第381話 疑惑の判定
「ふざけんじゃねぇーぞ!! こんなの無効だ無効! 返金しやがれ!!」
「あれはもう生きてねーだろ!! 生存判定なんて馬鹿げてる!! 今までにない事例だろーが!!」
「何でよ! 貴方もう絶対に勝ったって言ったじゃない!! もう買っちゃったじゃないの!!」
「うるせぇー!! ぎゃーぎゃー喚くな! 俺だって意味が分からねぇわ!! こんなことは異例中の異例だ! 返金しなきゃただじゃおかねぇぞ!」
努がギルドで意識を失いクランハウスへと運ばれている頃、神台市場はかつてないほどの大荒れとなっていた。その原因は努の生死に関する賭け事である。
生きるか死ぬかでしかダンジョンから出られない階層主戦において、探索者の生き死には賭け対象の中で最も一般的なものだ。それも未だ死ぬところを誰にも見られていない努は絶好の対象であり、更に今回は九十階層での異様な活躍もあり賭け率が拮抗して大きな盛り上がりを見せていた。
ただ爛れ古龍のえげつない性能とPTメンバーのアンデッド化。そして努が逃亡してしまってからは賭けの勝負は決したも同然で、努の死に賭けていた者たちは翌日にほくほくとした様子で一番台にて彼の死を確認し賭け分を貰おうとしていた。
いくら身を隠していようとも二十四時間後の黒で努の死亡は確定するため、そこで賭け金の配分はなされる。そのため賭けを取り仕切っていた組織団体は賭けの演出として外に出していた大量の硬貨を仕分けて配当する準備を始めていたし、努の死に賭けていた者は昨日の時点で勝ちを確信し大きな買い物を済ませていたりもした。
しかし結果として努は二十四時間後の黒を越え、神台に手を振りながら元気な様子すら見せていた。賭けの判定としては協議が行われた後に生存扱いとなり、大した期待もせず生存を確認しにきた数少ない者たちはいきり立っている周りにバレないよう賭け札を隠してその場を去った。
努の死に賭けていた者たちの感情は計り知れない。勝ちを確信していた勝負が一転して負け。そんな逆転負けだけでも精神的な苦痛は相当のものだろうが、それに加えて昨日の内に翌日入ってくる賭け金を見込んで豪遊し大金を使った者も少なくない。だからこそ大衆は引くに引けない気持ちもあり賭けの組織団体に食ってかかって暴動を起こし始めた。
「動くな! これ以上暴れるならスキルを行使するぞ!」
「上等だおらぁぁぁ!! ダブルアタッ――がっ!?」
「パラライズ! 各員スキル行使の許可を命ずる! 暴徒の沈静作業にかかれ!」
「ふざけんじゃねぇー!! 炎球、炎球、炎球!! 死ね! もう終わりだ!!」
「探索者舐めんじゃねぇぞボケが! ぶっ殺してやる!!」
その中でも大きな力を持つ探索者たちは街中での使用を禁止されている攻撃スキルまで感情的に使い始め、神台市場は一転して戦場と化した。その途端に一般観衆からは次々に悲鳴が漏れて人の波が大きく動き、既に攻撃スキルの流れ弾で怪我人が多く出ていた。
「哀れな人たちなのねん……」
しかし朝っぱらから賭けの確認に来るような探索者の実力はたかが知れているため、対人戦闘を多く経験している警備団たちによって速やかに無力化され拘束されていった。気絶させた暴徒を八人も身体に乗せて運んでいるブルーノはそう呟きながら、数人に囲まれ孤立させられて次々と拘束されていく探索者たちを哀れんだ。
「助けて! うちの子が血を!」
「重傷患者が優先だ。その子は初めにかけられるオーラヒールで問題ない」
腕から血を流している子供を抱えた母親の声。しかし黒魔導士がでたらめに放った
そういった重傷者を優先して治療専門の白魔導士たちは集中的に処置を行いながらも、複数人は分かれて神台市場を包み込むようにオーラヒールを使い浅く広い治療を行う。そんな二つの治療のおかげで致命傷を負っていた者たちは一命を取り留め、軽傷の者たちも痛みが軽減された。
それから暴徒たちは拘束後にバーベンベルク家の当主が作成した障壁魔法の檻に収監され、犯罪者と化した民衆や探索者たちは運ばれていった。そして暴徒たちによって荒れた神台市場は最近バーベンベルク家も管理し始めたシェルクラブなどのモンスターを投入し、順次補修されていく。
「でもよ、何でツトムにはあの黒が効かなかったんだ?」
「さぁ……? 迷宮マニアたちにすらわかってないみたいだし、俺らにわかるわけないだろ」
神台市場の騒ぎが一段落してしばらくすると暴動による荒れた空気感も収まり、観衆たちから先ほどの一番台についての話も浮かぶようになった。だが何故あのようなことになったかは一般観衆にはさっぱりわからず、それは迷宮マニアとて同じだった。
一応努はギルドで黒を越えた
それに努だけならまだしも、二番台で百階層に挑んでいたステファニーたちも神のダンジョンから強制排出されたことも迷宮マニアたちは理解出来ていない。そもそも迷宮都市の人々は神のダンジョンをその名の通り捉えているため、神のことを人などが理解出来るはずがないと考えている者が大多数を占めている。
神のダンジョンの仕様をシステムだと考えている者は有名どころでいえば努か、スキルを芸術に役立てるために利用していたアルドレットクロウのポルクくらいだろう。その他にも民衆の中で多少はいるかもしれないが、表立ってそれを言うものはいない。
黒の越え方については神のダンジョンに対してメタ的な思考を持たない限り理解が難しい。人々は神が作り出したダンジョンで起こることに疑問をそもそも持たないし、その裏をかくという発想すら浮かばないだろう。
「何と愚かな……まさしく背信者と断定できる下劣な行動だ」
神のダンジョンに潜るべきではないという信仰を掲げている宗教団体から努は既に異端扱いを受けていたが、今回の件はその扱いをより重度なものへ引き上げていた。だが迷宮都市には既にそれに近い宗教団体によって被害を受けた王都の者たちも潜り込み活動を始めているため、彼らが表舞台に立ち信者を集めるほどの影響力を持つことはしばらくないだろう。
▽▽
「……おはよう」
「あ! ツトムさん! おはようございます!」
「その挨拶をする時間帯ではないと思いますが、おはようございます。疲れは取れましたか?」
「明日にしんどい思いして体内時計直さなきゃいけないことを考えると、疲れは取れそうもないね」
クランハウスの窓から夕陽が差し込んでいるのを見てダルそうな顔でそう言った努は、実家に帰って久々に顔を合わせた大型犬のように尻尾を力強く振っているダリルを手で払いながら、リーレイアの母親のような小言を無視してリビングのソファーに座った。そして置き机にある新聞を手に取って読み込む。
(決定的な写真は撮られてない。……悪意のあるイラストは見て取れるけど、これは言い逃れ出来る範疇だな。この状況証拠から大分盛ってるし)
ソリット新聞は写真を交え第三者的な目線から事実を書いているが、他社の中には爛れ古龍に恐れおののいている様子の自分が悪意的に描かれていた。実際はPTメンバーや神台に映ってもバレないように隠蔽工作し、最後には顔中汗か涙か鼻水かもわからない汁まみれで古城に逃げ帰り引き籠っていたので、これでも随分とマシに描かれていることを努だけは知っている。
ただソリット社の写真を見る限り決定的な証拠はないため、完全に憶測で描いていることに違いはない。元々はソリット社の寡占状態を崩すために努が自己資金とPTメンバーの影響力を投入して育てた新聞社の一社であるが、いざ力を持てば恩を仇で返すことなど厭わないようだ。
「ガルムとかエイミーはどうしてるの?」
「アーミラとギルドで激しい模擬戦をしているようですよ。それにハンナも参加して、コリナは回復のために付いていったようです。ゼノは努の話を聞いてピコの記事を監修しているようですね。その他は見ての通りクランハウスで待機しています」
「なるほど。……それで、あれは何の用事があって来てるんだ?」
「女性がお見舞いに来て下さっているのですから、もっと素直に喜んではいかがでしょうか?」
そう口にするリーレイアの後ろにあるいつも食事をするために使うテーブルには、何故かアルマが席についていた。その隣で珍しく髪を下ろしているディニエルは見習いの者が作ったクッキーを牛乳片手に食べていて、どうやらアルマもご一緒しているようだった。
「元気そうね。まぁ一番台を見てある程度わかってはいたけど」
「何の用で来たんだ?」
「貴方が慣れない死で落ち込んでいるようなら黒杖でも貸して元気づけようかと思っていたのだけど、その必要はないみたいね」
アルマはそう言って紅茶を飲み干してから席を立つと、見習いの者に軽く会釈をしてから黒い帽子を被る。
「でも一人で全てを解決しすぎるのも問題じゃないかしら? ツトムのPTメンバーたち、少し可哀想だわ。貴方には一切の隙がないもの。自分の弱みを敢えてさらけ出してあげるのもクランリーダーとしての仕事じゃないかしら?」
「…………」
「余計なお世話かもしれないけれどね。でも無限の輪が昔の紅魔団みたいになってしまうかもしれないと思ったから、一応言っておきたかっただけよ」
去り際に周りには聞こえないよう囁き声でそう言い残したアルマは、黒杖で努の肩を軽く押した後そのままクランハウスから出て行った。それを無言で見送った彼は状況を把握しているであろうリーレイアに目を向ける。
「ガルムたちは努が一人で百階層を攻略したような状況を見て、不甲斐なさを感じているでしょうね。特にアーミラは不甲斐なく死んで落ち込んでいる貴方の尻を叩いてやろうとしていた分、随分と恥ずかしそうにしていました。それはそれでそそるものがあったので私としてはツトムに感謝していますよ」
「……感謝の方向性が狂ってるな、お前」
その時のアーミラでも思い出しているのか恍惚とした表情を浮かべているリーレイア。そんな彼女の肩が定位置のサラマンダーはやれやれだぜ、とでも言いたげに首を振っている。
「となるとダリルは不甲斐なさを感じなかったことになるけど?」
「ちっ、違いますよ! 僕だって自分の未熟さは心得てるつもりです! ……でも、ガルムさんたちみたいにまでは思わなかったのも事実です。ツトムさんなら何とかするかもしれないと心の内では思っていたところもありましたから」
ガルムが師匠であり兄のような存在でもあるダリルにとって、そんな彼が慕う努は先輩の先輩であるような位置づけにある。そんな努に自分も追いついていきたいという気持ちこそあるが、やはりガルムたちの気持ちと比べてしまうと弱かった。
「そういえばディニエルも昨日はエルフの格言のような物言いをしていましたが」
「ツトムが死ぬとわかってほくそ笑んでいた奴に何も言われる筋合いはない」
「……何というか、相変わらずだなお前は。よく精霊たちも許容してるもんだよ」
「もしかしたら性格が悪い人を精霊は好むのかもしれませんね」
「言ってろ。……はぁ、どうするかな」
現状では最も精霊との相性が良いであろう努はため息をつくと、親指にゴムを引っ掛けて飛ばしてきたディニエルの攻撃をバリアで防ぎながらガルムたちが帰ってきた後にどうしようか考え始めた。
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