第552話 1チャンネルの辛さ

 今日も今日とて朝から神台市場に赴き指定席を買って記事を書いている迷宮マニアたちは、探索者ならば一度は映ってみたい巨大な一番台を見上げている。



「結局アルドレは一番台のままかー」

「まぁ、逆にその方が観衆的には良かったんじゃね? 最前線の探索者ファンはツトムに軒並みブーイングだし、ステファニーとディニエルまで落ちてたらヤバかったろ」



 一番台だけは今までと映る面々は変わっていないが、その下の上位台はスタンピードの時期のようにごっそりと入れ替わっている。主にツトム製の刻印装備を着たアルドレットクロウ、金色の調べ、シルバービーストの中堅PT。それにまだ観衆からすれば聞き馴染みのない中堅クランも含めて、上位台は浮島階層の映像が占めている。



「カムホム兄妹、時期が悪かったなー。もう数日突破早かったら扱いも違っただろうに」

「当の本人も同じくらいだし、痛み分けってところか」



 その数あるクランの中にぽつりぽつりと下の方に見えるのが、ウルフォディアを従来の方法で突破したアルドレットクロウのカムラとホムラが率いるPT。それと刻印装備の作成で探索活動を一時休止していた努が加入している無限の輪のPTだ。


 カムホム兄妹については兄のカムラの方がウルフォディア突破後、そのあまりにも割に合わない扱いに憤慨しクラン内でしっちゃかめっちゃかな騒ぎを起こしていた。そして一週間ほど探索せずくだを巻いていたせいで探索が遅れていた。


 半年以上かけて仕上げてきたウルフォディア戦で、カムラはステファニーに一歩先を越されたもののようやく突破という成果を見せた。なので流石に初めて突破した彼女ほどの扱いはなくとも、それに見合う名誉と報酬は期待していた。


 だがその頃には努の浄化対策装備が広まり160階層突破PTは飛躍的に増えていたことで、彼らPTのウルフォディア突破という功績は相対的に下落していた。そんな労力が報われない状況に陥ったカムラはまともな刻印装備を作れないアルドレット工房には噛みつき、努にはソリット社の記事で苦言を呈した。


 そんな彼の行動をアルドレットクロウのリーダーであるロイドは、工房の尻叩きに使えるとむしろ後押ししていた。それにツトム製の刻印装備を手に入れられず160階層で詰まっている探索者たちも合わさり、いよいよ工房が解体される未来まで浮かんでいる。


 カムラの苦言に対し、努はノーコメントを貫いている。ただ努も刻印装備の厳しい納品ノルマに追われて探索を中断していたため、到達階層自体はカムラと同じのためもしかち合えば何かしらのトラブルが起きるのは明らかだ。その時を迷宮マニアは今か今かと待ちわびている。


 そんな迷宮マニアたちは今日も努とカムラのPTが鉢合わせしなかったことを残念がりつつも、その手は記事を書かずに何やら亜麻色の衣服を弄っていた。



「俺らとしてはこれぐらい環境変わってくれた方がいいけどなー。まぁ、資料のために刻印士チャレンジまではしたくないけど」

「お前も来いよ……こっち側ヘ」



 今まで刻印で付与される能力については職人たちの秘匿とされていて、探るのは御法度といった空気だった。それは工房で使われる独自の金型を盗み見て複製することと同義という扱いであった。


 しかし努が知ったことかと神台を通じて情報公開するようになったことで迷宮マニアも知るところとなったが、そんな彼でも秘匿にしている刻印はある。経験値UP(中)刻印が良い例だ。


 アルドレット工房は未だに最前線たちに必要な刻印装備を供給できるレベルに至っておらず、もはや見切りをつけられ始めている。かといって二番目に刻印士のレベルが高いユニスも、師を尊重してか努の隠している情報については話してくれない。


 それならばいっそのこと自分が刻印士となって、その情報を仕入れてやろうと息巻く迷宮マニアも中にはいた。それこそ初めは酒の席でのノリ程度の考えだった。


 だが努が刻印している姿を実際に神台で見ていた迷宮マニアの中には、その作業をそこまで苦にも思わない者が意外にも多かった。


 それこそ職人たちの弟子がやれば拳での教育を受けるであろう、敗者の服に万年筆で描かれた雑な刻印。それに趣味程度に割り切って買われた刻印油を垂らしただけの、まともな装備とは言えないゴミのような装備。


 ただ実際に今の刻印士として最高レベルである努の刻印も、初めはこんなものだった。それこそ初めは敗者の服に穴を開けることすら珍しくない手際だった彼よりはマシともいえる。


 それは神台を見ながらでもこなせる程度の作業であるため、そんな形で刻印をしている迷宮マニアは神台市場でもよく見かけるようになった。最近では刻印士を皮切りに他のサブジョブについても素人が手を出すことが多くなり、ポーションを作ったりひたすら物品を鑑定していたりと様々である。



「そろそろツトムも新作の刻印装備出すんだろ? 神台で性能喋ってたけど、あんなの作れるようになるのかよ」

「技術自体は大したことないってツトム自身言ってるし、見た感じでもそうだろ? 流石にあそこまで金はかけてられねぇけど、無理してレベル上げようとしなきゃ小遣い稼ぎにはなるんじゃね?」



 神台を良く見ている探索者なら努が一体どのように刻印士としてレベルを上げていったかは把握している。流石にあれだけの刻印油を買い込んで昼夜問わず刻印漬けの毎日は送りたくないが、別に自分たちはアルドレット工房のように追い詰められながら刻印をする必要はない。


 ただこれからも努が発表する刻印のみを鵜吞みにして情報を書き続けるのは、迷宮マニアの名が廃るというものだ。以前に増して迷宮マニアと名乗る者が増えたせいで、適当な記事を書いているだけでは埋もれるのみだ。探索者や生産職と同様に、迷宮マニアもまた観衆から選別を受ける立場にある。



「実際、俺たちが効果知らない刻印は既に見つかってるしな。探索者に使い道がないだけで、まだ出てない情報はある。ていうか、経験値UP(中)もあるなら(大)もあるだろ。それをまたツトムが秘匿したらたまったもんじゃない」

「頑張れー」

「人気記事、量産野郎がよ……」



 そういった貴重な情報を入手しなければ読者から人気のある迷宮マニアから座は奪えないだろうと、今も刻印している彼はそうぼやいた。



「ただ、最近は探索映像ばっかりだから観衆から割と不評だよな。確かに今となっては俺も単調に見えちゃうわ」

「まぁなー。あと探索者個人に対してのファンも増えたし、推しPTが160階層で詰まってるのがな。当のツトムは精霊とイチャイチャと。そりゃ不評も買うわな」



 先日ウンディーネとは契約の強制打ち切りになったせいか、神台に映る努が詫び石である水魔石を上げてもスライムのような粘体はそっぽを向いていた。だがそんな粘体を彼がクッションでも抱えるように持った途端、ウンディーネは女性の姿となって人の温もりを求めるように抱きついていた。



「あぁやってエイミーもたぶらかしたんだ! 許さん!!」

「最近は女の迷宮マニアからも地味に人気だしな。ずるくない?」

「ウンディーネ、えっちじゃない?」

「そういう邪な思いを抱いた精霊術士は、皆散っていったぞ」



 迷宮マニアはそう軽く突っ込みながら無限の輪の映る神台の他にも目を向けたが、そんな精霊とのイチャコラが珍しく見えるほどその光景は同じようなものが多かった。


 ここ1年近くは最高到達階層がそこまで大きく動くことがなかったため、神台映像の景色自体は今と同様に同じものばかりだった。ただいくら神台が迷宮都市において最大の娯楽とはいえ、1年近くも同じ探索映像ばかりでは観衆が離れてしまう。


 そのテコ入れとして探索者たちは神のダンジョン内で見せる映像を試行錯誤した。中でも人気があったのは神のダンジョン内で探索者どちらかが死ぬまで戦う模擬戦である。


 迷宮都市の神のダンジョン内において人殺しは禁忌とされているが、ダンジョン内にあるセーフポイントで探索者同士が宣誓を交わして行われる戦闘においてはそれが適用されない。そのことは神台映像の試行錯誤中に偶然発見され、今となっては定番の映像コンテンツとなっている。


 それまで探索者同士の模擬戦は主にギルド内の広場で行われていたが、小規模なスキルのみが使用可能の限定的な立ち回りを余儀なくされていた。


 万が一死んでしまえばそれまでであるし、地面や壁が抉れたりすれば補填費用もかさむ。メテオなんて落とした日にはその余波で死人が出るだろう。


 だが神のダンジョン内のセーフポイントであれば周辺のことは気にせずスキルを好き放題放てるし、武器の寸止めなどせず殺す気で挑むことも出来る。なので探索者本来の実力が出せるし、モンスターとは一味違う対人戦を観衆は安全な場所で楽しむことができた。


 それに探索者も元々は血の気のある者も多く、対人戦での戦績を気にする者は多かった。それにギルドも一枚噛んで戦績の情報整理や賭博を営み、探索者たちが模擬戦を行う利を生み出していた。そのこともあって模擬戦は探索に次ぐポピュラーな神台映像となっていた。


 その他にも探索者同士の会話を主軸に配信するよう神の眼に配慮して個人のファンが出来やすいようにしたり、モンスターにスポットを当てて配信したりなど各PTにおいて特色のある配信が以前に比べると増えていた。それこそ深夜帯の神台でのみ配信されるエロコンテンツも単純に強い。


 そんなバリエーション豊かな映像に慣れ親しんできた観衆からすれば、今の神台は探索映像ばかりで見応えが薄く見えるのは確かだった。それに特定の探索者目当てだったファンも最前線組がごっそり落ちたことで、あまり神台視聴に乗り気ではない。



「それもツトムが刻印装備を解放しないことにはな……」

「他の工房次第だな。流石に迷宮マニアよりは刻印士のレベル高いだろうし」

「50ちょいはあるって聞くけど、どうだろうな。呪寄装備までは手が出てないみたいだけど」

「とはいえ中堅どころはそんな忠言知ったことかって感じだしな。模擬戦くらいはやってくんねぇかな。あれで人物評書くの楽しいんだけど」

「でもツトムはそこまで乗り気でもなさそう。ガルムリーレイアのマッチ久々に見たいんだけど」

「刻印装備、それで壊れたら笑えないもんな」

「なら型落ちのを装備させるとか」

「でもそれじゃお互い全力じゃないよね」

「だよなぁ……」



 今のところは久々の階層更新とのことで新鮮味こそあるが、徐々に観衆が飽き始めていることを迷宮マニアたちは肌で感じていた。このまま手をつけないでいると以前起きたように本格的な視聴者離れも起きかねないので、迷宮マニアたちからすれば割と接触しやすくはある努への忠言も検討し始めていた。

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