第417話 気分ハレルヤ

(やばっ、もう一年経っちゃったのか)



 夢みたいな期間の終わりであるあの夏休みから一年。そして秋山君と富士山で初日の出を拝んでからもう半年が過ぎたかと思うと、時間の流れが随分と早く感じた。


 あれから努は日本円を金貨に替えるマジックバッグを満杯にするための金銭的な問題と、あの世界に帰った後すぐにヒーラーとして戦線復帰できる状態にならなければならない技術的な問題、その二つを同時に解決するアイデアを模索した。


 その結論として努は世界大会での賞金規模が最も大きく、かつヒーラー的な要素もあるPCゲームに切り替えて時間を投じ、プロゲーマーになる道を選んだ。幸いにも『ライブダンジョン!』で知り合っていた者が何人かはそのゲームをプレイしていたので、その者たちから学び尽くすことができた。


 元々狂ったように『ライブダンジョン!』をしていた経験によるプレイ時間のゴリ押しと、腕だけでいえばプロにも匹敵するアマチュア集団の中にいるという環境もあり、努は半年もすれば大会上位に名を連ねるぐらいの実力は手に入れた。



「ぷ、ぷろげーまー? それって何なのかしら?」

「……大学にも行かないで何をしているかと思えば、そんな馬鹿げたことをしていたのか」



 新しいゲームの実力を上げるよりも苦労したのは、親の説得だった。そもそもプロゲーマーという単語すら知らない母に、努を更に冷たくさせた顔つきという表現がぴったりな父。



「お前のやっていたライブダンジョンとやらはどうしたんだ? ん?」

「あれは――」

「もう終わったんだろ。それで次は違うゲームに乗り換えたわけだ。そんなにころころと変わる程度の遊びが、仕事になるわけがない。笑わせるな」



 それからプロゲーマーについて色々と調べ始めた母はまだしも、父を説得することに関しては困難を極めた。


 そもそも父とは今まで対立することなく無難にやってきた。『ライブダンジョン!』にドハマりした時でも、父が卒業していた大学には行ければ何をしてもいいと言われたのでそこにはギリギリではあったが現役で受かった。就職に関しても既に父の進言を参考にして既に内定を貰っている。


 そんな未来を蹴ってまで、まだ実績すらない夢物語を語ってもまともな対話など出来るはずもない。それに父の言うことが正論だということはわかっていた。



「どんなに反対されても、僕は大学を卒業したら海外に行って世界大会に出る」

「……阿保らしい。そんなにやりたいなら勝手にすればいい。もう息子だとも思わん」

「その方がありがたいよ」



 だが努はいくら否定されても意見を曲げず、父もそれは同じだった。そうして半ば喧嘩別れのような形で彼は実家を出ることになった。



(……いつも忙しそうにしている割に、仕事が早いな)



 それから数日と経たないうちに努が大学へ通うために住んでいた住居に解約通知書が送られ、その後は退去当日の立ち合いや鍵の返還なども行われて早急な引っ越しを余儀なくされた。毎月送られていた仕送りも当然止められたが、ある程度はそのまま貯金していたのですぐに金欠とまではいかなかった。しかし引っ越し費用でそれも心許なくはなるので不安は付き纏った。



「連帯保証人の欄、お母さんの名前書いていいからね」

「あぁ、そういえばいるんだっけ……わかったよ」

「大学もそこまで通わなくていいんだし、初めは少し都心から離れた安いところにしなさい。あ、絶対下見はしなさいよ。適当に決めるとまた引っ越さなきゃいけなくなるんだから。あと引っ越したら住所は必ず送りなさい、食材くらいは送れるから。あ、それと金銭の仕送りについては禁止されたけど、引っ越し費用くらいは私から振り込んでおくから~」

(お母さんってこんなにたくましかったっけ……お父さんの前じゃ慎ましやかで仲良さげって感じだったと思うんだけど……まぁ、何にせよありがたいですけど)



 ただ異世界では存在しなかった母の思わぬ活躍と味方ぶりには、正直なところ驚きが隠せなかった。



「それと、あの人の息子とも思わんっていうのは、努をもう子供と思って扱わないって意味だからね。あれだけの啖呵を切ったんだから、しっかりやりなさい」

「……わかってるよ」

「いーや、わかってないわよ。私が言わなかったら絶縁だって思ってたでしょ。努はそういうところ、あの人とそっくり――」

「はいはい、もう切るよ。引っ越したらまた掛けるよ、ありがとう」

「ちょっ――」



 そうして電話を切った努は引っ越し作業を秋山君に手伝ってもらいながらも新たな物件に移り住み、その後母から送られてきたお米などで食い繋ぎつつより一層ゲームに励んだ。


 その結果として努の在籍していたチームは世界大会の予選リーグへの参加資格を勝ち取り、現在彼は数人のチームメンバーたちと共にラスベガスへと足を運んでいた。



(さっさと優勝しておきたいところだけど、今の感じじゃ厳しいだろうな……)



 日本の中では努たちのチームはほぼ負けなしで、アジア圏の有力チームをも下して予選を勝ち取ったのでダークホースとして注目を浴びている。しかしこのゲームが生まれた地でもある北米チームのレベルがとんでもなく高く、その周辺地域のチームも負けてはいない。そんな中、弱小だった日本チームがこの土俵に滑り込めたことが奇跡のような扱いだった。



(でもここで簡単に負けてるようじゃ、あの世界に帰るのが遅くなるだけだ。あまりここでまごまごとしてはいられない。ガルムたちを待たせすぎるのも悪いしな)



 今大会の予選はランダムな四チームが割り振られた枠の中での総当たり戦で、上位の二チームが本選へと進む流れになる。そして今回努たちがいる枠は幸いにも弱小と評価されているチームばかりが集まったので、本選への参加自体は難しくないだろう。



(まずは明日の一勝を掴み取って本選に行く)



 そう努は意気込みつつ、寝慣れない固めのベッドに入って明日に備えて就寝した。



 ▽▽



「はぁ……」



 それから一週間後。努はチームメンバーと共に日本への直行便には乗らずに、現地で秋山君と合流して赤肌の岩々が連なる渓谷地帯を沈んだ顔で歩いていた。


 先日開催して今も行われている世界大会の予選、努たちのチームは全敗で幕を閉じた。弱小チームのお遊戯会と評されていた枠の中でさえ、まるで歯が立たなかった。単純な地力から大会の場数、そしてヒーラーとしての実力含め全てが負けていた


 その結果を見せつけられて努がホテルの一室で萎えながらも備え付きのPCで大会のリプレイを見ている時に、秋山君からレッドロックキャニオンというラスベガスから近い砂漠の荒野を探索しないかという誘いが来た。それに彼は気分転換と称してそれに乗り現地へと残っていた。


 ただ努はその雄大な自然を前にしても、考えていることはさして変わりはしなかった。頭によぎるのは大会中の判断ミスに、あまりにも強すぎた相手のことだけだ。流石に『ライブダンジョン!』や、あの世界のように簡単にはいかない。応用できるところこそあるが、まだ自分の想像と実力を合わせることが出来ていなかった。今は前の世界がどうこうよりもこのゲームに集中して臨まなければ、勝てるものも勝てない。



「ここを登ったら気分もハレルヤ」

「やかましい」



 その屈強な肉体とは裏腹にスパイダーマンさながらの動きで赤い岩壁を登っていく秋山君からの言葉に、努は一つため息をつきながら出っ張った岩に手をかけた。そしてスパイダーマンとまではいかないものの、元々その岩壁がボルダリング目的で作られていることもあってすいすいと登っていく。



「流石にこれを安全帯なしで登るの怖くない?」

「自己責任!」

「僕はこっちから行くよ」



 上級者向けのクライミングコースをも恐れない秋山君を横目に、努はそこそこ斜度のある道での登頂を目指して彼とは一旦別れた。



(今考えると神のダンジョンって観光施設としてかなり優秀だよな。こういう砂漠っぽい渓谷もあったし、海、火山、雪原……バリエーションも豊富だし)



 自分がそんなところに行くためにはわざわざ車や電車で長時間かけて赴かなければならないが、神のダンジョンならギルドに行って転移するだけだ。最悪死んでも生き返れるので万が一の事故も怖くないだろう。それに比べてここはほとんど仕切りの柵すらないので、大袈裟に足でも滑らせれば行方不明者の仲間入りだ。



(まぁ、それでもこれの便利さには勝てないけど。あっちの世界でもどうにかしてインターネットとスマホが使えたらなー)



 神のダンジョン関連のことはあちらの世界も便利ではあるが、やはりスマホ一台で大抵のことは済ませられるこちらの世界も相当に便利だ。それこそスマホ一台で配信すらも出来てしまうので、神台の代用にもなり得る。


 スティーブジョブズ、転生してくれないかなぁなどと下らないことをぼんやり考えながら歩いているうちに、努は形式上の山頂へと辿り着いた。そして秋山君と合流してカップラーメンをすすりながら一息つく。



「日本、帰るかぁ。秋山君はまだ海外いるの?」

「山が俺を待ってるんだ」

「高山病でも発症してるのかな?」

「おぉ、そうかも!! じゃあ努は……ゲーム依存症?」



 ある意味で自分と同じような狂気すら感じる秋山君の悪気はなさそうな言葉に呆れながらも、努は自分のやることを再確認したので早々に下山の準備を進めた。

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