第546話 氷狼姫対あり

 そう自虐するように自己紹介したフェンリルの人。もといフェーデという女性はショートカットの銀髪を手で払いながら居心地悪そうにしている。



「刻印装備目当て……ってわけでもなさそうですね。精霊関係?」



 アルドレットクロウの上位軍メンバーが自分に接触してくる一番の目的といえば呪寄装備が思い当たるが、彼女の雰囲気からしてそれ目当てでないことは何となくわかった。なので努がそう尋ねるとフェーデは銀色の瞳を見るからに輝かせてこくこくと頷いた。



「そうですね。あっ、一応リーレイアにお話は通してます!」

「別にわざわざあれに許可を取る必要はないんですけどね。……あぁ、フェーデさんね。どうぞよろしく」



 マジックバッグからフェンリルに唯一騎乗できる氷狼姫と称賛されている記事を探り当てた努は、彼女の名前を把握した。そして四番台に映るリーレイアを面倒くさそうな顔で一瞥する。



「……そこまで影響力あるんですか? あれ。確かに精霊術士の中じゃ一、二は争いそうな実力ありそうですけど」



 今日フェーデが声をかけてくるまでにも、精霊術士であろう老若男女が仲間になりたそうにこちらを見ていることは努も感じてはいた。だが彼女の言うように緑蛇が自分の獲物だと睨みでも利かせていたせいか、接触してくる者はいなかった。



「あー、そういえばツトムさんってここ最近復帰したんでしたっけ?」

「そうですね」

「リーレイア、二年くらい前から複数の精霊術士とごたごたしてたんですよ。その騒動を見てからは結構近寄りがたい感じはしますね。それに加えて実力も高いですし」

「へー。なんか進化ジョブの精霊関連で愚痴ってるのは聞きましたけど、それは初耳ですね」

「端的に言うと、精霊相性に関するやっかみですかね。精霊術士あるあるです」



 初めからどの四大精霊とも相性が良く、その生まれから近接戦も難なくこなせたリーレイア。そんな彼女は三属性の精霊と契約できれば良い方な精霊術士たちからすれば憧れの存在であり、同時に嫉妬心を燻らせる対象でもあった。


 だがそんなリーレイアが進化ジョブ後の精霊とは丸っきり相性が悪く、他の精霊術士はフェンリルに加えどれか一属性の精霊とは契約できた。彼女が落ち目となる姿は一定の精霊術士からすれば待望の瞬間であり、度の過ぎた煽りや嫌味を言う者もいた。


 それを彼女は実力と到達階層でマウントを取り返して叩き潰したが、新たな精霊との契約自体はフェンリルが精々だった。そこからはもう決着のつかない泥沼の戦いである。リーレイアは到達階層で、精霊術士は精霊相性でマウントを取り合おうとする日々だ。



「僕も今は丁度暇で精霊の検証もしたいので、天空階層辺りでフェンリルと契約してくれたりします?」

「えぇ!? 是非是非!」

「それじゃ、受付行きましょうか。マジックバッグを預けるのにちょっと時間かかりそうですけど」

「あー……大変そうですねー」



 フェーデはそう口にしながら、武闘派のギルド職員をやけに見かけることに苦笑いを零していた。


 現状の努が作る刻印装備は価値が異様に高まっているため、ゼノ工房で作成された物は選りすぐりの警備団が複数のマジックバッグで運搬しギルドへと届けている。それでも努はまだ価値ある刻印装備を持っているのだと疑う者はいるだろうし、今回は想定される被害額も鑑みてか努には私服の警備団が警護に当たっている。


 そしてその警護はギルドにおいては警備団との繋がりも深い黒の門番に委ねられていた。元々はギルドにある黒門からの逆流を防ぐために置かれていたその門番たちは、その現象がなくなった今でもその名残があってか対人戦においては非常に高い能力を持つ。



「銀行の奴ら、最近ずっと泡吹いてるぜ」

「他の刻印士が育つまでの辛抱ですよ」

「それまで気が気じゃねぇだろうよ。黒の門番たちはその分張り切ってるが」



 スキンヘッドの受付人とそんな会話を交わしながら探索用のマジックバッグと取り換えてもらい、努は紙を口に咥えてフェーデとPT契約を結んだ。


 二人でPTを組んで潜るにせよ、強奪するほどの価値がある物はないことを見せることは大事だ。たとえ親しき中でも奪えば三億G手に入るのなら目の色を変えてもおかしくはないし、初対面のフェーデなら尚更だ。



「フェーデ。わかってるだろうが、盗っても旨味はねぇからな?」



 そんなスキンヘッド男からの凄みを、フェーデは突き返すように鼻で笑った。



「そんなわかりきったこと言われてもね。それに今のツトムさんに不義理を働ける精霊術士なんて存在しないだろうから安心してよ。それこそリーレイアくらいじゃない?」

「……まぁ、ここまで事が大きくなると逆に手は出せねぇわな。身内の裏切りの方が有り得る話だ」

「人間不信になりそうなんで止めてもらえます?」



 二人の会話に突っ込みを入れた努は誘導に従って魔法陣の方へと向かう。



「151階層に転移」



 その発声で人のごった返しているギルドから一転し、まだ山々が見える天空階層の景色へと切り替わった。


 進行方向を指し示すように切り開かれた山道と、その先にある綿菓子のような雲。そこを順当に進んでいけば初見殺しの第一守護者が出てくるが、今回の目的は精霊契約の検証である。


 努は上位の神台でこそないが小さめのモニターに映像をお届けしている神の眼を引き寄せると、フェーデを画角に収めた。



「まずフェーデさんから契約してもらっていいですか?」

「わかりました。契約――フェンリル」



 彼女の言葉と共に氷の風が立ち巻き、人を乗せても余りある大きさの氷狼が空から足音を殺して着地した。そのフェンリルは凛々しい顔つきのままフェーデに挨拶するように小さく吠えた。



「おぉー」



 リーレイアと契約した時とでは出現演出からして違うフェンリルに努が感嘆の声を漏らすと、その氷狼はキョトンとしたように目を丸くした。そして努に顔を向けて少しの間固まった後、一歩、二歩と足を踏み出して近寄る。



「おすわり」

「……やっぱりおかしいですね」



 あの気高く美しいフェンリルが、まるで久々に帰ってきた主人を迎える犬のようなはしゃぎぶり。そのまま押し倒されそうになったところをおすわりさせて事なきを得た努に、フェーデは神妙な顔で呟く。そしてマジックバッグからフェンリルの好物である鋭利な氷魔石をそっとつまんで取り出した。



「そ、そんな馬鹿な……」



 そして普段ならば氷魔石を持った自分にすぐさま飛びついてくるフェンリルが、努と自分との間で迷っていることがフェーデにとっては衝撃だった。思わずウニのような氷魔石を取りこぼし、地面の土に突き刺さる。


 その後もまだ自分しか着けられないと思っていた騎乗用品を難なくフェンリルに装着してみせた努に、フェーデは初めて敗北を喫したように項垂れた。それから氷狼に跨ってしばし乗狼体験をした彼は、どの精霊術士と契約しても相性は問題ないことを確認した。



「対戦ありがとうございました」

「……これからは氷狼王子とお名乗りになった方がよろしいのでは?」

「元々、大体の精霊と異様に相性いいですからね。恐らく、金の宝箱開けたことが原因っぽいですけど」

「……でも、金の宝箱って確かツトムさん以外にも開けてる人いるんですよね?」

「どうなんでしょうね。死んで持ち帰ったのが黒杖ってだけで、他にもアイテム自体はあったので。それの影響かもしれないです」



 努は精霊相性についてそうお茶を濁しながら、よだれを垂らし始めたフェンリルに許可するように手を向ける。するとその氷狼は刺々しい氷魔石の先端をそっと噛み折り、しゃくしゃくと氷菓子のように食べ始めた。



「フェーデさんってあとどの精霊と契約できます?」

「あー、レヴァンテとは一応契約できます。雷鳥とアスモは駄目ですね」

「それじゃあ、僕に雷鳥との契約お願いできます?」

「…………」



 何てこともなさげにそう言ってきた努に、フェーデは思わず生唾を飲み込んだ。


 精霊術士たちが一堂に会する精霊祭という場で、いつの間にかアスモやレヴァンテと契約できるようになっていたリーレイアがバチバチのマウントを取ったこと。そしてその後努が今まで見たこともないほど成長している精霊たちと契約していることも、神台に映ったことで明白となった。


 そこから導き出される推測として、リーレイアの変化に努が絡んでいることは疑いようがない。だがダンジョン産のアイテムもなしに精霊相性の悪い者と契約を結ばせるなんて事例は、今まで聞いたこともない。



「……いいんですか?」

「まぁ、ご期待には沿えないと思いますけどね。とはいえ確認はしておきたいと思ったので、契約お願いしまーす」

「契約――雷鳥」



 その言葉と共に上空の雲が瞬く間にどす黒く染まっていき、そこから稲妻が落ちるように雷鳥が地表に降り立った。前回の不評もありその雷鳴は比較的抑えられていたからか、努は軽く肩を跳ねさせる程度で済んだ。



「っ!」



 それでも幾分か派手な登場にフェンリルは威嚇するように牙を剝き出しにして冷気を纏わせ、雷鳥はふてぶてしい顔で金色の翼を広げその内にある紫の羽根と産毛を露わにする。そんな氷狼に精神力を持っていかれたフェーデは同じく戦闘態勢を取りながらも、初めて目の当たりにした雷鳥の姿に目を奪われていた。


 全体的に金色ではあるが、朱色の羽毛が首に巻きつくように生え揃っている姿は神々しさすら覚える。その雰囲気とは対照的に足と内側の翼は目を奪われるような濃紫こむらさきで、尾羽は燃えるように赤い。鑑定士によると怪鳥とも表記されるそれは、翼を広げた姿ならば理解はできた。



「どーどー」



 だがそんな努の気が抜けるような仲裁もあり、その二体はすぐに矛を収めた。フェンリルは興覚めしたように欠伸をかまし、雷鳥は逆立っていた黄金色の毛冠がぺたんと落ちつく。



「ちゃんと音、抑えてたね。偉い」



 その刺々しい鶏冠と鋭い目つきからして荒々しい性格であることは察せられる雷鳥は、当然だと言わんばかりにくちばしを上向かせた。



「ちなみになんだけど、これ以上新しい契約持ち掛けるのはもう無理かな?」



 そんな努の問いかけに雷鳥は黒色の鉤爪で地面を削った後、その土を三つに分かれた足で器用に固めた。そして努に向かって抗議するように投げつけた。それを努はバリアで防がず甘んじて受ける。



「ですよねー。無理いって悪かったよ」

『ギュィ』



 よろしいと雷鳥はしわがれた一鳴きをした後、努が置いた詫びの雷魔石を嘴でつついた。そして彼は申し訳なさげな顔でフェーデに振り返る。



「多分、初めに紹介した人が悪かったかな。次は一生のお願いでもない限りは聞いてくれなさそうだよ」



 可愛い孫から紹介されて仕方なく契約したものの、その当人はそれに甘んじて私雷鳥と友達なのと触れ回っていて辟易へきえきとさせられた。それをまた繰り返されるのは御免だったのか、雷鳥は泥がついた努の服を翼からちょこんと出した羽根で払う。



「……ちなみに、私だったらどう?」



 そんな努と雷鳥のやり取りを見ていたフェーデは、そうフェンリルに尋ねた。するとその氷狼は困ったように首を傾げた後、自身に着けられていたくらの紐を噛んで外した。



「契約の紹介、絶対しないね!」

「それがいいと思うよ。僕も次やったら契約打ち切りも有り得そうだし」



 とはいえ他の精霊と比べると反抗的である雷鳥はまだしも、アスモやレヴァンテなどはまだ許してくれそうな気配を努は肌で感じていた。勿論それにかまけていると身を滅ぼすことになるだろうが、リーレイアがマウントを取るくらいなら問題なさそうだ。



「……このことは他の精霊術士にも伝えておきますね」

「そうして貰えると助かるかな。神台である程度は伝わるだろうけど、それ目当ての人も多いだろうし」

『ギィ』



 露払いは任せたぞと言わんばかりな雷鳥の一鳴きに、フェーデは何処となく嬉しそうにはにかむ。



「その報酬として、他の精霊ともツトムさんが契約してくれませんか? レヴァンテの成長姿は私としても見ておきたいですし、アスモの蛹も是非拝みたいです!」

「レヴァンテはいいけど、アスモはちょっとNGかな。リーレイアが怖いし」

「……そういえば、その雷鳥の様子だとリーレイアって大丈夫なんですかね? 大分不評を買ってるみたいですけど」

「それはこれからの行動次第じゃないかな。というか契約打ち切りって事例はあるの?」

「ここ最近じゃほとんど聞かないですけど、事例としてはあったみたいですよ。そういう人たちってもう表に出てこないから忘れられがちですけど」

「だってよリーレイア」



 そう努は結論付けた後、検証も兼ねたレヴァンテお披露目に暫しの間付き合った。

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