第402話 崩壊

「街中でのスキル使用は犯罪っ……!?」



 ヒールと思わしき緑の気が夜空に上がっているのを確認して現場に駆け付けた警備団の分隊は、その人物たちを目にして思わずたじろいだ。百階層を攻略した無限の輪の面々が対峙し戦闘態勢まで取っていることは、たまたま付近をパトロールしていたに過ぎない警備団の一分隊だけでは手に負えないことが明らかだった。



「早く警告灯を放て!」

「しっ、しかし」

「なら俺が撃つ! 笛をとにかく鳴らせ! 他の分隊にも知らせるんだ!」



 ほとんど使用する機会のないそれを撃つことに躊躇した部下に代わり、分隊長が自ら警備団たちに緊急事態を知らせる赤の警光灯を夜空に向けて放つ。それと同時に周囲へ危険を呼びかける合図である警笛をとにかく鳴らした。


 そんな警備団たちを横目で確認した努は降参するように手を挙げながらも、撃たれた左足を引きずりながら近づいた。



「見ての通り、突然ディニエルに後ろから足を撃たれたからそれの応急処置でスキルを使用した。これはもうクラン内だけで解決できるような問題じゃないから、まずは実行犯の拘束を頼みたい」

「…………」



 そんな努からの提案に、分隊長は冗談じゃないといった顔でディニエルを見据えた。確かに努の左足に刺さっている矢から見るに、弓を手にしている彼女が撃ったという状況証拠はある。周囲にいる人物たちの様子からして彼の証言も間違いではないようだ。


 だが先日ようやく五十レベルを超えた自分たち分隊程度で、九十レベル越えで尚且つ百階層の攻略に最も貢献したと報道されている弓術士を拘束できるわけがない。もし戦闘になろうものなら瞬殺される未来が容易に想像できる。


 それでもまだ市民に危害を加えるような凶悪犯罪者が相手なら、殉職も辞さない覚悟はしているつもりだ。だが見るからにクラン内での諍いで起きたであろう戦闘、それもただ足を撃たれた程度のことでそんなリスクを背負うのは御免だった。


 それに一般人ならまだしも百階層を突破したような探索者が、足を撃たれた程度で仲間の拘束を頼むというのもおかしな話だ。そんな彼の心情を察してか、努は警備団側に寄り添った提案を持ちかけた。



「足を撃たれた程度でここまでの騒ぎにして悪いとは思ってるけど、何せこれはディニエルの私怨も関わってるんだ。だからいずれ本当に闇討ちされる可能性もあると僕は思ってるから、拘束を頼んでる。クランメンバーと警備団の前じゃディニエルも迂闊な真似はできない。それにさっきの光で応援が駆け付ければ犠牲も出さずに拘束は出来る。そのためには勿論クランメンバーたちも協力は惜しまない」

「…………」

「ただ、僕は足の状態が悪いから一旦離脱させてもらうよ。恐らく骨が砕けているから治療に手間取ったら数日は安静にしないといけないかもしれない。そうならないためにも治療専門で信頼できる白魔導士のところで治してもらわないといけないからね」

「ツトムは私たちが百階層を突破した時にドロップした用紙を盗んだ。逃がしてはならない」



 途中で話に割り込んできたディニエルに、努は呆れたようにため息をついた。



「そもそも、僕はその用紙を盗んでない。ディニエルもエイミーが盗んだってことは確認してるんだろ? それが何で僕のせいになるのかわからないね。そんなに言うならエイミーの荷物検査でもしたらいい。護衛はガルムだけでもいいし、僕は構わないよ」



 努からの思わぬ提案に、ディニエルは神妙な顔で黙り込む。ここで用紙の在処を追求しようものなら、努は平気な顔でエイミーを切り捨てる。そんな冷たさが伝わる声色と辛辣な目つきだった。


 ディニエルとエイミーの視線が交差し幾ばくかの気まずい時間が過ぎた後、努は助け船でも出すようにその沈黙を破った。



「それに僕が指示したって言ってるけどさ、仮に僕がそれを欲しいと思っていたとしてもわざわざ警戒されてる今日に、それも盗みなんて実行しないね。さっきも言ったけど、やるにしてもバレないようにもっと上手くやるさ。皆もそうは思わない?」



 ある程度は頭の回るゼノ、リーレイア、コリナからすれば努の言い分には信憑性があり、その様子からしても本心でそう言っているように見えた。三人に比べるとそこまで話がよくわかっていないハンナは穏便に済まそうとしているのかとにかく頷いている。


 実際のところ、努も嘘は言っていない。今日突然エイミーが暴走してその用紙を盗んできたことは事実であり、勝手な思い込みで足を射抜かれたことについても本気で怒っている。


 だがこの迷宮都市の常識で考えれば、盗人の足を撃ち抜くぐらいは平気で許されることも確かだ。殺しさえしなければ回復スキルですぐに治せはするので、過度な私刑が行われることすらある。


 そのためディニエルが足を撃ち抜いたこと自体は普通ならここまで大事になるようなことではないし、仮にそれが冤罪だったとしても相手が民間人ならまだしも、荒事に慣れている探索者同士なら謝罪して酒でも奢れば済むような話だ。


 しかし努は他のヒーラーと違い死ぬことへの耐性がないため、探索者たちが持っているような常識は当てはまらない。感覚としてはその辺の一般人と変わらないので、足を射抜かれても軽い謝罪で済まされるのはたまったものではない。


 だからこそ努は本気で怒っていたし、その怒りが冗談ではないことを理解したゼノやコリナはその理由もある程度は推察出来ていた。そのため努の言い分にも一定の理解を示し、ディニエルの行動に疑問を持つほどになっていた。



(地雷が連鎖爆発してクランが崩壊していったのを思い出すな)



 それに加えて『ライブダンジョン!』でクランの人間関係をいかに円滑にして運営していくかを実践していた努は、こういった対人トラブルも死ぬほど経験している。そのこともあってディニエルの犯した些細なミスを拡大解釈して一応筋は通る論理を展開し、今まで滅多に見せなかった強い感情も前に出してクランメンバーの説得に成功していた。


 そうこう話しているうちにも警告灯を確認した警備団の分隊は、続々と周囲に集まってきていた。そしてどんどんと事態が大きくなっている様子に焦りも覚えているクランメンバーに、努は一転して安心させるように落ち着いた声で話しかける。



「僕を撃ったディニエルは警備団に拘束はさせるけど、罪に問うつもりはない。僕はダンジョンでもそんなに怪我をしてこなかったから不意打ちの狙撃に怒りはしたけど、普通の探索者ならこんな大事にしないって認識も理解はできる。だからディニエルには明日にでも出てもらうつもりだし、除名することもない。勿論ゼノもね」

「……そうですか」



 多少のトラブルはあれど取り敢えず穏便に収まる形にはなったことに、コリナはホッとしたように息をついた。その他の三人もその結果に納得している様子を見て、ディニエルは表情を出さないようにしながらまたエイミーを見つめた。そして彼女と目を合わせた後、頭を下げた。



「撃ったことについては、謝罪する。ツトムを犯人扱いしたのは早計だった」

「僕も色々と言ったことは悪いと思ってるから、今日はお互い頭を冷やして明日改めて話し合おうか。あぁ、用紙に関しては足の治療を済ませてからすぐに探してみるよ」

「…………」

(絶対内心じゃ納得してないだろうな。もし明日帰ってきたら本気でぶっ殺されそう)



 今回は見かけ倒しの理論を感情論で飾り立て、立場だけで言えば正しかったディニエルの意見を封殺した形になったのでその内心たるや想像したくもない。



(これを機にクラン派閥内での争い方も学び始めたらクランメンバーとしては化けそうだな。まぁ、面倒臭がって森にでも引き籠ってそうだけど)



感情を押し殺しているであろうディニエルが場を収束させるため警備団に連行されていく姿を確認した努は、クランメンバーたちが冷静にならないうちに足の治療と銘打ってその場を離脱した。

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