第407話 カミーユの決意

(全く、ツトムにはとんでもない置き土産を渡されたものだな……)



 先日ガルムから直接渡された手紙で驚くべき事実を後になって知らされていたカミーユは、朝刊で努の引退が報じられ午後になっても騒ぎが収まらないギルド内を見渡してため息をついた。


 以前よりも落ちぶれてしまった者が引退するのならまだしも、今も到達階層が一位の探索者が突然引退するなど一般的な常識からすれば考えられない。初めは同時に休んだエイミーとの駆け落ちなどを邪推されたものの、彼女の姿は既に迷宮都市内で確認されている。そして当の本人は何処を探しても見つからなかった。



「ツトムの地元って、一体何処なんだろうな? ソリット社とバーベンベルク家でも掴めてないらしいぞ」

「となると、王都の方でもないよな。もしかして帝都から来たとか?」

「だとしても、国境越えられるわけないしな。仮にそうだとしたら、今頃警備団に捕まってるって。余程の辺境なんじゃね? ほら、ハンナも確か辺鄙な村出身だったし」



 この三日間、努の足取りが不自然なほど掴めていないこともあって警備団の中でも選りすぐりの部隊は念のため王都の仮想敵国である帝都の国境付近まで派遣されていたが、今のところ彼の姿は確認されていない。


 様々な憶測が混じりあう中で、努の引退と無限の輪のクランメンバーまでも脱退する騒動は探索者にも衝撃を与えていた。この出来事は今の現状に満足していない者や、努力の割に結果が実っていない探索者たちが自身の立場を考える切っ掛けにもなり、クランの移籍や引退を表明し始める者も少なからずいた。


 そんな変革の流れもあって今のギルドはクランの移籍や募集を取りまとめるのに多数の人員を割かねばならず、非常に目まぐるしく仕事をする羽目になっていた。クランメンバーの募集掲示板には人がごった返し、その熱気に浮かされている探索者たちはこれからのことについて熱く語ったり、これを機にと大きな決断を用いる契約や交渉などをしている。



(この熱が冷めた後の事後処理は面倒そうだ。水着何着分かな)



 確かに移籍や引退した方がいい者がいることは事実だが、その逆も有り得る話だ。その方面のトラブルが発生することは目に見えていたのでカミーユは職員たちに無用なアドバイスをせず、書類上の契約に不備が起きないよう確認を徹底することを指示していた。



(しかしまぁ、ツトムは本当にやってくれたな。素直に話してくれれば……というのは我儘なのかもしれないが、それでも打てる手はあっただろうに)



 努が何かを隠していることはカミーユも察してはいた。だが流石に別世界の人までとは、ガルムからステータスカードに似た書類を見せられるまでは信じられなかったし、彼が周りに相談出来なかったのも無理はないと思った。それに自分へ送られた手紙には色々な手続きの上で謝罪されていたので、若干の悲しさはあれど理解は出来た。


 だが表では酒に酔いながら努を裏切り者と罵倒し続け、夜には一人枕を濡らしている娘の立場を考えると、果たして努の行動は正しかったのか。そう言われるとカミーユも首を捻らざるを得ない。


 もし自分が娘の立場だとしたら、努には一度くらい相談してほしかっただろう。神のダンジョンを通じてアーミラは努に尊敬と信頼を寄せていたし、たまに外で話す時も随分と楽しそうだった。だが結果として努はガルムとエイミーにだけ相談し、事前に書いていた手紙を残したとはいえ直接的には何も言わずに立ち去ってしまった。



(恐らく、ツトムからすればそこまで信頼を明確に分けたわけではない。だが他のクランメンバーからすれば、そう見えてしまう方が自然だろう)



 だからこそアーミラやダリルは努との関係性を考えてしまったのだろう。そもそも自分は初めから信頼などされていなかった。努が帰るために利用されただけだとか、悪く考えようとすればいくらでも出てくる。



(しかしあれだけ秘密主義だったツトムが、初めから素直に二人へ打ち明けたとも思えんからな。だがそれを理解して納得しろというのも、あの子たちには酷だろう)



 努のあの性格からして、初めから二人に秘密を明かしたとは思えない。そんな気概があれば自分や他のクランメンバーにもきっちり話していただろう。


 努は恐らく最後まで誰にも秘密を明かすことなく、一人でひっそりと帰るつもりだった。しかし何かしらの事情があって二人には秘密が漏洩してしまい、彼はやむなく詳しい事情を話すことになったというのがカミーユの推測だった。昨日見せてもらったガルム宛に残された手紙の文脈からみても、その推測は大方当たっているのでは思っている。



(早くツトムが帰って来られる手段を模索しなければな……)



 ただ努がまたこの世界に帰ってきたいと明言したことは、カミーユにとっても嬉しいことだった。直接ではないにせよ彼がそこまで心情を吐露してくれたのなら、頑張り甲斐があるものだ。


 だからこそ努が帰って来られる手段を早く見つけ出さなければならない。それと同時に努の起こした惨状にも今から何か対処しなければ、彼が帰ってくる頃には既に修復出来ないほど崩壊している可能性が高い。娘だけでなく他のクランメンバーたちのフォローもしなければならないだろう。


 カミーユは努が帰ってきた後には高い買い物にでも付き合わせてやると妄想を膨らませながら、ギルド長としての業務を手早く終わらせると二日酔いで潰れていそうな娘の待つ家へと帰った。

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