八章

第383話 BANの可能性

「……今から帰還してコリナと代わりたいのですが」

「もう手遅れだろ、あの様子じゃもうギルドを出てるだろうし」



 ギルドの魔法陣で飛ぶ直前にリーレイアはアーミラをおぶっているコリナを目ざとく発見したが、既に努が階層を指定して転移してしまったので彼女の願いが叶うことはなかった。するとリーレイアはにべもないことを言う彼を流し目で睨んだ。



「ツトムは間が悪いですね。早い男は嫌われると聞きますが?」

「昼夜問わずアーミラに発情してる竜人が何を言ってるんですかね」

「……相変わらず最っ低ですね。もし私が逆上して実力行使にでも出たら何の抵抗も出来ないくせに、よくもまぁずけずけと言えるものです」

「逆上するような奴はそもそもそんなことすら事前に言わず襲ってくるだろうよ。アーミラとかハンナとかな。それに他の人が助けてくれるだろうし」

「貴方の周りから誰もいなくなった時が楽しみですね」

「……お二人共言葉遊びも程々にして下さいね」

「むしろ仲はいい方なんじゃない」



 ダリルとディニエルにそう言われたリーレイアは澄ました顔で無視を決め込み、草原階層にある草が踏みしめられて作られている広場で精霊術士のスキル練習を始めた。



(BANはなしか。もしかしたらダンジョンからの追放までしてくるかと思ったんだけど、爛れ古龍の調整みたいに稚拙じゃなくて良かった)



 努はクランハウスで目覚めた後は自分が黒を越えた経緯をダリル、リーレイア、ディニエルに改めて詳しく説明し、それからは神台にほぼ映らない一階層に転移して自分がダンジョンに入れることを確認していた。


 神のダンジョン内で悪意を持って人を殺すとその者はギルドの魔法陣での転移が出来なくなり、ステータスやスキルの恩恵も受けられなくなる。それは努で言うところの永久BANであり神のダンジョン強制排出という異例な現象もあったので有り得る話だったが、どうやら杞憂きゆうに終わったようだった。一応クランハウスで起きてからもスキルは使えていたのであまり心配はしていなかったが、一安心といったところではある。



「ツトムがしでかしたことを考えると追放されてもおかしくはないと思いましたが、神が寛大なお方でよかったですね」

「本当に寛大なお方で在らせられるなら百階層もあのまま進めさせてくれたと思うけどね。それなら突破まで出来た可能性もあるし」

「あまり下手なことを言うな。本当に追放されてスキルが使えなくなったらどうするつもり?」

「そ、そうですよぅ」



 この中では神に一番畏怖を抱いているであろうダリルが怯えているのと共に、努の右ポケットにすっぽりと埋まっていたウンディーネもぷるぷると震えている。だが彼はそれを意に介さずにディニエルへと振り返る。



「もしそうなったとしたら仕方がないよ。結局のところダンジョンからの追放基準が悪意のある人殺ししか確認されてない以上、百階層で僕がしたことが追放になるかなんて誰にもわからない。それこそ神のみぞ知るところだし」

「それなら――」

「でも結果として僕はダンジョンから強制的に追い出されはしたけど追放まではされていない。だから神様は全て御赦おゆるしになったんだろうよ」

「随分と余裕のある顔をしているけれど、ダンジョンから追放されれば貴方はステータスやスキルの恩恵も受けられないただの人に成り下がる。そうなったとしたらどうするつもり?」

「そうなったらツトムは本当に一人になるかもしれませんね?」



 淡々とした事実を突きつけてくるディニエルに、ぱぁっとした晴れやかな顔でそんなことをのたまうリーレイア。そんな事実に基づいた追求と悪意に対して、努はむしろ心地よさそうな表情で語る。



「仕様の裏を突かれたくらいで追放までしてくるくらい神が人間臭いなら、こっちに打てる手もある。何も黒を越えることだけが仕様の裏なわけじゃないからね。もし僕がダンジョンから追放されたとしても神台を見られなくなるわけじゃないし、探索者の口を塞ぐことも出来ない」

「……仕様の裏を突き続けるつもり?」

「神にとっては僕を追放することよりそっちの方が面倒だろうしね。でもディニエルの言う通り追放されるリスクもあったわけだから、今回のことは結果こそ問題なかったけど反省はしてるよ。僕だってダンジョンから追放されたいわけじゃないし、もう仕様の裏を突いて突破しようなんて思っていない」

「その方がよろしいでしょうね。これで調子に乗って仕様の裏をかき続けでもすれば、本当に追放されかねませんから」



 努は会話が神台では聞き取れないほど遠くに漂う神の眼に目を向けた後、その周囲でこちらの様子を窺っている粗末な装備のゴブリンたちに視線をずらす。もしステータスとスキルを剥奪された自分が一人だとしたら、あのゴブリンたちは襲撃をかけてきたに違いない。それに現実への手がかりも神のダンジョンにしかないため、追放されるわけにはいかない。


 だが百階層では死への恐怖を運営への怒りにすげ替えていたあまり、もはや後先考えずにバフされすぎな爛れ古龍の仕様を利用したバグを狙い『ライブダンジョン!』を改悪した神に一矢報いることしか頭になかった。なのでディニエルの言う追放のリスクに関してはごもっともなため、反省の意は示しておきたかった。



(ただ……この二人がアレなだけだからな。まぁダリルとガルムは最悪ゴリ押しで行けるだろうけど、エイミーとアーミラは怪しいかもしれない)



 リーレイアは神竜人でもあるアーミラを、ディニエルは森を信仰しているため神の話題に対しても深刻さはあまり窺えない。ただし二人は迷宮都市の中でも例外にあたるため、ダリルのような反応が一般的ではある。



「それじゃあ検証も済んだし帰ろうか。クランハウスでエイミーたちにも百階層でのことは詳しく説明しなきゃいけないし。……もしアーミラがキレたら止めてくれよな」

「……僕はまだちょっとだけ疑ってはいますけどね」

「お前は僕を買いかぶりすぎなんだよ。そもそも死んだのもこれでまだ二回目なんだから、死がまだ怖いのは想像出来るだろ」

「それならここで何回か死を遂げておいた方がいい。死に慣れるいい機会」

「百階層に関してはもう大丈夫だと思うから遠慮しておくよ。伊達に二十四時間引き籠っていたわけじゃないし」



 ダリルにはフェンリルの時にも無駄に買い被られて嫌な気分にさせられたため、努はギルドまでの道中で自分が死の恐怖でPTメンバーを見捨てて逃げ出したことは既に話していた。それでもダリルだけはまだ疑っている様子であったが、リーレイアとディニエルはその話に納得はしているようだ。



「勝手に育つ雑草みたいな木で助かる」

つたに巻かれてこけだらけになっても倒れそうにありませんね」

「逆に腐らせて自分の肥料にしそう」

「もし倒れるにしても周りに毒素やら発するのでは?」

「それなら災厄の木として逆に信仰されてる。実際そうなってる人は何人かいるし」

「……それじゃあ帰ろうか」



 二人の会話があまり理解出来なかった努はスルーして黒門からギルドに帰還した。そして黒門から努が姿を現すと、門番の顔は強張り周囲も若干ざわつき始めて距離を置き始める。



「……ダンジョンには潜れるのか」

「でも百階層についてはわからないぞ」

「一先ず今は関わらない方がいい。行くぞ」

「…………」



 クランメンバーの三人は努から今度はわかりやすく説明されているため百階層で起きた現象をある程度理解しているが、他の者たちは未だに何が起きたのか理解が追い付いていない。努が百階層から奇妙な帰還を果たして半日。様々な情報は錯綜さくそうし今も明確な回答が出ていないため、努は未知なる存在に他ならない。


 努が起こした、もしくは起きてしまった現象が良いことなのか悪いことなのかの判断がつかないまま彼に近づくことはリスクが伴う。もし努が本当に神からの怒りを買っているのだとしたら、安易に関わりでもすれば自分たちも神のダンジョンに潜れなくなるかもしれない。


 そんな可能性が僅かでもある限り探索者たちは容易に近づけないし、それはギルド職員や新聞記者たちも同じだ。神のダンジョンに潜れなくなった者が再び潜れるようになった事例は存在しないため、神からの追放はどんな罪よりも重く捉える者が多い。だからこそ周囲の者たちは努に近づくどころか声をかけることすらも出来なかった。



(この方が楽でいいな)



 九十階層を越えてからはやけに注目されて同業者から一時期のステファニーのような態度で近づかれることも多かったので、努としてはこのくらいの距離感がある方がいい。電車内で漏らしてしまった人から逃れる人波のような動きに努は思わず笑みを浮かべながらも、先行するリーレイアとダリルに付いていく。



「前はあれだけ群がってきた僕のファンたちは一体どこに行ってしまったんだろうね? みんな風邪でも引いてるのかな?」

「これが正常な反応かと」

「ヒールでも飛ばして治してやればいい」

「…………」



 昨日まではあれだけ人気だった努が一気に距離を取られているのを見たダリルは、世間の無情さに口を閉ざすしかなかった。

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