第382話 不甲斐なさ
一人で戦況を引っくり返せるような強者。母のような探索者に自分はなりたかった。
「大丈夫っすかー?」
「……るせぇ」
体力の限界までガルムとエイミーと模擬戦、というよりは殺し合いといってもいいほど苛烈な訓練を行って地に伏せていたアーミラは、ハンナから差し伸べられた手を払う。そして大剣を支えに一人で立ち上がり、コリナに回復されたガルムとエイミーに向かい合った。
百階層で爛れ古龍に殺されてギルドへ送還された後、アーミラは神台を見ていたエイミーたちから努が戦闘を放棄して逃げてしまったかもしれないということを気まずげに伝えられた。
神の眼について詳しいエイミーには神台の映像が
しかし現場にいたアーミラからすれば努は死んでしまったのだとダリルから知らされていたため、エイミーたちの言葉は到底信じられなかった。しかしいつまで経っても切り替わらない一番台と翌日の朝刊で出された努の記事にある写真やイラストなどを見て、それが事実であることをわからされた。
(何でだよっ! 何で、何で俺を置いて逃げたんだよ! 俺がディニエルより下だってんのか!? そんなに俺は、クソッ、くそっ、くそがぁぁぁぁ!!)
アーミラにとって今や努は尊敬を越えて母と同じような憧れの対象になっていた。その認識に至った大きな出来事は、九十階層で魅せた単独での四人蘇生によるPTの立て直しだった。
ディニエルが勝負を放棄したあの絶望的な状況でも、努だけは諦めなかった。そして次々と死んだ仲間を蘇生し、更にヒーラーとして一騎当千の活躍を成して最後まで死ぬこともなくPTを引っ張っていった。それにいつもは何処か本心を隠しているような努が本気の表情でPTを立て直していく姿には、頭に雷が落ちたような衝撃と共に身体中が痺れた。
それにその姿は運を味方につけない限り攻略不可能とされていたシェルクラブを火力特化で突破したカミーユとも重なり、とにかく脳が爆発するような感情が溢れ出た。そしてそんな努とPTを組みたいと強く思ったし、彼や母と同じように自分も活躍したいという願望が心の底から湧き上がった。
だからこそアーミラは自分もそうなれるよう更に努力を積み重ねてきた。その結果としてはあまり手放しに喜べない選抜だったにせよ、努とPTを組むことが出来た。それからは九十階層で見た努のように自分も活躍するぞといきり立って更に努力を続けたし、その内ではそんな彼に安心して背中を預けている節もあったのだ。
自分の活躍を更に超えてくるであろう努への尊敬。そしてそんな彼に支援されれば自分は更なる高みに昇ることが出来るのではないかという期待。
しかしそんな期待も安心感も努は裏切り、自分たちを見捨てて臆病風を吹かせ古城に引き籠っている。その事実によってアーミラは怒りに包まれたが、ディニエルに論される形でそれは鳴りを潜めた。努への期待も等身大となって後はPTメンバーとして彼を支えるはずだった。
だがそれすらも努は打ち破ってきた。アーミラにはもはや何が起きたのかわかりもしなかったが、努が死なずに百階層から戻ってきたことは確かだった。それも勝利の可能性を残した状態で。
期待を大きく裏切られたものの周囲の声を聞いて認識を改めようとしていた手前、またしても予想を裏切られるような出来事。それによって起きた感情をアーミラは理解出来なかった。
ただその感情があまりにも大きくて今にも暴れだしたくなるようなことだけは確かだったので、ガルムとエイミーに模擬戦を申し込み半日はそれを繰り返していた。そして今まさに模擬戦も出来ないほど疲れ切ったところで、対面していたガルムは言葉を投げかけた。
「もう気は済んだか?」
「……わかんねぇよ」
「身体はもう動かないだろう。一先ず休むといい」
アーミラがアンデッド化した時の対策で模擬戦に付き合っていたガルムは、そう言って自身の装備を外して点検作業を始めた。するとコリナが心配そうに走ってきて回復スキルを使用し始める。
「少しは落ち着きましたか? まったく、ダンジョンの外でここまで無茶をするなんて信じられません」
「……ちっ」
「舌打ちするなら治しませんよ」
「別にこのままでも俺は構わねぇ」
「そんなに怪我をしておいてよく言えますね。もしこれがツトムさんだったら本当に放置されて病気にでもなりますよ?」
「……何なんだよ、アイツ。俺には未だに意味がわかってねぇ。つまりツトムは一人でも勝てたってわけか?」
「それについては本人に聞いてみないことには何とも言えません。あの時の話はガルムたちでも理解出来なかったようなので」
百階層から帰ってきた時の努は薬物中毒者のように目が虚ろで、意味の分からない単語を羅列していた。言葉の文脈からして百階層で行ったことの説明をしていたことはある程度わかっていたが、その内容は一番付き合いの長いエイミーたちでも半分すら理解出来ていなかった。そのためアーミラやコリナにとってはほとんど理解できない話だった。
「俺は……」
「……え!? な、泣いてますか?」
「うっ…うるせっ……泣いて、ねぇよ」
「いや、その……大丈夫ですよ。とにかく、回復してクランハウスに戻りましょう! それでツトムさんに色々と聞いてみましょうよ!」
何故ここで涙が出たのかはアーミラにもわからない。感情が昂りすぎて既に振り切れていた頭ではもう何も考えられなかった。
そしてアーミラが泣き出してしまったことに慌てたコリナは手早く回復を済ませると、彼女をひょいと背中に乗せてその顔を周りに見せないようにした。
「……先に帰ってツトムの様子も見てきてくれるか?」
「わかりました!!」
ガルムの気を利かせた言葉に全力で答えたコリナはすたこらさっさとその場を去っていった。
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