第406話 無限の輪の引き継ぎ
翌日にガルムたちはまるで猛獣でも管理していたかのような顔色をしていた警備団の者たちから、ディニエルの身柄を引き受けた。捕縛されている間に暇つぶしで狙撃の練習を行っていたせいか、彼女が出ていく際には警備団に勤務していた弓術士たちが尊敬の眼差しで敬礼し見送っていた。
そして一度妻の待つ家に帰って話し合っていたゼノとも途中で合流した後、ガルムはクランハウスで全員を集めてエイミーの持っていた不可思議な用紙と共に努の事情と、彼が既にこの世界から去ったことを説明した。
「くだらない」
そんな事実を突然聞かされての反応は様々であったが、その中でもディニエルはもう用はないと言わんばかりにクラン脱退の意思を早々と表明して荷物の引き上げを始めた。エイミーはガルムから手紙を受け取った後、そんな彼女に黙って付いていく。
「……おい、それじゃあ、昨日の騒ぎってのも冗談じゃねぇのかよ?」
「諍いが起きていたのも事実だ」
「何だよ、それ……。は? 意味わかんねぇ……」
昨日のことも寝耳に水だったアーミラは困惑した様子だったが、段々と物事を理解し始めたのか最後には苛ついたように階段の柱を殴った後、どすどすと足音を荒げて二階へと上がっていってしまった。ダリルもまさか昨日で努と別れることになるとは想像もしていなかったのか、呆然としている様子だ。
「ツトムから残された手紙が各自にあるようだから、それを渡しておく。これからのことに関わることだ。それを見てじっくり考えてほしい」
他の者たちは驚いてはいるものの冷静ではあったので、ガルムは努の部屋にあった机の引き出しに入っていた手紙を各自に渡した。各々神妙な顔でそれを読み進めていく中、すぐに流し読みし終えたハンナは手持ち無沙汰に青い翼をゆっくりと伸ばし始める。
「なるほど、だからツトムさんはあのような……」
「えっ!? これってもう一生遊んで暮らせるんじゃ……!?」
オーリは自分に送られた手紙を見て努が何故余命宣告された貴族のような資産形成をしていたかに納得した様子で、見習いの者は遺産の巨大さに目を白黒とさせていた。そんな中、いち早く手紙を読み終えたゼノは尋ねる。
「ツトム君が帰ってくるまでのクランリーダーは、ガルム君になるのかね?」
「今のところは、私が任せられている。他に適任がいると皆が言うのなら譲るかもしれないが」
「なるほど。それならば少しは安心したよ。ガルム君まで無限の輪を離脱するとなると、存続も危ぶまれるだろうからね」
「……ゼノは残るのか?」
ガルムが思わずそう尋ね返すと、彼は不敵な笑みを浮かべながら銀髪を払った。
「正直なところ、昨日のこともあって悩みはしていた。だがツトム君の手紙を見て私は残ることを決めたよ。ここまでの知識と財産を残してくれたのだ。礼を言うまでは無限の輪を残しておきたいからね」
「そうか。私からも感謝する」
ゼノは努からの手紙を折り畳んでそう言いのけると、暇そうにしていたハンナに目を向けた。
「ハンナ君はどうするのかね?」
「ん? あたしは師匠の言う通りにするっすよ~。取り敢えず、おじいちゃんに弟子入りするかもしれないっすね~」
努の言うことを聞いておけば間違いないと、悪く言えば思考停止している彼女は手紙に書かれた内容通りに動くようだった。ただリーレイアやコリナ、ダリルは手紙を読んでもまだ悩んでいる様子だったので、ゼノは敢えて三人には聞かなかった。
「これから先のことを今すぐに結論付けることは難しいだろう。アーミラやギルド長にも手紙を渡さなければならない。私が事後処理を主にするから、その間に皆はこれからのことを考えておいてくれ。ただ、オーリには相続関係のことを手伝ってもらいたいのだが……」
「そのことについてはこの手紙でも記されていましたから、お任せ下さい。他にも手伝えることがあると思いますので」
「よろしく頼む」
努からの手紙である程度は事後処理の流れは掴めているとはいえ、ガルム一人でそれを行うことは容易ではない。オーリは自分に残された遺産額に浮かれている見習いの頬を軽く抓って目を覚まさせると、すぐに努が帰った後の事後処理に入った。
それからというものの、無限の輪の者たちは忙しない毎日を送った。
オーリはとにかく努の遺産が彼の指示通りに引き継がれるようにいくつもの手続きや交渉を済ませなくてはならず、その仕事が終わる頃には白髪を何本か抜くことになった。見習いの者もそれをひーこら言いながら手伝った。
努が探索者を一時引退して地元に帰った、という報道が数日後に行われてからはクランメンバーたちもしつこいほどの取材を受ける羽目になったし、新たなクランリーダーとなったガルムには特に酷かった。
そして努の逃げるような離脱は、無限の輪にも大きな痛手を伴うことになった。ディニエルは先の出来事もあってかすぐにクラン離脱を表明し、冷めた顔で別れも早々に去っていった。アーミラは怒りながら実家に帰ったきりで姿を見せなくなり、エイミーも一時的とはいえ探索者としての活動を休止することを発表し何も告げず何処かに消えてしまった。
「僕も……抜けます」
その中でも他のクランメンバーたちを驚かせたのは、日にちが経った後でダリルが離脱宣言をしたことだった。正直なところガルムも彼が抜けるなどと言うとは思ってもいなかったので、まずは引き留めた。
「待て、少しは考え――」
「僕だって、色々と考えましたよ!! ……でもっ、ツトムさんに何も相談されなかったことが、どう考えたって引っ掛かりますよ! いいですよね、ガルムさんはっ! 僕は、何も聞かされてませんからっ! 何なんですかっ、そこまで信用されてなかったんですか!? これまでのことは、何だったんですか!?」
「……」
「……結局、捨てられたんです。前みたいに」
元々親に捨てられた孤児であるダリルにとっては、努との別れ方はトラウマを再燃させるようなものだった。鼻をすすりながらそう言った彼に、ガルムは何も言えなかった。
それからはゼノからも努は手紙で知識や財産を残していることからして、決してダリルを捨ててなどいないと理論立てて説明したが、彼はそれを理解は出来ても納得は出来なかった。
そうしてダリルも涙を零しながら既に記入していたクラン離脱の書類を机に置き、その後オーリに説得されても構わずにクランハウスを出ていってしまった。
「残ったのはこれだけ、ですか」
その翌日にクランハウスへと集まった者を見て、リーレイアは残念そうに言った。結果として無限の輪に残ったのはガルム、ゼノ、ハンナ、リーレイア、コリナの五名だった。
「PT的にはバランスが悪いですね。ハンナがアタッカーもこなせるとはいえ、些か攻撃力に欠けます。新しいメンバーを募集しなければならないかもしれませんね」
「そ、そうですね……」
正直なところ計算高いリーレイアも抜けるだろうな、と心の中では思っていたコリナはおずおずといった様子でその意見に同調した。そんな彼女のことなどつゆ知らず、ハンナは純粋な疑問をぶつけた。
「リーレイアはどうして残ったっすかー?」
そんなハンナの質問にコリナは「あっ」とでも言い出しそうな表情を見せ、ゼノやガルムも気になっていたのか関心を寄せるような顔を向けた。するとリーレイアは少し考える素振りを見せた後に聞き返した。
「どうしてだと思いますか?」
「んー、師匠からの手紙に何か良いことでも書いてあったっすか?」
「……ハンナにしては鋭いですね」
「おっ、当たったっすー!!」
自分の推察力に喜んでいるハンナをよそに、リーレイアは控えめの笑みを返す。しかしそれにかまけて内容までは言及しなかったハンナに、ゼノはやれやれといった顔をするしかなかった。
「とにもかくにも、まずはこの五人で踏ん張らなければいけない。ダリル君やエイミー君たちが帰ってくるまではね」
「あぁ。皆、これからもよろしく頼む」
そう言って頭を下げたガルムに、四人は反応の大小はあれど各々の返事で答えた。
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