努は、困ったように肩をすくめた。


 そうして無限の輪のPTについては本決まりとなり、クランメンバーたちは早速分かれてギルドへと向かうこととなった。

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