第496話 まともなヒーラーとは
「うー」
149階層の戦闘で一度蘇生を受けることになったハンナは一人反省するように呻きながらも、換羽期だからかやけに抜ける羽根も構わずわしゃわしゃと翼を掻いている。
「まだまだ修行の身ですかな~?」
「うるさいっすーー!! そっちだってミスってたくせにーー!!」
「ハンナよりは仕事してますぅ~」
そんなハンナから落ちた羽根を何本か指に挟んだエイミーがおちょくるように首をくすぐると、彼女は鬱憤でも晴らすように叫んで追い回していた。
その光景を努はぼんやり眺めながら時折ドロップしている刻印油を回収していると、同じように回収作業をしていたユニスがずいと隣に寄ってきた。そして何だこいつと言わんばかりの努と同じような目で彼を見上げる。
「このPT編成ってよくよく考えると、昔お前が馬鹿にしてたアタッカー4ヒーラー1みたいなもんじゃないのです?」
「似てはいるけど正確にはアタッカー4、ヒーラー0.5、タンク0.5ぐらいじゃない? あとお前がたまに忘れてる時カバーしてるし、0.25は僕負担な」
「そんな細かいところはどうでもいいのですよっ。それよりも、これならあの時の私の主張は正しかったのではないのです? んぅ?」
「……いや、そもそもあの時っていつだよ」
「腕を踏み折られないと思い出せないのです? ならやってやるですよ」
そう言って弱者をいたぶるゴブリンのように腕を手に取ろうとしてきたユニスから距離を取りつつ、努は三種の役割の説明会の時かと思い至った。ただもう何年も前のことなので流石に記憶が曖昧だった。
「……お前がそう思ってるんならそれでいいんじゃない? 少なくとも僕は馬鹿にした記憶ないけど」
「……確かに馬鹿にまではしてなかったかもしれないのですが、少なくとも見下してはいそうだったのです」
「蘇生しかしないようなお荷物ヒーラー入りでアタッカー4とか、見下さない方がおかしくない? 馬鹿は死んでも治らないんだなぁって」
「ぶっ殺すのですよ?」
「確かに当時はゴミみたいな編成だったけど、三種の役割も多少煮詰まってる今の環境なら選択肢の一つにはなるよ。特殊な編成ではあるし、一部の迷宮マニアさんはお気に召さないようだけど」
進化ジョブなどで環境が変わったとはいえ、現状でも三種の役割を前面に押し出したPT編成は鉄板だ。タンクがモンスターの敵意を受け持ち、その間にアタッカーが攻撃し、ヒーラーが支援回復をして安定した戦闘で探索を進めていくのは基本である。
だが何もその一つだけしかPT編成が不可能なわけではない。それこそ攻め一辺倒でこちらが痛手を負う前にモンスターを一気に殲滅してもいいし、逆に守り一辺倒でモンスターの攻撃を受けるもひたすら無視して探索だけ進める編成も『ライブダンジョン!』には存在した。
そこまで尖らせてしまうと大抵はネタ編成になってしまうものの、時にはそのPTと戦法が噛み合う場合もある。それに一人だけアタッカーを増やして攻め重視の編成にすることなどは現実的な選択だ。
「あんまり特殊な編成ばっかりでやってると変な癖つくかもしれないけど、ずーっと三種の役割ばっかり忠実に守ってるのもどうかと思うよ。まぁステファニーがまさにそれなのにトップだからやりにくいのはわかるけど」
「三種の役割を広めた張本人が言うのはどうかと思うのです……」
「……お前が真っ当な探索者目線で文句言うのもどうかと思うけどね。そもそもまともじゃないだろ、お前」
そう突っ込むとユニスは信じられないと言わんばかりに目を見開いた後、噛みつくように声を荒げた。
「はぁ!? 私のどこがまともじゃないのです!? むしろツトムよりもちゃーーんとヒーラーやってるのです!!」
「僕からヒーラー教わったと思ったら他の二人と違って何故か探索そっちのけでスキル開発に凝り出すし、突然迷宮都市から帝都に移住したと思ったらそこで探索者しながらポーション調合までしてるし。それで迷宮都市に帰ってきたと思ったら刻印士してるし。迷宮マニアからもかなり色物な白魔導士扱いされてると思うけど?」
「……そんなことは、ない……と思うのですが」
「帰ったら適当な人に聞いてみれば? 率直な感想お待ちしてまーす」
そう神の眼に向かって言い放った努はユニスの方に押し付けた後、刻印油の回収作業を終えて魔石を拾っていたクロアの方に合流した。その後ユニスはちょっとだけ神の眼を占有して視聴者に語りかけるような独り言を漏らしていた。
――▽▽――
(ゼノの杞憂じゃ収まらないね、これは)
夫はスタンピード遠征に向かう前にゼノ工房と努の可能性について語っていたが、現状の天地がひっくり返ったような環境変化はその予想を遥かに上回っているだろう。
ゼノの妻であり迷宮マニアでもあるピコは、刻印装備による環境変化が起きる前から一番台そっちのけで努の映る神台に絞り情報を集めていた。
それは単純に努が過去に大きな成果を上げた無限の輪の元リーダーということもあるが、彼について語っていたゼノの言動の節々に何度か違和感を覚えたことが大きかった。努が周囲から批判されるようなことをすれば安心し、何か成果を出せば警戒するような空気感。
(三年ぶりに帰ってきた癖にすぐ無限の輪のクランリーダーになったから敵視してる……ってわけでもなさそうだし。そもそもツトムって身内に対しての情は深いから信用できると思うけど)
ゼノの何とも言えない様子からしてもしかしたら裏の顔があるのではと努の行動を調べてみたりもしたが、ここ最近は驚くほどに探索者関連のことしかしていない。酒や煙草もやらなければ裏町にも足を運ばず、クランハウスやゼノ工房でいつ眠っているかもわからないほど刻印士として打ち込む日々。
確かに人間離れした行動ばかりで不気味に映るかもしれないが、それを言ったら三年前からそうだった。迷宮マニアからあいつどんだけ神台見てるんだと空笑いを浮かべられることは多かったし、探索関連の物事にとにかく金と時間を使うことは様々な店から評判なのはピコでも知っていた 。
少々というか大分捻くれているところからして人は選ぶだろうし、外から見れば冷徹に映ることやあまりにも理解できないことをして批判されることもある。
ただ過去に助けられた者たちとは今も欠かさず交流を重ね、莫大な資産を詐欺られたことすら笑って流すことからして身内に甘々なことはピコからすれば明白だ。そんな彼を無限の輪に在籍しているゼノが警戒するだろうか。
(むしろツトムに扇動されて上がってきそうな中堅たちの方を警戒してるのかな?)
狂気的な追い込みで努は刻印士として大成し、最前線組が出払った隙に強力な刻印装備をバラまいたことで中堅層は急激な伸びを見せて深淵階層を突破しようとしている。
それはまさに火竜を突破する成果を上げ、三種の役割の有用性を証明して広めた過去の再来だと古参の迷宮マニアは興奮気味に語っていた。実際に怒涛の勢いで階層更新していく中堅探索者たちに刻印装備を分け与えている努の姿を見れば、それも納得ではある。
そんな考えに至ってからも努とその周辺の観察は続けているが、今となってはそういった事情よりも150階層を突破できるかを知るために視聴している。何せ努は階層主戦を初見突破することで有名だ。
百階層が果たして初見突破といえるかの定義は分かれるところだが、最前線との壁と呼ばれている150階層を突破できるかは迷宮マニアとして純粋に興味がある。
(PTの方針が大分変則的だから、迷宮マニアとしても中々意見しづらい……。十分戦えるとは思うけど、あまりにリスクを背負いすぎてるという意見も間違ってはいないしね)
蟻系のモンスターが出現する148階層から努はPTの方針を変え、ほぼフルアタッカーのような立ち回りで戦わせている。その型破りな戦法は迷宮マニアからの意見も真っ二つに割れたが、神台を見続けた反対派の中にはその可能性を見出した者も出てきている。
実際にピコから見ても一見無謀にしか思えないPTの方針は、150階層においては可能性を見出せるかもしれないと思ってはいる。
ユニークスキルといっても差し支えない魔流の拳が使える鳥人のハンナは、避けタンクの中でも唯一無二の存在だ。ハンナ専の迷宮マニアですら未だに把握しきれていない魔流の拳のバリエーションに、一度ハマってしまえばヘイトを受け持ちながらも無傷でとんでもない火力を叩き出す凶悪さ。
その分死ぬ時はあっさりと死ぬし、それで調子が崩れてしまった時はしばらく使い物にならなくなることもある。だがそのギャンブル的な強さは観衆を虜にするし、以前に比べれば下振れを加味しても最強の避けタンクという意見がほとんどだ。
それに刻印士として名を上げながら進化ジョブによるアタッカーもこなし始めた努の動きは、神台から見る限り想像以上の活躍をしていることが多い。まるで神の眼から見ているのではないかと錯覚するほど広い彼の視野は、的確にモンスターの痛い所を突き味方の窮地を救う。
今まで味方を支援するために活かされていた視野の広さは、アタッカーになってからはどのモンスターを潰せば味方が楽になるかといったことに活かされている。そんな努自身が咄嗟に援護できることでハンナの生存率は上がり、迷宮マニアでも筆舌尽くしがたい的確な指示はPTの火力を集中させ厄介なモンスターを片付けていく。
それを後押しするのは最前線でも通用するであろうアタッカーのエイミーとクロアだが、それに加えてユニスもここに来て良い味を出してきた。彼女は最近PTの方針を変えたからか支援回復の他にも攻撃に参加する頻度が多くなったが、特に劇薬を使用したモンスターへの妨害がハンナの窮地を救うこともあった。
それ以外にも刻印士として装備をその都度変えたり進化ジョブも使い始めたりと、とにかく彼女の手数は幅広い。特筆すべきは劇物による妨害ではあるが、痒い所に手が届くユニスの万能さはPTの潤滑油になっていた。
(そもそも、ツトムの指示に従えるだけでも優秀なんだよねー。普通はいきなりヒーラーアタッカー兼用して、ちょっとしたサポートもこなすなんて無理なんだよ。自信持って)
しかしそんな迷宮マニアからの評価も知らずに神の眼を抱えるアングルで疑心暗鬼になっているユニスが映る神台を見て、ピコは苦笑いを零す。
そんな特異的な三人がいるからこそフルアタッカー戦法は成立しているし、こと火力が必要な150階層では目覚ましい成果を上げるのではないかとピコは期待している。そしてバカンス気分の遠征から帰ってきた最前線組がどんな顔をするのかも、密かな楽しみだった。
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