第495話 ドロドロハーレム

 昼休憩の時間となりギルドに戻るもお腹が空いていなかった努は、食事に向かうPTメンバーの四人を見送って一人刻印しながら上位の神台を眺めていた。


 刻印装備を身に纏い150階層をいの一番に攻略しようと奮起しているPTはいくつもあるが、努としてはどうしても顔見知りがいるPTに目が向く。



(地雷ばっかだった頃が懐かしいな)



 支援スキルを切らすことなど皆無で的確な回復もこなす狐人のミルウェーに、観衆がざわめくファインプレーのような守りも涼しい顔でこなしている熊人のバルバラ。そんな彼女たちに支えられながらアタッカーをこなすレオンが映る二番台を見ていた努は、内心で感嘆の声を漏らす。


 以前までは指導したところでユニークスキル持ちのレオンしか目立たないようなPTだったが、非常に緩慢だった環境のおかげか今では他のクランメンバーたちの実力も着実についてきている。それこそクロアと同様に適正な装備と情報さえあれば上位に食い込めるぐらいには成長していた。



(一軍のアタッカーが一人抜けても代役できるくらいには層が厚い。……むしろ一軍メンバー欠員の原因作ってるレオンがいらないまであるな。格付けでもされたアタッカーみたいに弱気な動きしてるし、どうしてそうなったんだか)



 身長180cmを越す男みたいな図体をした槌士が金色の調べのエースアタッカーであったが、今は妊娠中ということで休養中だ。妊娠した者たちが一時休養を取るおかげで後進が育つという見方もできるが、努からすればそれは金色の調べの構造的な欠陥だった。


 それに妊娠こそするが金狼人が生まれない問題から托卵騒ぎまで重なった事件まで起きていたらしく、その時のレオンは相当参っていたと風の噂で聞いた。とはいえ何十人も妻を抱えるとなればそういった問題が起きる可能性も上がることは予見できただろう。


 ただ他人の子供を育てながらレオンに養ってもらおうとした輩はそれこそ一人二人で、その他大勢の嫁たちはむしろ彼と子供をまとめて支えようと躍起になった。なので金色の調べ自体は150階層突破のPT候補に挙がるくらいには成長していたが、その分レオンはヒモ扱いされるぐらいまで落ちていた。



(どっちに転んでも婚約者増えるのズルくない? 内部事情ドロドロだし相変わらず羨ましいとまでは思えないけどさぁ……。なんか負けてる気がするんだよね)



 なので以前に比べるとレオンは確実に落ち目なはずなのだが、そんな彼を支えたいという女性もいるのか以前より婚約を言い寄られる機会は増えたようだ。流石のレオンも最近は断ることがほとんどのようだが、それでも押しに押されて婚約するパターンもあるようである。


 そんな押しかけ女房らしきPTメンバーに尻を叩かれているレオンを横目に、努は一番台に視線を移す。



(まぁ、この中だったら順当にルークのPTが突破しそうだなー)



 今のところ150階層を突破するであろうPT候補は金色の調べとシルバービーストも挙がっているが、その中でも一番人気があるのは召喚士のルーク率いるアルドレットクロウPTだ。


 クランリーダー退陣からはメンヘラ号泣おじさんとなってしまったものの、あれからは古参の者たちにも支えられ探索者として本格的に復帰した。十軍以下から再始動してから既に八軍まで駆け上がり、召喚を利用してアタッカーとタンク兼任しながら司令塔も担う立ち回りでPTリーダーとして活躍中だ。



(魔石が手に入りやすくなったのは大きいよな。それに召喚士のコスト削減効果の装備も刻印スキルのおかげで自由度高くなったし)



 召喚士用の刻印スキルは以前から同様の装備自体あったのでそこまで寄与していないが、それよりも魔石や宝箱のドロップ確率をUPさせる刻印スキルが召喚士を後押ししていた。


 以前までは中ボスから階層主級の召喚は、甚大なコストと手間がかかることから召喚士の御法度であった。しかし複数の刻印スキルを組み合わせてドロップ率UPをてんこ盛りにすることにより、召喚に必須な極めて稀に手に入る極大魔石の入手率は緩和された。


 それによって召喚士は以前よりも魔石の調達が容易になり、更に刻印スキルによって召喚コストを削減するための装備縛りもなくなり自由度が増した。銭投げロマン砲が割と現実的な選択肢にまでなったことで、アルドレットクロウとしても何とか経費で落とせる部分が出てきた。



(単純に同じモンスターぶつけるだけでも強いけど、150階層に関しては召喚士が有利だろうな。階層主じゃないのに割と強めなモンスター召喚できるし)



 150階層主は女王蟻であるが、その強さは様々な蟻系モンスターを無尽蔵に生産できることにある。一般的なモンスターより召喚コストが重いとはいえ、そんな蟻系モンスターを召喚できる立場にある召喚士のメリットは150階層においては大きい。


 それに加えて元クランリーダーとして駆けずり回っていたこともあってか、ルークの人徳自体はアルドレットクロウに知れ渡っている。そんな彼の指示に従わない者は早々いないため、確固たる司令塔としての役割を持てるのも大きかった。



(しかしみんな上手いな。そろそろ僕もイメージ通りに動けつつあるけど、若干エアプ感あるからどうにもね。今度機会があったらミルウェー辺りには立ち回りとか色々聞いてみたいんだよなー)



『ライブダンジョン!』ではないにしろ仮にも役割ロールのあるゲームでプロになっていたので、その経験はこの世界でも応用できるしヒーラーとしてこのままずっと負ける気は毛頭ない。


 それからも努は手先で刻印装備を弄りながら昼休憩を終えた四人が戻ってくるまで、神台を貪るように視聴し続けた。



 ――▽▽――



 このまま一生出られないのではないかと錯覚してしまうほどに移り変わりのない、神の眼から発せられる光源では奥まで照らし切れない土色の景色。


 既に斥候を済ませたレオンの案内通りに150階層の巣穴を淡々と進んでいるPTの面持ちは暗い。恐らくこのペースでは今回も女王の巣部屋に辿り着いたところで、討伐は間に合わない可能性が高いからだ。


 ただそれでも女王蟻戦の経験を少しでも積むために、時間切れが迫る中でも金色の調べのPTは突き進んでいく。しかしそんな者たちを嘲笑うかのように兵隊蟻が近づいてくる足音が響き渡る。



「ヘイスト」

「円舞斬」



 至るところに空いている巣穴からぞろぞろと這い出てくる兵隊蟻。それを横目に青い気を纏ったレオンは瞬きをする間に隊列を組もうとしていた兵隊蟻の中心に潜りこみ、空中で回転し剣を薙ないだ。


 スキルによる円陣の斬撃は機械的に隊列を組もうとしていた兵隊蟻の首関節を切断し、複数の後頭部が地に落ちる。それでも首無しの兵隊蟻は少しの間もがいたものの、光の粒子が零れ薄っすらと消えていく。


 その前方から地から燃え広がるように放たれた紫の胞子を、レオンは軽やかにステップでも踏むように避けていく。そして呪いを受けることを物ともせず自爆覚悟で突っ込んでくる兵隊蟻を躱し、彼は真っ白な甲殻に紫色の茸を背負った呪蟻を目で捉えた。


 そんなレオンを生娘に近寄る害虫かのように追い回し、強靭な大顎で食い殺そうとする兵隊蟻。その害虫が切り開いた道筋に、後方から合流した弓術士の女性が弦を振り絞る。



「パワーアロー」



 放たれた矢は上の巣穴から呪蟻を守ろうとした兵隊蟻ごと突き飛ばし、蛹さなぎのように柔らかい呪蟻を押し潰した。将軍蟻がいないため統制が取れず発狂したように動き回る兵隊蟻と、既に光の粒子が舞い始めた呪蟻に膨らんだ腹部から緑色の液体を撒いている回復蟻ヒールアント。



「コンバットクライ!」



 そんな兵隊蟻のヘイトを受け持ったタンクのバルバラに合わせて、レオンと弓術士のアタッカーは回復蟻を狙って倒していく。



「いいですよ!」

「ボルテニックブラスト」



 そして統率が取れずバラバラになった兵隊蟻をバルバラが纏めていた箇所に、黒魔導士の巣穴に考慮しつつも強烈な範囲攻撃が叩き込まれた。援軍が呼ばれない内に兵隊蟻を逃さず処理し、回収の手間に合う闇魔石にだけ目星を付けて拾っていく。



「ラッキーですね」



 基本的にここまで深部に来れば大抵は将軍蟻が指揮を執っているものだが、稀にいないこともあるのでヒーラーのミルウェーは明るい声で呟く。それにレオンも笑顔で応えたものの、依然時間が厳しいことに変わりはない。


 不幸中の幸いを拾っただけなことは全員がわかっているのか、足も止めずに探索を再開する。そして再び斥候役である彼は先行して巣穴を進んでいく。



(アイシャが抜けた穴は、何とか塞げてる。その分バルバラに負担を押し付けちまってるけど……)



 槌士でアタッカーとタンクを兼任していたアイシャは前線として非常に頼もしい活躍をしてくれていたが、今は妊娠中なため休養している。


 その代わりに他の150階層攻略中のPTを参考に黒魔導士を入れて火力不足を補うようにしてみたが、唯一の前線であるバルバラの負担がとても大きくなってしまった。ただ彼女が思いのほか頑張ってくれているおかげで150階層の攻略自体は何とか進められている。



(諦められたら、どんだけ楽なんだろうな……)



 しかし二人目の妊娠が発覚したアイシャがPTにいてくれれば、150階層の突破もかなり現実的であったのは確かだ。そのことについて身内は苦笑いで済ませたものの、迷宮マニアからはもはや金色の調べに巣食う病原扱いだ。


 金狼人でなくとも、今まで生まれてきたほとんどの子たちは自分の嫁との間の子供であることに変わりはない。だが王族である両親から刷り込まれた教育、もとい呪いのようなものは滅亡した王国から一人逃がされても消えることはない。


 金狼人の跡継ぎを残すことはレオンの至上命題だ。どれだけ惨めになろうが子供たちを養う姿勢を見せるために探索者を続け、托卵による不信感が原因の不能も薬で何とかして営みに励む。


 だが何十人と子を成そうが金狼人は生まれない。金狼人を生ませることには父も大分苦労したと乳母から聞かされていなければ、また托卵しているんじゃないかという疑念で壊れていただろう。


 女に養われながら子沢山のハーレムなんて羨ましい、なんて毒づかれることも多いが、心の底から代わってほしいというのがレオンの正直な感想だ。托卵を警戒しながら子供が出来やすい時期を見計らって行う事務的な行為の何が羨ましいのか。



(……ここを越えられれば、少しは稼ぎも増えて楽になる。いい加減光が見たいぜ)



 半日以上地下に籠って蟻を倒すだけの毎日がここまで続くと精神的にも参ってくる。こんな暗い150階層を突破したと同時に金狼人まで生まれてきてくれたら最高だ。


 そんな妄想をするだけで随分と足取りが軽くなりかけた自分は、もはや呪われているといってもいいのかもしれない。実際その執着心について嫁たちにからかわれることも少なくないし、自分でもそう思う。



(じゃなきゃここまで頑張れなかったっていうのも事実だしなー。早く子供生まれて満足して引退してぇよ)



 めでたく金狼人が生まれてからは嫁と子供たちを大勢連れて静かな田舎にでも引っ越して暮らしたい、なんてFIRE生活を夢想しながらもレオンは巣穴の斥候を続けていった。

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