第494話 その程度の仲

「呪い、だる……」



 149階層で実際に呪蟻カースアントと対面しその呪いを身に受けたエイミーは、戦闘終了後でも風邪を引いたような顔のままユニスから治療を受けていた。そんな彼女の頭に生えていた紫色のきのこはポロリと落ち、そのまま萎んで消えていく。



「モンスターの癖してちゃんと守ってきやがるじゃん。聖属性のスキルで無力化とかできないの?」

「無理だったのですよ」

「その辺りの検証を最前線組がサボってるわけないし、情報通りだと思うけど」



 エイミーが呪蟻の呪いを受けた直後、丁度猫耳の間から小指みたいな茸が生えた。初めこそ可愛らしかったそれは時間経過と共にどんどんと成長していき、彼女の体力をみるみるうちに奪っていった。


 その間にユニスが回復スキルから聖属性のスキルでの浄化などを試みていたが、情報通り無駄だった。呪者である呪蟻を倒さない限り死ぬまで解けないことも、下手をすれば何千と死を重ねた探索者たちの検証からして確かなのだろう。


 だが幸いにも呪者を見抜くこと自体は容易い。エイミーに生やされたきのこの成長速度と呪蟻の腹部から生えている呪茸は同期しているため、それを狙って倒せば解呪される。


 ただそれは蟻たちも全体で理解しているからか、まるでヒーラーでも守るかのように兵隊蟻が身を挺ていして徹底的に防衛してくる。特に兵隊蟻の中でも触覚が異様に発達している将軍蟻ジェネラルアントがいる場合は指揮系統が加わるためかより強固となり、正面突破するのは中々に骨が折れた。



「これなら呪いかかったらいっそ死ぬのも手かもねー。……っていうか、これで半減してるんだよね?」

「対策なしだと回復スキル込みでもしんどいらしいよ。それに、ただ単に効果半減してるだけじゃないみたいだしね。そもそも呪い自体にかかりづらくもなってるみたいだし」



 刻印装備で対策しない限り呪いを回避するのは不可能に近い。呪蟻の腹部から生えている呪茸から射出される紫色の胞子を少し吸うだけでも呪いにかかってしまうからだ。そのせいで一匹の呪蟻に複数人が呪いにかけられてしまうことも多かった。


 だが刻印装備による呪い半減は体力を奪われる効果軽減の他にも、呪いのかかる確率自体を下げたり呪茸の成長速度を阻害したりと、文面には書かれていない仕様も多くあるようだった。


 そのおかげか紫色の胞子を少し吸ってしまったくらいでは呪いにかからないため、繊細な動きを要求されることはなくなっている。



「確かにあの数はダルかったっすけど、いけなくはないっすねー。むしろようやく手応えがあって楽しくなってきたところっす!」

「と、爛れ古龍で死んだ奴が申しておりますけども。クロアとしてはどう?」

「…………」



 水を差すなと言いたげな目で見上げてくるハンナに思わずにこにこしながら努が尋ねると、彼女は不思議そうに手にしている槌を持ち上げた。



「兵隊蟻だけならまぁ、やれないことはなさそうですね。でも。150階層には他にも厄介な蟻がいますから……」

「150階層で相手取るモンスター、大抵は兵隊蟻なんだし問題ないんじゃない? 前線でここまで暴れられたら十分だと思うけど」



 確かに彼女の言う通り兵隊蟻はその厄介な蟻たちを守る使い捨ての肉盾に過ぎない。だが蟻系モンスターの大多数を占める兵隊蟻を倒せなければそもそも話にならないことも確かだ。それらをいとも簡単そうに大槌で粉砕していった彼女の成果は、おびただしいほど地面に落ちている闇の中魔石が物語っている。


 しかしそれでもクロアはどうもしっくりきていないような顔で、呪い半減の他にもいくつかアタッカーに必要な刻印が贅沢にも刻まれている大槌に視線を落としていた。



「向上心が凄いね」

「誰かさんも少しはその姿勢を見習ったらどうなのです?」



 そう因縁をつけて絡んできたユニスに、努は自身が着ている現環境では深淵階層に最も相応しいであろう刻印が刻まれた教会服をつまんで首を傾げる。そんな彼にユニスは更に眉間の皺しわを深めた。



「刻印士としての成果は認めるのですが、探索者としてはどうなのです? ……アタッカーとしても悪くはないのですが、それはお前の本分じゃないのです」

「なんか、おんなじようなことをディニちゃんも言ってた気がする~。ツトムはヒーラーから逃げてるって」

「そんなに僕が同業の白魔導士に負けるところを拝みたいのかね」

「べ、別に私はそこまで言ってないのですよ? ……ただ、勿体ないと思ってるだけなのです」



 黄金色の大きな尻尾をしょんぼりとさせてそう呟いたユニスに、努もまた気まずそうに視線を宙に逸らしてため息をつく。



「随分と期待されてるところ悪いけど、今の僕が飛び抜けてヒーラー上手いとはとても思えないね。無名の中堅ですら普通に上手いと思える今の環境で三年ぶりのヒーラーが今更復帰しても通用する気しないし、単純に過去の栄光引きずってるだけな気がするけど」

「そんなことは、ないのです」

「お前に言われてもなぁ」

「……じゃあ、ステファニーやロレーナに言われたら納得するですか」

「あーするする」



 ユニスの問いかけに投げやりな回答を返した努は、しょうもなさそうな顔で闇の中魔石を拾い上げる。



「ディニエルとかリーレイアもそうだけど、ステファニーたちを過小評価しすぎなんだよ。こんな蟲毒みたいな環境の中ですら突出してた人たちが、三年も探索者から離れてた奴に実力で負けるわけないだろ。神台見てわからないか?」

「でも、ステファニーたちはお前を評価してたのですよ。そう遠くないうちにヒーラーとして上がってくるって、新聞に書いてあったのです」

「そう遠くないうちって、具体的にどのくらいだと思う?」

「……えっと」

「三ヶ月じゃまず無理だろうね。なら半年から一年くらい? 僕の考えじゃ一年かけても怪しいと思ってるけど、お世辞込みならまぁわからなくもないかな。とはいえ、一年だぞ。その間ずっと無限の輪のお荷物なんて僕は御免だけど」

「にゃるほどね~」



 そんな二人の会話におどけたような相槌を打ったエイミーは、暇つぶしに闇の魔石でお手玉していた手を止める。



「ツトムの言い分もわかるよ。ただでさえ三年のブランクがあるのに、ステファニーたちも相変わらずな位置にいるし尚更だよね。みんなツトムに期待しすぎてる部分もあると思う」

「だろうね」

「でもさ~、無限の輪にいた人たちなら絶対期待しちゃうって。ツトムは自覚なさそうだけど、それだけのことをしてきたんだよ。ユニスですらそうなんだから、ねぇ?」



 ユニスの後ろでにやにやしながら狐耳を両手で優しく握り潰しているエイミーに、彼女は止めろと言わんばかりに頭を振り回して睨み返す。それにハンナもうんうんと頷く。



「そうっすよ師匠! だから諦めちゃ駄目っす!」

「いや、そもそも諦めてはないんだけど。話も聞けない奴はすっこんでな?」

「聞いてたっす! なんなら魔流の拳、あたしが直々に教えてあげるっすよ!」

「全然聞いてないじゃん……」

「ヒーラーで使える人まだいないから、師匠が最強になれるっすよ!」

「そっすか……」



 脈絡のないハンナの発言に努がドン引きしていると、話し相手を引き戻すようにエイミーが咳払いしてから目を合わせてきた。



「そこまで刻印に入れ込めるなら一年もあれば実際ヒーラーとしても追いつけそうって、ディニちゃん含めみんな思ったんでしょ。だからこそあれだけ強く反対してたんだろうし、実際そのために手を貸してくれってツトムが言ってくれたら協力してくれそうだったしね」

「姑みたいな小言を聞かされながらヒーラーやらされるのなんて御免だね」

「立派な若木は折られると余計に成長するってあの人も言ってたよ? それも二十年そこそこの人間に折られたとなっちゃ末代まで続くってさ」

「理不尽にも程があるだろ」

「まぁねー。でもクランメンバーからすればそれくらい頼って欲しいよ。オルファンのこととかも、もっとツトムの力になりたかった」

「そうっすよ! なんで言ってくれないっすか? 言わなきゃ伝わらないっすよ?」



 少し悲しそうに白眉を下げながらそう言ってきたエイミーと、あたしたちの仲なのにと何故か睨んでくるハンナ。



「それに関してはガルムからもそれとなく言われてたし、善処するよ。ありがとう」

「……あいつと同じような感じなのは嫌だな~」



 むくれた顔のエイミーに苦笑いを返した努は、当然だと言わんばかりに胸を張る隣のハンナを見下す。



「それとお前にこれからも言わないのは、僕たちがその程度の仲ってことだよ」

「えっ」

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