第547話 精霊術士の群れ

 それから努は精霊術士のフェーデ協力の下アスモ以外の精霊とも契約し、数時間かけて様々な検証を済ませた。以前よりも姿形のバリエーションが増えた四大精霊に、金魚サイズからくじらまでと幅広い闇精霊レヴァンテの姿は彼女を魅了した。


 それに相性さえ良ければフェンリル二人乗りが出来ることも発見したし、氷狼に身を任せきりで騎乗する努の姿を間近で見るのはかなり参考になった。


 氷狼姫と呼ばれる自分にもまだ新たな可能性があることを再認識したフェーデは、帰還の黒門の前でほくほく顔をしている。



「いやぁー、大いに参考になりました!」

「お役に立てたのなら何よりです。こちらとしても色々検証できたので助かりました」



 雷鳥、レヴァンテ、フェンリルとの契約でどのステータス値が上がり、どの精霊スキルが実用的であるかは曖昧だった努にとって、160レベルを超えている精霊術士でそれを検証できるのはありがたかった。



「……刻印装備、流通するの楽しみにしてますね?」

「そこはアルドレット工房に期待して下さいよ」



 その検証途中で雷鳥の件もあり問題ないと判断した努は、精霊術士に有用な刻印が刻まれた装備に着替えての検証も少々行っていた。その様子を見逃さなかったフェーデの茶目っ気顔での問いに、努はにべもなく返した。



「中途半端な私たちが一番割を食うんですけど。大体の人たち、今まで積み上げた物は何だったんだって発狂してますよ?」

「大変ですね」

「いや、その中心にいる王子が言えることではないんですよね」

「……その呼び方は本当に勘弁してほしいんですけど?」

「でもフェンリル二人乗りは絶対明日の朝刊に載りますよ。見出しは王子と氷狼姫で決まりじゃないですか? 私ならそう書きますね!」



 フェーデからすると努は至る所に喧嘩を売ってるやべー古参の有名人という印象が強かったが、それは自分と同じくフェンリルに乗れる唯一の同士として瞬時に塗り替えられた。それに姫と呼ばれることにまだ抵抗がない年齢ということもあってか、距離感の詰め方は早かった。



「最後にもう一度乗りません? まだ時間も早いですし、こんな機会中々なさそうですし」

「……確かに二人乗りに関しては少し可能性を感じますけどね。とはいえそこまで再現性ないので」

「姫と王子しかできない……ってことですか!?」

「つらい」



 身体は25歳、頭脳は27歳での王子呼びは中々に堪えるのか、努は渋い顔で呟いた。そんな彼を慰めるようにフェンリルは顔を寄せた。そしてそれをやんわりと防いだ手をぺろぺろと舐めだす。



「私ですら舐められるのは相当レアなのに……」

「それじゃ、帰りますよ」

「フェンリルもまだ帰りたくないって言ってますよ」

「どうせクランハウスでも会えるだろ、お前は」



 黒門帰宅ラッシュとなる17時過ぎまでには帰りたかった努は、鼻先を押し付けて黒門から遠ざけようとしてくるフェンリルをいなした。そして名残惜しそうにしているフェーデとも幾度か同じようなやり取りをした後、ようやくギルドへと帰還する。


 17時に帰宅し食事休憩を済ませ、観衆が多くなり始める18時から探索を再開する黄金ルート。その時刻の数十分前ということもあり、ギルドの混み具合は殺人的なものではなかった。



「この時間でもまぁまぁ混んでますねー。これならいっそのこと18時過ぎまで潜っていても良かったのでは?」

「第二支部ができるまでの辛抱ですね」



 ギルドの方でも最近はその混みっぶりを考慮し施設内の拡充などしているが、土地が無限にあるわけでもないのでそろそろ対応しきれなくなってきている。なのでギルド第二支部の設立を急ピッチで進めていて、最近はギルド内でその求人用紙を見かける機会も多い。


 するとその人混みの中から遠目の集団がどばっと溢れるように動いた。努とフェーデの様子を小さな神台で食い入るように視聴していた、精霊術士の方々である。そんな者たちが何処か縋るような視線を向けてくる中、フェーデは話を振った。



「ツトムさん。精霊祭って知ってます?」

「聞いたことはあるけど、行ったことはないね」

「ですよね! なら今度招待しますよ! 勿論ツトムさんにメリットある形で!」

「なんか誘い方が怪しい儲け話みたいですね」



 そして精霊術士たちに見守られる中でギルドの受付に並んでいる間も、フェーデは先輩にたかる後輩のようなムーヴは崩さなかった。そんな集団をギルドの門番たちが混雑が起きないよう散らしている。



「それじゃ、今日はありがとうございました! 精霊祭、来てくださいねー!」

「……ありがとうございました?」



 ただ受付まで精霊祭について語って粘りの姿勢を見せていたフェーデは、PTを解除した途端に笑顔ですっぱり別れの挨拶を済ませて離れていった。それに違和感を覚えた努も受付から離れつつ辺りを見回すと、精霊術士の姿はなく見覚えのある者たちが固まっていた。



「何だよ」

「氷狼姫に随分と絆されたようで」



 受付嬢みたいな笑顔のままそんな物言いをしてくるリーレイアの周りには、早い探索帰りなのかハンナ、コリナ、エイミー、ガルムもいた。その中でどうもこちらに敵意剥き出しなのがリーレイアとハンナで、他三人は静観している。



「そういえばハンナは、翼大丈夫だったの?」



 まず手始めに声をかけると彼女はジトっとした目のまま拗ねたように顔を逸らす。



「コリナは過保護っすけど、師匠は師匠で関心なさすぎっす」

「いやー、魔流の拳に関して僕はさっぱりわからないしね。専門家のハンナが問題ないって言うなら間違いないかと思って」



 そんな努の言葉に抜け羽根を隠すように整えられていたハンナの青翼が若干開く。そしてお腹の前で腕を組みながら視線をちらりと戻した。



「まっ、問題はないっすよ。それこそ山籠もりしてた時なんて全部抜けたこともあったっすから。これは魔石を使いすぎた時に起こる、一時的な……ふくさよーみたいなもんっす」



 言い慣れない言葉を使って満足した様子のハンナに、コリナが補足するように付け足す。



「でも今まではそんな副作用起きてませんでしたからね。ユニークスキルとして認定されたわけでもないですし、病気を疑って受診するのは悪くなかったと思います。何もなければそれでいいんですから」

「病気なんてヒールでどうにでもなるっすよ」

「いや、ならないですからね? 最近は精神病棟がてんてこ舞いですし、贅沢病の数も凄いんですから」

(弱体化されてーら)



 今までならどんなに魔流の拳をぶっ放して腕が炭と化したり、全身の魔力回路を過剰に使い込もうがギルドに帰還すれば元通りの身体だった。だが初めて起きた副作用の症状からして、魔流の拳はサイレント修正されたようだ。



「好き放題できないのは嫌っすけど、試した感じまー何とかなるっすね。使えないわけじゃないっすから」

「なら良かったね」



『ライブダンジョン!』ではそれこそ修正されたが最後数シーズンは産廃扱いになったスキルもあるが、魔流の拳の副作用は致命的なものではないらしい。そもそも神運営はフライを放置していることからして下方修正には慎重な印象があるので、彼女の武器が壊れなくて良かったなと努も思った。



「刻印をサボって契約したフェンリルの乗り心地はいかがでしたか?」



 そうして機嫌を取り戻したハンナと違い、熱しにくく冷めにくいであろうリーレイアは笑顔で問いかけてくる。そんな彼女に努はため息をつきながら、精霊スキルの幅を広げる刻印が刻まれた自身の装備に視線を落とす。



「呪寄装備の納品が思いのほか巻いたんだよ。それで暇を持て余してたところをフェーデさんに声をかけられたってだけだ。というかそもそもそっちにも話は通してたって聞いてるし、何もやましいことはないはずなんだけど?」

「私はフェーデに声を掛けるならお好きにどうぞと申しただけですよ。別に彼女の動きを制限するほどの権限があるわけではないですからね。ただ貴方は明日まで刻印作業に取り掛かり、それからは無限の輪でPTを組み直して探索する前提での申し出ですが」

「なら文句は仕事の早いゼノ工房にでも言いなよ」



 その返しにリーレイアは笑顔のまま手の甲の骨を浮き上がらせ、首筋の緑鱗をガリガリと掻いた。



「まさかとは思いますが、アスモと契約はしていませんよね?」

「…………」

「おい」

「別に僕はリーレイアと専属で精霊契約してるわけじゃない。動きを制限される覚えはないよ」

「…………」



 会話の内容からしてあの精霊術士たちのように初めから神台を見ていなかったのだと理解した努は、最近やたら絡み気味な彼女を突き放すようにそう口にした。そんな彼にリーレイアはよくわかったと目で頷いた。



「明日、PTメンバーを指名する者はくじ引きだそうですね」

「らしいね」

「楽しみですね。契約――ウンディーネ」

「拒否で」



 先ほどフェーデと検証したところ精霊契約は精霊術士でなくとも拒否できることが判明したので、努はそう言ってウンディーネとの契約を即座に断ち切った。



「……余計な入れ知恵を」

「これなら精霊祭も出た方がいいか? 精霊の検証そこまでしなかった僕も悪いけど、お前の情報も恣意的すぎるだろ。契約打ち切れるなんて知らなかったぞ」

「契約の強制的な打ち切りなんてしたら精霊との関係が悪化しますから、普通の人は死んでもしません。それに精霊祭に出たとすれば、それこそウンディーネが黙っていませんよ」

「ウンディーネとノームの場所だけ避ければいいんじゃない?」

「ツトム規模の精霊が出るなら、精霊祭はダンジョン内でなければ不可能でしょうね」

「クランハウスでもフェンリル契約してたでしょ。雷鳥とかもあの姿にすればいいんじゃない?」



 あぁ言えばこう言ってくる努を、リーレイアは凍り付くような目で睨み返す。



「……別に、私への当て付けで精霊祭に出ようが一向に構いませんが、貴方の異常な精霊相性を利用しようとする輩に囲まれるだけです。そんな仮初めの関係を築きたいのならどうぞお越し下さい」

「確かにそういった側面もあるだろうけど、それにあやかってる立場の人が言うことではないんじゃない?」

「この、わからず屋がっ。あやかってる立場でここまで身を持ち崩さないのは、私ぐらいなもんだ!」



 そう捨て台詞を吐いて床を踏み鳴らしたリーレイアに、周囲は驚いたように彼女を見つめる。その視線に晒された彼女は口を一文字に結んだ後、逃げるようにギルドを出ていった。



「この、わからず屋め―――!!」

「うるさい」



 その後エイミーにもそう言われて追いかけるようせっつかれた努は、萎えた様子で歩を進めた。

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